33:ダチョウとやって来る人
「軍師様、積込の方完了いたしました。」
「ありがとうございます、では参りましょうか。時間は有限ですからね。」
開けていた馬車の窓から報告を受け取り、出発の指示を出す軍師。
現在彼らはヒード王国の東側、国境線に向けて移動を続けている。かの獣王がレイスによって討たれたという報によって急遽再編成の後出発したナガン一行であったが、そもそも対獣王のために用意され、訓練されてきた兵であるため練度は非常に高い。速度を求める軍師の要求に、十全に応えうる能力が彼らにはあった。
「……ふぅ、何とか目標の分の食糧は用意できましたか。」
先ほどまで開けていた窓を閉め、防音の魔道具を作動させた後。一人馬車の中でため息をつく軍師。普段の自信に満ち溢れ、この世のすべてが自身の掌、という顔は何処へ行ってしまったのか。顔だけでなくその声も覇気を失っていた。
それもそのはず、ヒード王国との同盟によって何とか亡国の危機を脱したかと思えば、自分の想定しない方向からおかわりが飛んできたのだ。しかも早急に対処しなければ手が付けられなくなるという時限爆弾仕様。気も擦り減るという物である。
「(獣王が死亡してからまだそれほど時間が経過していない、さすがにかの王が戦死したという報はすでに獣王国についているようだが……。我がナガンが人間主体の国家のせいで、獣人の国である獣王国へ忍ばせている諜報員の数が少ないこと。これが最悪の形で表面化してしまいましたね……。)」
現在ナガン王国、この軍師が一番気にしていること。それはダチョウの長である”レイス”が新たな獣王になってしまうということである。現在ダチョウたちはヒード王国との契約によって食事と居留地の保護が為されているが、その程度であれば獣王国でも用意できる。そして何よりも獣王国は強者を称える文化を持つため、強者にとって住みやすい国であり、またこの大陸で有数の穀倉地帯を所有している。
つまり獣王国は、ヒード王国よりもより良い条件を提示することが可能なのだ。
「(故に、あちらが動く前に先手を打たねばならない。)」
もしレイスが獣王国の王になった瞬間、ヒードのみならずナガンも滅亡する。ヒード王国は幼女王が『獣王と戦わせさらに自身を殺してもらうために罠にかけて』いるし、ナガン王国、軍師も『プラーク侵攻の折にダチョウと敵対』している。つまりダチョウが敵に回った場合、許してもらえる可能性が0に等しい。
そして獣王国という国も、軍師がダチョウからの侵攻を防ぐためとはいえヒード王国と軍事同盟を結んでしまった以上、将来の障害となるであろう二国を破壊しない理由はない。王が率い、民が支援する。最悪の状態だ。
故に、軍師は、速攻でダチョウたちへと会いに行き、その人柄を実際に会って調べながら。なんとか獣王になるのを防ぎ、同時に好感度を上げるということをしなければならないのだった。
「それにしても本当にアランさんをプラークに配置しておいて良かった……、おかげさまで何とか用意することが出来たのですから。」
相手に気に入られる時に、一番手っ取り早いのは『相手の喜ぶものをプレゼントすること』である。そのため軍師は王都を発つために準備するナガン王国兵たちを待ちながら、急遽アランさん、あの『ダチョウごはん(係)予備軍』として名高い彼に連絡を飛ばしました。ナガンの諜報員として"御用商人"という地位を得て、ダチョウたちにより長く交流していた彼ならば、何かいい贈り物を知っているという期待を込めての連絡だったのです。
『……かしこまりました。でしたらまず、"レイス"対策にはなりますが、大衆用に用意されたワイン。大量生産されたソレを限界まで持ち込むのがよろしいかと。先日軍師様から頂いた高級酒の方はあまりお気に召さなかったようでして……、おそらく大量に飲むのが好みなのかと考えます。』
「なるほどなるほど……、では王都であるだけ買ってまいりましょう。他には?」
『やはり食糧かと、彼らは非常に大喰いです。おそらくですが、滞在先で貯蓄されていた食料が一週間たたずに食い尽くされているはずです。実際プラークに溜め込んでいたものも瞬く間に消えていきました。そのため各地に潜入させている諜報員に輸送の指示を行いながら、軍師様も大量の食糧を持ち込むのがよろしいかと。』
