砂漠の果て(6)
俺達は、砂漠の真ん中で盗賊団に追い詰められていた。
だというのに、今、洞窟内の閉鎖空間で焚き火を囲んでの、バーベキュー大会を行っている。
「いやぁ、イグアナの肉って、焼き方を変えると、美味いんすねえ」
俺が、呑気に肉を頬張っていた。
「巫女くんのツケダレがしっかりしているからね。鶏肉みたいであっさりしているのがいいな」
魔導師のミドリちゃんである。こうやって大人しくしている分には普通の可愛い女の子だが、少しでも気分を害するような事があると、様々な魔法でお仕置きをする。意外に扱いづらい娘である。
「うちは、こっちの脳みそのポン酢和えが気に入っとるわぁ。このトロトロ、フカフカ感がええんやなぁ」
こちらは、くの一のシノブちゃん。見た通りの元気の塊の体育会系お姐さんである。こと、力技に関しては、彼女の右に出るものはいない。手が出たら最後、殴り殺されるからだ。
「お口にあったようで、嬉しゅうございますわぁ。作ったかいがありますぅ」
この娘がアマテラスの巫女。通称、巫女ちゃんだ。本名ってあったっけ? 忘れた。料理が上手くて、気立ての優しい、俺達のアイドルである。
で、かくいう俺が、異世界のルーキー『勇者様』である。経緯は略すが、ある日寝て起きたら異世界に来ていたのだ。それ以来、勇者をしている。
その勇者様ご一行に喧嘩を仕掛けたのが、外の砂嵐の中で待ち構えている盗賊団だ。もういい加減に諦めたらいいのに。俺たちから盗むような、価値のあるモノなんてありゃぁしないのになぁ。
ま、クレジットカードならあるけど。俺だって、異世界に銀行とかがあるとは思わなかったよ。こうやって、食い扶持は狩りでトカゲとかイグアナとかを採ってきて食ってるから、貯金だけは貯まる貯まる。今度街へ行ったら、新しい鎧を買うんだぁ。ルンルン。
という感じで、とても盗賊団に狙われているように見えない。洞窟の中に籠城して、のうのうと飯を食っているのである。
さぁて、腹もいっぱいになったところだし、そろそろ食後の運動といきますか。
「サンダー、修理はどうなっている?」
俺は、万能可変ビークルロボのサンダーに尋ねた。
「拙者の修理は完了、でござる。ついでに、オイル交換とエアコンのメンテをしておいたでござる。これで、暑い砂漠での乗り心地も、最高になったはずでござるよ、勇者殿」
そうか、完了していたのか……。それならそうと、早く言ってよ。俺、バイクロボの流星号と、三時間かけて毒ガスの噴射器を撤去していたのに。もしかして、無駄な時間だった?
「そっか。じゃぁ、そろそろ出るか。サンダー、自動車に変形してよ。巫女ちゃんを守って欲しいんだ」
「了解でござる。……チェーンジ! さぁ、巫女殿、乗るでござる」
サンダーはビークルモードに変形すると、助手席のドアを開いて、巫女ちゃんを招き入れた。
「さぁて、次はっと。……あれ、何してんの?」
と、俺は、洞窟の隅に塊ってひそひそ話をしている、最強勇者美女軍団に目を向けた。
「ふっふっふ、今回はうちの必殺爆弾パンチで、岩なんか全部吹き飛ばしたるで」
シノブちゃんは、自信ありげに不敵な笑みを浮かべていた。
「いやいや、ここはボクの破砕魔法を使おう。入口の岩なんか粉々さ。何なら、盗賊ごと粉砕しようか。だから、今回は任してよ」
ミドリちゃんが腕を組んで乗り出していた。
「いやいや、ここはそれがしの鳳凰院流の剣技で、岩の壁など豆腐のように切り刻むのが、よろしいのでござる」
この人は女剣士のサユリさん。愛刀を握った時の実力は、シノブちゃんをも上回ると噂されている。
で、彼女達が何を相談しているかというと、どうも「誰が入口の岩を撤去するか」で、揉めているらしい。三人共、腕に自信あり、向かうところ敵なしの最強勇者美女である。彼女達も格好良いところを見せたいのだろう。
「じゃぁ、恨みっこ無しだよ」
「分かっとるがな」
「最後に勝つのは、それがしでござる」
一瞬、三人の間に緊張が走った。
『最初はグー、ジャンケンぽん』
……あ、ジャンケンで決めるのね。そうか……、そうなんだ。まぁ、いいけど。
