57:ダチョウと転移
「と、というわけで色々お願いしたいんだけど……。」
「…………レイス、前にも言ったと思うけどアレ滅茶苦茶疲れるのよ。痛いし。」
諦観というか、そのあたりの複雑な感情を顔面で表しながらアメリア師匠が大きなため息を一つ。
あの会議が終わった後、私はアメリアさんがいる場所に訪れていた。相変わらず頭上に青空が広がる中、子供たちの様子を横目に見ながら彼女に話しかける。実はさっき軍師に頼まれて即席の簡単な魔法陣、光るだけの魔法陣を手渡されて魔力を流し込んだんだけどね? 案の定失明一歩手前のとんでもない光量を吐き出しながら爆発四散してしまって……。
だから、頼れるのもう、アメリア先生しか……。
「別に頼るのはいいのだけど。……貴女の魔力操作は結局元に戻ったというか、悪化してしまっている。絶対に前回よりも私の負担が大きくなるというか、死にかけるというか、なんというか……。 まぁ一度やってみないと何も言えないわね、少しだけやってみましょうか。レイス、手を貸して。」
「は、はい。」
師に言われた通り、差し出された掌の上に翼を置く。
アメリアさんの顔を窺い、彼女が息を整えるのを待った後。細心の注意を払って今できる最低限の魔力を彼女に流しこむ。すでに流し込む前、翼を通る魔力の線から理解できることであるが、とんでもなく魔力の線が太く、濃い。頑張ってはいるのだが、これ以上細くすることが出来ないため、仕方なくそのままゆっくりと彼女へと流し込む。
その瞬間。
「ぉごッ!!!」
彼女の悲鳴と言うか、嗚咽というか、とんでもない声が聞こえた瞬間、即座に魔力提供を中止する。大丈夫!? ……ではなさそうだ。顔は青く、息は荒い。即座に近場から水を取って来て彼女に持たせ、背中を摩る。ご、ごめんね? 大丈夫? 落ち着いて深呼吸、吸って吐いて……。あ! 教会の人呼んできた方がいい!? 回復魔法!
「だ、だいじょうぶ、だから。ちょっと休ませて……。」
師の背中を摩ること数分、ようやく復活した彼女の話を正座しながら聞く。
「とりあえず、さっきので感覚は掴めたわ。もう一度やらせてくれれば完璧に起動まで持って行ける。」
「あの、えっと。私がお願いした上に、やっておいて何なのですが……。本当に大丈夫ですか?」
普段は魔法を教わるときも結構フランクに接させて貰っているのだが、つい敬語になってしまう。私のせいで本当に死にそうな顔してたからさ、滅茶苦茶申し訳ない気持ちでいっぱいです。というか本当に任せて大丈夫なの? 元々師匠色白な方だけど、さっきの白を通り越して真っ青だったよ? 確かに魔法陣での時間短縮は大事だけど、そこまで苦しいものをお願いするのは……。
「大丈夫よ、規格外さは貴女に負けるけど、これでも四桁は生きた魔法使い。同じ醜態は晒さない、そのまま受け止めるのがダメなら、段階を分けて一部放出すればなんとかなる。魔法陣に魔力を注ぐのでしょう? その程度なら複雑な魔力操作は必要にならないし、可能よ。」
「ほ、ほんと!? 助かります……!」
「貴女の魔力ね、体内に無理矢理収めようとしているせいか圧縮率とかが異常すぎてね。それを流し込まれるのは、全身の穴という穴に極太の丸太を突っ込まれるような感覚なの。出来ないとは言わないけれど、その日はもう私使い物にならないわよ。」
「う、うわぁ。」
「よく"出産の痛みは鼻からスイカを出す"みたいに言われるけれど、明日から"レイスに魔力を流し込まれる"に変えた方がいいかもね。……まぁ私出産どころか相手もいたことないのだけれど。」
いや、ほんとすみません。かなり長い期間指導してもらってるのに全然魔力操作向上しない不肖の弟子で……。唯一の姉弟子らしい帝国の特記戦力であるヘンリエッタという人は滅茶苦茶すごい魔法使いらしいし、色々顔向けできないです。あっしはアメリア一門の面汚しじゃけぇ……。
これの原因は解ってるんだけどね。私の総魔力量の上昇に、私の技術が全く追いつけていないってやつ。
(例えるなら……、水圧かな?)
