63:ダチョウは不死鳥
「私は、"レイス"だ。」
復活した脳を高速で回しながら、思考を進めていく。脳を再生した直後だけに可能な、飛躍的な思考能力の向上。何もない真っ新な脳だからこそできるのか、それとも走馬灯の続きのようなものなのかはわからないが、とにかく時間が止まったかのように思考を回せる稀有な時間だ。
眼前の彼女は私が生き返ったことに動揺してくれてるし、この間に"今の私"にできることを素早くまとめて戦う準備をしよう。かの超高校級の不良? でいいのかな? あの人みたいにカードを見ずにハッタリだけで勝利できるほど私は強くないからね。ちゃんとカードを確認して、何ができるのかを考えないと。レイスちゃんはダチョウ院の魂も賭けるぜ!
(私が今回の"再生"によって得た能力は3つ。新規獲得が1つで、後は能力の向上にあたる。)
まず新規獲得能力から。私の体は直前まで、"同一化"の魔法が掛けられた死霊術師の血に浸食されていた。私の異様なレベルの回復能力でも対応しきれず、結構な部分がやられてしまったあれだ。こっぴどくやられちゃった私の体は、二度と同じことが起こらぬようにその耐性を獲得したようだ。さっきまでは全身が自分の体とは思えないほどにやられてたんだけど……、全然大丈夫になっちゃった。こわい。
今ね? 全身に魔力を一切流さずに回復能力の向上を全くしていないんだけど……、完全に浸食を抑え込めている。というかむしろ耐性だけで押し返してる? おかげさまで今後私の体を乗っ取ろうとするやつが現れても大丈夫になったわけ。
(んじゃ次。オラ起きろ魔王どもー!)
無駄に増えた魔力を叩き起し、全身へと巡らせていく。
増えに増えてその数なんと大台の10。体内に10人の魔王さんが常駐している感じになっちゃいました。いや~、増えたねぇ。ほんと。怖いぐらい。安心していいのか解らないけれど、何となくこいつらが今後増えることはまぁない様な気がする。体にパッチリとハマったような感覚と言うか、これ以上増えると内側から壊れるような感触がある。上限に達した、って感じ。
(……まぁ今度体ぶっ壊したらこの上限も外れそうな気もするが、今は置いておこう。)
そんな魔力たちを全身に巡らせながら、細胞一つ一つに魔力を込めていく。これにより私の体に元々備わっていた回復能力が動き始め、三つ目の能力である強化された再生力を見せつけてくれる。魔力を糧とした細胞たちが即座に本来あるべき姿に戻っていき、浸食されたドス黒い赤へと変色した体を元に戻していく。もちろん吹き飛ばした頭部も高速再生だ。んん~、きもちぃい!!!
これで完全復活レイスちゃん、ってわけ。どうよォ!
(それに、思わぬプレゼントも貰っちゃった。)
さっき死霊術師から喰らった、"同一化"の魔法。
それによって流れてきたアイツの記憶。流石にセーフティやらなんやらが色々かかっていたので、アイツのすべての記憶を手に入れたわけではない。けれど奴は完全にしくじった、私が喉から手が出るほど欲していた"魔法関連技術"の知識がほんの少しだけ紛れていたんだよね。おそらく私を支配した後に使わせるために開放していた情報だったのだろう。
……色々とノイズが多いが、使えない訳ではない。私にとって値千金の情報、使わなきゃ損でしょ♡
ずっと苦労していた魔力操作、それがココで解決する。
(コイツの記憶。色々と厄介な感情の情報が多いけれど、莫大な魔力を扱った時の感覚がそのまま残されている。これまでの私のように無理矢理切り分けるのではなく、大きな流れを体内に作る。そして流れを壊さぬように、少しずつ摘出するこの感覚。……"使える"。)
目の前のコイツ、そのすべての経験を得たわけではない。しかしながらほんの少しのコツで、私は数十年分の蓄積を得ることができたと確信する。コレのおかげで、私はさらに階段を駆け上がることができそうだ。ふふ。こんだけ出来るように成れば、それこそ高原も怖くない場所に……。はまだ無理ですね、うん。アイツらのこと考えたら無茶苦茶醒めちゃった。か、かてないですぅ。
いやまぁ戦えるようになった相手は増えただろうけど。どうあがいても無理そうな奴がまだちらほらいるからなぁ……。
うん! 考えないようにしよう!