『あいこでしょ、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん……』
なかなか決まんないね。
俺は、決着をつけようと頑張っている美女たちの傍らを通り過ぎると、ポツンと寂しそうに岩に腰掛けている流星号のところへ行った。
「あ、勇者の旦那」
一人、寂しそうに座っていた流星号は、サンダーと同じく可変勇者バイクロボだ。今は、ファイターモード──ロボット形態になっている。流星号は、俺が近づいたのに気づくと、ランプとメーターで出来ている顔を上げた。
「なぁ、流星号。バズーカ貸してよ」
「いいっすよぉ」
俺は、鈍く光る細い金属の腕が差し出した、長くて太い筒を受け取った。それを抱えて、またトボトボと岩の塞いでいる入口まで歩いて行った。
「よっこらせっと」
俺は、周りを気にかけずに、バズーカ砲を構えると、無造作に引き金を引いた。<バシュン>とくぐもった音がして、ロケット弾が崩れた岩に向かって飛んで行く。
その効果は、絶大であった。ロケット弾が岩壁に当たると、大きな爆音がして、入口を塞いでいる岩を粉々に吹き飛ばしたのである。
(うぉ、耳栓しとけば良かった。耳鳴りがするぜ)
「勇者クン、ずるいぞ。自分だけいいとこ取りして」
「何や勇者さん。言ってくれれば、うちが岩くらい吹き飛ばしてやったのにぃ」
「勇者殿、それがしショックでござる。勇者殿だけは、それがしに任せてくれるものと信じておったのに」
最凶勇者美女軍団から文句の声があがった。
「でも、決着のつくのを待ってたら、いつまで経っても出られないじゃん。その代わり、盗賊団は任すからさぁ」
俺のこの一言で、彼女達の雰囲気がガラッと変わった。
「よっしゃぁ~。任された。こりゃあ流星、着いて来んかい。うちが一番乗りやで」
「負けるか。盗賊団は、ボクが魔法で退治するんだから」
「ふ、ふふふふ。盗賊団めら。それがしが、刀の錆にしてくれるでござる。勇者殿、しっかり見ておくでござるよ」
「頑張ってね~」
まだ砂嵐の止まぬ砂漠に、三人の美女達、プラス勇者ロボ一体が、勢いよく走っていった。それを笑顔で見送る俺。絵になっているなぁ。
何か遠くの方で、叫び声やら、柔らかいものと硬いものが一緒になって潰れるような嫌な音がしていたが、きっと気の所為だろう。
おっと、やっとこさ砂嵐がおさまってきたようだ。これでやっと出発できるかな。なんだ、何時だと思ったら、もう昼過ぎかぁ。夕方までには、この砂漠を抜けたいもんだ。
俺が、よっこらせと立ち上がると、傍らから巫女ちゃんが声をかけてくれた。
「勇者様、冷たいお麦茶ですよ。きっと、喉がスッキリすると思いますわ」
おお、麦茶だ。ずっと砂漠で立ち往生していたから、喉が乾いていたところなんだぁ。
「ありがとう、巫女ちゃん。ふぅ、すっきりするねぇ。ミドリちゃん達が帰ってきたら、出発しようね」
「はい、勇者様」
俺と巫女ちゃんは、そんな世間話のようなことを語らっていた。
しばらくすると、三人とロボ一体が帰ってきた。皆、返り血でどす黒い姿をしている。血の匂いがこっちにまで漂ってきそうだ。
「盗賊達は、どうなったっすかぁ」
俺がへらへらと訊くと、
「うちらがやっつけてもうたわ」
「当然、ボクの魔法で粉々さ」
「また、つまらぬモノを斬ってしまった……」
と、口々に成果を語ってくれた。
「皆、ちゃんとやっつけた盗賊の写真、撮っておいたかな?」
俺は、念の為に確認してみた。
「当然でござる」
サユリさんが、最新型のスマホを見せてくれた。
「証拠があらへんと、賞金が出ぇへんからな」
シノブちゃんも、携帯の画面を見せてくれた。
「今度の街へ着いたら、真っ先に保安官事務所へ行こう。賞金をもらう手続きをしなきゃね」
ミドリちゃんは、手の平の上にホログラムのようなモノを投影した。
うちの娘達は、皆しっかりしているね。これで、家計も安泰だ。
終わった、終わった。これが、結末である。
六話も引っ張っておいて、この落ちか! なんて言わないでね。




