49:ダチョウがでるよ
「ッ!」
赤騎士の視界に映るのは、玉座の間に空いた穴からゆっくりと上がって来る化け物たち。そのすべてが明らかに強者。彼女以外の兵から見れば絶望しかないだろう。そもそもナガンが有する準特記戦力は赤騎士以外すべてが国境線か他任務に配属されている。戦乱続くこの大陸において国土を守るためには戦力の分散しかない。
そのため王都を守る兵は優秀な者でも1000程度。目の前にずらりと並ぶ首無しの騎士、赤騎士とほぼ同等である5000程度の『デュラハン』など、どうあがいても勝てぬ相手。死霊術師のようなテイマー、または自分以外を戦わせるスタイルのものは基本圧倒的な数で押すか、圧倒的な個によって押し切るかのどちらかである。両方を備え持つ相手など彼女は初めてだった。
(それに、こいつらだけじゃない……!)
続々と上がって来るアンデッドたち、この死者たちは火や聖の属性に対し圧倒的な不利を受け入れる代わりに、多種多様な能力を所有しているのが基本。物理攻撃がほぼ効かない奴や、多種多様な魔法攻撃を操る奴、毒や酸の使い手など腐るほどいる。自然発生したアンデッドであれば事前に情報を集め対策することも可能であるが……。
彼女の眼前に映るアンデッド、そのほとんどが彼女の知識にはない。
軍師であれば視界に入れるだけである程度の能力の把握、もしくは可能性のある能力に対する対応策を先に用意してそうなものだが、赤騎士にはそんな能力などなかった。目の前に並ぶデュラハンのように見たことのあるアンデッドもいるが、明らかに新種。今回の敵である死霊術師によって改造された個体が多く見られる。
(対してこちらの"噴式"は、国内に限るものではあるが広く伝わってしまっている技術。隠し通路を発見してここまでやって来るような相手がその情報を掴んでいない訳がない。情報アドバンテージも、数も、相手が上。それに……)
この玉座の間には即席だが強固な対アンデッド結界が張っている。軍師の掌の上といえど、ここにいるのは"陛下"。ある程度の防御を固めておかなければ怪しまれてしまう。赤騎士である彼女がこの場にいるのも、それが理由だ。
常に人類の守護者であるように努め、政治とはある程度距離を持つ教会勢力も軍師によって今回の防衛戦に参加している。彼らによって構築された対アンデッド用の結界はそれこそ特記戦力クラスでもなければ確実に殺しうる性能を発揮していた。
それほどまでにアンデッドは聖属性に弱く、同時にこの国にいる聖職者たちの実力は高い。故にこの場には"あの"アンデッド以外存在するはずがなかったのだが……。
(ダメージ、無し。……あの後ろに控えるリッチたちのせいか。)
彼女の視線は、デュラハンたちの背後へ向けられる。ほかのアンデッドたちによって固く守られた死霊の魔法使いたち、『リッチ』だ。野良の存在であっても高度な魔法技術によって人を追い詰め、個体によっては教育を受けた士官を超える指揮能力を持つ者もいる。それ故に"死者の王"とも呼ばれることもある準特記戦力級の魔物。それが12体ずらりと並び、統一された動きで全員が杖を掲げている。
(野良ならまだしも、相手は"頭脳"が付いている。これぐらい対応済みと言うわけですか……。)
そう考えながら、赤騎士は思考を回す。
彼女が軍師から求められていることはただ一つ、『生き残る』ことのみ。確かにこの場には多くの人間がいるが、今後のナガンの行動を考えると一番命が重いのは彼女だ。最悪相手が殲滅戦に移行した場合、全てを見捨てて即座に撤退することを彼女は軍師から求められていた。軍師の台本がある限りそんなことはありえないと彼女は信じていたが、覚悟だけはしていた。
剣を握る手に力を籠め、より意識を眼前の敵に合わせていた時。
相手の首領が、ゆっくりと大穴から、上がって来る。
「あらぁ、沢山いますねぇ。お迎え感謝ですぅ。」
黒髪の女性。真っ黒なローブを身に着け頭部を露出させた彼女、首元まで伸びたその髪は内側に跳ねており、手入れの跡が見受けられる。女の赤騎士でさえも、ここが戦場でなければ少し見とれてしまうような美貌を持ち、同時にローブで隠れていて見にくいが、体形も出るところが出ているように思える。幼児体型のダチョウたちとはえらい違いだ。
そんな彼女が、アンデッドで作られたであろう醜悪な椅子に乗りながら、上がって来る。先ほどまでは徒歩であった死霊術師だったが、急遽アンデッドの一体を作り替え、自身のための動く簡易玉座としていた。そして死の王の隣には、過去『獣王』と呼ばれていた彼が、彼女を守る様に横へと立つ。
圧倒的な圧力、死者たちを束ねる王が配下よりも弱いわけないじゃない、と示すような覇気。しかしながらそんなものダチョウを経験した赤騎士からすればただのそよ風。そんなそよ風よりも、滅茶苦茶気になることを。台本には無かった眼前に存在する彼女への疑問を、つい赤騎士は口にしてしまった。
「……あの、なんで裸ローブなんですか?」
「………………え? ……あっ。」
※死霊術師、46話時点で配下のアンデッドからローブのみ受け取り着用。その後、服の着脱描写なし。
その場にいた男性陣、"陛下"を含めた全員が思いっきり死霊術師から顔を逸らす。
ようやく自分の状態に気が付いた彼女は、全身ローブで隠し、顔を茹蛸のように真っ赤にしながら、スススとさっきまでいた大穴へと下がっていった。
ナガン王宮防衛戦、お着替えのため一旦中止ッ!
