第13話「だから、もう一度だけ」①
散々に海ではしゃぎ回った後。私こと姫川詩子は、乳とケツを強調したビキニ姿のままで、友人の優花里と玲菜共に海の家へとやって来ていた。
木製の家から飛び出るように作られたテラスへと押し入り、丸椅子の並べられた机へと座る。透明なデスクマットの敷かれた机は些か古臭かったが、それがむしろ海の家という世界観を際立たせているような気がした。
三人で机に座ると、玲菜が体を突っ伏し、「ねぇ~、暑いよねぇ~」と気の抜けるような大声を出した。
「最近の気温マジで夏ってレベルじゃないよね。もうこんなの砂漠だろ」
玲菜の反応にうんざりとした顔で優花里が同意をする。と、玲菜は大きく手を挙げ、「はいはい! 私、かき氷が食べたいです!」と声を出す。
「かき氷ねぇ。何があんだろ、一体?」
私はそう言うと、机の中央にあるメニュー表を手に取り、スイーツのページをぺらりとめくる。
ラミネート加工が施されたメニュー表には、定番とも言える3色のかき氷のみが並んでいた。海の家のデザートなんてこんなもんかと思いながら、私は「ね、どれにする?」と玲菜にメニューを見せつける。
玲菜は「おっ、サンキュ!」と言うと、私からメニュー表を受け取り、ストロベリーとレモン、そしてブルーハワイの3つのかき氷をじろじろと見つめる。すると玲菜は、「私、ストロベリーで!」とメニュー表を指差し明るく言った。
「んじゃあ私、ブルーハワイ。詩子は?」
「えっ……と。……私もストロベリーでいいかな」
「ん、おっけー。店員さん呼ぼう」
優花里はそう言うと、机に置かれた呼出ボタンのスイッチをぽちりと押した。お店の奥の方から軽快な音楽が鳴り響き、それを聞き届けると、私たちは互いに顔を向け合いまた雑談へと興じる。
「ねぇ、優花里ぃ。かき氷奢ってよ」
「は? なんでだよ、嫌だわ。そんくらい自分で払え」
「ケチ!」
玲菜が机に体を突っ伏し口を尖らせる。私は呆れながらも笑い、「いきなりたかるんじゃねーよ」と玲菜に言い放った。
「だって、他人の金で食う物が一番美味しいじゃん」
「アンタねぇ……。あんまし奢ってもらおうとすると、男から嫌われるぞ? 今時の男子は金持ってないんだから」
「安心して! それが嫌だから、彼氏には奢らせないようにしているから!」
「フラれたくないからかよ」
「当然じゃん。フラれないんだったら奢らせてるわ。だってお金使いたくないじゃん」
「それは、確かに」
私は玲菜の言葉にケラケラと笑う。
と、すると。お店の奥から、「失礼しまーす」と言いながら、半袖のシャツを着た店員さんが私たちの前へと現れた。
「ご注文はいかがなさいますか……」
直後。私は現れた店員さんと目が合い、その瞬間、ピタリと動きが止まってしまった。
私たちの前に現れた店員は――私の、一番の親友である、天音由希だった。
「――あっ、」
私と由希は互いに目を合わせ、瞳を揺らして声を詰まらせてしまう。
と、私の向かいに座る玲菜が「あれ!? 由希ちゃんじゃん!」と身を乗り出して声を張り上げた。優花里も少し驚きながら、「あれぇ、なんでここにいるの、アンタ」と彼女へと声をかける。
だけど、由希はそれに受け答えることもなく。頬にたらりと一筋の汗を伝わせ、口を小さく開けたまま、私とただ目を合わせ続けていた。
世界がまるで私たちだけになってしまったかのように、周囲の音が掻き消える。私はその瞬間に、半年も前に、由希にフラれたあの時の思い出が蘇り。
『私たちさ。……別れない?』
――待って。いやだ。何か、言わないと。
刹那、私はそんな衝動に駆られた。だけど、途端に強い緊張が全身を走り、私の喉はきゅっと声を詰まらせて。
――と、
「なにやってんのよ、由希」
お店の奥から、また一人、店員が現れた。