意識を切り替え、しっかりと両目で奴を視界に収める。
「さ、第二ラウンド。いっちゃう?」
「ッ! 何なんですか貴女はッ!」
彼女はそう叫びながら、さっきよりもより高度な術式を顕現させる。
私の周囲に展開されるのは、数え切れないほどの槍や岩石で出来た腕たち。これまで私に向かって猛威を振っていた血の槍は勿論、骨や腐肉、毒や酸。そのほか各種属性魔法の槍が展開される。私は火にしか適性がないんだけど、この感じコイツいくつ属性持っているのやら。マジで才能マンだな。こわいこわい。
にしてもこんだけたくさん色とりどりに出してもらえると、楽しいことだらけのテーマパークって感じ。さらにこれだけじゃ飽き足らず、更に巨大な岩で出来た握りこぶしもたくさん浮かんでるんでしょ。エンターテイナーだねぇ、たしか石神の結末って奴だっけ? 血に変換されて私を包み込んだ奴。かっこい。
「いけッ!」
何処か恐怖と焦りを感じさせる顔をしながら、そう叫ぶ彼女。その瞬間音を軽く超えた弾丸たちが一斉に私へと降り注ぐ。けれどそんなもの今の私には遅くて欠伸が出ちゃいそうな速度。脳の再起動リフレッシュ効果が未だ継続中の私にはどんな攻撃もノロマ、まぁそもそもの処理速度もさっきに比べれば大分上がっているだろうからねぇ。
さ、折角魔力操作が向上した訳だし……、ちょっとやってみようか。
体内で高速回転する魔力の渦から一本の線を摘出し、巻き取っていく。赤子を触る様に細心の注意を払いながら、その魔力を喉へ。思考を回し、範囲、威力、そして自己への効果を及ぼさないように計算。すべての設計を脳内で整えた後、慣れ親しんだ呪文を唱える。
「『火球』。」
私を中心に展開された半球状の火の渦。普段の真っ赤な炎ではなく、少し青みが掛かった白い炎が広がっていく。しかしながら、その大きさは無尽蔵に広がるわけではない。脳内で思い浮かべた通りの範囲、邪魔なものをだけを焼き尽くし、同時に眼前で狼狽える彼女を範囲から外すというオーダーは確実になされた。
これまでの火球はただがむしゃらに魔力を詰め込んだ結果、一つの都市を軽く飲み込めるほどに大きくなってしまっていた。そしてその拙い魔力操作故にロスが多く、十分な火力を確保すること自体は出来ていたが、万全ではなかった。見た目はいいけれど、不完全極まりない火球。ちょっと魔法を齧った奴から見れば失笑ものの出来でしかなかった。
でも、もう過去の話。
今の火球は制御され、範囲が小さくなり、ロスも減った。故に本来その詠唱ではありえないはずの温度へと手を伸ばし、赤い炎は青く光る。高密度かつ高火力な火球へと。
この火炎に、焼き尽くせぬものなど。
この場には存在しない。
「ふふ、大成功。」
さぁ体内魔王ども! 並べ並べ! 直々にこの大魔王レイス様がお前らに仕事を振り分けてやるぞ! ほら整列! 10人おるな! ヨシ! では一番から三番は回復担当! 体内を循環しまくってダメージを受けたら即回復だ! 次、四番から六番! お前らは身体強化だ! 全力でダチョウの限界を超えろ! 次、七番と八番! お前らは魔力砲の予備! 役目が来るまで待機! 隅っこで体育座りでもしてろ!
そして新入りの九番と十番! 燃え盛れぇ!
「『業火』。」
二体分の魔力を注ぎ込み、"私の体を火種"にして全身を燃やす。
「名付けるならばそう、『モード:不死鳥』ってか!? あはー!」
さっきは火球で吹き飛ばしたが、何度も同じことができるほど私は器用じゃない。高速で戦闘を行いながら細かい作業をするには経験が不足しているのも事実。ならばいつものようにどんぶり勘定でやってしまえば万事解決って寸法だ! 二体分の魔力を常に燃やし続けることで外部からの攻撃を無力化! ダメージも回復速度が早くなったおかげで実質ゼロ!
欠点としては死ぬほど痛いことだけど、脳が痛みにバグったのかアドレナリンドバドバ吐き出してくれたので無問題! あはー! 最っ高!
