嫁が勇者に寝取られたので世界を滅ぼします
王国を滅ぼし、勇者を奴隷人形にしてから半年が経過した。
俺は今、人類最後の拠点となった街へと来ている。
その外壁周辺は亡者共で溢れ返り、生き残った者達の血肉を求めて押し寄せているのが現状だ。
内部で怯える奴らにとっては、正にこの世の地獄と言ったところだろう。
「ここで最後だ。行け」
「ウ・・・ハイ・・・」
俺の命令に生気の感じられない声で答えたのは、奴隷人形となった勇者。
元々、精神の弱い奴だったが、無数の人間や亜人達を殺させていく内に完全に壊れてしまったらしい。
最早、自我などほとんど残っていないのだろう。
反応がなくなってきた時点で処分しようとも考えたのだが、俺が手をかけてしまえば、こいつの魂は俺に吸収されてしまう事に気が付いた。
多くの魂を取り込み、すでに人間はおろかこの世界の魔王すら遥かに超越した力を手に入れた俺だが、魂自体を消滅させる術は持っていない。
せっかく嫁とひとつになれたというのに、勇者を殺せないとは・・・。
「おぉ、まさか勇者様が助けに来て下さるとは・・・! これならこの街も何とか持ち直せるかもしれません!」
「勇者様、どうか、どうか私達をお救い下さい」
「勇者様が来てくれたぞ! もう大丈夫だ。気をしっかり持て!」
考えている内に、勇者が街に入ったようだ。
自分達を助けにきてくれたと勘違いした人間達の歓声が聞こえてくるが、それもすぐに悲鳴と怒号に変わるだろう。
「騙されるな! そいつは奴らの仲間だ!」
街の人間達が浮かれる中、冒険者か傭兵といった風貌の男が大声を張り上げる。
運良くどこかの街から逃げ延びたのだろう。
だが、奴が何を言おうと、勇者を盲信する連中には届かない。
まるで、頭のイカれた奴を見るような目をしている。
尤も、奴の言葉を信じた所で人間共の末路に変わりはないが。
「ぎゃあああああああっ!!」
突如として門番兵を斬り殺す勇者。
街の人間達は何が起こったのかが理解出来ず、門番兵が崩れ落ちるのをただ呆然と見つめている。
その隙に、勇者は大手門の閂を外し、人間離れした力で巨大な門を開け放った。
「ひぃっ!? ゆ、勇者様、一体何を━━━に、逃げろぉ!!」
当然、大手門の外で蠢いていた亡者共が雪崩れ込んでくる事となり、仮にもつい先程まで平穏が保たれていたとは思えない阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
多少、戦えたとしても、街を埋め尽くしてなお入りきれないであろう数の暴力の前に、成す術などありはしない。
この世界から“人”と呼べる生物がいなくなるのも時間の問題だな。
『おめでとう、アイン。これでお前は亜人や魔族に続いて人間も滅ぼしたって訳だ』
そう、ウルゴスの言葉通り、俺はこの半年の間に人と呼べるモノは全て殺してきた。
エルフに始まり、ドワーフ、オーガ、妖精、そして、魔族。
勇者でも倒せなかった魔王とやらには多少なり手こずるかとも思ったが、拍子抜けするほどあっさりと殺せてしまった。
心臓を貫いた魔王が何か言っていたが、もう忘れてしまったな。
『クックックッ、あれは見物だったぜ? まさか仮にも魔王と呼ばれる者が命乞いするなんてよぉ。ま、自分の部下達があれだけ凄惨な死に方すりゃあわからねぇでもねぇが』
あれは命乞いだったのか。
そうこうしている内に、街から全ての生命反応が消える。
その瞬間、僅かに立ち眩みがしたかと思うと、俺の意識は闇へと引き込まれていった。
* * * * * * * * * * * * * * *
さて、どうしたものか。
周囲を見渡せば、目に入るのはただただ真っ白い空間。
何故こんな場所にいるのかもわからない。
『よぉ、アイン。待ってたぜ?』
声がすると同時に身構える。
そこには俺と同じくらいの身体を持つ男が膝を立てて座っていた。
黒に近い紫色の、腰にまで届く長髪をまとめもせずに遊ばせている為、地に触れてしまっている。
男の肌は病的なまでに白かったが、その体格は俺と同じくらいデカい為か、不健康な印象はない。
俺と同じく白目の部分が黒く染まっているその男は、蒼色の瞳で俺を捉え、不敵に笑っている。
(全く気配を感じなかったが、一体何者だ?)