よく知った顔だった。私の彼氏である真白を好きだった、私と恋の争奪戦をした――あの時私に発破をかけた、なんとなくいけ好かない私の天敵。
清水心春。彼女は由希と同じTシャツを着ており、どうやらここで2人揃ってアルバイトをしている様子だった。
「――あ」
と、清水は私たちの存在に気が付くと、一瞬ピタリと足を止め。そしてため息を吐くと、由希を軽く体で押し、彼女に声をかけた。
「私がやるから」
「あっ……でも、」
「いいから。……奥行ってて」
清水は由希に言い放つと、由希は気まずそうに目を伏せ、「……おう」とそのまま私たちに背を向けた。
私は「あ、ちょっ――」と声を絞り出し。だけど、その瞬間に、清水が「ご注文は?」と私の声に大声を被せ、由希はそのまま店の奥へと消えてしまった。
私はチラリと清水の方を見る。清水は大きく鼻息を吐き、暗に『早くしろ』とでも言うかのようにこちらへ視線を送った。
私は圧に屈し、ゆっくりと目を伏せる。そして、「か、かき氷……ストロベリー2つと、ブルーハワイ1つで……」ともごもごと呟き、清水は「はい」と口を尖らせながら、伝票に注文内容をそそくさと書き込んだ。
清水はそのまま店の奥へと消えていく。私はゆらゆらと瞳を揺らすと、優花里が私の肩に触れ、不安そうな声で尋ねて来た。
「……大丈夫?」
私は優花里の方へと視線を移し。彼女とほんの一瞬目を合わせると、すぐに目を伏せて、「……うん」と受け答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「大丈夫?」
店の厨房の中で、私と共にアルバイトへと来ている清水心春がそう声をかけてきた。
私は苦々しく表情をしかめながらも、「お、おう」と声を震わせて返答をする。しかし、心春はどうやら私の言葉に納得していないようで、口を尖らせ、呆れたようにため息を吐いた。
「……まさか、アイツが来ていたなんてね。すごい偶然じゃない」
心春が私から目を逸らし、あてつけるかのように言う。私は目の下をピクリと動かして、「そ、そうだな……」とごまかすように返事をした。
「……もしかしてだけどさ。……真白も来ていたりするのかな?」
心春は更に私に尋ねる。私は一瞬だけ顎に力を込めると、「そ、そりゃあ……海来てるんだし、それくらい、あるだろ」と、突っぱねるように心春へと言い返した。
心春は私の声を聞くと、ため息を大きく吐いて、首をゆっくりと左右へと振る。そして私の肩に手を乗せて、呆れかえった声で言った。
「……だから、カッコつけない方が良いって言ったのにさぁ」
「――っ、」
「まあ、完全にブーメランだけどね。……でも、まあ……もしも、そうしなかったとしても……きっと、アンタは、それはそれで、嫌になってたんだろうけどね」
私は心春の言葉を聞き、固く拳を握り締める。
わかっている。潔くないって。自分からこうなるように仕向けておいて、なのに、今もこうして迷っているなんて。
自分と言う人間の弱さに嫌悪感が満ちてくる。だけど、だからこそ、ますます自分の選択に後悔が重なって来る。
私は一体、どうすれば良かったのだろうか。食い込んだ爪が、キリキリと私に痛みを与えた。
――と、
「どうする?」
心春が私の方へと顔を向け、そう問いかけて来た。
「……バイト。抜け出す隙くらい、あると思うけど」
ぞわりと、心が彼女の声に引っ張られる。しかし同時に、私は再び詩子の顔を思い出し。
「……ダメだろ。仕事、ほったらかすなんて」
まじめを装って、苦々しくもそう言い返した。
心春はきゅっと口を結ぶと、「……そっか。じゃあ、しょうがないよね」と、私の言葉に同調してくれた。
――長く、長く。今日のアルバイトは、いつもよりも大変だった気がした。




