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第4話「未熟者ほど喧嘩が絶えない」①

※今回のお話は「実際の病気を揶揄した悪口を言う」描写があります。先にご不快な思いをさせてしまうことを謝罪させて頂きます。誠に申し訳ございません。

 私と真白は、彼の部屋の前で佇んでいた。


 中から声が聞こえるとか、そんなことはない。だけど、先のこともあって、どことない気まずさがドアの隙間から漏れ出ているような、そんな気がした。



「詩子? 大丈夫?」



 隣に立つ真白が、私に声を掛けてくる。私は「全然、大丈夫」と、苛立った声で受け答えた。


 ――大丈夫。大丈夫だ。ただちょっと、文句を言ってやるだけだ。私は奥歯を噛み締めると、ドアノブに手をかけ、ゆっくり、ゆっくりと扉を開けた。


 部屋に入り、リビングに行くと、真白の一家は、揃いも揃って気まずそうな様子で座り込んでいた。私は彼らの姿を見ると、無性に腹の底が煮えくり返るような、そんな気持ちにさせられた。



「真白!」



 と、真白のお母さんが立ち上がって、私たちの方へと来る。そして彼女が真白の手に触れるのを、私は横目で見ていた。



「ごめんね、喧嘩なんかして。アンタからすれば、迷惑だったよね」


「あっ……別に、僕は……。でも、詩子がいたんだから、本当、配慮して欲しいって言うか……」



 真白がこちらをちらりと見て、お母さんの方も、私に目を向ける。私はそんな中で、我慢ができず、声を震わせた。



「――お話が、あります」



 私の言葉を聞き、真白の家族が全員こちらへと目を移した。私は一気に視線が集中したことで、少しばかり気圧されてしまうが、それでも声を紡いで、自分の言いたいことを言う。



「あの……こんなことを、私の立場から言うのは、出過ぎているとは思いますが。……あなたたち、一体どういう神経してるんですか?」



 私の言葉で、一家が一気にざわざわとし始めるのを感じた。真白が隣から、「詩子? その、どうしたの?」と、恐る恐ると言った感じで声を掛けてくる。


 だけど、私はもう止められなかった。



「話、聞きました。真白から。さっきの件。……確かに、先に手を出したって意味では、真白にも非はあります。でも、だからって、手を出されたって仕方のない事だって、あると思うんですよ、私は」



 私が声を震わせると、真白のお兄さんが、「あ?」と、露骨に不機嫌な様子を醸し始めた。



「えっ、ちょっと待ってください。それ、俺のことですか?」


「アンタだけじゃないですよ。この家族、全員に言ってるんです」



 私はハッキリと、足を震わせながらも言い放った。真白のお母さんが「え?」と呟き、お父さんが私から目を逸らす。



「聞きましたよ。アンタ、真白に私と別れるよう迫ったんでしょ? いくら兄弟だからって、やり過ぎだと思うんですよ、そう言うの」



 私が真白のお兄さんを睨むと、彼はイライラと舌打ちをすると、立ち上がり、真白の元へと近寄って来た。



「おい、クソガリ。お前、まさか話したのか? おかしいだろ、他人にそう言うこと言うの。お前マジでやめろよ、家族の評判落とすこと言うとか、常識無いんじゃねぇのかお前?」



 一歩一歩にじり寄って来る兄に、真白は「うっ、」と気圧され半歩足を退ける。私はしかし、そんな真白と兄との間に割り込んで、兄の顔をギロリと睨みつける。



「常識無いのはお前だよ。家族の評判落とすなって、だったらまず、お前がそうならないための努力をすべきだろうが」


「……ちょっと、邪魔なんで。どいてください」


「嫌。どいたらアンタ、また真白殴るだろ」



 私は真白の兄を睨みつけ、足で床を踏みしめる。真白の兄は「ッチ」と舌打ちをしてから、ため息を吐き、かなり怒った様子で私に言って来た。



「あのですね。これ、ウチの家の問題なんで。あなた、所詮他人ですよね? だったら、ウチの問題にしゃしゃり出て来ないでくれますか?」


「いや、こっちは恋人殴られてるんですよ。突っかかりもするでしょ、そりゃあ」


「いやだから、そう言う所が非常識だって言ってるんですよ。大体、先に手を出したのはアッチなんだぞ? それをなんだよ、被害者面して話しやがって。どーせ、『僕はこんなに酷いことをされたの、僕何も悪いことしてないのに』って、そんな感じのこと言われたんでしょ? マジでいつまでもいつまでも甘ちゃんなんだからよぉ、このクソガリは」


「そんなこと言われてないっての。真白はアンタに先に手ぇ出したこと、ちゃんと反省していたし」


「は? 反省したからって許すんですか? それはいくらなんでも甘すぎでしょ。お前さぁ、恋人だからって贔屓し過ぎじゃない? これだから女ってのはさぁ」



 な、なんだコイツ。なんか、異様にムカつくな。私は真白の兄に徐々に鬱憤が溜まっていった。


 許すって、そう言う話じゃないだろ。お前がいくらなんでもやり過ぎだって話をしているんだよ。


 と言うか、そうやって威圧感出して人に近付くんじゃねぇよ。怖いだろうが。私は奥歯を噛み締めて、真白の兄を睨みつける。



「私、さっき言ったでしょ。確かに、先に手ぇ出したのは真白が悪いって」


「なに? じゃあもうそれで終わりなのに、まだなんか文句あるの?」


「だから、だからって、アンタはやり過ぎだし、それに、殴られたって仕方のないことだってあるでしょって言ってんの」


「なんだよ。言葉で勝てないからって手を出すのが仕方ないって、おかしいでしょ。本当、感情でしか物を考えられない女っぽい考え方だな」


「だから、そう言う所だって……」


「つーか、おかしくない? アンタさ、先に手を出したソイツが悪いってわかってるんでしょ? なのに突っかかってくるって、ただのキチガイじゃん。お前さ、自分で自分のこと論破してるんだって気付いてないの?」