ほらさ、水撒きするときにホースの先端をつまむと勢いよく水が出るでしょ? 感覚的にはアレが近いかも。あれって口径が小さくなって流れ出る"水流"が小さくなるけど、ホースに流れる水の量、"水圧"が同じだから水が遠くまで飛ぶのよ。私の場合水量がとんでもなく大きいからホースとか以前に、全部が津波レベル。
それを防ぐために蛇口の元栓を締めたり、ホースを取り換えて"水流"を大きくする作業が『魔力操作』なんだけど……。魔力を使い過ぎると大本の水道局が『何! そんなに水を使うのならもっと送ってあげよう!』って魔力量を増大させちゃうの。つまりさっきまでの調節が意味をなさないってワケ。
(私の体は欠損時に元に戻ろうとする力が加わるように見える。……もしかしたら魔力もそうなのかも。)
前世の記憶を得た時に脳が爆発してより多くの情報を処理できるように再構築されたように、もしかしたら私の体は『魔力の消費』を『身体の欠損』と同じようにとらえているのかもしれない。つまり大幅に使えば使うほど私の体はそれに対応しようとして総魔力量を引き上げていく。……嬉しくないと言えば嘘になるけれど、毎回それまで積み上げてきた魔力操作の感覚が0になるからやめて欲しいのが本音。
「はぁ。……貴女のその魔力量は誰にも覆せないような圧倒的な強み。それを否定するつもりはないけれど、もうちょっと何とかは……、なってくれたら、と思うわ。」
「ですね……。」
憂鬱そうにする彼女、少し離れたところで楽しそうに遊ぶウチの子たちとはえらい違いだ。というかアメリアさんがしんどそうな顔してたらデレあたりがすぐに飛んできそうなものなんだけど、一体どこに……。
「けちー!!!」
「ぬ、ぬぅ。ダチョウ殿? これは我の大事なものでしてな?」
「やだー!!! ほちい~~!!!」
「ぐ、軍師。たすけて?」
「陛下……。ではデレ殿、少々お待ちいただくことには成りますが、似たようなものを後日私から送らせていただくというのは如何でしょう? 陛下のものは男性用ですし、少々年季も入っております。やはり新品の方が……」
「やだッ! あとお前きらい! あっちいけ!」
あ、まだ王冠の取り合いしてたのね。というか軍師、口から血を吐いてやんの。まぁデレ見た目も話し方も幼子だからねぇ。子供に拒絶されるのはキツかろう。ショックを受けている軍師をよそに、デレは地面に寝転んで『ヤダヤダ』してるけれど……。まぁいっか、さっきの会談の仕返しってことで放置しちゃえ。
「……レイス、落ち着いたらデレに何か買って上げたら?」
「あ、いいですね。多分私の"アレ"を見てやってみたくなったんでしょうし、ちょっと考えてみます。」
「私も混ぜなさいよ。」
「もちろんですとも。」
アレ、アメリアさんに毎回手伝ってもらう族長フォーム用の小道具。踊り子衣装をなんかロイヤリティというか、より上品な感じに叩き上げたアクセサリー群のことだ。最初はプラークにいた"ごはん"の御用商人アランさんからもらった奴だけだったんだけど、知らないうちにアメリアさんが買い足したのか結構な数が集まっている。
デレもオシャレに興味が出てきたのかもしれないし、そのあたり色々考えてみるとしますかねぇ。……ルチヤも呼んでヒード王国の御用商人でも呼んでもらおうかな? 国の商人ともなれば色んなものを用意してくれそうだし。とりあえず色々面倒事が終わったらもう一度考え直してみますかね。
(……さて、アメリアさんのことは不安だけど、彼女ができると言っているのならばその方針で行くべきだろう。)
私の師匠は自分ができること、出来ないことの把握をしっかりとしている人間だ。何か教わるときも必ず『自分の限界を常に意識しておきなさい』という言葉を添えてくれる。今自分ができることを正確に把握することで、切羽詰まった状況でも即座に選択することが出来る。高原で私に染みついた考え方と非常にマッチしている。そんな彼女ができると言っているのだ、ならばお願いすべきだろう。
(奴、軍師の予想ではあるが相手は王都を占領した後、要塞化を進めている。つまりあまり時間を与えるわけにはいかない。準備が出来次第即座に転移し、攻め込むべきだ。)
運よく、と言うべきか。それとも軍師があらかじめ用意していたのか。確実に後者だろうが、そのあたりの準備はすでに終わっている様子。一時的にヒード王国へと逃げてきたナガン王によって、侵攻のために必要な物資や兵の準備は済んでいるとのことだ。つまり後は私たちが転移するだけ。
「レイス、転移魔法陣の図面は?」
「軍師が持っていたと思う。」
「解ったわ。どんなものか確認したいし、設置も早めに始めた方がいいでしょうね。行ってくるわ。」
「お願いします。」
結局、ヒード王国は獣王国の参戦を許可することになった。実質的な属国ではあるが、国民皆兵のような国だ。暴動が起きればヒード単体でそれを鎮圧することは難しい。故に"ご機嫌取り"をして占領するために必要な時間を用意する必要があった。まぁつまり、転移すべき人数は私たちダチョウ300名と、それ以外の人間500。合わせて800近い数をあちらに送らなければならない。
そんな人数を送るのには莫大な魔力が必要で、その持ち主は私だけど魔力操作ができなくて、代わりに操作してくれるアメリアさんが必要。という形だったわけだ。……私に魔力での心配はない様なモノだし、アメリアさんもすでに復帰済み。転移後は休まなければならないだろうが、すぐにでも飛ぶことが可能。
