47:ダチョウと頭脳戦
さて、デレ率いるダチョウ軍団がアンデッドたちを『くちゃい、くちゃい』と言いながら蹴散らしている時。
ナガン王国の王都では壮絶な戦いが巻き起こっていた。
特記戦力たる"軍師"と、複数の国を丸ごと自身のアンデッドへと作り変えてしまおうとする"死霊術師"。
その戦いである。
といっても、"死霊術師"が理解しているように。彼女が頭脳戦で"軍師"に勝つことは不可能に近い。彼女の試算では、自身が万全と呼べる準備を整え、なおかつ軍師がその場にいない状態でようやく均衡。つまり軍師が前もって用意しておいた防衛策と死霊術師である彼女は戦うのだ。獣王の死体という特級の素材を片手に。
「(たぶんですがぁ、"軍師"のことです。私みたいな死霊術師対策とか十全にしてるんでしょうねぇ。)」
今回のナガンへの侵攻。正確に述べるとするならば、ナガン王国の王都へと直接転移し、そこで王宮と国王を確保するという作戦。彼女はこの実現のためにかなりの資材と時間を費やして来た。
ナガン王都に用意した拠点、その数28。そのすべてが魔術的にも物理的にも発覚しにくい場所に設置されており、どこかの拠点が潰されたとしても大丈夫なように、そのすべてが彼女が求める水準。そして全てが転移が可能な設備を整えていた。
目的は王都に跳び、国のトップである国王を確保すること。彼女が得た情報では"軍師"はナガン王に対し深い尊敬の念と恩を持っているように見えた。また年来の親友であるということも。ブラフとして『愛する妻がいる』だったり、『赤騎士に恋をしている』などのよくわからない情報も見つけることが出来たが……、整合性が取れなかった。そもそも軍師未婚だし。
「(まぁ国王、国のトップを支配下に置いてしまえば何とかなる。無理だった時のためにブラフの情報含めて全部確保する予定ではあったけど……。やっぱり全部、潰されてるか。)」
流石だねぇ、軍師ぃ。と彼女は口ずさむ。
転移の魔法陣を起動したはいいが、望む反応が帰って来ない。正確に言うと、帰って来る反応は全てトラップ。つまり、28か所の拠点すべてが対処済み。彼女が感じ取ったことは事実であり、軍師はすでに手を打っていた。
獣王国への遠征のさなか、"軍師"は先に返していた赤騎士から『不審な設備が整えられた施設を発見』という報告を受け取っていた。死霊術師の獣王国で引き起こした騒動を『ブラフの可能性アリ』と読んだ彼は、即座にナガン王都の地図を広げる。そこからナガンへと仇成す存在が隠れていそうな場所を全てリストアップ、即座にその情報を王都へと届けたのだ。
(今からナガン王都に戻ることは距離的にも時間的にも難しい、そもそも王都で見つかった拠点自体がブラフの可能性もある。下手に動かず、あちらで確実に仕留められる策を練る。……幸い、対獣王のトラップはすでに王都へ輸送済み。頼みましたよ皆さん。)
敵が潜む可能性がある地点の情報、それを受け取った赤騎士たちは即座に行動を開始する。
死霊術師が用意した28か所の拠点を全て制圧。準特記戦力級のアンデッドが防衛のために派遣されていた地点も存在していたが、エルフのアメリアとの戦いや、ダチョウの長レイスと言う規格外を知り、一段と成長した赤騎士ドロテアによって破壊される。
そして転移の魔法陣全てに細工を施し、相手がこちらに飛んできた瞬間。ナガン王都地下3000mの場所に転移するというトラップを仕掛けたのだ。まさに『石の中にいる』作戦である。
遠隔で指示していた軍師も、可能であれば魔法陣の破壊や建物自体の破壊を命じたかった。しかしながらそもそも魔法陣自体の強度が非常に高く破壊が困難。また建物自体もそれ一つを破壊した場合、連鎖的に王都で高威力の魔力爆弾が起動する仕掛けが為されていた。相手がいつやって来るか解らない以上、爆弾の撤去作業に時間を掛け過ぎるわけにはいかない。
"最低限だけの処置"を行い、魔法陣への罠を優先したのだ。
つまり一見完璧な対策に見えて、苦肉の策であった。
「でもでもぉ、それぐらいこっちも想定済みなんですよねぇ。」
転移魔法陣を発動しきる前に異常に気が付いた彼女は、行動に移す。まず28か所すべての魔法陣に囮として一体の最下級アンデッドを送り込む。即座に地下奥深くに送られるアンデッドではあったが、彼が現地に到着した瞬間。周囲の情報と魔法陣へのパスを主人へと送る。
「ん~、なら6番拠点にいきましょうかぁ。」
比較的"魔法陣が正常に機能"しており、かつ拠点自体のサイズも大きい6番拠点への転移を決めた彼女は即座に行動する。もちろんブラフとして残る27か所に500~1000程度の力量を持つアンデッドを送り込むのも忘れずに。
