67:ダチョウとぐちゃぐちゃ!
「……以上で、報告は全てになります。」
「そう、私が余生を楽しんでいる間に、南大陸は大分変わったみたいね。……いつの間にか季節も冬に入ろうとしているし、年を取るのも考えものねぇ? 気が付けばおいて行かれちゃうもの。」
帝国、その首都である帝都にある屋敷の一室。窓から覗くことができる広大な庭を眺め、質素ながらも高級そうな椅子に座る老年の女性はそう呟く。その話し方、そして落ち着いた佇まい、雰囲気からかなりの高齢に見受けられるが、その体内に流れる魔力は透き通っており、信じられないほどに編み込まれている。ほんの少しでも魔法を学んだことがあれば、直ぐに彼女が"特記戦力"という存在であることが理解できるであろう。
「……あぁ、ごめんなさい。話し過ぎちゃったわね、もう下がっていいわ。必要なら屋敷で休養していきなさい。」
「御意。」
彼女がそういうと、眼前で跪いていたはずの存在が掻き消える。
帝国はナガン王国のように長距離間での通信技術を確立しているわけではない。しかしながら"諜報員"の質はこちらの方が何倍も上、遠く離れた東洋の地で"忍"と呼ばれてもおかしくないような存在を多数抱えている。そしてそれはこの帝国において実質的なNo.2であるヘンリエッタも同様。やろうと思えば『ナガン国王と軍師の会話を隣で聞いても察知されない』人間を自由に動かすことができる。
「比較的帝国に近かったヒード、反帝国のナガン。そして王を亡くした獣王国。……そこに新たな特記戦力、"ダチョウ"の登場、ね。」
妹弟子なんて、あの人の性格じゃ私が生きてる間に見る事なんかできないと思っていたのに。そう軽く笑いながら紅茶で満たされた杯を傾ける女公爵。彼女が知るアメリアと言うエルフは表情の変化が乏しく淡々と物事をこなすが、何かのめり込むことがあればとことんのめり込み、身内と判断した者にはとことん甘いという存在。それ故か、のめり込むものや身内への判定はかなり厳しい。
「そう考えていたのだけど……、貴女はお眼鏡にかなったのね。レイス。」
ほんの少しだけ、彼女の体内を流れる魔力が隆起する。過去に帝国の敵を地獄に叩き落し続けた化け物としての闘争本能、それがほんの少しだけ顔を見せる。その身に宿る莫大な魔力によって、その身体は年齢に比べ格段に若い。しかしながら衰えを隠すことは出来ず、魔力総量もその操作技術も日々衰えるばかり。そんな事実が理性を呼び戻してしまうのか、化け物はすぐに彼女の内へと戻ってしまう。
「……彼女のこともあるし、もう少し私が若ければ一緒に遊びに行く。と言うのも出来たんでしょうけどね。」
彼女が思い浮かべるのは、帝国から離反した国家であり、南大陸にて最強の特記戦力を持つ『タンタ公国』。彼女は現役時代そこの公王と何度も殺し合いを続けてきた。両者ともに特記戦力上位の実力者、いくつ山が吹き飛んだのかすらも解らないような戦いを日夜続けてきた。彼女以外の別動隊が敵首都を包囲したことで停戦が結ばれ、決着がつくことはなかったがそう何度も戦いたい相手ではないことを彼女は身をもって記憶している。
そして当時の公王の力は、次代へと受け継がれている。依然として大陸最強は『タンタ』。おそらく彼女が南大陸へと向かった場合、タンタは総力を挙げて彼女を殺しに行くであろう。それまで不可侵を結んでいた国家を"通り道"にすることになったとしても、最短距離でヘンリエッタまで向かう。それほどまでに彼女は恨みを買っている。
現役時代のヘンリエッタであれば鼻で笑いながら迎え撃ったであろうが、如何せん年を取り過ぎた。今の彼女にはそれほどの力はなく、おそらく瞬間的に引き上げても上の中程度。その程度の力では"時間"という概念を操る相手に完勝できるとは言い切れない。
「まぁほんとにそんなことをあの小娘がすれば、即座に国境線の帝国軍が蹂躙し始めるんでしょうけど。……どっちみち私が動くのは難しそうねぇ。あの子が傍にいてくれれば楽しい小旅行に出来たんだろうけど、前にお願いした育成のために動いてくれてるわけだし、諦めましょうか。」
ほんの少しだけ残念そうにしながら、ティーカップの中を飲み干す彼女。
「あ、でも。あの子ならいけるわね……。学園への入学前に武者修行させるつもりだったからちょうどいいわ。未来の側近二人が師匠と言う荒波に呑まれてるんですもの。大事な大事な私の孫も、南大陸に放り込んじゃっても大丈夫よね。あの子のお母さんに許可取らなくちゃ。」
