遺跡侵入作戦(3)
俺の作戦通りに、まずサンダーと流星号が、森に突入しようとしていた。
「サンダー、大丈夫かい。地上は任せたっすよ」
俺は、ちょっとだけ不安になって、最終点検を終えたサンダーに尋ねてみた。
「勇者殿、大丈夫でござるよ。拙者にかかれば、機械魔獣でもゴーレムでも返り討ちでござる。それに流星号も一緒でござるからな」
「いや、だから余計心配なんだ」
すると、近くにいた流星号が、
「そりゃないぜ、勇者の旦那。姐御の技を全て修めたオイラにかかっちゃあ、ゾンビも獣人も手も足も出ないも同然。期待してて欲しいっす」
と、勇ましいことを言った。
でも、そう言われると、ますます不安になるのだが……。
「まぁま、勇者さん。こんなんでも、うちの相棒や。ちいとでも勇者さんのお役に立ちたいんや」
シノブちゃんが、珍しく流星号を持ち上げた。彼女も、本心は流星号がカワイイのかも知れない。
そこへ、魔導師のミドリちゃんが小走りでやってきた。手に何かを持っている。
「サンダー、流星号、君達に渡したいものがある。これ、魔法力貯蔵球だ。それぞれ『炎』、『氷』、『防御』の魔法を目一杯込めてある。危なくなったら使って欲しい」
ミドリちゃんは、そう言うと、三つの球体を流星号に渡した。
「かたじけないでござる、魔導師殿。ありがたくいただくでござる」
「魔導師の姐御。姐御の御恩に報いるためにも、地上の敵は、オイラ達だけで食い止めるっす」
サンダーも流星号も、口々に感謝を述べた。
「こら、流星。こんだけ期待されてんやからな。うちらが戻ってきた時に、バラバラにぶっ壊されてたら、許さへんからな」
「あ、姐御……オイラ頑張るっす」
「おう、地上の魔獣なんかさっさとやっつけて、美味いもんでも作っといてくれや」
「がってんだ、姐御」
そうやって、主従は肩を抱き合った。
そろそろ時間だ。
サンダーと流星号は、薄暗い森へと続く道の前に立っていた。
「作戦開始だ、二人共行ってくれ」
「心得た、チェーンジ」
「オイラも、チェーンジ」
二体のロボは、それぞれ自動車とバイクに変形すると、猛スピードで森に突っ込んで行った。
サンダー、流星号、頼んだぞ……。
そして数分後、けたたましい獣のような吠え声と、火薬が炸裂するような音とが混じり合って聞こえてきた。きっと、サンダー達が戦闘に入ったのだろう。
「そろそろ行くっす。ミドリちゃん、隠蔽の魔法をお願いするっす」
俺は、隠密移動のための魔法を、ミドリちゃんにお願いした。
「任せて。……これでよし。歩く音なんかも聞こえないようにしているけど、茂みをかき分ける音とかは漏れちゃうから、くれぐれも気を付けてね」
これで下準備はよし。俺は先頭に立って、薄暗い森への道へ入って行った。
続いて、ミドリちゃん、シノブちゃん、巫女ちゃん、最後尾はサユリさんである。
森の中は、樹々が生い茂って薄暗いにもかかわらず、やけに蒸し暑かった。数分も歩くと、額から汗が伝い、顎から滴り落ちる。その間も、遠くで銃声と爆発音が響いていた。
しばらく歩くと、少し開けた所へ出た。辺りには、半分腐ったような人型の物が、何体か転がっていた。ゾンビかな? きっと、サンダー達が退治したのだろう。
俺は後ろを振り向いて、巫女ちゃんに探知を行うよう仕草で知らせた。彼女はコクンと首を縦に振ると、胸元から先の尖った水晶のようなペンダントを取り出した。そして、それを左手に下げると、目を閉じた。意識を集中しているらしい。
しばらくすると、ペンダントが淡く光り始めた。そして、ひとりでにゆらゆらと揺れ始めると、ある方向を指した。