(あちらに着いた後は、速攻戦だ。)
到着と共に、敵に準備させる時間を与えず、攻撃を仕掛ける。
「幸い作戦を考えてるのは軍師で、彼は今仲間。そうそう面倒なことにはならないだろう。……警戒自体はしておいた方がいいだろうけどね。」
◇◆◇◆◇
ナガン王国、王都。本来その場所にいるはずの王は他国へと亡命、新たな主となった一人の女はゆっくりと杯を傾けていた。
「ふふ、日が高いうちからお酒が飲めるなんて。いい生活ですねぇ。」
王が来客をもてなす時のために整えられた庭園、彼女はそこで育まれた小さな草花を眺めながら酒を嗜んでいた。軍師と王の私室から発見した二人のコレクションである。ナガン王室御用達の醸造所は勿論、軍師の指示で各国に潜む諜報員たちが集めた酒飲みにはたまらない一品たち。高いものが必ず美味いわけではないというのは、以前そのコレクションの一品を送られたレイスの反応を見ればご理解いただけるだろう。しかしながら彼女の反応を見るに、非常に気に入った様子。
王宮を占拠した少し後、配下のアンデッドからコレクションの発見を報告された彼女はすぐさまその場へと足を運んだ。そして並べられた酒瓶を見るその顔は、普段彼女が見せる挑発的な笑みとはまた違う幼子のような笑み。銘柄を一本一本確認しながら、全て押収。おそらく総額で小さな御城が複数買えるであろう酒瓶たちを彼女は自身の拠点へと運んだ。
今死霊術師が楽しんでいるのはその一本である。
「北大陸のエルフが作った200年物のワイン、スケールが違いますよねぇ。」
彼女はある程度暴れた後、即座に撤退を行うつもりだ。故に各拠点に繋がる魔法陣は全て廃棄済み、カモフラージュ用に用意しているものも、全て溶岩などの生きて帰れぬ場所に転移するようにしてある。つまり彼女が盗んだものを取り返すことは、さすがの軍師でも不可能ということだ。
王と軍師が現在の職に就く前から二人で集めてきた垂涎の一品たち、20年近く集めてきたコレクションの終わりだった。
「軍師も宝物庫とかの重要な品は全部あらかじめ運んでたみたいですけどぉ、食料とか細かな物品は全然放置してくれてたんですよねぇ。そういうのも粗方回収しましたし、つぎは何をしましょうかぁ?」
既に彼女は配下のアンデッドたちに指示を出し終えている。彼女が手を加えない限り、強い意志を持たぬアンデッドたちは複雑な作業をすることは出来ない。しかしながら指揮個体として用意されたものがいるだけで、その作業効率は格段に向上する。そんな指揮個体には既に要塞化に必要な知識と進行計画をインプット済み。つまり彼女ができることは何もない状態であった。
普段であれば自身の拠点に戻り研究を進めるか、次の目的地に向けてアンデッドの調整を行うのが常であるが、彼女はそれを選ぶことが出来ない。
(情報戦、敗け続けてますからねぇ。)
未だ相手戦力である軍師やダチョウが健在である以上、彼女自身はこの王都に残らなければならない。彼女が思い浮かべるシナリオ的にもそうするべきだ。そのため彼女は各地にアンデッドを放ち情報の入手に勤めたのだが、その多くが音信不通。地面に埋まる"ごはん"か"オモチャ"と勘違いしたダチョウたちによって処分されている。つまり相手の行動の予測がしづらい今、王都を留守にすることは出来なかった。
「研究資料とか、こっちに持ち込んで忘れちゃったら大変ですからねぇ。裏の私たちみたいな人間が情報の漏洩とかできるワケありませんし。」
彼女はこの戦いに勝利するつもりはないが、ずっと負け続けるつもりもない。いずれ自身を負かした者たちに勝つためにも、自身の研究や情報を抜き取られ研究し対策を練られるのは避けなければならない。よくあるような対アンデッド用の対策程度であればまだいい、しかしながらこの世界で有数のアンデッド作成技術やその癖、人体への理解度の高さなど隠蔽しなければならない情報が多数存在する。
「だから暇なんで…………、ッ!!!」
彼女がそう呟こうとした瞬間、決して無視できない膨大な魔力反応を感知する。
強大な魔法の使用にしてはいささか整い過ぎている上に、自身が何度も肌で感じたことのある反応。
転移魔法陣だ。
「………流用、されちゃいましたかぁ。あれでも色々真似できないようにしてたんですけどねぇ? さすが軍師、というべきでしょうか。」
酔い覚ましのために体内を循環する魔力にほんの少し指向性を与えながら、彼女は立ち上がる。その脳内ではすでに配下の者たちへの指示出しが始まっており、要塞化を進めていたアンデッドたちが即座に防衛体制へと移っていく。軍師が相手の場合、その限りではないだろうが一般的な兵法を鑑みるに、此方の準備が整う前に、即座に攻めて来るはずだ。
「さて、獣王くぅん? 働いてもらいますからねぇ?」
「…………。」
〇レイス
攻め込むぞー!
〇アメリア
きっつ。
〇デレ
わーい! おうかん!おうかん!
(結局粘り勝って奪還作戦中貸してもらうことに)
〇ナガン王&軍師
お、お酒取られちゃった……。かなちい。
〇あっちのちゃぶ台前にいる獣王
働け? ちょっと待て、今最高にかっこいい技名を考えている途中だから……。
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