頬に笑みを浮かべながら、自身の孫を戦乱続く南大陸に放り込もうと画策するヘンリエッタ。彼女が脳裏に思い浮かべている少女は、ヘンリエッタの死後に女公爵の地位を継ぐことになっている彼女の孫。少々世間知らずなところや、実戦経験の少なさから一度獅子のように谷から突き落とした方がいいなと考えていたようだが、それが今日この時だったようだ。
「タンタの小娘を考えると、西の半島から回り込んで海峡を越えるルートが良さそうね。海路で南進直接、ってのもいいけれど少し危険。時間はかかるけれどいくつかの諸国を回りながら"妹弟子"の顔を見て来てもらうとしましょうか。」
いいことを思いついたという風に笑う彼女は、まるで少女のように立ち上がる。
「そうと決まれば色々根回ししちゃいましょう、あっちに到着するのは来年の春ぐらいでしょうけど……。ま、大丈夫よね!」
◇◆◇◆◇
「……これさ、絶対"手"でやるもんじゃないよね。わたしゃフリーハンドで正円かける漫画家の御大先生じゃないんですが。コンパス欲しい。」
「口を動かすのなら"手"を動かしなさい、レイス?」
ひっさしぶりに帰ってきたプラークの防壁の外。そこで私は座禅を組みながら地面にお絵描きをしています。
死霊術師との戦いが終わった後、私たちはプラークへと帰って来ていた。一応このヒード王国の王都によってルチヤことあの幼女王ちゃんに会ってきた後に帰って来たんだけどね? そこにはとどまらずウチの子たちとアメリアさん、それとプラークを本拠地に構えるマティルデご一行と一緒に仲良く里帰りをしたってわけだ。……私たちの場合の里帰りは高原行きだからちょっと違うけど。
ルチヤには『ママも一緒に王都に住みましょうよ! 住んでくれないと泣き喚きます! 悪政敷いて国も滅ぼします!』みたいなよくわからない脅迫みたいなのをされたんだけどね? 『いやさすがに私たちがココに居続けるのは邪魔になるでしょ。』ってことでごめんなさいすることになった。休養のために何日か王都に滞在したんだけど、その間にウチの子たちが呼吸するように問題引き起こしてね……。
(馬車の知識を吹き飛ばしていた子がまた全部ひっくり返したり、追いかけっこしてる時に前を見忘れて防壁に激突。王都の城壁の一角を完全に吹き飛ばしちゃった子たちもいた。ちょっかい掛けてきたよく知らん冒険者を『おもちゃ!』と勘違いしたのか頭髪全部引っこ抜いてたりもしてたし……。)
最後のはまぁ自業自得だし、みんなで『はげだー!』って言いながら笑えてたんだけど……。一番大変だったのが衛兵さんたちの件でさ。覚えてる? 初めてこの王都に来た時私がブチギレちゃって幼女王含め大量の人たちが失神&失禁しちゃった時のこと。アレのせいで私たちダチョウにトラウマ憶えちゃってる人が結構いるみたいでね。
今でも私たちの顔見るだけでぶっ倒れちゃう人もいるわけだ。こんな感じで迷惑かけてるのは事実だし、私としても町が抱える人間の数が多いのは少し不安。日々賢くなり続けるウチの子たちの面倒を見るには、私の目が届く場所で、なおかつ周囲のサポートを受けられる場所が最適。王都というか、王国自体のトップであるルチヤが私を慕ってくれている限り"上"は大丈夫みたいなんだけど……
("上"が大丈夫でも、"現場"が駄目だとねぇ。)
その点、プラークは両方ともそれをクリアしている。"上"はマティルデっていう私の"マブダチ"だし、"現場"はかなりの期間私たちダチョウと一緒に行動してきたプラーク防衛隊の皆さんだ。実際に日数を数えれば多分思ったよりも少ないんだろうけど、色んな戦場を一緒に練り歩き、ずっとウチの子たちの食事の世話をしてくれてた人たちだ。
プラークに帰ってもこの人たちとの関係性は変わらない、いい人ばっかだしね。それに……。
『なんかもう俺ら、兵士って言うよりも料理人だよなぁ。』とか、『まぁ身の危険がないからいいけど、ちょっと複雑だよな。』とか、『プラークのおっかさんどうしてるだろ。ずっと後方にいるって手紙で送ったから喜んでたみたいだけど。……そろそろ帰りたいよなぁ。』みたいなことを何度か聞いてしまっている。彼らのためにも早急にプラークに帰らなければ!
