再戦(11)
俺は霧の中から出て来た俺そっくりな奴──たぶんコピーだろう──と、楽しく話をしていた。
「お前、やっぱり良いやつだな。さすが俺だけはあるぜ」
「当たり前だろう。俺は、お前なんだから」
「おっ、そうだ。お前これ食うか? 巫女ちゃんの作ったお菓子。キャラメル味だぞう」
俺は、懐から干乾びたノリのようなものを取り出すと、目の前の『俺』に渡した。
「おう、頂くぜ。……ムグムグ、これは美味い。何だろうこれ?」
「知ってるかぁ? それ、イグアナの脳みそを、のして乾かしたものなんだぜ」
「えっ? うえぇ〜。もう食っちまったよ。何てもん食わせるんだよ」
「でも、美味かっただろう」
「ああ。残念なことに、これが美味いんだな。……よし、お返しに、俺からもいいものをやろう。これだ」
ソイツは、今度はズボンの中をまさぐると、細長いポッキーのようなモノを取り出した。
「何だそりゃ?」
俺が不審げに尋ねると、
「こっちの巫女ちゃんの作った非常食だ。チョコレート味だぞ」
それを聞いた俺は、躊躇なくそれを受け取ると、かじってみた。
「お、歯ごたえがあるな。うん、結構美味い。これ、何で出来てるんだ?」
「ははは、それは、ヒトカゲのチン[ピー]の干物だ。精がつくぞう」
「うえぇ、もう飲み込んじまったぜ。そういや、前にどっかで見たことあるなぁ、と思ってたんだ。あれが、これかぁ」
「全く、巫女ちゃんの料理ときちゃ、フリーダムだからな」
「その通りだ。原料を知らなけりゃ、美味いだけで終るんだがなぁ」
「お前も苦労してるなぁ」
「お互い様だ」
そう言って俺達は、笑いあった。
しばらくそうやって、食事を楽しんだ後、俺は立ち上がった。ヤツも同じように立ち上がった。
「どうしても、続きをしなきゃならないか?」
俺は、ヤツに尋ねた。
「仕方なかろう。その為に、俺はここに来たんだ」
「偽物のくせに、言う事は格好いいな」
「それはしようがないだろう。俺は、お前なんだから」
「その通りだ」
そんなやり取りの後、ヤツは腰から木刀を抜いた。しかし、俺は勇者の木刀を構えずに、腰に差したままだった。
「どうした? 怖気づいたのか?」
ヤツが挑むように訊いてきた。
「別に。もっと平和的な解決方法が無いかな? って考えてたんだよ」
と、俺は応えた。
「お前、俺のくせに、頭なんて使うなよ。どうせ、分かんないんだから」
ヤツはそう言った。いや、まぁ、確かにそうなんだけどね。その時、俺は気が付いた。
「おいお前。勇者の木刀は、ちゃんとお手入れしてあるか? 感謝の念を込めて、ちゃんとお手入れしないと、罰が当たりぞ」
それを聞いて、ヤツは怪訝な顔をした。
「お手入れって何だぁ。そんなの知らないぞ」
ヤツの答えで、俺は確信を持った。コイツ、やっぱり偽物だ、と。
「ちょっと、その木刀を見せてみろよ」
「何だよ、いきなり」
「いいから貸してみろ」
そう言うと、俺はヤツから木刀を奪うと、刀身をかざしてみた。
「ああ、やっぱり。細かい傷や、血の跡が残っているぞ。これじゃぁ、木刀の力の半分も出せないぞ」
そう言って俺は、自然な動作でヤツから奪った木刀を地面に置くと、右足で思いっきり踏み抜いたのだ。
バベキ!
