新たな遺跡へ(6)
俺とシノブちゃんは、ゾンビの大群の中から、やっとこさ脱出する事が出来た。
一応、シノブちゃんがナパーム弾で炎の壁を作って足止めをしてある。しかし、炎が消えたら、また追いかけて来るかも知れない。俺達はミドリちゃん達のところへ大急ぎで戻ってきた。
「おや、勇者クン、お早いお帰りだね。……って言うか、臭いな。何だ? この腐った肉のような臭いは?」
俺達は帰るなり、ミドリちゃんにこう言われた。
「ゾンビと戦って来たんだよ。臭いのは、ゾンビの返り血」
「スマンなぁ、魔導師さん。うちら、そんなに臭うかなぁ?」
「臭う、臭う。もう、すっごい臭いだよ。で、偵察の成果は有ったかい」
俺はミドリちゃんに訊かれて、こう応えるしかなかった。
「有ったって言うか、無かったって言うか。とにかく、辺り一面にゾンビの大群が配備されていて、そこから進めなかったんす」
「で、這々の体で逃げ帰った、と」
「そ、その通りで、ございます」
俺は、彼女の前で平伏するしかなかった。
「ホンマ、大変やったんやで。あんな気色悪いの、初めてや。あれは、あかんで。胴体切り離しても、腐った内臓引きずって来よるんやで。もう、堪らんわ」
シノブちゃんが大仰な身振りで、それを説明する。
「うん、知ってる。まぁ、ゾンビだからね。だったら、くの一クンの必殺技も効かなかったんだろう」
「せやせや。全くその通り。首の骨へし折っても、頭潰しても、平気の平左。これは、かなわんわ」
俺達の惨状を見ていたミドリちゃんは、
「ほうら、やっぱりボクを連れて行った方が良かっただろう。勇者クンも、異世界の先輩の言う事には、耳を傾けるべきだと思うよ」
と、稀代の魔導師は、俺達を少し蔑むような眼で見つめていた。
「全く、面目ありません」
俺は、近くの岩場に腰を降ろすと、情けなさそうに、そう言った。
ひとしきり休憩した俺は、顔の返り血を羽織っていたローブで拭き取ると、サンダーに向けて声をかけた。
「サンダー、流星号とのデータリンクはどうだった? 地形データにマッピング出来るかな?」
サンダーは一瞬考えるように沈黙すると、岩壁に向けてヘッドライトを投射した。眩い光の中に、俺とシノブちゃんの道程が映写されている。
「ゆ、勇者殿、このようにデータはちゃんと記録されているでござる。地形マップと照らし合わせると、勇者殿達がゾンビの大軍と遭遇したのは、この辺のようでござるな」
と、サンダーはマップの中に印を付けて、説明してくれた。しかし、これは新しい機能だな。いつもは、車内のカーナビの画面を見せるのに。
「遭遇点は、遺跡との中間地点のようですわね」
巫女ちゃんが、そう言った。
「そうだね。と言う事は……。その先に、もっとスゴイのが居るって事だよね」
ミドリちゃんが付け加えてくれる。
「それも含めて、データを持ち帰って検討だな。さて、皆、一旦帰ろうよ。サンダー、ドアを開けてくれないか」
ゾンビとの戦いで、ほとほと疲れていた俺は、サンダーに乗せてもらおうと頼んだ。ところが、
「ど、ドアを開けるのでござるか……」
と、サンダーはいつに無く怯えたような調子で、躊躇していた。
「どうかしたっすか、サンダー」
俺が聞き返すと、
「……、で、出来れば、勇者殿。しゃ、シャワーを浴びてきて欲しいでござる」
と、こんな言葉が返ってきた。どうしたんだ?