◇◆◇◆◇
「……おきがえ?」
「? どうしたのデレ。戦闘中よ? まぁ貴方たちからすればつまらないかもしれないけれど。」
場所は変わり、久しぶりのダチョウたちへ。
彼女たちの長であり、ママでもあるレイスが魔力砲によって準特記戦力級のアンデッドを処分した後。ダチョウたちは早速突撃を敢行した。しかしながらダチョウたちからして今回の攻撃はあまり良い物ではない、なんて言ったってどんなに頑張ってもお肉が手に入らないんですもの。
彼らにとって攻撃は未だ、"自衛"か"狩り"のどちらかでしかない。今回は相手が攻撃してきていないので"狩り"なのだが……、目の前のお肉はこれでもかと言うほどに腐っている。ダチョウ故に食べても『ちょっとおなかいたい……』で済むだろうが、普通にバッチいしマズそうだし攻撃したくないし、触りたくもない。とっても『くちゃい』のだ。
けれど仲間のデレが『がんばろー!』と言っているし、今日は何故か後ろにいるママが『デレちゃんにしたがってねー!』と言うから頑張るのだ。"デレ"と言うのが誰かちょっとよくわからないし、直ぐに忘れてしまったけれどママの代わりに誰かが指示を出してくれることは何となく理解している彼ら。ダチョウちゃん、くちゃいのをがまんしてがんばりましゅ。
さて、そんな彼らを率いるデレであるが……。早速謎の電波を拾い、速攻で忘れていた。
「??? なにかあった?」
「あら、忘れちゃったのね。まぁいいわ、とりあえずこのまま敵の数を減らしましょう。」
「はーい!」
どれだけ賢くなってもダチョウはダチョウ、大事なことも大事じゃないことも総じて記憶から消し飛ばす。覚えているのはママのお顔ぐらい、アメリアさんはデレの背中に乗りながら『やっぱり変わっていないところもあるのね』と微笑みます。とても余裕なお二人ですが……、それもそのはず。こわっぱのアンデッドごときに、ダチョウさんが苦戦するはずもありません。
「とちゅげきーっ!」
「「「わー!」」」
「やっつけろー!」
「ばっちぃ!」
「どっかいけー!」
「うんちついた! やだー!」
そもそもこのアンデッドたちの元の姿、それはダチョウちゃんに蹂躙された獣王国の兵士さんたちです。いくらアンデッド化して強化されようとも、彼らは死霊術師ちゃんから『時間と手間がかかるのでそのままで~、そんなにいい素材でもないですしぃ。』と言われた可哀そうな人たち。強化倍率もよくて1.5倍程度。そんなレベルじゃダチョウちゃんにかなうはずもありません。
一応毒だったり酸だったりの特殊攻撃を撃てるアンデッドさんもいますが……。
「ピリピリする!」
「ぴりぴり? だいじょぶ?」
「なおった! だいじょぶ!」
とまぁこんな感じで全く効いておりません。
元々それなりの強さを持っていた獣王国将軍なら、まだ傷つけるぐらいは出来たかもしれませんが……。彼らはすでにレイスちゃんによって成仏。お空の彼方へ飛んで行ってしまいました、今頃被害者の会でダサくない技名を必死に考えている獣王様にご挨拶に行っていることでしょう。まぁつまり、この場にダチョウちゃんの相手になるものなどいないのです。
そんな無双状態のなか、デレちゃんが指示を飛ばします。
「つぎ! こっち!」
「こっち!」
「こっち!」
「どっち?」
「まま! まま! とって!」
翼を大きく広げ、次に突撃するアンデッドの集団に狙いを付けながら後方へと指示を出す彼女。うっすらと脳に残る高原でのママの様子や、昨日ママに色々教えてもらったのを何とか再現して、仲間たちに情報を伝えようとします。
しかしながらやっぱりママの様には上手くいきません、もう少し経験を積めば何とかなりそうではありますが一部の子たちには指示が伝わらなかったり、そもそも見ていなかったり、色んな理由でママみたいに上手くいきません。ちゃんと指示が伝わったのはデレの近くにいた50人くらい、残り150人は『なかまが攻撃したり、あっちに行ったりしてるから付いて行こう』、最後の100人は何をしたらいいのか全く分からない状態です。
