再戦(5)
俺達は、勢いに乗っていた。
ゾンビの大群を倒し、今、三体のゴーレムも突破して、絶好調と云う調子だった。
ゴーレムの出てきた入口から狭い谷間を進んでいくと、またもや、少し広がった場所に出た。もしかして、第三の刺客が出てくるのか?
「勇者様、何か、とてつもなく大きな邪気を感じます。これまで感じたことがないような、ものすごい邪気です。注意して下さい」
巫女ちゃんが、『邪の者』を探知したようだ。
しかし、『これまでにないくらい強力な邪気』って、何が出てくるのだろう?
俺達は用心しながら、開けた場所を進んでいた。
と、俺は、広場の出口のあたりに、黒い影が佇んでいるのに気がついた。
「皆、待つっす。何かいるっす」
俺は、皆を制した。
「勇者様、あの黒い影から、ものすごい力を感じます。魔獣やハイドラ以上の強さです」
巫女ちゃんが怯えながら、そう言った。
「ハイドラ以上だって! それが、あんな小さな身体に。勇者クン、そうとうの手練だと思うよ。用心して」
魔導師のミドリちゃんも驚いていた。彼女の頬を脂汗が伝わっていく。
「せやな……。うちの肌にもビンビンきよる。まともな力量の持ち主やないで。油断したら、一瞬で殺られるな。きーつけなあかん」
シノブちゃんも、野生の勘が教えてくれたのだろう。
俺は、我知らず、後退りしていた。
「貴様達が、あの有名な『勇者様ご一行』か。なかなかに強いという噂だが。この私とお手合わせ願おうかな」
黒い影がそう言った。
「喋ったぞ。知能も相当高そうだ」
俺は、魔法の眼鏡でよく観察してみた。
悪魔
レベル 120
HP 320
「……あ、『悪魔』だって! レベルもHPも、超高いよ。あんなの倒せるのか?」
俺は、悪魔のあまりの強さに怖気づいた。背中が、嫌な汗でじっとりしている。
「勇者様、『邪の者』の中でも、相当高位の者のようです。お気をつけ下さい」
巫女ちゃんの指摘を聞かずとも、俺にはあいつが相当やばいやつだって分かっていた。
「そうら、どうした、勇者殿。ここで私を倒して、遺跡とやらへ行くのだろう。どうした? 臆したか」
悪魔はそう言うと、ゆっくりと歩みを進めた。徐々に広場の中央──俺達に近づいてくる。
「勇者クン、どうする?」
ミドリちゃんが訊いてきた。
「相手は相当に強いことは分かってるっす。しかし、どんな手を隠し持っているのかが、全く分からないっす。ヘタをすると、全滅っす」
「じゃぁどうする。逃げるかい」
ミドリちゃんに言われて、俺は頭のなかで色々なパターンを想定しては、却下を繰り返していた。どうしても勝ちパターンが出ないのだ。……こんなこと、初めてだ。どうする。
「手強い奴らと聞いていたが、かかってこないのか? では、私から先手を取らせてもらおう」
悪魔は、そう宣言すると、右手を天にかざした。すると、広場の上空一面に、光り輝く魔法陣が無数に生成されていった。それを見て、ミドリちゃんは叫んだ。
「いけない。魔法陣爆撃だ! 早く入口へ避難するんだ! 急いで」
俺達は、彼女に言われる前に身体が反応していた。元来た狭い峡谷まで、全力で走る。
「なんだぁ、面白く無いな。ここで、逃げるなんて。そうら、頭の上にも注意をしろよ」
悪魔のその言葉で、空に浮かんだ無数の魔法陣から、地面に閃光が走った。それは雷のように激しい力で、広場のそこかしこに降り注ぐと、大きな爆発を繰り広げた。
「急いで! あれに当たったら、タダじゃ済まないよ。命が惜しかったら、入口まで走るんだ」
ミドリちゃんが激を飛ばす。が、それを聞くまでもなく、俺達は必死の形相で入口を目指していた。
そんな俺達の周りで、強烈な爆発がそこかしこで繰り返されていた。爆発した地面には小さなクレーターが穿たれている。
「あと少しだ。頑張れ」
俺達は広場の入口を目の前にすると、我先と飛び込んで行った。
「ハァハァ……。皆無事か? 全員揃っているな」
俺は、周りを見渡しながら、人影の数を数えた。
(巫女ちゃん、ミドリちゃん、シノブちゃん、サユリさん、サンダーに流星号。あれ、一人足りないぞ。誰だ、誰がいないんだ!)