「ば、化け物……。」
「あはッ! それ、誉め言葉! にしし、それじゃあ始めちゃお、かッ!」
◇◆◇◆◇
私が踏み込んだ瞬間、即座に奴が地面を蹴って後退する。
しかしながら身体強化の倍率、そもそもの身体能力の差がある。さっきまでならば彼女の強化率でも何とか距離を保つことができただろうが、今はそうはいかない。相手もそれを理解しているのだろう、両手を振るい魔法陣を複数展開させて各種魔法を放ってくる。
しかし、既にそれは対応済み。
「きーかないッ!」
放たれた槍たち、そして石神の腕。そのすべてが私に触れる瞬間に消失する。なんか適当に前世の記憶を参考に魔法を唱えてみたのだけれど、いい感じに成立したようで滅茶苦茶温度の高い火が私のことを包み込んでいる。
(まぁその分全身がヤバいことなってるけど! あはは! たのしー!)
「来るなァ! 『石神の結末』! 『不和の戦槍』!」
「もぉ、つれないんだからぁ? あとソレ新技? かっこいいねぇ。」
敢えて彼女の口調を真似しながら、更に距離を詰める。も~、解ってるでしょ死霊術師ちゃんや。レイスちゃんの業火の前にはどんな魔法も……。
「およ?」
そんなことを考えながら彼女の方へと近づこうとすると、彼女の手から放たれた魔法が業火に包まれる。岩の腕はいつものように溶けて霧散してくれたけれど、その陰に隠れていたものは何故か消えない。
禍々しい威を放つ真っ赤に錆びた槍が私を包む炎の壁を突き破り、心臓を貫く。
あらら、痛いじゃないの。というかナニコレ? なんで業火で焼き切れなかったの? ちょっと炎担当の魔王くんお仕事サボった……、わけではなさそうね。無茶苦茶首横に振ってるし、となると相手さんがなんかしたの? 綺麗に心臓だけ抉り取られちゃったし。というか胸のあたりの魔力操作がおかしくなってる気がするにゃ。こわいにゃ。
「ん~、あ! なるほど! これ魔力の阻害してるのね! 勉強になるぅ~!」
「な、なんで死なないの!?」
「え、だってダチョウだし! あはー!」
え、普通のダチョウでも心臓やられたら死ぬ? 確かに!
胸に突き刺さった槍を引き抜き、心臓を再生しながら槍を砕く。確かに胸のあたりの再生が遅くなってるし、魔力の流れがほんのちょっとだけブレているような感じがする。けどまぁ数秒程度心臓がなくても私は死なないんだよねぇ。残念でした! でもま、コレは喰らっちゃいけない奴ね。レイスちゃん覚えた。
「な、ならッ!」
彼女がそういった瞬間、その姿が掻き消える。
そして背後にはいつの間にか、さっきの槍と同じように禍々しい気を持った赤黒く錆びたナイフを両手に持った彼女が出現している。なるなる、転移+魔力阻害の即席武器で首ごとすぱーんって感じね! 確かにソレはちょっとまずいし、両腕をクロスしながら背後に出現するってのはすごくいい考え。後は思いっきり両腕を広げるだけで殺せるもんねぇ。
でも、お前が相手しているのを誰か忘れてない?
「よっ、と!」
軽く膝を曲げ、彼女の決死の攻撃を避け、両腕に狙いを付ける。
回避された直後に彼女は防御のために全身に腐肉を纏い始めるが、お前の魔法が完了するよりも、私の足が振り抜かれる方が早い。なめんな。
両翼を地面へと突き刺し、支えとしながら両足でそのナイフを掌ごと砕く。生成されかけていた腐肉の防壁も一緒に、だ。更に追加で一撃くらわしてやろうと思ったけれど、さすがに相手も反応が早い。両腕を砕かれた瞬間に一歩下がり、更に転移によって大きく距離を取った。はっきりとは見えなかったけれど、緑色の光も見えたことだし回復もしてるんだねぇ。
「でも、速攻で逃げ出さないってことは長距離の転移には時間がいると見た。当たってますかぁ~?」
私の踏み込みで一歩もかからない距離、十数m先に出現した彼女に向かってそう問いかけるが、何も返答はこない。しかしながら醜い、いや相応しいほどに歪んだその顔を見るに、図星なのだろう。うふふ、蹂躙する側がひっくり返っちゃったねぇ? ねぇ今どんな気持ち? レイスママに教えてくれない? とっても気になるから。
(……さて、あんまり虐めるのも可哀想だし。さっさと決めるか。)