そう続けるごはんさん……、いえアランさん。大量の食糧を持ち込めばダチョウたちは勿論、町の中の食べ物が確実に減っていき食糧難に怯えるその町の領民からも喜ばれるだろう、そう彼はつづけました。
アランさんの意見を聞いた軍師は大変納得し、彼の献策を元に食料の輸送計画を立て、実行に移しました。『同盟国のナガンからの支援物資』という名目で食料品を買い集め、適宜諜報員に輸送を頼みながら自身も大量に持って出発します。
また幼女王や宰相などのヒード王国重臣から手に入れていた情報、『幼女王との謁見の際、レイスはアクセサリーを身に着けていた』という情報から、獣人の女性用装飾品。それも高貴な者が身に着けるべき豪華な品を多数仕入れ、持って行くことにいたしました。アクセサリーの造形を聞いた限り、それはアランさんがダチョウさんたちへプレゼントしたものと一致します。
「必要に応じて着飾ることが出来る、と。アランさんの過去の報告を聞く限り、あまり反応は良くなかったとのことですが……。気に入らなくても贈り物は受け取り、保管しておくという性格の把握に繋がりました。」
贈り物として非常に解り易い品物でもありますし、持って行くことは間違いではないだろうという考えの様ですね。
「……とりあえず、今できることは全てやりました。後は……、運ですね。ふふ、『ご安心を、全て我が術中です。』なんて言っていた私が神頼みなんて、人生どうなるか解らないものですねぇ。」
そんなことを言いながら、外を眺める軍師。
変に焦って周囲を不安にしたり、度重なるストレスのあまり体を壊すということは彼の本意ではない。もう打つ手は全て打ったからこそ、全てを忘れ溜まったストレスを解消していく必要があった。……まぁ実際は『胃痛がひどすぎてお腹に穴が開く一歩手前なので休憩させてください』というのが本音だろうが。
獣王国、それも中枢の情報が届きにくい以上、レイスが獣王になるまでのタイムリミットは軍師には解らない。故に彼は急いでいるのだが、実際は全然急がなくても大丈夫である。軍師がどう足掻こうとも知れぬ情報ではあるが、レイス本人は『賢くなったとはいえ幼稚園児300人の面倒見ながら王様とか過労死します、無理です、やりたくないです』のため、獣王にはなるはずがない。
軍師君、やっぱり可哀想な人であった。
「……とりあえず間に合わなければ、みんなで『ゆるちて』と言いながら懇願することしかできないでしょうし……。上手く行った時のことを考えましょうか。」
ほんの少しだけ休憩した軍師は、もう一度思考を回し始める。
これまで軍師はダチョウちゃんたちのせいで外政をメインに行っていたが、"軍師"という役職の手前、内政も行わなければならない。つまり国内に存在する敵の排除や、兵士たちの育成である。実は軍師にとって厄介な敵である『人間至上主義の熱心で排他的な信奉者』の排除はある程度準備を進めている、故に彼が現在気にしているのは"育成"だった。
「虎の子の魔法兵団は壊滅してしまいましたが……、かなり少数ですが後続の育成を始めています。それと、もう一つ。」
軍師が脳裏に浮かべるのは、彼が率いる軍に編成された一人の女騎士。
この世界には圧倒的な武力を持つ存在として、"特記戦力"というものが存在している。彼らは文字通り最強とも呼べる存在ではあるが、もちろんそう呼ばれるまで至ることが出来なかった人間というものも数多く存在していた。
それが、エルフのアメリアのような"準特記戦力"と呼ばれる存在である。特記戦力には全く歯が立たないが、一般兵相手であれば一騎当千の活躍ができるという中途半端な存在。それが彼らだった。特記戦力という存在の大きさ故に、かなり影の薄い存在ではあるが戦線を支える重要な人物であった。
因みに、現在被害者の会でナガンの将軍たちと焼き芋を食べていらっしゃる獣王の配下、その将の中にも結構な数の準特記戦力が配備されていたのだが……、全員ダチョウに轢き殺されるか、レイスに消し飛ばされている。可哀想。