俺は悪魔の攻撃でパニック状態に陥りかけていた。
「最後は、勇者クンだよ。これで全員無事。怪我した人はいない?」
混乱仕掛けている俺に代わって、ミドリちゃんが仕切ってくれた。
(……そうか、俺自身を数え忘れていたのか。大分動揺してるな、俺。しかし、これはちょっとピンチすぎじゃないか? 相手が悪すぎる)
悪魔は、もう広場の中央まで歩いて来ていた。青空の下でヤツをよく見ると、形は一応人型。肌は漆黒で、ところどころに文様のようなものが光っていた。そして、これも黒い金属製と思しき鎧をつけていた。刃物類は……持っていないようだ。しかし、さっきみたいな広範囲の魔法攻撃を受けたら、近づく前に一発でお陀仏だ。どうすればいい……。
「なんだ、手強いと聞いていたが、すぐに逃げ出すなんて、考え違いだったな。もう少し遊べると思ったのだが。これでは詰まらん。次は、何をして遊ぶかぁ?」
黒い人影は、腕を組むと思案をしているようだった。相手は、ほとんど人間大。機動力もゾンビとは比較とならないだろう。知能も高そうだ。狡猾な作戦も練れるに違いない。対してこちらは大半が肉弾戦に特化している。サユリさんにしても、剣士なのだから遠距離攻撃は得意じゃないだろう。ミドリちゃんの魔法攻撃とサンダーの銃火器だけが頼りだ。
(でも、通じるのか? さっきの爆撃だって、ヤツにしては単なるお遊び程度のようだし。本気を出されたら、冗談抜きで命が危ない。さて、どうする……)
「ボクがやってっみる」
ミドリちゃんが唐突に宣言した。
「待ってよ、ミドリちゃん。確かに、悪魔に有効そうなのは魔法攻撃くらいだけれど、一人じゃ危ないよ」
俺は、ミドリちゃんを制した。
「じゃぁ、ここでなぶり殺しにされるのを待ってろ、っていうのかい。ボクは、今まで、勇者クンの無茶で無鉄砲な戦いで、いっぱい助けてもらった。トラウマだった師匠の事も、勇者クンが命がけで断ち切ってくれた。だから、せめてもの恩返しなんだよ。ボクが魔法で時間をかせぐ。だから、その間に皆は逃げるんだ」
「魔導師さん、一人だけええかっこすんのは、なしやで。うちかて盾ぐらいにはなれる」
シノブちゃんがミドリちゃんの前に立ちふさがると、こう言った。
「無理だよ。くの一くんの間合いに入るまでに、奴に粉々にされるだけだよ。それほど、奴は強い」
そう言うミドリちゃんの顔は、蒼ざめていた。
「なに、カッコつけてんねん。真っ青な顔して、今にも倒れそうやんか。そんなんじゃ、時間稼ぎにもならんわ。うちの知っとる魔導師さんは、いつでも自信満々で、どんな苦境でもごっつい魔法でいなしてしまうんや。それがどうしたんや。いつもの自信は、どないなったんや」
シノブちゃんが、ミドリちゃんに喰って掛かった。
だが、シノブちゃんの言うように、蒼い顔をしていたのは、ミドリちゃんだけではなかった。探知魔法が使える巫女ちゃんも、サンダーに寄りかかってガタガタ振るえていた。ミドリちゃん同様、相手がどれだけ恐ろしいかが分かるのである。
かくいう俺も、冷や汗でびっしょりだった。
こんな相手は、正直初めてだった。
「勇者殿、ブレイブ・サンダーで戦ってはどうでござるか」
サンダーがそう言った。
「確かに、ブレイブ・サンダーを呼ぶのも案だけど、相手のサイズが違いすぎるっす。小回りを効かされて、エネルギー切れを狙われたらお終いっす。それに、ブレイブ・サンダーは最後の切り札っす。遺跡に着いた時に、更に強大な敵が現れたらどうするっすか」
俺は、サンダーの考えを否定した。
「しかし勇者殿。それがしが思うに、相手は十分過ぎるくらい強そうでござるよ。あいつより強い相手が出てきたら、それこそ瞬殺でござる」
サユリさんが痛いところを突いてきた。確かにそうなんだよなぁ。
「しかし、それ程の強者を配置したということは、奴らにとって、ここがそれほどまでにして死守しなければならない重要な場所であるとも言えるでござる。これは、むしろ勝機ではござらんか?」
サユリさんは俺の方を向くと、続けてそう言った。
その時、広場の中央の悪魔が、大声をあげた。
「いつまで隠れているんだぁ。そろそろ、あぶりだしてやろうかぁ」
そう言うと、手の平を広げて、右手を胸前に出した。すると、手に光の魔法陣が現れた。その、中央部が淡く輝き始める。
「いけない、皆、奥へ逃げるんだ! 魔法攻撃が来る」
ミドリちゃんに言われてなかったら、俺達は蒸発していたろう。魔法陣から放出された光線は、入口の岩壁に当たると、岩をも熔かし、蒸発させてしまったのだ。
「岩が熔けて蒸発しちゃったよ……。危ないところだったっす。ミドリちゃん、助かったっす」
しかし、ミドリちゃんの顔は、さっきよりも蒼ざめていた。
「なんて強力な破壊魔法だ。あんなの、ボクの防御魔法でも防ぎきれない」
「そ、そんな……」
俺は言葉に詰まった。ミドリちゃんクラスの魔法使いでも防げないなんて。
俺達は、もしかしたら、藪をつついて蛇に睨まれたのかも知れない。




