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第二十八話 帰り道、怪しい男

「はぁ……。告白ができないなんてなんと情けないことなのでしょう。グレース、人生最大の失態です!」


 帰り道、グレースは一人で頭を抱え、大袈裟に嘆いていた。

 周りの人々が何事かと彼女を注視しているが、彼女自身は微塵も気にしていない。とにかく先ほどのデートで思いを伝えられなかったことが悔しくてそれどころではないのである。


「何なのですかあれは! おかしな話ばかりして肝心な話ができない! うあああああああもおおおおおう! セイド様が眩しすぎて目を逸らしてしまうっ!」


 ガクッと項垂れた。彼女からしてみれば、婚約破棄をされたことや侯爵家を追放されたことよりもショックだった。


「せっかくの休日を無駄にしてしまいました。明日、どんな顔でセイド様と会えばいいのか……! 恥ずかしくて死んでしまいます。せっかく、せっかくこんなにも着飾ったのに、この意気地無し! あんな男性一人を振り向かせるのは簡単なことでしょう。そうでしょうグレース。微笑み一つ投げ掛ければあらゆる男がぶっ倒れるほどの天下一の美貌を持つワタクシが怯んでどうするのですか!」


 しかし幾度叫んでも、なよっちい気持ちは変わらない。

 セイドの顔を思い浮かべるだけで頬が熱くなり、どうしようもなくうずうずしてしまう。こうして一人で歩いていれば「好き」だの「愛してる」だの当たり前のように言えるのに、彼を前にするとどうしても言えないのだ。


 うぐ、と唸り、周囲の視線を集めていた彼女。

 しかしその時突然、声をかけられた。


「――そこのご婦人、どうかされましたかな?」


 思わずハッとなり、首だけで振り返る。

 聞いたことのない声だ。そして目にしたその姿もまた見覚えがなかった。


「あっ、あなたは?」


 それは男だった。

 が……ただの男ではない。平民には似合わないキラキラとした服を着て、まるで貴族のようだ。


 この男は一体。その疑問を突き詰めて考える前に、その時に至って今まで自分がどれほどの醜態を晒していたか気づいた。

 途端にあわあわと視線が泳ぐ。もしかして――否、もしかせずとも、先ほどの様子を全て見られていた……?


「な、何もありません! どうぞお気遣いなくっ!」


 わかりやすく取り乱してしまう。

 黄金のドレスの裾を持ち、慌ててお辞儀をした。


 しかし男は「構いませんよ」と手を振り、


「それにしても綺麗なご婦人だ。どこかの貴族なのですか?」


「いいえ。ワタクシ、この辺りで働く冒険者でございます。訳あって今日だけは特別にこのような格好を」


 これでなんとか誤魔化せただろうか。不安になりつつももう一度訊いた。


「それで、あなたは」


 正直に言っていかにも怪しい男だ。

 格好は貴族令息そのもので、なんともこの町を背景に立つと違和感がある。それを言ったらグレース自身もそうなのだが、それには事情があるのだから仕方ない。

 もしかするとどこかの貴族令息がお忍びで? と思ったが、金髪に緑色の瞳の人物は思い当たる節がない。


 そういえばハドムン王太子が金髪だったが、この国ではありがちの髪色だし、彼は黒い瞳だ。どう考えてもハドムン王太子がグレースを追って来たというのは考えられなかった。


「申し訳ない。私の名はどうも公には言えんのですよ。それは、貴女(あなた)も同じでしょう? ――貴女と話したいことがあります。ちょっとこの私の与太話に付き合っていただけませんかな?」


 にっこりと、わざとらしい微笑みを浮かべる男。

 グレースはそれを見ながら、先ほどまで浮かれ切っていた気持ちが急速に固まっていくのを感じていた。


 この男は明らかにどこか怪しい。

 それは今の短い会話だけでわかった。しかし彼が何者であるかを言わない以上、突き止めなければならない。少なくともこの男はグレースのことを知っていると踏んだ。

 つまり、王太子、または侯爵家の使い――。


「わかりました。ぜひともあなた様のお茶会に参加させていただきたく存じます」


 もちろん、茶会というのはあくまで比喩で、ゆっくりした茶飲み話とは到底程遠いものとなるだろうが。

 グレースが微笑みを貼り付けてカーテシーをすると、男が深く頷いた。


「では、私の手を」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 グレースの胸中を、様々な不安がよぎる。

 もしかして彼は自分を侯爵家へ連れ戻すつもりだろうか? ハドムンとジェイミーの関係があっさりと破綻し、グレースを捕まえに来たのかも知れなかった。

 それでなければ投獄されるか、はたまた暗殺されるかのどちらかだ。どれにせよ、グレースにとっていい知らせであるはずがない。


「もしかすると王城で強制的に働かせるつもりであるという可能性もありますね……。ハドムン殿下はどこまでも愚かですから」


 ジェイミーなどに騙されてしまうような人間だ。当然ながら、この国を任せるのが心配なくらいに愚かなのである。

 もちろんまもなく公爵家に潰されてもおかしくはないが。


「ここで良いですな」


 そんなことを考えつつ着いたのは、思っていた通り人気(ひとけ)のない場所。それもよりによってセイドと出会ったあの森だった。

 グギギと思わず唇を噛み締めながら、グレースは男と向かい合い、言った。


「一体どういうおつもりでワタクシをここまで連れて来たのか、説明なさい。先ほどはしらばっくれていらっしゃいましたが、あなたはワタクシの正体をご存知ですね?」


「はい、もちろん。――元侯爵令嬢グレース。私は、貴女の命を奪いにやって参りましたのですからな」


 相変わらず名乗ろうとしないその男は、ニヤリと嫌な笑い方をした。

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