第12話「おっぱい!!!!おっぱい!!!!」
――さざ波が音を立てる。降り注ぐ日差しが熱を生み、長く続くコンクリートの道路がじりじりと世界を蒸し焼きにする。
広い駐車場の片隅で、黒いバイクを小脇に停めた松田真紀は、額に汗を流しながら海を眺めていた。
彼女は頭が悪い。自らの失敗や人生を振り返り、彼女が成そうとしたのは「自分探し」であった。
しかし、自分探しと言うのは、元来日々を生きる中で少しずつ果たしていくものである。自己の探求など、世界を回らずとも、小難しい本を読み漁りなどしなくともできる事である。
彼女はその根本を理解していなかった。そんな彼女が取った行動は、元々の趣味でもあったツーリングで、近くの『エモい』スポットを巡ることであった。
良い景観を見てエモい情感を得ることにより、自らを探求した気持ちになる。それは自分探しと言うよりかは、自己陶酔と表現した方が適切であった。
しかし――そうした陶酔的な行動は、間違いなく、彼女に自己の探求を生み出していた。
「……こんなモノ見て、何になるんだろうね」
松田は自身の中に生まれた陶酔的な感情に顔をしかめ、長い茶髪を風に揺らしながらため息を吐いた。
いつかの出来事で、彼女は自分の中の『プライド』が如何に醜い物なのかを実感した。そんな彼女にとって、陶酔的な感情と言うのは、トラウマに等しいほどの嫌悪の対象になっていたのだ。
自分を肯定できない感情は、人を捻くれ者へと変える。松田は広い海や青い空と言った物が、自分を劇的には変えないモノなのだと理解すると、虚しさを露わにため息を吐き、大きく肩を引き下げた。
「……まあ、良いか」
松田はバイクに乗せたヘルメットを被り、黒い二輪車へと跨る。エンジンをかけると、彼女はそのまま快音を立てて走り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
涼し気に音を立てる波風を他所に、照り付ける日差しはじりじりと肌を焼く。僕はため息を吐き、「あつ……」と声を漏らしながら、天高くで人間を嘲笑う太陽を憎々しく睨みつけた。
僕は県内のとあるビーチへと来ていた。白い砂浜の上では、僕以外の無数の観光客たちが、わいわいと歓声をあげながらはしゃぎ回っている。
「どうだ、真白。楽しんでるか?」
と、僕の背後から、同じく海パン姿になっている男が話しかけて来た。
四郎だ。僕は細身ながら鍛えられた彼の上裸を見て、大きくため息を吐いた。
「君と並んだ瞬間に楽しくなくなったよ」
「なんだよそれ! 筋トレしてねぇからだろ! 男なら運動しろ! オラ、この野郎!」
そう言って四郎は僕のほっそりとした腹を叩き始めた。僕は「やめろ気持ち悪い!」と怒鳴ると、四郎はゲラゲラ笑いながら僕の肩に手を置いた。
海に来たからとは言え、テンション上がり過ぎだと思う。僕はあまり良いとは言えない体格に羞恥心を感じ、すごすごと肩を竦めた。
と、
「おーい! 四郎! 河野くん!」
僕たちを呼ぶ甲高い声が響いた。僕たちが声のした方へと顔を向けると、そこには、三人の女子がいた。
四郎の彼女の優花里さんと、玲菜さん、そして、大きなタオルで体を隠した詩子だ。二人は開放的なビキニを着ており、僕は目のやり場に困って些か申し訳ない気持ちになった。
「へっへっへっ、どうよ、四郎!」
優花里さんはそう言って四郎に体を見せつける。四郎はにこやかにしながら「おう、かわいいと思うぜ!」と親指を立て、優花里さんはその反応に満足そうに笑った。
と、玲菜さんが優花里さんに引っ付き、「ちょっと、イチャイチャしないで! 私も構ってよ!」と口を尖らせる。優花里さんは仕方がないとでも言うように、「はいはい、わかったから」と彼女に肩を竦めた。
グループデートの予定になんでわざわざついてきたのだろう、と、僕は内心で玲菜さんに呆れる。そうしてほんの少しだけ肩を竦めると、次いで優花里さんは、モジモジとしている詩子へと近寄った。
「ちょっと、詩子。いい加減観念なさい。せっかく水着買ったんだから、見てもらわないと損でしょ」
