第11話「誰にでも変化は訪れ、故に人の未来は不確定である」②
――パン、パン、と、クラッカーの音が鳴る。カラオケのパーティー個室は無駄にうるさいミラーボールの光で照らされ、僕はギラギラとした光景に顔をしかめた。
「真白くん、童貞卒業おめでと~~~!!!!!」
僕の目の前では、親友の青山四郎が紙吹雪を放った後のだらしのないクラッカーを構えて、ニヤニヤとした目つきでこちらを見つめていた。その傍らでは、漫研の仲間である部長と田中、そして、なぜかこの面々に並ぶ吉田航平とが、ものすごくあっけらかんとした表情で、パチパチと手を叩いていた。
「なんだよ、お前ら。もっと盛り上がれよ」
四郎が腰に手を当て、やれやれと言った感じで肩を竦める。それを見た田中が、イライラとした様子で彼を睨みつけ、「ていうか、なんだよお前」とぼそりと呟いた。
本当に「それな」だ。なんでこの面々にサラッとお前が混ざっているんだ、四郎?
「いやあ、なんか急に吉田くん経由で来たと思ったら、こう、グイグイ来られちゃってね。いつの間にかパーティーの用意をさせられて、河野くんを祝う感じになっちゃったんだよ」
部長が頭を掻きながら、困ったようにへらへらと言う。僕は本当に「どういうことだ?」と首を傾げ、四郎と漫研と言うよくわからないメンツを交互に見つめた。
「まま、こまけーこたぁ良いんだよ!」
と、四郎はそう言いながら無理矢理僕と肩を組んだ。僕は彼の強い力に巻き込まれ、そのまま首を肘の内側で挟まれてしまう。
「んで、どうだ、真白。姫川さんとヨリを戻したのをこうして祝っているわけだが、ご感想は?」
「……人生で初めて、童貞であることに嫌悪感を覚えたよ」
「よっしゃ! 大成功だ! イエーイ!」
四郎はそう言いながら、吉田くんや他面々にハイタッチを求めた。みんなは困惑しながら四郎の手にパチパチと手を合わせ、頼りない音が部屋に響いた。
とんでもない強引さだ。陽キャのコミュ障が取りがちな、勢い任せで空気も相手の感情も読めていない、ただただ気まずいだけの地獄だ。まあ、四郎はその辺をわかっているから、これは当然、わざとやっていることなのだろうが。
その後は気まずい雰囲気ながらも、四郎が強引に主導を握り、改めてカラオケ会が開始された。
最初は部長も田中も、吉田がいる現状プラス謎の陽キャ男の存在とに困惑していたが、吉田が以前に比べて極めてまともになっていたこと、何よりも四郎の陰キャとも仲良くなれるコミュ力とが二人の戸惑いを押し流し、僕たちはいつの間にか平然とこのカラオケ会を楽しむようになっていた。
壇上で田中がヤケに上手いけどねっとりしている歌を披露し、部長は機器を使って次に歌う曲を選定している。吉田はスマホをいじって首を下げ、僕はそんな情景を黙って見つめている。
と。そんな中、四郎がドスリと僕の隣に座り、「どうだ、楽しんでるか?」と笑顔を向けて来た。
「……正直、このメンツだとなんかいたたまれないよ。なんでいつものメンバーじゃなかったの?」
「しょうがねぇだろ、急で誰も集まんなかったんだよ。それに、ちょいと話したいことがあってな」
四郎はそう言うと、体をやや前に倒して、そして僕の顔を静かに睨み上げた。
「……マジな話だけどよ、真白。……姫川さんとの関係、ちゃんと考えた方がいいぞ」
「――どういう意味?」
「優花里から聞いたんだよ。……姫川さん、悩んでるみたいだったぞ。お前が、その、そう言う相手をしてくれないって」
四郎が僕から目を逸らし、やや気まずそうにごにょごにょと言う。僕はそれで何が言いたいのかを察し、「ああ」と静かに相槌を打った。
「……でも、良くないと思うんだよ、そう言うの。だって、お互いまだ社会人じゃないんだし。何かあったら責任取れないよ、僕」
「カァー! お前は相変わらず、クソマジメだな! ……あのなあ。気付かなかったとかならまあ、まあだけど、お前、ちゃんと誘われたんだろ? だったら、男なら応えてやらねぇと。アッチだって、誘うのスゲェ恥ずかしかっただろうし。下手すりゃ絶交モンだぞ、それ」
「ぐっ……。……でも、これについては、ちゃんとしなきゃダメだよ。僕たちだけの問題じゃないんだし、何より、詩子を不幸にしてしまう」