「(我が国では"赤騎士"なんて呼ばれている彼女、真っ赤な鎧にナガンのカラーである黄色いマントを肩に掛ける女性。この方の意識改革も、一つの目標ですね。)」
軍師の言う通り、赤騎士と呼ばれる女騎士は人間至上主義の熱心な信奉者である。しかしながら彼が排除しなければいけないほど狂信的ではなかった。当初の予定では対獣王のために連れてきた要員であったが、その予定が崩れた今、ダチョウと言う獣人と触れ合うことでその価値観を破壊してもらおうと考えていた。
「狙うのは、彼女と一般の"ダチョウ"との模擬戦。厄介な思想から解き放つきっかけとしながら、私はダチョウが持つ正確な力量を把握する。」
朧げではあるが、獣王に勝利したということからレイスの力量はある程度予測できる。しかしながら未だそれ以外のダチョウについての実力ははっきりしていない、そのため自身が直接見て把握するための試金石として、彼女をここに連れてきたのだった。赤騎士の実力は約5000程度、準特記戦力としてようやく数えられるレベルである。
実力の把握として、これほどちょうどいい実力者はいなかった。
「……"ダチョウ"関連は負け越していますし。上手く行くと良いのですが……。」
◇◆◇◆◇
「え、ナガン? 来るの?」
「あぁ、救援のために兵を送ってくれたそうだ。」
伝令さんが持って来てくれたらしい書状を開けながら、マティルデがそう教えてくれる。
えっと、確かナガン王国ってプラークを襲いに来た兵士さんたちの国だったけど、気が付いたらなんかヒード王国、今いるこの国と仲良し国家になってた奴だよね? 軍事同盟結んで、お友達になりましたー! って国。
「その認識で大丈夫だ。なんでもあの一件は過激派貴族の暴走だったようでな……、実態は解らぬがまぁそのように処理されたらしい。先日まで争っていた相手だが今では大事な友好国、ということだろう。」
「へぇ~。」
そんな新しいお友達は獣王国に攻められちゃった! 大変大変! お助けの軍を送らなきゃ! ってことでナガン王国は即座に救援の部隊を送り出してくれたらしいんだけど……、向かっている途中で私が獣王をブチ殺しちゃったもんだから『え、どうしよ。』という感じになってしまったらしい。まぁ普通相手の王様倒したら戦い終わるしね。『え、これ帰った方がいい奴?』となるのも仕方がない。
「ナガンの者たちもそう思ったようでな、さすがに何もせずに帰るのは忍びないということで物資の輸送をしてくれるそうだ。大量の酒と食料を持って近日……、というか日付的に今日だな。来るらしい。」
「えらい急だねぇ。」
「まぁ伝令が魔物や自然災害で足止めを喰らうこともあるからな。たまに伝令が本隊の後に到着することもある故、そうおかしいことではない。」
そう言うもんなんですねぇ。まぁ確かに前世の地球みたいに電話やメールでご連絡。じゃなくて人が手で運んでるからそんなことも起きる感じなのか。山道とか通るのならそれこそ馬とかに乗って移動、みたいなのも難しいだろうし。魔法っていう不思議ちゃんパワーがあるのにわざわざ人力で運ぶってことは、長距離通信の手段とかはまだないんだろうねぇ。
……というか今お酒って言った!? わ、楽しみ! レイスちゃん初日にこの町にあるお酒全部飲み干しちゃったせいでずっと断食ならぬ断酒してたんよ! テンション上がっちゃうねぇ! どれだけ持って来てくれるのかなぁ? 一回だけでいいから酔い潰れるまで飲んでみたいんだよねぇ~。子供たちのことを考えると出来ないけど、それぐらい持ってきて欲しいです! はい!
「……あっ。そう言えばマティルデ?」
「うん? どうした?」
「ナガン王国の人ってさ、確か"人間至上主義"だっけ? 私たちみたいな獣人が無理な人が多いんだよね?」
プラークで彼らと戦った時、そんなことを彼女の口から聞いた気がする。まぁそういう思想的なものについて私から特にいうことはないんだけど、変なトラブルに繋がるのならば、何かしらの対応をしておいた方がいいだろう。私らダチョウって獣人に分類されるらしいしね~。ナガンの人たちが来る間は町から離れて野宿するとか、した方がいいのかな?
