アマテラス(1)
俺と巫女ちゃんは、最後の難敵、ゾンビヘッドを倒すことが出来た。
これで、アマテラスの祭壇を浄化出来る。
「さ、勇者様。祭壇の浄化を」
「分かったっす」
俺は、勇者の木刀を片手にぶら下げて、祭壇へ向かった。正面で木刀を握り直すと、大上段に振りかぶった。
「邪の者よ、消え失せよ。いやぁ!」
俺は気合ともに木刀を大きく振り下ろした。すると、気味の悪い何者かが叫び声を上げたような気がした。そして、水底の泡の中に、何かスッキリした気が漂い始めた。
「やりましたわ、勇者様。祭壇が浄化されましたのですぅ」
巫女ちゃんがそう言って駆け寄ってくると、突然、頭に中に言葉が響いた。
──我アマテラス。汝を守護するものなり
おう、やった。祭壇が機能が回復した。
「それで、巫女ちゃん。ええーっと、俺達は、ここで何をすればいいのかな?」
俺は巫女ちゃんに、そう尋ねた。
「はい、勇者様。取り敢えず、お供え物をすれば良いかと」
う〜む、お供えかぁ。今回は、あんまりこれといった物は持ってこれなかったんだよな。どうしよう。俺は、背中に担いだ小さなリュックの中を弄った。俺の指に触れたのは、小さな青い球体だった。
「勇者様、それは、『オアシスの実』ですね」
「うん。ミドリちゃんに教わって摘んでおいたんだけど。中には濃密なジュースが圧縮されて詰まっているんだって。多分、お供えにはなると思うんだけどな」
俺は、そう言って、オアシスの実を巨大な祭壇の真ん中に、ちょこっと置いた。そうして、巫女ちゃんと一緒に祈りを捧げた。
「アマテラスの神よ、我らを救いたまえ」
すると、いつものように祭壇の上の実が、光り輝きながら消えた。
と、しばらくは何事も起こらなかった。
「あれれ……。巫女ちゃん、失敗したのかなぁ」
「え、えと……大丈夫ですよ。きっと」
と、答えた。自信なさげだったけど。
その時、頭の中に、再び声が響いた。
──我こそはアマテラス。汝を守護する者なり
そうして、祭壇の前の床が、大きな音をたててせり上がってきた。
「な、何だ? 何が起こっているんだ?」
俺が呆然としていると、せり上がった床が半分に割れて、何か石碑のような物が表れた。その表面には、何だかよく分からないけれど、文字のような線が刻まれていた。
「これは何?、巫女ちゃん」
巫女ちゃんは石碑のようなものに近づくと、刻まれた文字を読み始めた。
「えーと、……これは、アマテラス・ネットワークのコンソールですね」
(え? コンソール。何だそりは?)
俺が意味を飲み込めずにボヤッとしていると、巫女ちゃんが説明してくれた。
「ここから、アマテラス・ネットワークに中枢部に接続して、情報を集中管理出来るのです」
「そうなの? じゃあ、やってみてよ」
俺は、祭壇のコントロールを巫女ちゃんに頼んだ。
「はい、でわ、ちょっといじってみます」
そう言って巫女ちゃんは、石碑の文字に指を走らせた。
すると、指が触れた文字が光り始めた。まるで、パソコンのキーボードみたいだ。
そうするうちに、祭壇の前に光り輝くパネルのような物が浮かび上がった。それは、パソコンで言うところのディスプレイででもあったのだろう。石碑に刻まれた物と同様の文字のような記号が表示され始めた。
「これって、……コンピュータみたいだな」
すると巫女ちゃんは、
「はい。異世界のネットワークシステムの制御端末ですから」
と言うと、引き続き石碑のキーボードを指で操作していた。
う〜む。何だかよく分からないが、何とかなりそうな予感。俺がそう思った途端、巫女ちゃんの指が止まった。
「どうしたんすか、巫女ちゃん」
俺が尋ねると、彼女は、
「すいません、勇者様。このシステムを起動するには、大神官様の知っているパスワードがなければならないみたいです」
巫女ちゃんはそう言うと、ちょっと顔を暗くした。