僕は四郎の言葉に奥歯を噛み締めながらも、なんとか、彼の意見に反論をする。だけど四郎は、もう一度深くため息を吐いて、「まあ、おめぇが正しいよ、間違いなくな」と呆れたように首を左右に振った。
「けど、正しいことだけが『正解』ってわけじゃあない。お前の悪いところは、そう言うのをごちゃごちゃにしちまう所だぞ?」
そう言うと四郎は、人差し指をピンと立て、「例えば、このパーティーだ」と話しを始めた。
「ホラ。俺さ、お前ンこと童貞っていじったじゃんか。けどお前、じゃあ今怒っているか?」
「いや、別に」
「ほ~れ。俺とお前の仲だ、そんくらい大丈夫だってわかってたからやったんだよ。……ンでだけどよ」
四郎はすると、続けて、部長から機器を借りて、曲を選んでいる最中の吉田を指差した。
「吉田。……アイツ、以前会った時より痩せてるだろ?」
「……そう言えば、うん。以前はとんでもないデブだったけど、今はおじさんレベルだね」
「けどアイツ、今でもデブっていじると怒るんだよ。……どう思うよ、お前?」
「そりゃあ……でも、いじる方が悪くない?」
「その通りだ。アイツはいじられると怒る。だからいじるのはアウトだ。どう考えても俺が悪い。……けどよ、ぶっちゃけそう言うの、ちょっとめんどくさいだろ?」
四郎が僕に目線を送る。僕は少しだけ考えてから、「うん」と彼の言葉に頷いた。
「そう言うことだよ。いじるのは悪いことだけど、『いじっちゃいけねぇ』ってのは面白くねぇんだ。会話が面白くねぇってのは、致命的だ。楽しくコミュニケーションを取る手段がひとつ無くなっちまう。つまり、場の雰囲気が険悪になる」
「……なにが言いたいの?」
「世の中には、間違っていてもやった方がイイ事もあるんだよ。デブバカハゲ、童貞で彼女がいない、おっぱいが小さい。本来、こういう悪口ってのは、明確に『アウト』だ。けど、俺とお前の仲だったら、別に言い合っても笑って済ませられる。お互いの関係性や空気によっちゃあ、黒いことも白くなるんだ。……コミュニケーションってよ、そう言うのを測り合うモンだって俺は思うぜ?」
僕は四郎の言葉を聞き、思わず目を丸くしてしまった。
……彼の言っていることは、もっともだ。人間関係というのは、0か100か、白か黒かでは表すことが出来ないし、アレは良くてコレはダメ、という二元論は不適当だ。
そんなことは、あの時に理解していたはずなのに。僕はかつての、四郎との過去に想いを馳せた。
「――やっぱり、ダメだな、僕は」
頭の中に、かつての自分が巡る。四郎は僕のそんな呟きを聞き、「どうしたんだよ、いきなり」と首を傾げた。
「いや……。昔のことを思い出してね。……なんと言うか、自分があの頃から、存外変わっていないんだって思い知らされてさ」
「……」
「……四郎は、僕が詩子と一度別れた理由を知っていたっけ?」
「……まあ……優花里から聞いてはいるけど」
「なら、まあ、話すけど。……僕が家族と仲が悪いのは、端的に言えば、誰も、変わっていなかったからなんだ」
僕の言葉を聞き、四郎がまた首を傾げる。しかし彼は黙ったまま僕の話を聞き続け、僕は彼の意思を汲み取り更に声を出した。
「僕の家族は、ずっとこういう問題を抱えていてね。……だけど、誰もそれを自覚して、変わろうなんてしなかった。……僕も、同じなのかなって」
「……真白……」
「……人の性格って言うのはね。半分くらいが、遺伝子で決まるらしいんだ。……うまく言えないのだけれど……もしかしたら、僕たちのこう言う性質は、生まれつきの、遺伝的な性質なんじゃないかなって。……もし、そうだとしたら……僕は、この先が凄く怖いよ。……僕が変われないだけじゃなくて、きっと、僕の子供も、こう言う人間になるのだとしたら……僕は、詩子も、家族も、誰も幸せにできる自信がないよ」
僕は四郎に胸中を吐露する。四郎は気まずそうに表情を歪めて、目線をあちらこちらへと動かすと、肩を落とし、僕の背中をさすった。
「……そんなこと、考えてもしょうがねぇだろ。……まあ、なんだ。今はとにかく、楽しめ。あんまり難しいこと考えてると、嫌になっちまうぞ」
四郎はそう言って笑ってみせたが、彼はしかし、僕に対してかける言葉が見つからない様子だった。僕は四郎を困らせてしまったことに罪悪感を抱きつつ、「うん」と微笑んだ。




