砂漠の果て(3)
俺達は、砂嵐を避けるために、岩陰の洞窟に隠れていた。
避難してから、どの位時間が経ったのだろうか。外はだんだん暗くなってきた。
「未だ砂嵐が続いてるっすね。今夜はここで野宿っすね」
俺は皆にそう告げた。
「まあ、砂漠のど真ん中を横切るって聞いた時点で、ボクは嫌な予感はしてたけどね」
魔導師のミドリちゃんが、また厳しいことを言う。
まぁ、それも仕方がない。俺はよっこらせと腰を上げると、その辺に散らばってる木切れとか小枝とかを集め始めた。
「何? 焚き火?」
と、ミドリちゃんが興味深げに訊いてきた。
「そうっす。砂漠の夜は冷えるっすからね」
「そうだね。じゃぁ、木切れをその辺に盛り上げてよ。ボクが魔法で火をつけるから」
「それはありがたいっす。……えーと、この辺でいいっすか?」
俺は適当に場所を選ぶと、転がっていた石でカマド的なものを作ると、小枝や木切れをそこに盛った。
「よぉし、火をつけるぞ。チチンプイプイのパ。ほら火が着いた。これで暖まれるぞ」
俺達は、ミドリちゃんのつけてくれた焚き火に集まっていた。
「では、わたくしは、先日狩ってきてくれたイグアナを焼きますね。きっと、精がつきますよ」
と、巫女ちゃんは大皿に盛った肉の串刺しを、焚き火の周りに挿していた。
イグアナの肉は、さっぱりしていて、鶏肉のような味をしている。焼き鳥だと思えばなんでもない。ここは異世界。俺達は冒険をしてまわる勇者様御一行。食べ物の好き嫌いを言える立場じゃない。イグアナの肉なんて、鶏肉と思えば食べられないことはない。食べられない……はずはないんだけどね。俺は未だ、目の前の焼きイグアナと、それが生きていた時の姿が重なって、美味しく食べるとまではいかなかった。だって、文明人なんだもん。
とは言うものの、背に腹は代えられない。なるだけ鶏肉のイメージを思い浮かべながら、肉を口に押し込むと、二~三回噛み砕いて嚥下した。う~、胃がもたれる。
「勇者クン、よく噛んでから飲み込まないと、胃に悪いよ」
すかさず、ミドリちゃんが教育的指摘をしてきた。
「あ~、でも本体を思い浮かべると、食欲が削がれるというか、気持ち悪いというか……」
俺は、今の気持ちを、つい喋ってしまった。
「何いってんの。イグアナ、美味いじゃん。これほどまともな肉って、異世界じゃ滅多にないよ。好き嫌い言わないで、食べる。それから、よく噛む。三十回噛むんだよ」
(あー、あー、分かりましたよ。どうせ、いつ現実に帰れるか分からないんだ。すっと、ここで難民ぐらしをしていなきゃならないんだ)
俺は投げやりな態度で手近の肉の串を取り上げると、端から噛じっていた。
「よく噛むんだよ。分かってる、勇者クン」
「分かりましたよっ」
俺はそう応えると、なるべく鳥を思い出しながら三十回噛んで、肉を飲み込んだ。
「そうそう。やれば出来るじゃないか、勇者クン。好き嫌いは駄目なんだからね」
(はいはい、分かりましたよ、大魔導師様)
と、俺は心の中で呟くと、再度肉にかじりついた。
「はぁ~、喰った喰ったで。やっぱ、巫女さんの料理は格別やなぁ」
これは、くの一のシノブちゃん。この人は、基本的に野生動物だから、生肉でも大丈夫そうだ。伊達に好き勝手に生きているわけじゃないな。年期が違う。
俺がボーっとシノブちゃんの方を見ていると、彼女は急に入口の方へ顔を向けた。いつになく真剣な眼差しである。入口を見たのはシノブちゃんだけではない。サユリさんもである。しかも、サユリさんは左手に太刀を携えていた。何だ? どうしたんだ?