大神官とは、さっきの倒したゾンビヘッドの事だ。彼は、邪の者に殺され、ゾンビにされていたのだ。
(でも、と言う事は、パスワードを知っている唯一の人を、俺が倒しちゃったって事。なんてこった。どうするよ)
「困りましたわね。勇者様、どうしましょう」
「どうしましょうって、……今更どうしようもないよね……。大神官のゾンビヘッドは、俺が倒しちゃったんだし。今から生き返らせることなんて……、無理だよねぇ」
それに、生き返ったら生き返ったで、またゾンビだったらさっきの繰り返しだ。さすがの俺も、困ってしまった。巫女ちゃんも、
「本当に困りましたわねぇ」
と言って、申し訳なさそうな顔をしていた。
俺も、何も妙案が見つからず、首を項垂れていると、
「勇者様、こうやってても仕方がないです。わたくし達にしか出来ないことをしましょう」
「俺達にしか出来ないことって?」
「祈るのです」
と、巫女ちゃんが俺の問に答えた。
「祈るの?」
俺が聞き返すと、
「はい、そうです。アマテラス信仰の基本は、祈りですから」
と、巫女ちゃんは明るく笑って、そう応えた。
(そうか……祈るのか……)
俺がその答えに躊躇していると、巫女ちゃんは、
「大丈夫です、勇者様。祭壇に祈りを捧げれば、何がしかの救いが訪れるはずです」
と、言って俺の手を握った。
(仕方がない。祈るか)
俺は巫女ちゃんの方を向いて肯いた。
「そうです、勇者様。祈りましょう」
何か新興宗教っぽくてアレだが、取り敢えず祈ってみよう。
俺は巫女ちゃんとともに祭壇に向かうと、両手を合わせて祈りを捧げた。
「アマテラスの神よ。我らを救い給え」
すると、しばらくして光の渦が現れると、俺がさっき戦っていた広場に向かって行った。光の渦は、そのまま広場の中央で止まると、そこで輝き続けた。一体何が始まるんだろう?
俺が不思議そうに眺めていると、隣の巫女ちゃんが指を差してこう言ったのだ。
「勇者様、あれを見て下さい。光が、光の渦が、塵を集めています。大神官様の亡骸が集まって、光に取り込まれています」
確かに巫女ちゃんの指摘のように、光の渦はさっき俺が倒したゾンビヘッドの倒れた辺りの塵を巻き込んでいるように見えた。しかし、これからどうなるんだろう?
俺と巫女ちゃんが、固唾を呑んで見守っていると、塵を取り込んだ光が地面から高く上昇し始めた。それは、俺達の頭の高さで止まると、膜状に広がった。
とその時、その膜の中に人物のような影が表れた。その顔は……、
「大神官様!」
巫女ちゃんの言う通り、その顔は、俺が倒したゾンビヘッドの顔に似ていた。しかし、その表情はゾンビのそれではなく、温和な老人の笑顔だった。
──辺境の森の巫女よ、苦労をかけたな
俺達の頭の中に、そんな声が響いた。
「大神官様、大神官様なのですね」
巫女ちゃんがそう叫ぶと、影はこう応えた。
──そうだ。我の残した試練を、よくぞ乗り越えた。お前のお陰で、この世界は救われるだろう……
影はそう言うと、俺達の方に光り輝く手を伸ばした。
それは俺達を通り過ぎると、アマテラスのコンソールへと至った。そして、光の指が、何か、文字を打ち込んでいるように見えた。
しばらくすると、祭壇のディスプレイが光り輝き、見慣れない文字が物凄い勢いで流れ始めた。
「勇者様。システムが動き始めました。パスワードが入力されたのです」
彼女の言う通り、祭壇も、表示画面も、石碑自体も、唸りを上げながら、何らかの動作をしていた。
──これで良い。後は頼んだぞ、辺境の森の巫女よ
その言葉を残して、光の中に表れた影は、再び光とともに散っていった。
「勇者様、これでこの世界は救われます」
巫女ちゃんはそう言うと、石碑のコンソールの前に立って、祭壇を操作し始めた。
(そうか……これが正解なんだ)
俺は、ちょっと予想外の展開に驚いていた。
この世界って、こんな風なサイバーな設定だったんだ。