巫女ちゃんは、目を開けるとペンダントの指し示した方角を指差した。きっと、その先に遺跡の地上部分があるのだろう。
俺は広場から伸びる道のうち、巫女ちゃんの指した方に向かう道を選んだ。
この道も、これまで歩いてきた道と同様に、蒸し暑かった。時々、鳥やカエルの鳴く声が聞こえる以外は、相変わらず銃声と爆発音が響いていた。
俺達は、二十分近く森の道を歩いていた。と、俺は誰かが袖を引っ張るのに気が付いて足を止めた。ミドリちゃんだ。彼女は俺に近づいてくると、小声で話しかけた。
{勇者くん、このすぐ向こうに魔法障壁が張ってある}
{ミドリちゃん、『魔法障壁』って何すか?}
俺も小声で応えると、彼女はこう説明してくれた。
{魔法で作った、いわゆる結界や防壁のようなものだよ。そこに踏み込んだら、たちどころに術者に感づかれる。他にも、トラップのための魔法が起動するかも知れない。……どうする?}
そうか。さてどうしたものか。
俺は、巫女ちゃんを手招きして呼ぶと、小声で遺跡について訊いてみた。
{巫女ちゃん、遺跡までの距離は大体どの程度か分かるっすか?}
すると、巫女ちゃんは、手元のペンダントを見ながら、俺に説明してくれた。
{勇者様、魔法障壁の所為で、詳しくは探れないのですが、あと百メートルほどだと思います}
{百メートルか。うちなら八秒台で到着や。先鋒はうちに任してぇな}
さすがはくの一。っていうか、この人はオリンピック選手か何かなのか? 俺なんかが真似すると、酸欠になっちまうぞ。しかし、背に腹は代えられない。ここはシノブちゃんに任せてみるか。
{分かったよ。シノブちゃんは一気に遺跡までの進路を確保して欲しいっす。俺達は後から行くっす。ミドリちゃん、防御魔法の準備を頼むっす}
{よっしゃ、任せとき}
{分かった勇者クン。くの一クン、気を付けてね}
という具合に先鋒を仰せつかったシノブちゃんは、髪の毛を結びなおすと、その場に屈みこんだ。短距離選手のクラウチング・スタートの態勢でタイミングを図っている。彼女は姿勢を変えずに目を閉じて集中し始めた。
スーハーというシノブちゃんの息がだんだん深くなって、そのうちに静かになって聞こえなくなった。神経がギリギリまで研ぎ澄まされる気配が、俺にまで伝わっていた。
と、突然、シノブちゃんがカッと目を見開くと、弾丸のように飛び出した。地面を蹴る勢いで、大きな土塊が後ろに跳ね飛ばされる。そして、そのまま真っすぐに、道へ飛び込んでいった。
飛び出したシノブちゃんは、透明な液体の塊のようなところに飛び込んだらしい。光が屈折して、波とともにシノブちゃんの姿も揺らいで見える。これがミドリちゃんの言う、魔法障壁だろうか。
そして、障壁を突破しようとしていたシノブちゃんは、こんな事を考えていたという。
(なんや変な空気やな。飛び込んだ途端、妙にまとわり付いてくる。こんなんじゃ、突破するのに十秒はかかってしまうで)
いやいや、こんな状況で十秒台が出るなんて、この人は本当によく分からん。
(見えた。あれが、この寒天みたいなモノを作っとんのかいな。一気に潰すで)
そうして、シノブちゃんは、石造りの建物の入り口に居座っている、犬の頭を持った人の形をした魔獣に殴りかかった。
シノブちゃんの拳は、確かに、その魔獣に届いていたはずだった。しかし、その魔獣は片手を挙げてそれを手の平で受け止めていた。
(うちの拳打を片手で止めたやと! このおっさん、見掛けによらんなぁ。……面白い。ちぃと本気出させてもらうで)
そして、遺跡攻略の第二戦が始まろうとしていた。




