第四十五話 謝罪
アホ王子ことハドムンがジェイミーを庇い、「自分が悪い」と言い出した時はどうなるかと思ったものだ。
もちろん彼ももちろん悪いのだが、しかし全てが彼の企んだことであるとこの場で明言するなど、浅はかにも程がある。
しかしまあそれだけ彼女を愛しているということだろうか。ワタクシの時は守ってくれないどころかむしろ糾弾なさったのに勝手な方ですね、とグレースは思わず苦笑した。
だが結局、セイドの一言で彼は屈することになる。
どうしてかはよくわからないが、セイドの盲信者となっているグレースにとっては、「セイド様がアホ王子を言いくるめてかっこいいです!」という風に思ったのだった。
ともかく、
「もう一度言います。ジェイミー、謝罪なさい。そしてハドムン殿下もこの度の数々の愚行に責任を持つことです。ワタクシを見捨て、義妹に乗り換えたこと。本来であれば到底許されるはずがございません」
王が「ふぅむ」と唸った。
「それであれば余にも責があるだろう。余から謝罪しても構わぬか」
「恐れながら国王陛下。ワタクシはこの二人のものがあれば、それで良いのです。陛下に対しては何も思っておりませんし、元両親などはむしろ謝ってくれるなと、そう思っております故」
裁判の場に身を潜めるようにしていた、元両親を睨みつける。
彼らには散々酷い目にあった。爵位取り上げを命じても構わないと思ったが、面倒臭いし別に構わないだろう。国王から相当の処罰が下されるとは思うが。
再び視線を戻し、まっすぐにジェイミーを見つめる。
彼女もまたグレースを凝視していた。その瞳に宿るのは驚きと困惑。
「お義姉様は……わたしが憎くありませんの?」
ふと、そんな声を漏らした義妹に、グレースは首を振って答えた。
「憎い? 最初でこそそう思っておりましたが、あなたのおかげで素敵な人たちと巡り合うことができました。もう今は憎いとは思っておりません」
「な、なら、なんで……」
「ワタクシはせっかく手に入れた自由を満喫したいのです! それを邪魔するのであれば、しっぺ返しを食らわせるのは当然のことでしょう? それ以上でも以下でもありません。ハーピー公爵様がこれからどう動くかはワタクシも分かりませんが、できれば争いは起こしていただきたくないと考えていますよ?」
「違うっ! ずっとお義姉様にずるいずるいって言って何もかも奪ってきたわたしに何も思わないわけ!? わたしは、ドレスもアクセサリーも誕生日プレゼントも! 何もかも、あなたから奪ったのよ。ハドムン様だって……ハドムン様だって元々はあなたのっ」
「そうだったかも知れませんね。でもジェイミー、彼はあなたを心から愛していらっしゃるのでしょう? もしそうであればワタクシはあなたたちを邪魔しようだなんて思いません。過去にドレスやアクセサリーを奪われたことは当時は嫌でしたが、今となってはほんの些細なことですもの」
過去のことなど、正直どうでもいい。
グレースが欲しいのは今日の自由であり明日の平穏。それ以上は何も求めないと、もう決めたから。
ジェイミーは唇を震わせた。
「謝ったら……許してくれるっていうの……?」
「そうです。何度言ったらわかるのですか。あなたは昔から頭が悪いところが欠点だと思います」
「まあっ、酷いですわ!」本調子に戻った彼女がやけくそ気味に叫ぶ。「ああもう仕方ありませんわね! ――すみませんでした、グレース嬢。この度は大変なご迷惑をかけてしまい、何と言ったらいいかわかりません。お集まりいただいた皆様も、冤罪の断罪劇などでお目汚しをしてしまって申し訳ございません」
……まあ、少々不遜なところはあるが、自分の可愛さを最大限に活かして涙目をしたところは褒めてやってもいいだろう。
グレースはそんなことを思いながら頷き、彼女を許した。散々迷惑はかけられたが、一応の反省は見られたのでよしとする。
どちらかと言えば、問題はもう一人の人物だろう。
「ハドムン殿下、何かおっしゃりたいことはございませんか? ワタクシ、現在冒険者という職業をやっており、そこまで暇ではないのです。無論王太子殿下であらせられますあなた様の方がお忙しいことは重々承知ですが、できれば早く済ませていただきたく」
「ああ。わかっている。……グレース、言い訳のしようがない。私が悪かったのだ。お前に劣る自分を認めたくないあまり、ジェイミーの言葉に騙されてしまった。しかし私はそれでもジェイミーと共に生きたいとそう思う。どうか、今までのことを水に流し、この王国の繁栄を願ってはくれないだろうか」
こちらも、一周回って呆れるくらいの謝罪だ。
罪を意識しつつそれでも王太子を続けようとは……しかしもはや彼の馬鹿さ加減は知っているので、いちいちグレースが驚くことはない。
まったく、なんて情けなく愚かな男なのだろう。それ以上の感情は別に抱かなかった。
「あなたのことは、正直好ましく思っておりません。ですが幼少の時、誰にも愛されなかった頃にあなたの存在に救われたことは確かです。ですので、あなたを許しましょう。その足りない頭でどこまで国王の職務が果たせるのかは知ったことではありませんが。――本当に婚約破棄してくださりありがとうございました。その点に関しては感謝を致しております」
そう言い切るなり、ぷいと背を向けた。
もう二度と王太子の顔を見たくない。彼が一体どんな表情で自分の方を見ているのか、それを知りたくないからだ。
もう彼とは決別した。今後言葉を交わすことも、きっとないだろう。
「この場の皆様、突然のこと、失礼をいたしました。どうぞ皆様方ワタクシのことは忘れ、王太子夫妻を支えて差し上げてくださいませ。それとワードン伯爵家の問題や王弟殿下のことはハーピー公爵様に一任いたします。……ワタクシは一刻も早く、冒険者活動に戻りたいので、それでは!」
セイドの手をぎゅっと握り締め、グレースは振り返ることもなく、開きっぱなしの扉の方へと走り出す。
彼は戸惑いながらもグレースに引っ張られるままになり、一緒に外へ。
「これぞ勝ち逃げというものですね」
こうして偽物の断罪劇は終わり、Aランク冒険者パーティー『必勝の牙』は見事な勝利を収めたのであった。
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