俺が呆気にとられて、洞窟の入口を見ていると、
「勇者さん、誰ぞきまっせ。気いつけときな」
そう言ったとたん、シノブちゃんが警戒態勢に入った。
「先頭に一人。遅れて約十人程」
サユリさんも警告を出した。
「サンダー、赤外線センサー。見えるか?」
「もう捉えているでござる。サユリ殿の言う通り、先頭は一人。動きが少し変でござる。怪我でもしているように見えるでござる」
サンダーも、気がついていたらしい。
「サユリさん、サンダーと洞窟の入口で足止めしといて。他の皆は、ブレイブ・ローダーに乗ってて」
俺は、手早く指示を出した。
「えー、うちも避難かぁ? うちにも何かやらせてぇな」
動きたくてたまらないシノブちゃんがごねた。
「シノブちゃんまで行っちゃったら、皆を守れる者が、いなくなっちゃうじゃないか。頼んだよ」
俺は、適当な理由を考えて、彼女を押し留めた。本当は、だれ彼構わず襲いかかるんじゃないかと危惧していたからだ。
「そっか。そういうことなら、このシノブ姐さんにまかしとき。ほれ、巫女さんも避難やで」
こういう時には、戦闘民族は頼りになる。
「勇者殿、近づいて来ましたぞ」
サユリさんが、俺に警告した。
「よし、皆、警戒態勢だ。気を抜かないように」
「分かったでござる」
「それがしも、心得た」
そうして、俺達三人は洞窟の入口近くで、近づいて来る何かを迎え撃つ準備をした。
しばらくすると、砂嵐の中に誰かが立っているのが、俺にでも分かるようになった。
その人影は、びっこを引いているように見えた。そして、砂煙の中から飛び出すと、洞窟の入口に倒れるように飛び込んで来た。
俺達は、少し距離をとって人影を囲んだ。
「お、お前は誰だ。ここに何をしに来た」
すると、倒れている人影が声を発した。
「ま、待て。待ってくれ。殺さないでくれ」
その男は、そう言うと、頭を抱えて地面にひれ伏した。
「た、助けてくれ。追われているんだ。強盗団に襲われて、バイクも荷物も取り上げられた。残っているのは、俺の命だけだ。それも、あいつらに捕まったら取られちまう。食われるんだ。どこのどなたかは知らんが、お願いだ、助けてくれ」
男はそう訴えると、ガタガタと震えだした。
「どうするでござるか、勇者殿」
サンダーが俺に判断を仰いだ。俺は、『魔法の眼鏡』を使ってみることにした。
結果は、
盗賊|(元勇者):Level 5
持ち物:
毒を塗った小刀
笛
毒の入ったパン
「なんだよ、お前も盗賊じゃないか。嘘言って、俺達から金品を奪うつもりだな」
俺は、眼鏡で見た情報を言うと、勇者の木刀を構えた。
「外の奴らは、こっちへ来る様子はないでござるな。この男が、ここで介抱されているうちに近づいて、一網打尽にするつもりだったのであろう。だが、運が悪かったな。それがし達は、勇者一行。そこ元におられるのが、勇者殿だ。諦めて、お主達の悪巧みを話してもらおう」
サユリさんは、どうやら俺よりも早く、気がついていたようだ。
女剣士に刀を突きつけられた男は、すぐさまはね起きると、俺に向かってナイフで襲ってきた。ふむ、これが『毒の付いた小刀』だな。俺が臨戦態勢に入る前──ちょうど俺が木刀で小刀を弾き飛ばそうとしたその瞬間、男の手首は切り落とされていた。
男は、そのままの勢いで俺にぶつかってきたが、何の手がかりもないのに驚いていた。そして、恐る恐る自分の手首を見て、やっと手が切り落とされたのに気が付いた。
「うっ、ぎゃああああぁぁぁぁっぁぁー」
男は大声を上げて、その辺りを駆けまわっていた。手首から噴水のように血がほとばしっている。あ~あ、俺のローブも汚れてしまったじゃぁないか。
俺は、思わず深い溜め息を吐いてしまった。
「サユリさん、手首を切り落とすまでもなかったんじゃないっすか?」
俺は、盗賊の手下を哀れんで、そう言った。
「なんの、盗賊などの下郎は、生かしておく必要なし。いつ後ろから刺されるか、分かったものではないでござる」
まぁ、そうなんだけどね。取り敢えず、手当くらいはしてやろう。このまま死んだら、埋葬の手間がかかる。
「おいこら、ちょっとじっとしてろ。傷口を縛って止血してやるからな。……おい、暴れるなよ。本当に死にたいか!」
俺の言ったことを理解できたのか、男は真っ青になって座り込んだ。俺は、手持ちのボロ切れで、盗賊の手首をきつく縛り付けると、少しだけ綺麗な布を探し出して傷口を塞いだ。
多分、もう動けないだろうが、念の為に足とかを縛っておこう。
俺達が、嬉々として半死人状態の男をグルグル巻にすると、お約束の尋問が始まった。
「おい、お前、何しに来たんだ?」
男は口を割らなかった。
「耳が聞こえんのか。ならば、耳たぶも必要ないでござるな」
サユリさんの言った意味が分かったのか、男は暴れながら、
「や、やめてくれ。これ以上に耳まで切り落とすなんて。ヒドイぞ」
サユリさんは静かな目を向けると、
「うるさいでござるな。どうせ、喋らないつもりなんだろうから、舌も抜いてしまおうか。のう、勇者殿」
「わー、わー、やめてやめて。何でも言う。知ってることは全部言う。後生だから、勘弁してくれえ」
喚く男に対して、サンダーは、
「音紋の波形や体温分布を測定したでござる。嘘では無いようでござるな」
と、ポツリと言った。
「かたじけない、サンダー殿。では、答えろ。お主の目的は、何でござる」
サユリさんが、冷徹に尋問を始めた。
「お、俺がここに来たのは、盗賊に襲われたふりをして洞窟の中に入り、人質をとって仲間を有利に導くことだ」
男は脂汗をかきつつ、そう言った。
「どうだい? サンダー」
俺は、傍らの勇者ロボを見上げた。
「これも、嘘では無いようでござるな」
「フム。一応、筋は通っている、か……。それで、どうやって俺達がここにいる事が分かったんだ?」
俺は男に訊いた。
「それは……。この辺りの主な避難場所や洞窟に、発信機を仕掛けてあるんだ」
なるほど。罠を仕掛けてたってことね。
「で、ネズミが檻に入ったら、砂嵐に紛れてやってきて、金品を奪うってことか」
俺がそう訊くと、男は、「うんうん」と首を縦に振った。洞穴の暗がりでも、男が涙と鼻水を垂れ流しているのが分かった。
「じゃぁ、お前達の組織について、訊こうか。ボスは、なんて奴だ?」
俺がそう訊くと、男の顔が妙な具合にねじれ、口の奥に淡い光が灯った。
「何だ? どうなってる……」
俺が男に近づこうとした時、
「いけない、爆弾だ!」
とサユリさんが叫んだが、時既に遅し。男は身体を大きく膨らますと、炎と衝撃が俺達三人を襲った。
洞窟の入口からは、もくもくと煙が立ち上っていた。