更に放ったブラフのアンデッドが死亡した瞬間、各地に仕掛けた魔力爆弾を連鎖的に起爆するように仕掛けていた。
だが、相手は軍師である。その程度想定の範囲内。
「舐めないで頂きたい、既に教会の方々と協力し、対応済みです。」
先ほど述べた"最低限の処置"。それは魔力爆弾を繋ぐパスの破壊である。連鎖的に爆発するのならば、根元を断てばいい。依然として外部からの魔力供給を受けた瞬間、あたり一帯を吹き飛ばす危険な代物であれど、導火線を切ってしまえば脅威度は下がる。そして、転移の魔法陣を覆うように新たに設置した魔法陣が、アンデッドたちへと襲い掛かる。
「「「聖別結界」」」
「…………へぇ。」
そもそも、死霊術師がいう6番拠点自体"軍師"による誘い込みの罠である。あえて魔法陣を比較的綺麗な状態で残し、相手を誘い込む。そしてその拠点にはナガン王都の教会に勤める聖職者たちが集結、彼らによる聖別の結界が構築されていた。アンデッドに対し絶大なダメージを与える聖属性の結界、しかも即席と言えど大司教まで上り詰めた高位術者が作成した結界。閉じ込められたが最後、特記戦力級のアンデッドでもただでは済まない。
彼女が現れた瞬間、即座に生成される結界は眩い光と共に周囲を包み込んでいく。
……が。
「腐肉結界、ってねぇ。」
その光が、どす黒い赤によって塗りつぶされる。アンデッドたちを守る様に展開された半球状の腐肉は内側から結界を破壊し、周囲へと腐肉をまき散らしていく。聖職者、そしてその護衛の教会騎士。そしてナガンの王都防衛隊に降り注ぐそれは、確実に多数の死角を生み出してしまう。
「無力化でいいよぉ、教会勢力は相手すると面倒だからねぇ。ちゃんと縛っといてねぇ?」
彼女がそう言った瞬間、背後に控えていたアンデッドたちが一斉に動き始める。獣人のアンデッドだけではない、彼女がこれまで集め作り上げてきた傑作とも呼べる作品たちがずらり。瞬く間に兵士たちを片付けた死霊術師は、荷運びのアンデッドを呼び袋から大きな虫を取り出す。
「んふ~、聖職者。それも大司教レベル、すごいねぇ。……ねぇおじさん、これ知ってますぅ?」
「……ッ!」
「あら~、怖い顔。じゃあこれでかくしちゃいましょ。」
そう言いながら彼女が取り付ける虫、一部地域で拷問用にも使われる魔物の一種。名を「フェイスハガー」。カニのような骨格とサソリのような長い尾を持つそれはがっしりと大司教の顔をつかみ取り、長い尾が首へと巻きついた。死霊術師によってアンデッド化され改造されたソレは対象者を殺すのではなく、生かすもの。
その対象が持つ魔力を変換し、死霊術師へと供給する即席の魔力タンクの完成である。
「アンデッドの魔力タンクにも限りがあるからねぇ。殺すときは一斉にやりたいし、それまで私の魔力になってね、おじさんたち。うんうん、じゃね~。」
彼女はそう言いながら、拠点から外へと出る。もしこの王都に軍師がいればすでに彼女は亡き者になっていただろうし、彼女もそれを理解している。そもそも彼がいれば計画は延期していただろう。だが、この場には彼はいない。
騒ぎを聞きつけ即応した兵士たちが彼女に対し襲い掛かって来るも、全て強力なアンデッドによって無力化されてしまう。難なく外に出ることが出来た彼女は、いまだナガンの王都に碌な被害が出ていないことに気が付いた。
「ありゃりゃ、魔力爆弾の方も対処されちゃったんですかねぇ? まぁいいや。騒ぎになった方がいいし……、ちょっと起爆させに行ってもらおうかなぁ。」
そう思った彼女は、無力化した兵士たちを魔力爆弾の数だけ用意させ、その命を奪っていく。
「死霊再生」
彼女がそう唱えると、死んだはずの兵士たちが一斉に立ち上がり意志をもって動き始める。彼らに課された命令は、魔力爆弾を探し当てその場で自身の魔力を全て解放すること。魔法使いでもない彼らが、そんなことをしてしまえば爆散し吹き飛んでしまう。しかし彼女にとってはそれが目的、その爆発によって爆弾が起動し、この王都は一瞬にして恐慌状態になる。
そうなれば、王宮へ入り込むことなど容易い。
「けど、やっぱり真正面から行くのは難しそうですよねぇ。いくら獣王くんがいても消耗は避けたいですし。……あ、そうだ。王宮から脱出できるようの、隠し通路がありましたよねぇ。うんうん、それを逆走しちゃいましょう。じゃ、皆さん。ご主人様についてきて下さぁ~い。」
◇◆◇◆◇
(通信から聞こえる爆風、そして強力なアンデッドを引き連れた黒いローブの女。)
レイス殿が言う"盗人"だろうな、と軍師はあたりを付ける。まだ負けたわけではないが、状況は良くない。死霊術師から見た"軍師"の顔色はその様な感じなのでしょうね、と彼は考える。