この場にデレちゃんしかいなければ群れが最終的に散り散りになってしまいそうなものですが……、ご安心ください。背後にはみんな大好きレイスママが付いています。
「ままー! きちゃないのやだー!」
「ありゃ、お腹蹴って貫いちゃったか。アメリア、水頂戴ー!」
「はいはい、『水球』」
ママにかかれば頭にハテナが浮かぶダチョウの指示など朝飯前、足に"運"が付いてしまったダチョウを慰めながら軽く水洗い。それと同時に何をしたらいいのか解らないダチョウへ指示を出し、戦闘終了後にデレへ何をどう教えるのか脳内でメモを取ります。さらに戦場全体を見渡して、ダチョウが必要とされる戦線をチェック、情報を整理し先頭のアメリアさんを通じてデレに情報提供。
一人でどれだけ仕事してるんですか……、ってレベルで動いてます。
「みんなあっちに行くみたいよ、ほらダッシュダッシュ。」
「ほんとだ!」
「いそげ!」
「はしれー!」
「ままもいこ! いこ!」
「はいはい、待ってね。」
そんな感じで進む戦場、とっても順調に敵の殲滅が行われていきます。
軍師さんが装備と大まかな戦略を用意し、それに合わせてマティルデちゃんが頑張って戦術を駆使します。犠牲者が出ないようにアンデッドを押しとどめたところに、ダチョウちゃんたちが突撃し敵を殲滅する。ダチョウ・ヒード・ナガンの連合軍は合わせても1000名ちょっと、そしてこの場に集まった獣王国の民兵は3000と少し、アンデッド30000体に対し圧倒的な数的不利であったが完全に戦況はダチョウたちに傾いています。
属性有利が常に起きているため戦線が押されることもなく、少し不利になった場所は軍師のテコ入れ。そして現場にいるレイスが即座に察知しダチョウたちを動かします。戦線を支える兵士たちも、ダチョウと言う全てを薙ぎ払う味方がやって来ることを理解できればどんな不利だって我慢できます。
いつのまにか動いていた化け物は消えてなくなり、ダチョウちゃんたちがママに、アンデッドを蹴ったことで汚くなった足を洗って欲しいとお願いする頃には殲滅が完了しておりました。
「ママ! 終わった! デレすごい!?」
「うんうん! すごい! よう頑張ったねぇ~!」
デレを筆頭に、ママに褒めてもらいたくて集まった子たちをわちゃわちゃしてあげるレイス。特にデレは一番頑張っていたので念入りに、です。もちろん他の子たちもきちゃないのを我慢して頑張ってくれて、デレのいうこともしっかり聞いていたわけですから、もうわちゃわちゃです。お仕事は終わったわけですし、近場の川にでも行って子供たちを洗って上げようとレイスが考えていた時……。
異変を察知します。
死霊術師があらかじめ用意していた"仕掛け"。二度死したアンデッドたちの怨念で作成する新たなアンデッド。
それが、今。産声を上げます。
「……へぇ。」
まぁどんなに頑張ってもレイスちゃんには負けるんですけどね。
◇◆◇◆◇
場所は戻り、ナガンの王宮へ。
服自体は持って来ていたのか、それとも配下のアンデッドが持っていたのかは赤騎士である彼女には判別がつかないが、大穴の奥からペットであるアンデッドを褒めるような声が聞こえていたあたり、後者だろう。そんな死霊術師は最初からやり直すように、もう一度アンデッドの椅子に座りながら上がって来る。
「さ、さてぇ。し、仕切り直しましょうかぁ。」
しかしながらその声が震えていることから解るように、もう滅茶苦茶テンパっているようだ。
赤騎士自体最近まで"駒"であったが、色々漏らして羞恥に死んだ経験があるため、死霊術師の気持ちは非常にわかる。しかも登場シーンなんて普通滅茶苦茶気合を入れるものだ、そんな時に自分が服を着ていないと理解してしまったら……。