「ッ、だから、そう言う……」


「あー、もうわかったから。はいはいはい、お前がバカで低脳な知的障害者ってのはもう理解したから。いいよなぁ、女はバカでも生きてけるからさぁ。本当、女に生まれたこと、感謝した方がいいぞ?」



 こ、コイツ……! コイツ……! 私は拳を握り締めてプルプルと震えた。


 いや。もう、これはもう、誰がどう見ても殴ってもいいだろ。相手がヤクザだったら今頃海に沈められてるぞ。



「お前、お前、マジでふざけんなって。話、聞けよ」


「うっわ、話聞けてねぇのはテメェだろこのアスペ女が。つーか、なに怒ってるんだよ? 正論言われて怒るとか、マジで異常じゃん。病院行った方がいいぞ? ガリもまあてんかん持ちだけど、やっぱガイジを選ぶ女もガイジだな。だからそんな気持ち悪い服着てるんだろ。自分を客観視出来てねぇんだよ。本当、マジで気持ち悪い」


「お前、いい加減黙れよ。なんだよお前、マジで」


「マジでお前さ、クソガリなんかと結婚しない方がいいぞ? 俺らみたいな、バカな親から生まれてきたガキがさ、また子供を作るって、それがどんだけ罪なんかマジで考えた方がいいって。お前みたいなガイジとてんかん持ちのガリから生まれたガキとか、絶対幸せにならねぇから。自分の子供に苦行を強いるとか、まともな親ならそんなことしねぇからな」



 途端、私はプツンと来てしまった。勢いよく手を振り上げて、思い切り、コイツの顔面を叩こうとした。


 その瞬間、私の後ろにいた真白が、私を押し退けて、自分の兄貴に掴みかかった。



「お前、いい加減にしろ。さっきも言っただろ、詩子をバカに……」



 その瞬間、真白の兄貴は、躊躇なく真白の顔面を殴り付けた。


 真白が手を離して、ヨタヨタと後ろに下がる。私も真白の体に巻き込まれて、「きゃっ!」と尻もちを着いてしまう。



「なんだよお前、女の前だからってカッコつけやがって。いきなり掴みかかるとか、マジでふざけんなよ。そう言う所がてんかんって言われんだろうが」



 真白は私の上に乗ったまま、「ぐっ、」と鼻から出た血を拭う。途端、真白の母親が、「ちょっと、正斗!」と、私たちの前に立った。



「アンタ、また殴って! 姫川さん巻き込んでるじゃない! いい加減にしなさいよ!」


「だから、そっちが先に手を出したんだって」


「アンタが必要以上に言うからでしょ!」



 私たちと兄との間に挟まった母親が大声をあげる。真白は私の上から退いて、「大丈夫?」と声をかけてくる。私は「大丈夫、」と彼に返事をする。


 と。真白の兄貴が、「はっ」と、真白を見下し鼻で笑った。



「バカだな、お前。彼女の前だからってカッコつけようとしやがって。結局負けてるし、彼女傷付けてるし、ダセェだけじゃん」


「ッ……!」


「女の前でイキるからこうなるんだよ。せいぜいこれで勉強して、次からは調子乗らねぇことだな」



 私は知らず知らずのうちに顎に力が入っていた。


 クソ。日本の法律が許すのなら、今すぐバットでも持ってきて、コイツの頭をかち割ってやるのに。


 マジで、マジで、殺意しか沸かない。ここまでムシャクシャさせられる奴は初めて見た。なんなんだコイツ、こんな奴が、マジのガチでリアルに存在するのか?


 私は興奮して、呼吸を荒くする。と、真白も同じように息を乱して、やがて、大声で喚き散らかした。



「……お前ら、出て行け!」



 それは、いつか電車の中で見せたような、とんでもない叫び声だった。私はそれを間近で浴びて、思わず耳を塞いでしまう。



「帰れ、早く! 今すぐ、出ていけ! 帰れ、消えろ!」



 それでも、真白の声は私の手を貫通して鼓膜に届いた。


 あの真白が、こんな子供っぽい言葉しか吐けなくなるなんて。だけど私は、彼のこの状態に対して、何も異常さを覚えなかった。こうなってしまうだけの気持ちを、私も味わっているからだ。



「……正斗、早く来なさい。もう帰るわよ」



 真白の母親が、兄に声を掛ける。真白の兄貴は、呆れたようにため息を吐いた後、「邪魔」とわざとらしく真白を蹴り、そのまま玄関を出て行った。


 後を追うように、真白の父親と、そして母親が付いて行く。


 取り残された私たちは、何とも言えない敗北感の中、ただ、ギリギリと歯を食いしばった。

※描写の意味としてですが、こうした現実にもいる「悪口を言う時に病気を揶揄する奴」の不快感をどう描こうかと考えた時、「やっぱり普通に病気を揶揄した悪口を言わせた方が伝わるな」と結論付けてこのような表現を致しました。

 作者は病気を揶揄するような悪口は下品で最低なことだと認識しております。やっぱり悪口は「死ね」とか「ドブカス」とか、他人の属性を揶揄しない言い回しを使う方が好ましいですよね(?)

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