「ってわけでプラークまで帰ってきたわけだけど……。ルチヤどうしてるだろ。」
「王都を離れる時、とんでもなく荒れていたものね。」
あの子は賢い子だ、ちゃんと説明すればこっちが把握している以上に物事を理解してくれる。けれどまだその精神は子供、感情がそれに追いついてくれるかはまた別の話だった。三日三晩感情を爆発させ続けるルチヤこと幼女王に、ずっと私が彼女に付きっ切りだったせいで完全に拗ねたデレ、そしてただそこにいるだけで問題を引き起こす愛らしい私の子供たち×300。……うん、久しぶりに育児で過労死するかと思ったよ。
「最終的になんとか納得してくれたからよかったけど……。」
「『到着したら転移魔法陣で迎えに来てください』、だっけ? それと毎日あの"通信の魔道具"でお話することも。全くお母さんは大変ね。」
「あはは、まぁね。でも子供は我儘言うものでしょう? それに今あそこで寝転がってる防壁破壊した子に比べれば可愛いもんよ。」
あれはマジでビビったからな……。ほんとに王都の防壁の一角を全部倒壊させてたし、私も思わず叫んじゃった。何人かウチの子が石材とかの下敷きになっちゃってたんだけど、『たすけてー!』って言いながら全員無傷で救助要請を出してたからその点については安心だったんだけどね。被害総額が……、うん。
「だからまぁ、今頑張って魔法陣描いてるんだけどさ。……この『第三の腕』って魔法、使い勝手悪すぎるでしょ。」
「それは単純に貴女の魔力操作の腕が追いついてないだけよ。後は慣れ。」
まぁそんなわけで、王都とプラークを繋ぐ魔法陣を現在設置中ってワケだ。王都の方はすでに死霊術師戦の時に使ったのが残ってるからそれを流用すればいいんだけど、プラークにはそんなものない。というわけでスペース借りて、地面に棒突き立てて書き書きしてるんだけど……。ちょっと見てくれたら解るよね! 宙に浮かぶちょっと赤みが掛かった半透明の腕!
そう! 私の魔法で出来た腕だよ! 約10年ぶりのおうで!!!
(これ、成功した時ほんとに泣きそうになっちゃったよなぁ。)
アメリアさんから教えてもらった"魔力を人の手の形に固めて第三の腕とする魔法"、『第三の腕』っていう魔法。王都からプラークの移動中に教えてもらい、習得することが出来た魔法だ。今はダチョウだし、10年もこの体と付き合ってるわけだからもう慣れとか以前に"この体"であることに違和感はない。けれど記憶としては腕があった時のことを覚えてるし、その便利さもずっと脳裏に残っていた。
それを一時的とはいえ帰ってきたんだから……、そりゃ泣くよね。
「……まぁ操作難度高くて扱いにくいんだけど。」
今はその新しく来てくれた腕を使って、転移用の魔法陣を書いている最中。けどこれがねぇ、結構難しいのよ。指とか腕を動かす感覚はちゃんと記憶に残ってるんだけど、10年近く使っていなかったものを掘り起こしてやってるわけだからかなり衰えてる。尚且つ『第三の腕』っていう魔法の名前にある通り、空中に新しく腕が生成されているような感じなのね? 今ある翼に加えて腕も追加されるわけだから、そりゃ難しいのよ。
そこに加えて結構な魔力操作の技術も要求されるからさ……。きついです、はい。この魔法使えるようになったら優雅なテーブルマナーでも披露しながらお食事、なんて考えてたけどいつに成ったらできることやら……。コツとか色々アメリアに教えてもらったけど、最終的にこういうのは反復練習で体に染み込ませるしかないみたい。
「……うん、無理! そもそも正円すらかけないのに複雑な魔法陣とかかけるわけがない! アメリア、もう足でやっちゃっていい? いいよね!」
「はぁ……、仕方ないわね。あまりあの王様を待たせると処刑人とか連れて私の首を刎ねにきそうだし。私が代わりに描くわ。貴女は休憩がてら子供たちの相手をしてきなさい。」
「ほんと!? たすかるぅ~!」
空に浮かんでいた薄い赤の腕を霧散させ、ギブアップを宣言。作業をアメリアさんにお願いして子供たちの様子を見に行くことにする。
と言っても全員視界に収まってるんだけどね? いつも通りに寝ている子だったり、走り回ってる子、後は穴掘りしたり、アメリアさんに作ってもらった木の遊具で遊んでいる子もいたりって感じね。後は……。
「お、デレ。何してるの?」
「うに! ママのマネ!」
地面を見つめる彼女の視線の先を見てみると、デレもさっきの私と同じように何かしらの紋様を地面へと掘り込んでいる。……これはもしや、"お絵描き"という奴では!? やばい、デレちゃんやっぱ天才か? え、どうしよ。どうやったらこれ保存できる? 石膏とか流し込めば行けるか? というか写真! 写真撮りたい! ちょっと誰か! カメラ持ってきて~!