彼女と私の力関係は、確実に逆転した。魔力量でしか勝てる部分がなく、圧倒的な差があれど技術の差で抜かされてしまっていた私。しかしながら更なる魔力量の向上に、回復能力の向上による圧倒的な炎による防壁を手に入れた今、私に勝てるわけがない。いくら技術差があれど、圧倒的な暴力の前に勝てる者など存在しないのだ。
高原で嫌になるほど解らせられてきた私にとって、それはこの世の真理。
それを今、押し付ける。
「ㇱ!」
「ッ! 『不和の城壁』!」
大きく踏み込み、距離を詰める。相手は逃走を諦めたのか、自身の身を守る様に禍々しい盾を創り出した。アレも同じように魔力を阻害する効果が仕込まれているのだろう。私の業火を貫いた辺り、並みの魔法使いじゃ手も足も出ない魔法。それこそ特記戦力級だって隙を突かれれば死ぬかもしれない。
けどまぁ、私には通用しないよね。
魔力を阻害されるのならば、より圧倒的な魔力の奔流によって、押しつぶすのみ。
利き脚を引き絞り、そこに魔力砲のために取っておいた魔力全てを突っ込む。身体強化、そして蹴りの威力を押し上げるように、全力での魔力砲によるブースト。
これで、振り抜く。
「グギィッ!」
一瞬だけ盾と拮抗し、それを抑えていた死霊術師から悲鳴が上がる。いくら卓越した魔法使いだろうが、コイツは純粋な後衛職。どれだけ身体能力を底上げしようとも、ずっと体一本でやってきた私に勝てるはずがない。生み出されていた拮抗は盾の崩壊によって崩壊し、私の一閃がその両腕をもぎ取る。
「逃がさんよ。」
失った腕をつい目で追ってしまう彼女、その顔は苦痛に塗れていた。けれどコイツも実戦経験がないわけではないだろう、さっきまでの適応だったり、動き方だったり、決して素人ではない。時間を与えれば、逃げ出してしまうだろう。故に、動揺している間に畳みかける。
振り抜いた足をそのままに、地面に向かって叩きつけることで足場を破壊する。同時に浮遊した彼女の胴体へとフリーの足で蹴りを叩き込む。しかしながらいつの間にか生成されていた魔力障壁によって防がれてしまう。足が地面についていなかったから威力が出なかったけれど、その咄嗟の判断が彼女を救った。
不安定な足場から逃げるように、即座に私を踏み台にして上に逃げようとする彼女。全力で蹴り抜くことで、相手を吹き飛ばす。距離を稼ぐのには最適と言えるだろう。腕を失っていながらも、選択は最善と言える。だが、最善では足りない。
その逃げようとする片方の足を掴み、地面へと振り抜く。何かが引きちぎれる様な音が響き、私の手には彼女の足だけが残ってしまった。
「おっと。」
最初は足に施されていた魔力の防壁によって少し焦げる程度であった足も、切断されずっと握っていれば確実に火が付く。一度火が付いてしまえば後は早い。一瞬にして炎に包まれたソレは灰すら残さぬ業火によって消し飛ばされてしまった。
「……あの手も消しておこうか。」
ほんの少しだけ燃え続ける業火へと意識を割き、その先端を先ほど蹴り飛ばした彼女の両腕へと伸ばす。少しは魔力が残っていたのだろう、消し飛ばした脚部と同じようにほんの少しだけ抵抗されるが……、ほんの数秒の話。ふと目を離した隙にその場には何も残っていなかった。さて、どこに吹き飛んだかな、アイツ。
「……、にげ、ないと。まだ、まだ再生できる。はやく、はやくにげ「どこに行くのかな?」」
切断面を魔力で止血したのであろう、何かしらの魔法陣をそこに浮かべながら、最後に残された脚で私から逃げ延びようとした彼女へと声を掛ける。やはりあの魔力阻害の魔法、燃費がかなり悪いようで彼女の体内にはあまり魔力が残っていない。けれど転移魔法を起動する程度は残っているようで、私から距離を取りながら確実に転移のための魔法を編んでいた。
出力を絞り、彼女が描こうとしていた魔法陣を魔力砲で消し飛ばす。
「あぁ、ぁ!」
「そんな酷い顔しちゃって、どうしたの? そんな泣くことでもないでしょうに。」
ゆっくりと彼女へと近づき、その顔の前にしゃがんでやる。あぁ、顔が見にくいね。持ち上げてやろ、……おぉ、こっちも醜い。整った顔ではあるんだろうけど恐怖と涙でぐちゃぐちゃだ。ま、死体を弄んだ人間としてはマシな方な最期じゃないの?