「い、いやでも……」
「オラっ! いいから脱げ、このチキン野郎!」
優花里さんはそう言うと、勢いよく詩子のタオルを引っぺがした。
詩子は「うわあっ!」と叫び、タオルを奪い返そうと手を伸ばす。しかし既に肉体が露わになってしまい、詩子は僕たちの方を見てピタリと動くを止めてしまった。
僕と四郎は、現れた詩子の肉体に「おお……」と声を失くしてしまった。
派手な濃いピンク色のビキニに、黒いフリルが付いている。彼女らしく痛々しさのあるカラーリングだったが、水着として見ると大層に洒落ているように思えた。
何よりも目についたのは、そんなビキニが包み込んでいる、とてつもない大きさの乳房。谷間の筋が遠目からでもわかるくらいにくっきりとしており、重そうに揺れる白い果実は周辺の男たちを釘付けにしていた。
胸から下へと目を移していくと、ややだらしのないお腹がパンツの上に僅かに乗り上げていた。ウエストのラインが見えなくなってしまっていたが、太りすぎという程ではなく、むしろ健康的と表現した方が良いだろう。
大きなお尻から同じく太いふとももが伸びていて、貼り付いたパンツがあまりにも淫猥だった。僕は詩子の姿にごくりと喉を鳴らし、本能に絆されるままにまじまじと彼女の体を見つめてしまった。
と。優花里さんが僕と同じような反応を示している四郎を睨みつけると、彼へと近づき、イライラとした様子で彼の耳を引っ張った。
「ぎゃああっ!」
「四郎? アンタ、ガチになるとそんな反応すんのね」
「あっ……い、いや、だって!」
「なるほどねぇ~。やっっぱアンタもデカイ方がイイんだ。へぇ。彼女の私よりもねぇ」
「わ、悪かったって! 頼む、許してくれ!」
四郎が優花里さんにぺこぺこと頭を下げる。と、詩子はもじもじと頬を掻くと、ぺたり、ぺたりと僕の方へと擦り寄って来た。
「えっ……と……ど、どう?」
チラリと、詩子が僕へと視線を向ける。僕は「あ、その……」と呟き、顔を赤くしたまま固まってしまった。
――と。
「あっ、ま、待って」
僕は声を上ずらせて、その場で勢いよく屈みこんだ。
「……? どうしたの、真白? お腹痛いの?」
僕の様子を見て、詩子が不安そうに首を傾げながら身を屈める。僕はドンと目に映った乳から目を逸らし、「いや、その、そうじゃなくて、」と目を逸らした。
詩子が怪訝そうに首を傾げてから、チラリと僕の下半身へと目を移す。すると、どうやら彼女は何かを察したらしく、途端にボッと顔を赤くさせて、「ひえあっ!?」と体を反転させてしまった。
――いや。だって、仕方ないだろ。僕だって男だぞ。僕は詩子がナニを察したのかを悟り、内心で言い訳を始めた。
かねてから、自分は貧乳好きだと思っていた。それ自体は今も変わらない。
だけど、貧乳好きだからと言って、巨乳が嫌いというわけではない。男は皆おっぱいが大好きなのだ。
何よりも、好きな人の体だ。そんなの、こうならない訳がない。
正直手を繋ぐだけでもかなりクるのに。童貞の僕にはあまりにも刺激が強すぎる。僕は色々な感情に苛まれ、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
と。傍らで独り置いてけぼりになっている玲菜さんが、頬を膨らませ、ぷるぷると震えながら僕たちへと叫んだ。
「ちょっと~! 私だけ、つまんない~! ずるい、みんなだけ!」
「あー、わかった、わかったから。ごめんね、置いてっちゃって。オラ、詩子! 惚気んのはここまでにして、ちゃんと遊ぶわよ!」
優花里さんがそう言いながら、詩子の腕を取り、彼女を無理矢理立ち上がらせる。詩子は彼女に連れられるがままに走り出し、そして何かを耳打ちされたのか、「何言ってんだバカ!」と怒鳴りながら優花里さんの背中を叩いた。
「……真白」
と。四郎が僕の横に屈みこみ、呆然とした声で話しかける。
「ヤバいな。お前の彼女」
「……うん」
白い砂浜の上で、僕たちはバカみたいにそう言い合った。