(全体的に成長中とはいえ、誰かが襲ってきたら集団で攻撃し始めるのは変わってないだろうしねぇ。プラークでの一件もあるし、あんまり申し訳ないことはしたくないのよ。)
「あぁ、その件だが……『比較的マシな人間を連れてきております故ご安心を』とのことらしい。まぁ確かにかの国で有名な思想ではあるが、最近の風潮的にそういった種族的な差別は年々少なくなっているしな……。ナガンも変わってきているのだろう。」
「へぇ~。」
「……それと、あの『軍師』もここに来るようだ。」
「? 軍師? 誰それ。」
なんでも、ナガンが誇る特記戦力。滅茶苦茶賢い『軍師』っていうのが来るみたい。
なんか頭の良さだけで"特記戦力"に数えられてるってコトらしいから滅茶苦茶賢いんだろうねぇ。IQとか5000兆くらいありそう。私が知ってる特記戦力は獣王だけだし、ちょっとだけ楽しみかも。同盟国ってことだから私たちと敵対するようなことはもうないだろうし、個人的にそんな頭の良い人がどんな人間なのかちょっと気になる。
「おそらくだが、その軍師。貴殿に興味があるのだと思うぞ?」
「……え、私?」
「あぁ、何せ隣国に生まれた新たな特記戦力だ。それに、かの獣王を単騎で打ち倒すほどの実力者。気にならない訳がないだろう。」
「あ~、まぁ~、確かに。」
マティルデが話す感じ、軍師本人がそんなに強いわけではないんだろう。だから私が『こんにち死ねぇ!』とかしたら多分ほんとに死んじゃう相手なんだろうね。けどただ頭がいいだけで高原レベルである特記戦力と同じくらいの扱いをされるってことは、滅茶苦茶すごそう。多分頭の良さじゃ絶対敵わないだろうし……。多分ただ挨拶して終わり、ってこともないだろう。
なんか変な策略を掛けられる可能性もあるが、それだけの差があるのなら気にするだけで術中に嵌っちゃいそうだ。だったらもう何も気にせず自然体で行った方が良さそうだね~。
「それか脳破壊して一時的に頭ダチョウになるか。」
「……絶対にやるなよ?」
「やらんて、レイスちゃんジョーク。」
たぶん知能レベルが普通のダチョウレベルになるまで脳を破壊したとしてもすぐに回復しちゃうだろうし、変に固定しちゃって元に戻れなくなってしまうかもしれない。そういうの怖いし、絶対やらんよ? ほんとだって、だからそんな訝しげな眼でこっち見ないでよ~! え、戦闘中に自分で脳みそ破壊したんだろ? それはそう。アレは弄るんじゃなくて全破壊からの再起動だから……。
「マティルデ様! レイス様!」
「ん?」
マティルデとそんな何でもない雑談をしていると、私たちの下へと走って来る兵士さん。確かマティルデの部下の人だね。
「西側からナガンの黄色い旗を掲げた騎兵を発見しました! おそらく先ほど届いた伝令の本隊かと。」
「あら、噂をすれば、だね。」
「了解した、報告感謝する。……それで? レイス殿はどうする?」
お迎えに行くかどうか? あ~、どうしよ。私に会いに来てくれてるんだったらやっぱちゃんとお迎えした方がいいよね。……どうしよ、素で行くか"族長モード"で行くか。やっぱ最初はインパクト重視で族長で行った方がいいかなぁ? 舐められるの嫌だし。まぁ賢い人らしいし、私の思惑もちゃんと酌んでくれるんじゃないかな? 知らんけど。
「アメリアさんに頼んで着替えてから行くよ。あ、それと前みたいに"族長モード"で行くからみんなに気を付けるように言っておいて~。」
「了解した。」
……ちなみにだが、レイスの魔力量は幼女王と対面した時よりも増加しており、また魔力の扱い方も理解している。そのため彼女が張り切って"モード切替"をした場合、周囲に放たれる覇気は……。ご想像にお任せする。
〇『こんにち死ねぇ!』について
高原に伝わる由緒正しい挨拶方法である。
視線が合った瞬間にバトル、ならぬ殺し合いがスタートする。勝利すれば経験値とお肉を、敗北すれば賞金の代わりに命を出しだす闇のゲーム。一応途中で逃げ出すことも可能ではあるが、おしりを齧られたり後ろから撃たれて死ぬ可能性が高いのでお勧めしない。逃げるのならば最初から視線が合わない距離でこそこそと生活すべきである。まぁ無理なときは無理だが。
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