『おいおいおい、今まで仲良くやってきたのにそりゃねぇんじゃねぇの? 俺様だ。ウルゴスだよ』
(・・・お前がウルゴスだって証拠は?)
『あれ? 信じてくれねぇの? 俺様の存在を知ってる奴なんか、俺様かアインしかいねぇだろう?』
言われてみればその声には聞き覚えがある。
(今まで姿を見た機会はなかったが、そんな姿だったんだな・・・俺に似ている気がする)
『まぁ、俺様とアインの姿形が似通っているのは、互いに影響を与えあっている結果さ。契約を交わした瞬間から、俺様とアインは一心同体だからな』
(なるほど、白目が黒く反転したり体格が変化したのはウルゴスと契約した影響か)
『そう言う事さ。逆に俺様は髪の毛の色が変化している。元は肌と一緒で真っ白だったんだが、誰かさんの力が俺様に流れ込んできたと思ったらこの通りだよ。ただの人間だったアインが、俺様に影響を与えてくるとは恐れ入ったぜ』
(別に意図してやった訳じゃねぇ。それで、一体ここはどこなんだ?)
『せっかちな奴だな。まぁいいや。ここはアインが住んでいた世界じゃない。俺様達が棲む、アインの世界とは異なる別の世界だ。本来ならお互いの世界に干渉する事は出来ないんだが、アインは俺様の力が身体と精神に馴染んできたから一時的にこっちの世界に来れるようになった訳さ。だから呼んだ。魂だけな』
(ちょっと待て。ウルゴスの存在が特殊なのはわかってたから、別の世界が存在していた事は理解出来る。だが俺の魂だけがこの世界に来ているとはどういう事だ?)
まだ勇者への復讐も不完全なんだぞ。
俺の身体に影響はないのか?
『落ち着けよ。まず、アインの世界と俺様達の世界とは次元も時間軸も違うから問題ない。ここに数時間いた所でアインの世界に帰ってもコンマ数秒しか・・・あーっと、ほぼ同じ時間に戻れるから安心しろ』
(・・・わかった、信じよう)
『次にアインをこの世界に呼び出した理由だが・・・俺様と交わした契約の代償は覚えているよな?』
あぁ、覚えている。
(お前の変わりに、生きとし生けるものに滅びを与える存在になる、だったな)
『あぁ、そうだ。アインの世界とは違う世界は幾つも存在する。それぞれの世界は次元や時間軸、その環境やそこに棲む生命体、ありとあらゆる事象が異なる』
(俺の世界とは違う世界、か・・・想像がつかんな)
『世界ってもんは神々の手によって生まれるんだ。しかし考えなしに新しい世界を生み出しちまうもんだから“失敗作”も多い。俺様の仕事にはそういった“失敗作”の世界を滅ぼす事も含まれているんだが、全くと言っていい程、手が足りねぇ。アインにはそういった世界の間引き役をして貰いたいのさ』
(今さら契約を反古にするつもりはない。だが、勇者が生きている以上、契約が履行されたとは言えないんじゃないのか?)
『その通りだな。だがしかし、現状では勇者の魂を消滅させる術はない・・・違うか?』
・・・・・・。
『そこで、だ。アインには別の世界に行ってもらう。さっき話に出てきた、神々が創り出した世界・・・その中でも“失敗作”と呼ばれる世界にな』
(それで?)
『アインの世界同様、その世界に住む“人類”を滅ぼして欲しい。まぁ、要するに契約の履行を前倒しにしてくれっつぅ話さ』
(・・・このまま勇者を生かしておけと?)
『そう焦るなよ。さっきも言ったが、今のお前や俺様が勇者の魂を消滅させるのは不可能だ。だったらどうするか・・・アイン、お前がもっと力をつければいい』
(どういうことだ?)
『勇者を殺せてない以上、俺様がアインに貸し与えた能力がなくなることはない。つまり、アインは次の世界で、今以上に強くなれるって訳さ。そうなれば、魂を吸収せずに消滅させる方法も見つかるかもしれねぇよなぁ?』
(・・・いいだろう、その案に乗ってやる)
『おっ? いいねいいねぇ! それでこそ俺様の相棒━━━』
(ただし、だ)
『あん?』
(次に行く世界とやらに、あの勇者も連れていけ。俺が魂を消滅させる術を得た瞬間に、殺せるようにな)
『・・・あぁ、勿論だとも』
頷いたウルゴスは、心底楽しそうな笑みを浮かべていた。