(あ。駄目だ。普通に死ねる。考えないようにしよう。)
若干の現実逃避? をしながら赤騎士は視線を彼女に合わせる。顔は余裕そうな表情を浮かべているが、耳は燃えるように真っ赤。多分まだ内心羞恥に悶えているのだろう。
赤騎士は知らぬことであるが、これまで死霊術師は一人でアンデッドに囲まれて生活していたせいか、色々とそういう防御が疎かになっていたのだろう。周りに自分のペットしかおらず、誰とも交流せず自分の拠点に籠る。自然と服など着ないようになっていき、それが習慣になってしまう。ありえない話ではない。
しかし別に露出の趣味を持たない死霊術師、思いっきり人前で爆死してしまった。
(かわいそ……。)
さらに、運がいいのか悪いのか、王宮の防衛に参加していた兵士たちは皆悪い人間ではない、いやむしろかなりいい人間だった。確かに変な思想に拘っている人もいたが、幸い死霊術師は普通の人間。差別の対象外だった。故に全員の目がとても暖かい。失敗した自身の娘を見るように優しい眼をしているお父さんや、自分は何も見なかったという顔をするお兄さん、逆に綺麗な肌でしたよとグッジョブを送るお姉さんすらいた。もうカオスである。
(……し、指摘しなかった方が良かったんでしょうか。)
そんな優しい雰囲気に包まれる死霊術師を見ながら、赤騎士はそんな考えを浮かべます。確かに死霊術師が放つ覇気のようなものは特記戦力並みの威圧感があったし、彼女の横に立つ獣王の力量も全身が震えるようなレベル。どうあがいても勝ち筋など見えず、もし軍師の策がなければ即座に死を覚悟していただろう。
けれど以前色々漏らすほどに感じたレイスと、ダチョウたちが纏っていた覇気に比べればマシ。確かに眼前にいる黒ローブの元全裸もすごいが、一度それを上回るのを喰らい耐性ができた赤騎士からすればそよ風だった。確かに強者ではあるが、軍師の策もある以上絶望するほどではない。
それ故にあんな発言をしてしまったワケだが……、言わない方が良かったのだろうかと後悔してしまう。
「……さぁて、獣王。出番ですよぉ?」
赤騎士がそんなことを考えている間に、事態は進行する。ようやく意識を切り替えることが出来た死霊術師は、緩んだ空気を叩き直すために即座に獣王を前へと出す。それに合わせ赤騎士も放たれたように構え直す。確かに手が出ないレベルでの圧倒的な格上。しかしながら"所定の位置"まで運ぶことが出来れば、勝機は見えてくる。
「獣王殿、ですか……。」
「……。」
死者となってしまった彼は、何もしゃべらない。レイスに討伐された後、何者かに持ち去られたということは赤騎士も知っていたが、このような形で会うことになるとは思ってもみなかった。知識で知っていたとしても、相対した時の衝撃は別。死者を冒涜するような行為、そしてその死者をもう一度眠らせなければならないという責任。
たとえ軍師から勝敗は問わないと言われたけれど、戦うのならば勝利したいという欲は彼女にもあった。そしてエルフのアメリアとの戦いの後で少しだが壁を超えることが出来たという事実。それが、『特記戦力に成りたいという欲』を再燃させる。
(まずは、目の前にいるこの人を、倒す。)
「赤騎士、ドロテア・イクエス。参るッ!」
「遊んであげなさぃ、私の"最高傑作"。」
踏み込みのインパクトの瞬間、即座に"噴式"を発動し速度を上げる。相手、死霊術師の発言から赤騎士は眼前の獣王が本気で来ないことを察していた。……しかし。
「ッ!」
全力での刺突、噴式と全身鎧によって強化された速度と重量。並みの存在ならば避けることは叶わず、問答無用で貫かれるソレ。一方向に最大出力で進む故に隙が大きく、それこそこんな風に初撃にしか使えないがその分自信を持って確殺の技だと言える攻撃だった。いくら特記戦力であれど傷ぐらいはつくだろう。彼女はそう、考えていた。