未だ。私の体には業火が灯っている。そんな体に掴まれれば焼失するのも時間の問題。しかしながらコイツは、少しでも生きる時間を延ばそうと抵抗をしている。……そういう生き汚いのは嫌いじゃないんだけどね。まぁ友達には成れなさそうだ。
「何か、言い残すことは?」
「たす、たすけ」
「あっそ。」
彼女が言葉を言い切る前に、炎の火力を上げて燃やし尽くす。
助けるわけがないでしょうに。
「…………ふぅ、終わり、だね。帰るか。」
にしてもまぁ、色々と実りのある戦いだった。尋常じゃないほどに疲れちゃったけど、まぁ勝てたし良かったとしよう。あ~、なんだろねぇ。滅茶苦茶お腹減ったけど今日は肉系喰いたくないや。アドレナリン+覚悟完了してたからまぁ何とかなったけど、いくら"くずんちゅ"でも人の腕とか足とか捥いでおいて精神ノーダメージな程私強くありませんて。
「とりあえず、子供たちの顔みたいや。わちゃりたい。」
◇◆◇◆◇
『死は救済』、皆さんはそんな言葉を聞いたことはないだろうか?
これ以上苦しまなくてもいい、痛みを感じなくてもいい、そんな思いから生まれた言葉。それが本当に救いになったのかどうかは本人しか解らないが、このような言葉が存在するということは、一部の者にとって事実となるのであろう。
「…………ッ!!! はぁ、はぁ、はぁ。」
ナガンの王都、そこから遠く離れた場所に存在するリマ連合。その最南端に存在する一つの隠れ家で、とある女が目を覚ます。
「し、死ぬかと、思いました。」
そう言いながら、彼女は自身の血によって満たされた浴槽の中で息を整える。胸を上下させながら、自身の状態を把握していく彼女。しかし即座に自身の腕、いやそこにあったはずの腕に目が行ってしまう。彼女が自身の身に施していた"復活"の魔法。大量の自身の血を媒介にすることで、死した後に登録した場所で体を再構築する魔法。それに不備があったようだ。
死霊術師として魂にも理解がある彼女だからこそ出来た魔法ではあったが、何故か両腕と利き脚である右足が再生していない。あるのは最後まで残っていた左足だけ。
「……"業火"、ですか。」
業火、地獄の炎。この世界にも、天国と地獄は実在する。ただまぁそれが本当に現世を生きる者たちにとって想像通りの世界かどうかは解らないが、死者の世界という物ははっきりと存在しており、この世界を生きる者も存在を知覚していた。
この時、あのレイスが唱えた魔法がカギになって来る。
仮令本物ではなくても、"魔法"という物は魔力と言う力によって無から"現象"を引き起こすもの。そして彼女が"同一化"の時にあえて名前を明かさなかった時のように、この世界において"名"という物は結構重要である。
つまり、レイスが『なんか格好いいしインフェルノって名付けちゃお~』と思いながらそう唱えたとしても、その名前が因果を紡ぎ、同様の効果を及ぼしていたとしても全く不思議ではない。
「やられましたねぇ。」
地獄の業火で焼かれたのならば、それは即座に天に召されてしまうだろう。彼女の肉体が再生している通り、何らかの工夫があれば逃げ延びることも可能なようであるが……、切り離された部位まで取り返すことは叶わなかった。死霊術師である彼女はそんなことを考えながら、浴槽に溜まる自身の血で一つの魔法を唱える。
すると、失った部位を補うように血が集まっていき、あるべき姿を形作っていく。
「……やっぱり外法ですし、元通りにはいきませんよね。」
腕と、足。それはしっかりと再生されたが、そこにあったのは彼女の真っ白な白い肌ではなく、ドス黒い赤。血によって再生されたソレは寸分違わず彼女の腕であったし、元の腕と同じように扱うことができる。しかしながらその色だけはどうしても変えることができなかった。……これは、この世の理を捻じ曲げた者への罰だろうか。
「これじゃオチオチお外に出るのも難しいですねぇ。隠さなきゃいけませんし。……でもま、これからのことを考えれば関係ないんですけど。ささ、気分を入れ替えて楽しいフィールドワークの準備をしましょ!」
そう言いながら無理矢理気分を変えて、浴槽から出る彼女。
先ほど戦っていたあのレイスへの恐怖、そして命乞いをしたときに彼女が見せた信じられないほどに冷たい眼。それがずっと脳裏に張り付いている。ほんの少しでも気を許してしまえば、彼女の体は恐怖によって動けなくなってしまうだろう。しかしながら、そんな恐怖に屈するような人間であるのならば、人の体を弄繰り回すような行為はしない。
