嫁が勇者に寝取られたので彼女の全てを奪います
前回のあらすじ
自らが作り出した疑似人格に身体を乗っ取られてしまったアイン。
躊躇なく嫁を巻き込もうとするもう一人の自分を拒絶し、辛くも身体の制御を取り戻すが、受けたダメージは大きく、勇者の繰り出した攻撃を避ける事は出来なかった。
その時、アインを庇うように飛び込んできた嫁が、代わりに勇者の斬撃を受けてしまう。
何故、嫁がここに・・・?
何故、俺を庇う・・・?
まさか、自我を取り戻して・・・?
例えそうだとしても、姿形の変わり果てた俺を認識出来るのか・・・?
いや、そんな事よりも嫁の背中から流れ出す血が止まらない。
一体どうすれば嫁を助ける事が出来る・・・?
困惑、疑問、焦躁。
異なる思考が、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱す。
苦し気に荒い呼吸を繰り返す嫁の姿から目が離せず、どう行動するべきなのか、選択肢すら浮かんでこない。
「何故彼女がここに!? あの男は何をしていたんですか! 戦女神達よ、彼女を取り戻して下さい!」
その声にようやく戦闘中であった事を思い出し、顔を上げると、勇者の命令を受けた戦女神達が、嫁を奪おうと群がってきた。
「コ、〈崩壊の牢獄〉!」
慌てて放った魔法、禍々しい至極色のオーラを放つ、成人であれば四~五人程入る大きさの檻が俺と嫁を閉じ込める。
内からも外からも破壊する事の出来ない、絶対の防御力を誇る〈崩壊の牢獄〉。
しかし、その用途は防御する為の魔法ではない。
俺は嫁を牢獄に触れさせないように抱きかかえる。
〈崩壊の牢獄〉を破壊しようと、三体の戦女神が檻に群がるが、酸を浴びせられた生物のように触れた箇所が焼け爛れていく。
本来であれば、檻の中に閉じ込めた敵をじわじわと焼き殺す為の魔法だ。
当然、檻の中で嫁を抱きかかえている俺自身の足にも激痛が走るが、そんな事に構ってはいられない。
どうにかしてこの場を脱し、一刻も早く嫁の治療をしなければ・・・!
思考を張り巡らせていた俺の頬に、何かが触れる感触がする。
まさかと思い視線を下げると、うっすらと目を開けた嫁が俺の頬に手を添えていた。
「あなた、ごめんなさい」
やはり、嫁は自我を取り戻していた。
「・・・俺だと、わかるのか?」
「どんなに姿形が変わっていても、私があなたを見間違う事なんて、ないわよ」
少し誇らしげに笑う嫁だったが、その表情はすぐに曇る。
「ごめんなさい。私のせいで、苦しめちゃったよね・・・? 私の事、恨んでるよね・・・?」
「俺はお前を恨んでなんかいない。すぐに治療してやるから、もう喋るな」
「幼い頃から、あなたはそうだったわ、ね。どんな時でも、私の味方で・・・お父さんに怒られる時は、私を庇ってくれて・・・」
「ッ!? いいから、もう喋るな!」
昔を思い出すように語り出した嫁に不安を覚え、思わず怒鳴ってしまった。
しかし、それでも嫁は口を閉じようとはせず、嬉しそうに笑っている。
「クスクス。そうやって怒ってくれるのは、私の事を心配している時だけ。どんなに甘えても、どんなに我儘を言っても、いつもあなたは、笑顔で返してくれたわ」
「・・・」
どう返せばいいのか、わからなかった。
嫁は、すでに自分の死を覚悟している。
長年連れ添ってきた経験から、何となく、そう感じとれた。
「謝った所で、許されない事はわかっているの。勇者に犯された時に、あなたに言うべきだったって事も・・・。でも、ね、勇者に従わなければ、あなたが殺されてしまうと思うと、どうしても、言い出せなかった」
「・・・」
嫁はどんなに苦しんだのだろうか。
俺を守る為だけに勇者に身体を弄ばれ、自我を失う程までに追い詰められて・・・。
「例え、あなたに裏切ったと、思われても、この身体を、あなた以外に・・・許す事に、なっても・・・それでも、あなたが死ぬのだけは、嫌だった」
「わかった! わかったから、もう喋らないでくれ・・・っ!」
徐々に熱を失い、冷たくなり始めている嫁の身体。
言葉も途切れがちになり、目に見えて衰弱していくのがわかった。
「いや、よ。もっと、あなた・・・と、話して、いたい、もの・・・」
それでもなお、嫁は口を閉じようとはしない。
まるで、最後の会話を楽しんでいるかのように・・・。
「すぐに傷の手当てをしに行くぞ! 全力を出せば━━━」
「ダメ、よ。もう、力が・・・入らないの」
そう言われて、気が付く。
俺の頬に添えられた嫁の手が、カタカタと震えている事に。
俺が全力で走ったとして、追跡してくるであろう勇者の攻撃を受けながら、嫁を安全に運ぶ事が出来るだろうか?
答えは、否だ。
しがみつく力も残っていない嫁を落とさないように、衝撃も与えないように走るだけなら何とかなる。
だが、追跡という勇者の攻撃を無防備に受け続ける状況で、嫁を庇いながらとなれば、俺達二人が無事に逃走出来る可能性はないに等しい。
つまり、嫁を助ける事は━━━
「そんな顔、しない、で? 理由は、どうであれ・・・あなたを、裏切った事に、違いは、ない・・・わ。その報い・・・を、受けるだけ、よ・・・」
表情の変化に気付いた嫁が、俺を励ますようにうっすらと微笑む。
自分の方が、何倍も苦しいだろうに・・・!
「最後・・・に、あなたと、会えて・・・良かった、わ・・・」
「・・・ッ!」
嫁を失いたくないという気持ちと、これ以上嫁を苦しませたくないという気持ち。
相反する二つの想いがせめぎ合い、再び言葉を失ってしまう。
「あなた? この世界・・・の、誰よりも・・・あなたの事が、好き、よ・・・」
「・・・俺も、だ」
嫁の口から、俺が最も聞きたかった言葉が紡がれる。
「だから、お願・・・い。私を、殺して・・・。もう、二度と・・・あなた、以外の、何者にも、奪われない、ように・・・」
そして、最も聞きたくなかった言葉も・・・。
首を振って拒否の意を伝えるが、最早、嫁の目はほとんど見えていないらしい。
俺の答えを力なく微笑みながら待つ嫁の姿に、今まで抑え続けてきた涙が、自然と頬を伝う。
俺は、カタカタと震える手を何とか手刀の形に留め、嫁の胸元に当てた。
「ありが・・・とう。愛して、いる、わ・・・アイン」
「・・・俺も愛している。この先も、永遠にだ」
嬉しそうに、ゆっくりと目を閉じた嫁の唇に、自分の唇を重ね合わせる。
嫁との思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、とめどめなく溢れ出す涙のせいで、視界が滲む。
そして俺は、世界で最も愛する者の心臓を・・・貫いた。
最愛の嫁との最期の口付けは、血の味がした。
約二週間ぶりの投稿になります。
嫁ちゃんがメインの回となりましたが、如何だったでしょうか。
この話は特に連載開始当初から考えていたのですが、表現が難しい事この上なかったです。
最終話までは、あと一~二話程といった所でしょうか。
読者様方の期待に添えるかはわかりませんが、完結までもうしばらくお付き合い頂ければ幸いです。
お時間がありましたら、感想や評価を書いて頂けると幸いです。