だが、無傷である。
「アンデッドってねぇ? 基本生前よりも強くなるの。それこそ、体の硬さとか。」
獣王の突き出された拳、それによって赤騎士の剣は防がれる。
なんの変哲もない拳、魔力により防壁も、肉体強化もされていない。ただの拳だけで、受け止められる。
「さ、赤騎士ちゃんだっけ。頑張ってねぇ?」
彼女がそう言った瞬間、猛攻が始まる。
獣王が生前扱っていた洗練された体術、『遊べ』という命が下っているが故にその威力はかなり制限されている。しかしながらそれを目の前で対処せねばならない赤騎士からすれば地獄以外に表現する言葉がない。遊ばれていること、手加減されていることは十二分に理解している。しかしながら致命傷を避けるので精いっぱい。どう頑張っても攻撃に繋げることが出来ない。
繰り出される拳の迎撃のために剣を振るうが、どうあがいても間に合わない。故に無理矢理空気を圧縮し、目的の方向まで腕を動かせるように固めた空気を爆発させる。何とか直撃、致命傷を喰らわぬように拳を剣で受け止めることが出来たが、全身が軋む。明らかに肉体の限界を超えた戦いが続く。
(きつい……、ッ!)
ほんの、十数秒。しかしながら赤騎士からすれば永遠に等しい時間。百を超える打ち合いの末、状況が変化する。
何度も剣や盾で防御していたが、ついに限界が訪れる。本来大盾で受け流すはずの拳だったが、全身に溜まった疲労からか、それとも無理矢理肉体を行使したせいか。盾の角度を間違えてしまう赤騎士。獣王の拳をそのまま面で受けてしまう。
(まずっ)
即座に立て直しを図るため盾を放棄するために手を離す彼女だったが、遅すぎた。獣王の何の強化もしていない拳はミスリルの大盾を貫き、その拳は彼女の胴体にまで到達する。
(まに、あえッ!)
自分の前方の空気を無理矢理固め、全身を後方へと押し出す。急いで生成しすぎたせいか、空気の圧縮が正常でなかったせいか全身に空気の弾丸が突き刺さるが、許容範囲。痛みに耐えながら獣王の拳を何とか避ける。
腹部に突き刺さるはずだった拳は鎧を掠り、その部分は即座に粉砕される。もし直撃していれば、確実に貫通。即死級の技であった。
そして獣王は、殺し損ねた彼女を倒すために。
より一歩。奥へと進む。
「今ッ!」
彼女がそう叫んだ瞬間、一斉にナガンの兵士たちが動き出す。
軍師が彼のために製作した、トラップ。その起動である。
「あはっ、それぐらい対策……、ッ!」
初めて、死霊術師の顔が歪む。
彼女自身、度重なるアンデッドによる諜報活動でそのトラップの存在は理解していた。初めてその存在を知った時は軍師の頭脳に感心し、自分も真似してみようと思うほどであった。彼女は複製こそできなかったが、その理論と仕組み。そしてトラップの目的を理解していた。
対象者の魔力自体を一時的になるがかき消し、同時に多数の状態異常を押し付け、拘束する罠。作成に時間とかなりの費用を要するが、確実に獣王を弱体化させ、赤騎士でも殺せるようにするもの。この存在を知っていた死霊術師が対策を立てぬはずがない。
けれど、眼前に起動し始めたソレは、彼女の知らぬもの。
根本となる理論は同じだが、その効果は違う。対象者の魔力を糧にして獣王を縛る鎖を生成。罠にかかった者の魔力が多ければ多いほどその鎖の数と強度は跳ね上がる。そして動けないようにした後、高出力の聖属性の攻撃を加える。
そして死霊術師が感じたその魔力は、確実に獣王を消し飛ばせると確信を持ってしまうレベルの出力。
「撃てェ!!!」
その瞬間、獣王の視界は、光に包まれた。
「でばん、ちゅくない!」
「もっとだせー!」
「あと、おわってない! うそつき!」
「ごはん!」