脳裏に浮かぶ光景を振り払うように、明るく振舞いながら彼女は転移の準備を始める。
目的地は、もちろん"高原"。
あの驚異的な再生能力と魔力によって彼女を殺し切ったあのレイスの出身地であり、文明社会の人間にとって未知の場所。そして何よりもこちらの常識が通用しないレベルで強者がひしめく場所。そんな場所であれば彼女の素材となり得る死体が数多く残っているだろうし、それを押さえてしまえば、より強力な力を手に入れることができる。
(獣王と、雑兵10万。それで無理だったのなら、更に増やせばいい、質を上げればいい。)
負けて、生き残った。
ならば次。
必ず勝利する。
彼女は"最強"という強い光に憧れ、眼を焼かれてしまった存在。故に、その障害になるような存在に、敗けっぱなしなど許されない。今は力を蓄える段階、相手も強くなるだろうが、此方はそれ以上に積み上げればいい。
「と言っても、前々から準備は出来てたから、後は魔法陣を起動するだけなんですけどねぇ?」
一度死に、蘇ることが出来たが、既に先ほどまでの力は彼女にない。獣王や10万のアンデッドたちによって得た負の力は死んだときに失ってしまった。しかしながらまだアンデッドのストックはいるし、軍師から奪った聖水を使えば何度でも復活できる。例え修羅の国であろうとも、残機がほぼ無限にあるのならば死んでも復活できる。
「じゃ、善は急げと言いますし。行ってきま~す。」
彼女はそう言いながら、最低限の装備で高原へと転移する。ほんの少しだけ様子を見て、帰って来る予定。仮令死んだとしてもこの場所に死に戻るだけ。そんな甘い考えで、彼女は高原へと旅立ってしまった。
そういえば忘れていたが、彼女にこの言葉を送ろう。
『死は救済』
本当の地獄の、始まりである。
〇ダチョウ被害者の会【どうすんのコレ編】
「はい、えーっとですね。恒例の新人紹介に行きたいんですけど……。」
「……両腕殿と右足殿しか来ておらぬな。」
「どうするのだコレ。」
そういう三人の視線の先には、おそらく正座しているのであろう右足と、地面に手を付いている両腕。多分だか土下座しているのであろうと推察できるが、腕と足しかないせいでよくわからないし、言葉による意思疎通が出来ない。だが滅茶苦茶気まずそうな雰囲気を醸し出している。
なんといったってこの部屋、とんでもないレベルで歓迎の用意が整っている。飾りつけは豪華だし、机の上には御馳走がたくさん。そして美味しそうなケーキに、高級そうなお酒まで。なぜかクリスマスツリーもあるけれど。
そして何よりも迎えてくれた三人とも、完全に一張羅を着ている! 滅茶苦茶歓迎の用意をしている! なんか全員クラッカー持ってスタンバイしてたし! 獣王どのとか『WELCOME』のよくわからないサングラス付けてるし! 腕と足しかない彼女だったが、自分が色々やらかしたこと、そして男性三人がはしゃぎ過ぎていたことを完全に理解していた。
それ故の土下座である。
「と、とりあえず獣王殿?」
「あぁ、そうだな。……えっとな、死霊術師殿? 一応死体を弄繰り回された身なれど、我も生前色んなことをやってきたわけだし、戦争を初め多くの者の命を奪った人間でもある。死後の世界である故な? そういうのは気にしないでおこうという感じなのだよ。一応生きていたころに殺めてしまった方への謝罪をしに行く必要はまぁ道理としてあるだろうが……。」
「基本皆さんあんまり気にしてないですからね。」
「うむ、安心なされよ。」
そう言いながら土下座やめてね? という雰囲気を作る男三人。そんな雰囲気に押されたのか、渋々と土下座っぽいものを止める腕たち。何言っているのかは相変わらず解らないが、何となく謝罪しに行きたいような意志は感じられる。多分本体と切り離されたことで浄化されたのだろう。綺麗な死霊術師だ。
「じゃ、じゃあ色々収まったことですし、歓迎会を始めていきたいんですけど……。」
「その……、腕と足殿? ケーキとか食べれたり……。あ、やっぱ無理。そうか……。」
「我ら三人で、食べるしかあるまい、な。」
その後、腕と足に見守られながら? 三人でしょんぼりしながらパーティをしましたとさ。
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