「よくできてるねぇ~!」
「えへー!」
にっこりと笑顔を見せてくれる彼女、たまらずに頭を撫でまわしてしまう。足で棒を掴んで色々していたようで、何を描いていたのかは正直よく解らないけれどこの子が新しいことを始めているのがたまらなく嬉しい。少しずつできることが増えていく子供の成長を隣で見届けることができる、これほど親として素晴らしい瞬間があるだろうか。
そんなことを考えていると、近場にいた他の子供たちもデレの真似をし始めた。どうやら棒を使って地面に押し付けると私が褒めてくれるかもしれない、と言うことを理解したようだ。……うん、やっぱりこの子たちデレと仲がいいというか、基本的に一緒に集まってる子たちだな。やっぱり周りに賢い子がいるとその分成長も早いのかも。
「ままー!」
「こっちー!」
「ほめてー!」
「はいはい、今行きますよ~。」
おぉ、みんなよく描けてるねぇ。うんうん、いい一本線。お母さん嬉しい。例え今日だけの出来事だったとしてもお母さん貴女たちの中に『描く』って概念が生まれたことを誇りに思うよ、うん。あとそこのキミ? 速攻でお絵描きに飽きるのはいいけど棒を齧るのはちょっとダメだと思うぞ。もっと美味しいもの用意してあげるからぺっ、しなさい。ぺっ。
「でけた!」
「ん? お、良いぐちゃぐちゃだね。」
「ぐちゃぐちゃ? ぐちゃぐちゃ! ぐちゃぐちゃ!」
……あ、新しい語彙増やしちゃった。
枝を齧り始めた子から対象を取り上げていると、後ろから元気のいい声。振り返ってみれば地面に描かれたもみくちゃの紋様。デレは比較的私の真似をしていたせいか幾何学的な紋様に似通っていたんだけど、この子は完全に思うがまま筆を振るったのだろう。とても独創的な世界が広がっている。
「ぐちゃぐちゃ?」
「ぐちゃぐちゃー!」
「ぐっちゃ、ぐっちゃ!」
「あはは、やっぱ響きがいいのかな? 好きだねぇ。」
小さい子はぐちゃぐちゃが好き、って聞くけどマジでそうみたいですね……。騒ぎを聞きつけたのか他の子も集まってみんなで大声のぐちゃぐちゃ大合唱が始まっちゃったよ。というか多分これ、地面に描いた紋様的な奴を総じて"ぐちゃぐちゃ"って呼ぶようになった感じだな。しゃあない、あんま複雑なこと言っても理解しきれないだろうし、明日から私もぐちゃぐちゃで統一しよ。
「まま~?」
「ん? どうしたの。」
「ぐちゃぐちゃ、ひかってる。」
「え。」
振り返ってみると、報告してくれた子とは違う子が描いていたぐちゃぐちゃが何故か光を放っている。というかそれぐちゃぐちゃじゃなくて魔法陣の光……、というかそれ描いてた子! キミ! そう私に呼ばれて「ふにゅ?」って顔したお前! 今キミ完全にその"絵"に魔力流しちゃったよね! え、ちょっとまって、なんで魔力操作出来ちゃってるの!? というかなんで魔法陣として成立してるの!? や、ちょ! 魔力流すのやめなさい! 『ままとおんなじ~』じゃない!
「爆発、爆発するからァ!!!」
「わぁ。」
我が子の気の抜けるような声と共に、一瞬にして視界が真っ白に染まる。あぁ、うん。そうだね、魔力操作とか急にやめろって言っても解らないよね。ごめんね、ママが悪かった。でもちょっとだけ、言いたいことがあるから……、いいかな?
お絵描きは ママと一緒に やりましょね レイス
お母さん、心の一句です。
あ、ちなみに全員無傷でした。
あけましておめでとうございます。
新春を迎え皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




