第9話「人は誰しも自分勝手な物である」①
行きつけのラーメン屋近くの公園で、私は呆然と空を見上げていた。
時間は既に夕刻。カラスが泣き、黄昏が夜へと沈んで行く中、私は、いつもと違う『普通の格好』をして、ベンチに座り込んでいた。
――この何でもない風景に、どれだけの思い出が詰まっているのだろう。私は女々しくも、そんなことを頭の中に思い浮かべていた。
そういえば、ここでアイツに、漫画のプロットを見せたはずだ。秋もそろそろで、外気が冷たい時期だったけれど、アイツは震えながらも、私の想いを真剣に見つめていた。
由希と仲違いをした時も、アイツがその想いを彼女へ見せて、私は、親友と仲直りが出来たんだった。それをアイツは『約束を破った』と言い、ここで私に謝罪をした。
今思うと、あの時から既に、私はアイツが好きだったのだろう。確か私は、その謝罪を、愛の告白か何かだと勘違いしていたはずだ。
それから、ここで私たちは、本気の告白をした。お互いに気持ちはわかり切っていたけれど、やっぱり不安で恥ずかしくて、でも、晴れて付き合うことが出来た後は、嬉しく思いながら、『いつも通り』の私たちを過ごすことにした。
あれから半年以上が経って、私たちは、ずっと……と言うほどでは無いけれど、明らかに、他の人よりも多くの時間を過ごしていた。
由希と気まずくなって、会わなくなってから。その埋め合わせをするかのように、私と真白は顔を合わせた。アイツが隣にいるのは当たり前で、これからも、ずっと、その当たり前が続くのだと思っていた。
なのに、今は。私はため息を吐いて、両の手で顔面をおおった。
――なに、センチメンタルになってるんだよ。手前から手折った関係の癖に。
アイツの家族がクソだったからとか、そんな言葉でごまかしているけれど、結局、私は、アイツじゃなくて自分を選んだだけだ。
それなのに、何を気持ちの悪いスイーツ(笑)女子みたいにポエムやってんだよ。
当たり前だと思っていた。でも、その当たり前は、他ならぬ私が叩き折ったんだ。
それなのに、こうして感傷的になる自分が、気持ち悪くて、気持ち悪くて、許せない。私はギリギリと歯を食いしばり、自分と言う人間の醜さに落胆した。
あの時もそうだった。私が真白と付き合っていると言う噂を立てられて、自分の立場がヤバくなるって思って、私は、アイツとの関係を断絶した。
成長したって、変わったって思っていたのは、間違いだった。私は結局、自分のことしか考えられない、どうしようもない屑だ。
最悪だ。私は最低でどうしようもない、人間のゴミだ。最近、そんな思考ばかりが、頭をぐるぐるとしている。
時を巻き戻したい。あの一瞬に戻って、あの時の私とは違う返答をしたい。
そう思ったその瞬間に、私の中には迷いが生まれてしまう。
これからも、あの家族と過ごさねばならないのか、と。
あんな奴らと関係を持たなくちゃいけないのか、と。
そうして迷う度に、自分がやはり屑なのだと実感させられて、心底胸糞悪くなる。
何もやる気が出ない。絵を描く時間も、アニメを見る時間も、ゲームをする暇だってあるのに、今の私には、その全てを楽しむことができない。
本当に、最低だ。私がそうして、自分の弱さに打ちひしがれていると、突然。
「――よ!」
後ろから、声が聞こえた。私はだけど、私に話しかけられているとは思わず、変わらずずっと、顔を落として塞ぎ込んでいた。
「アンタに話しかけてんのよ、このデブ」
と、しかし。私は続きの言葉を聞いて、ようやくその声の主を認識した。
顔を上げて、後ろを向くと――そこには、真白と言う男を巡って争った、いけ好かない女……清水心春が立っていた。
「こんなところで何やってんのよ。アンタ、傍から見たら変人よ?」
清水は刺々しい言い方で私を煽った。だけど私は、それに答える元気が無くて、「どうでもいいでしょ、別に」と、顔を逸らしながら、ボソボソと言い返した。
と。清水は前髪を掻き上げて、「あちゃあ、重症だな、こりゃあ」と呆れたように言った。
すると清水は、そのままベンチを回り込んで、私の隣にドスリと座った。
わざわざ真隣りに座ってきたものだから、私は驚いて、思わず一歩彼女から放れた。清水は大して気にした様子もなく、足を組んで空を見上げてから、大きく一息をついた。
「――てか、アンタ、今日はいつもの格好じゃないんだね。量産型なんてダサいって、ようやく自覚したみたいね」
清水は私の服装を指差し言う。私は「えっ、」と声を詰まらせてから、また彼女から目を逸らし、「……わかんない……。ただ、その……なんか、えっと……こう、しなきゃって、」と、ボソボソと返した。
「こうしなきゃ、ってなんだよ。行事じゃないんだし、服なんて自由っしょ。まあ、痛いから、やめといた方がいいのは事実だけど」
「…………」
「……。…………つか、アンタ、真白と別れたんだって?」
と。清水はいきなり、私の中に踏み込むような質問をした。
私は突然の距離の詰め方に驚き、「なんで知ってんの!?」と叫んでしまった。清水は私の声に嫌そうな顔をしてから、ため息を吐き、また露骨に嫌悪感を出しながら、私に答えた。
「アンタのお友達が、由希に教えてくれたの。んで、たまたまその時の現場に居合わせた」
「……お友達……って、優花里と玲菜?」
「知らねー。名前まで覚えてない。てか、ビックリしたよ。アンタ、友達いたんだね。女子から嫌われそうなのに」
「…………まあ、」
私は俯いて、清水にそう、生気の抜けたような返事をした。
と。ほんの一瞬間が空いてから、清水は、「はぁ〜」と分かりやすくため息を吐いて、私の顔を横目で睨んだ。
「……怒んないね、やっぱり」
「……え?」
「アンタさ、煽られてんの、分かってる? なのにピクリともしないなんて。……大人になったから、なんて、アンタがそんなちゃんとしているわけないし」
清水はベンチに背を預けて言い放つ。私はそれを聞き、ぽかんとしてしまって、やはり、何も言い返すことができなかった。
と、清水はため息を吐いて、「しゃーない」と立ち上がった。
「ほら、行くよ。こんなところじゃ、腹割って話せないでしょ」
「……え? ちょっ、どういうこと?」
「腑抜けてんじゃねーよって言ってんの。ガス抜き手伝ってやるから、酒買って、どっかサシになれる所行くぞ。あ、言っとくけど、アンタの奢りだから」
清水はそう言うと、私に背を向けて歩き始めた。私はそのあまりにぞんざいな態度に目を白黒とさせて、「あっ、ちょっと!」と、思わず彼女の背を追いかけてしまった。