「サンダー、無理を言うなよ。こんなところにシャワーなんて無いよ」
俺がそう言うと、サンダーは怯えたような口調で応えた。
「では、そのまま乗るのでござるか……」
「しようが無いだろう。返り血を浴びちゃったんだから」
「そうではござるが。しかし、……」
サンダーは、尚も渋っていた。
「しかし、って何だよ」
「しかし、拙者の車内に、そのような姿で乗るのは、勘弁してもらいたいでござる。シートごと、全取っ換えしなくてはならなくなるでござる」
と、サンダーは、今にも泣きそうな声で、俺に訴えかけた。サンダーは車内を汚される事を極端に嫌う。
「そんな事言わないで、乗せてくれよぉ」
俺がそう言って運転席のドアに近づくと、サンダーはススっと逃げるように俺から遠ざかった。
「何だよ。長い付き合いじゃないか。少しくらい汚れてもいいじゃないか。後で、ちゃんと掃除してもらうから、さぁ」
俺の言葉にも、サンダーは震えるように車体を揺すると、
「そうは言っても、車内が汚れるのは辛いでござる。耐え難いのでござる。勇者殿も、口の中に汚物を入れられたら、嫌でござろう」
と、切り返した。
「そりゃ、そうだけどさぁ。……なら、どうするんだい」
「仕方ないでござる。拙者がシャワーを用意するでござる。服などは、よぉく手洗いするでござるよ」
サンダーはそう言うと、ロボモードに変形した。そして、左手を眼前に伸ばすと、掌から細かい水流を迸らせたのである。
「即席のシャワーでござる。勇者殿、遠慮なく身体を洗うでござる」
サンダーがそう言うと、シノブちゃんは、こう言った。
「ほえぇ、あんた、便利なやっちゃなぁ。その点、うちの流星と言ったらもう、甲斐性なしでなぁ。こら、ちょっとはサンダーさんを見習わなけりゃならんで」
「すんません姐御」
「ほわぁ、気持ちええなぁ。勇者さんも突っ立っとらへんで、こっち来て水浴びしよ、しよ」
シノブちゃんは、サンダーの手の下で水を浴びながら俺を手招きした。
ふぅ、仕方がない。ここはサンダーの顔を立ててやるか。俺は、魔法のローブと小龍の鱗の鎧を脱ぎ捨てると、シノブちゃんと一緒に水を浴びた。
「うっわぁ、冷てぇ」
「勇者殿も、よく洗うでござる」
「分かってるよ、サンダー」
シノブちゃんは、
「う〜ん、このままやと、服が上手く洗えんなぁ。もう面倒くさい。脱ぐか」
(えっ! 何すんのシノブちゃん)
俺が一瞬呆気に取られていると、シノブちゃんはライダースーツを一気に脱ぎ捨てて、全裸でシャワーを浴び始めた。うう、目のやり場に困る。
「おい、流星。これ、しっかり洗っとけや」
彼女はそう言うと、脱ぎたてのライダースーツを流星号に放り投げた。
「分かりやした、姐御。しかし、さすがは姐御。良いケツしてるぜ、全く」
「お前はケツケツ言わずに、黙って洗濯しとればええねん。なぁ、勇者さん」
うう、そう言われても困るなぁ。巫女ちゃんやミドリちゃんの視線が痛い。一応、シノブちゃんの方は見ないようにそっぽを向いて、俺は身体をこすっていた。
「勇者様、お洋服もお脱ぎにならないと、返り血が落とせませんわよ。ローブやお洋服の方は、わたくしがお洗いしますので、遠慮なくどうぞ」
と、巫女ちゃんまでも、俺を窮地に追い込もうとし始めた。
「え! 俺も脱ぐの? 恥ずかしいよ」
「勇者クンも、観念したら。ボクは気にしないし。ボク達のことも、気にしなくていいからね」
「え? いや。お、俺が、恥ずかしいんだけど」
しかし、抵抗は徒労に終わる事となった。
「なら、力ずくだな」
ミドリちゃんがそう言って、俺に人差し指を向けた。すると、着ていた服が勝手に動いて脱げていくのである。
「う、うわっ。ミドリちゃん、魔法で無理矢理脱がすのは卑怯っす」
「問答無用。武士の情けだ。パンツだけは残してやるよ」
結局、俺も無理矢理パンツ一丁に脱がされてしまった。ううう。恥ずかしい。
「勇者さん、髪の毛も、よう洗っとき。何なら、うちが洗ろうてやろか」
シノブちゃんも、何の気兼ねもなくそう言った。
「待てよ、くノ一クン。自分だけズルイぞ。勇者クンの洗髪は、ボクが担当するから、くの一クンは、自分の肢体をしっかりと洗いなよ」
「そないな言うても、魔導師さんも濡れてまうがな。うちなら、もうビショビショやさかい、関係あれへん。ここは、うちに任せとき」
「うぐぐぐ。なら、ボクも、シャワー浴びる」
そう言って、ミドリちゃんも着ているものを脱ぎ捨てて全裸になると、シャワーに中に入ってきた。
「これなら、文句は無いだろう」
(ああ、まかたよ。もしかしたら、俺は心臓病が原因で死に至るのかも知れない)
そんな俺の気持ちを他所に、サンダーの向こうでは、巫女ちゃんと流星号とで俺達の服やら鎧やらを洗ってくれていた。
(はぁ、どうしてうちのチームは異世界に唯一の勇者チームなのに、こんなにノホホンとしていられるのだろう)
俺はどこか間違っているような気がしたものの、全裸の美女二人に頭をクシャクシャされていた。