先んじて魔力爆弾の付近に存在する建物には避難指示を出しており、人命救助に必要な教会や物資保管地域、また兵たちの詰所などからはすでに魔力爆弾の撤去が完了している。町自体には被害が出るが、深刻なものにはならないだろう。むしろ爆破される建物は老朽化が進み建て替えの必要があったものばかり、今のところ被害は最小限で済んでいる。
(死者が出てしまったが故に、ご遺族への対応と自身の策の甘さを猛省せねばなりませんが……。今のところ順調、想定通り彼女は王宮へと続く隠し通路へと進んでくれた。)
彼の主である王は民に危機が迫っているのならば、自分だけ逃げるという選択肢を絶対に取らない人間だ。実際はそこに王として必要不可欠な損得勘定や、切り捨てる覚悟を持つ人物であるが、対外的にはそうなっている。その人間性に惚れたのは確かではあるが、軍師としては危険を感じた瞬間に逃げて欲しいと考えてしまう。王としての視点を持ってはいるが、少し人が良すぎるのは確か。こんな事態ではそれがほんの少しだけ欠点になってしまう。
「贅沢、なのでしょうね。」
「? 軍師殿、どうかなされたか?」
「いえいえ、大丈夫ですよマティルデ殿。ささ、私は準備の方でお役に立たせて頂きましたし、ここからは貴殿が戦功をあげる番ですよ。」
「了解した、ここまで整えてもらったのだ。下手な戦いは見せぬと誓おう。総員! 突撃準備!」
耳元の通信の魔道具、イヤホンのようなものを隠しながら、ヒード王国のマティルデ殿と会話する。すでにこちらの戦場は勝負がついている、いや戦う前から決まっていた。後はどれだけ早く処理を行い、犠牲者の数を減らすかの戦い。……といっても、ここでいくら急ごうにもナガンへと戻るのには距離的に不可能ではあるのだが。
(報告を聞く限り、相手は必要以上の殺生を行っていない。また王宮へと真っ先に向かったことから狙いは"陛下"だろう。)
あの町には気配の遮断に長けた者たちを数多く潜ませている、その者たちからの報告を聞くに、やはり彼女は王宮内部への隠し通路も把握しているようだ。正面から強行突破される可能性を少しでも減らすために、王宮へと向かう道にはかなりの戦力を配置していたのが功を奏したようだ。
軍師は死霊術師たちが全員隠し通路に入った報告を受け取った後、即座に全軍へと指令を飛ばす。
(あの王宮はただの王宮ではありません。何かあった時のために侵入者を確実に殺せるように用意してきました。……ただ、獣王のアンデッドがあちらにある限りそれも力押しで無力化されるでしょう。)
一応、軍師には獣王を無力化する方法があった。元々ヒード王国で秘密裏に設置していた対獣王用のトラップである。数に限りがあるためダチョウたちが勝利したという報告を受けた直後に国へと戻すように指示し、防衛用に王宮に配置していたのだが……。
「発動できるのは一度だけ。しかし相手がその対策をしている可能性もある。……難しいですね。」
軍師が想定していたよりも、死霊術師側の情報収集能力が高い。もちろん抜かれた情報は全てブラフであるため問題はないのだが、相手側もそれを想定して動いている。あちらが掴んだはずの情報から考えるに、軍師対策を考えていたのならば真っ先に『存在しない妻』を探し王都内を走りまわっていただろう。けれど、その様子は一切なく、真っ先に王を確保しに行った。
「すぐに殺さず無力化、そして王を狙う。……おそらく、殺さない。人質。」
彼の中で、いくつもの点が生み出されて行き、線で繋がっていく。思考を始めてから数秒後、彼は確実に死霊術師の目的を把握した。そして、ほんの少しだけ安堵する。自身が想定していた相手の目的と同じであり、例え王都を落とされようとも十分に取り返しがつく内容だったからだ。
「少々この身が危険に晒されそうではありますが……、大丈夫ですね。王宮で殺せればそれまで、殺せなくても使い道がある。」
そう呟いた軍師は、現在王宮で陛下の護衛をしているであろう赤騎士へと連絡を取る。
「ドロテア殿ですか? 予定に変更はございません。くれぐれも"陛下"、にはご無理を成されぬように伝えておいてください。」
『か、かしこまりました。……その、この方って……。』
「えぇ、貴女が考えている通りです。あ、それと台本の方はそちらの方に全てお渡ししているので、ご安心を。指示に従って動いてくださいね。」
『りょ、了解です。頑張ります!』
赤騎士の報告を受けた彼は、ゆっくりと魔道具の電源を落とす。警戒こそしていたが、ある程度軍師の想定通り。相手が策を以って戦うのではなく、単純な力と数で押すタイプであればもう少し追い込まれた可能性があったが……。すでにもうありえない話。
「さてと、一芝居打つといたしましょうか。」
「何してるかわかった?」
「わかんにゃい!」
「むずかち!」
「ごはん!」