ものすごい音がして、木刀が真っ二つに折れた。
「ああ! バカ野郎、何て事すんだよ。木刀が折れちまっただろうが」
怒るヤツに、俺はこう言った。
「勇者の木刀を、その辺の切れっ端と同じようにすんな。本物なら、俺の足の方が砕けている」
そして、自分の腰から『勇者の木刀』を抜くと青眼に構えた。
「おいこら、卑怯だぞ。騙して俺の木刀を取り上げた挙句、武器を持たない俺に、木刀を振るうというのか」
必死の形相で後ずさる俺に、俺は容赦なく言ってやった。
「そうだよ。おかしいと思ってたんだよ。これは『邪の者』の心理攻撃だなって」
目の前の俺は脂汗をかきながら、次のように言った。
「お、お前、俺のくせに、おかしいと思ってたのか」
「最初から思ってたさ。決まってるだろう。自分と同じ奴がいるなんて、おかしいだろう」
と、俺は応えた。尤も、それに気が付いたのは、ついさっきだけどねー。
「さすがは勇者だな」
「俺を騙すつもりなら、巫女ちゃんにでも化けた方が良かったな」
「その通りだ。……長く苦しむのは勘弁な。一気にバッサリやってくれ」
ヤツがそう言った。もしかしたら、いい相棒になったかも知れないのに……。
俺は勇者の木刀を振り上げると、念を込めて一気に振り下ろした。
「済まねぇ。恩にきるよ。いい思い出が出来たぜ。あばよ、相棒」
「こっちこそな」
俺はそう言って、木刀を腰に納めた。
はっと、俺が気づいた時、目の前の瘴気の石柱が、<パキン>と音を立てて粉々に砕けた。
「遅いぞ、勇者クン。君が最後だ」
魔導師のミドリちゃんが、俺に声をかけた。
「何なに? 何がどうなってるの?」
俺の周りには、いつの間にかチームの皆が揃っていた。
「心理攻撃でござる。自分自身と戦わせるという、狡猾な手段でござった。それがしも、かなり手こずってしまったでござる」
サユリさんが、そう言った。
「ここに皆が揃っているってことは……。皆、勝ったんだね」
「そうみたいやなぁ。うちは、当然フルボッコにしてやったけどなぁ」
くノ一のシノブちゃんが、堂々と言ってのけた。
「どうだか。くの一クンの事だから、意外と腕相撲とかで決着がついたんじゃないかな」
ミドリちゃんが、皮肉を言う。
「え〜〜! 魔導師さん、何で知っとるねん」
(えっ? まさか、本当にそうだとは……)
ミドリちゃんが苦い顔をして、
「マジですかぁ」
と、脱力したような声をあげていた。
「まぁ、よろしいじゃないですかぁ。皆様が無事で良かったですぅ」
そうだ、その通りだ。
「さぁ、皆様方のお陰で、アマテラス様の祭壇を封じていた、『邪気の五芒星』は消えました。最後は、勇者様が祭壇の邪気を払ってくれれば、それで終わりです」
巫女ちゃんに言われて、俺は腰の『勇者の木刀』を抜くと、青眼に構えた。
「アマテラスの祭壇を汚すものよ。消え去れ。浄化されよ」
そう言って、俺は木刀を大上段に振りかぶると、最大級の念を込めて一気に振り下ろした。
もう一度<パキン>という音がしたような気がした。続いて、祭壇の周りに、清浄な空気が満ちたように感じた。
「やりましたわ、勇者様。祭壇の浄化に成功しました!」
巫女ちゃんが、嬉しそうに抱きついてきた。
「さすが、うちの勇者さんやで」
シノブちゃんが腕を組んで「うんうん」と首を縦に振っていた。
「何を言う。勇者クンは、くの一くん一人のものじゃないぞ。皆のものだ」
ミドリちゃんが、反駁してそう言った。
「うむ。さすがは勇者殿。それがし、改めて感服いたしたでござる」
剣士サユリさんも、俺のことを褒めてくれた。
そういや、ここしばらく、祭壇の攻略ってしてなかったよなぁ。
そうするうちに、いつものアマテラスの声が、俺達の頭に響いてきた。
──我、アマテラス。汝らを守護する者なり。汝らの勲功を祝い、褒章を与える。
頭の声がそう告げると、俺の勇者の木刀が光り出した。
「おお、勇者の木刀が」
起こったのは、それだけではなかった。
巫女ちゃんの身につけていた勾玉や、ミドリちゃんの籠手、シノブちゃんの両手の手袋までが輝いていた。
「こ、これは?」
俺が思わず巫女ちゃんに訊くと、彼女は、
「これがアマテラス様の祝福ですよ。皆様の武器が、強化されたのです」
「ほんと! やったー、久し振りのレベルアップだ。あれ、サユリさんは、レベルアップしてないの?」
俺は、一見何も光ってないように見えるサユリさんの太刀を見て、そう言った。
「いや、それがしも、確かに祝福を受け取ったでござるよ」
そう言ってサユリさんは、太刀を俺達に見せてくれた。だが、一見しても、何も変わってないようにしか見えない。
「それがしの刀は妖刀故、直接には、アマテラスの祝福を受けることが出来ないのでござる。祝福を受けたのは、『鞘』の方でござる。これで、妖刀を、今までより安全に携帯できるようになったでござる」
サユリさんの説明を聞いて、俺はナルホドと思った。
何にしても、遺跡の攻略は成功した。これからも、この調子て行くぞぉ。




