#105 最終話 マイペースな人生、バンザイ
――――あ。
あれ。
意識が、ある。
俺は……自爆魔法の『シャングリラディストラクション』を使って、魔王、エンシャントギドラと共に木っ端微塵になったはずだった。
「――――オン……レオン……レオンッ!!」
声が、聞こえた。
あぁ、聞き慣れた、リバースのみんなの声だ。
「……………………ぁ、」
覚醒してきた意識の中で、ゆっくりと目を開ける。
すると、俺を取り囲むようにして皆が見下ろしていた。俺の身体は横になっているみたいだ。
……ん?
この後頭部の感触はあれだな、誰かに膝枕をしてもらっているぞ。
むほほ、至福である。
「「「レオン!!」」」
見下ろしていた皆が、それぞれ俺の身体に張り付くように抱きついてくる。
「いで、ででっ」
「あ、ごめん!」「ごめんなさい!」「うぉぉよかったなぁぁぁぁ!」
膝枕をしてくれていたシェリ、他にもアリアナやヴァンが思い思いの顔をしている。
俺は痛む節々をかばいつつ、上半身を起こす。
「俺……どうして生きてるんだ?」
そして、皆の顔を見まわしながら、一番の疑問を問う。
俺は間違いなく、自爆魔法シャングリラ・ディストラクションを使った。みんなの安心した顔と周囲の状況を見るに、自爆によって魔王のヤツを打ち滅ぼせはしたらしい。
自爆寸前、意識が薄れていく中で魔王の断末魔を聞いたしな。
「クロエがね、頑張ってくれたんだよ」
「クロエが? いったい、どうやって……?」
疑問に応えてくれたのはシェリだった。
だが、飲み込めない俺は思わず疑問符を投げかけてしまう。
なぜ、クロエが俺を?
「ガウ」
「クロエ!」
促されて、犬形態のクロエがぬっと顔を出し、優しく顔を舐めてくれた。
「おーよしよし。クロエ、お前が俺を生かしてくれたのか?」
「ガルルゥ」
俺が言った途端、クロエが美少女モードに変身した。
「ボクだけで救ったわけじゃないよ。ボクはみんなの想いを代表しただけ。犬神、アヌビスとしての力を使ってね」
「アヌビス……?」
「うん。アヌビス神には『魂の天秤』という、魂に干渉する力があるんだ。その力で、レオンの魂に紐づいていたシャングリラ・ディストラクションから、レオンの魂が完全消滅してしまうのを防いだんだ」
「魂の、天秤……」
クロエが話す内容は、どこか現実離れしていて、すぐには理解できなかった。
が、俺の魂に紐づいた魔法を使い、その俺が生き残ってしまったのだとしたら、魔法が弱体化しなかったのはなぜだ?
「それを防ぐために、ボクの魂以外に、リバースのみんなの魂を少しずつ分けてもらったんだよ。集めた魂の欠片を、魔法が発動する直前、レオンの魂に注ぎ込むことで、シャングリラ・ディストラクションの威力を下げることなく、レオンの魂の消滅を防げたってわけ」
んー、普通の魔法で例えるなら、MPがなくなる寸前、みんなのMPで補填してくれたって感じだろうか。
やはりクロエの言っていることは神の領域過ぎて、あまりピンとは来なかった。
魂、扱ったことないしな。
ただ一つだけ、わかったことがある。
「……なんにせよ、この命は正真正銘、ここにいるみんなのおかげであるってことだよな」
それだけは、強く理解できた。
だが、俺ははっきりしてきた意識で、一つの絶望に思い至る。
「でも、俺はルルリラを守ることが――」
「あー、えほんえほん。そのー、レオン」
と。
そこで聞こえてきたのは。
紛れもない、ルルリラの声だった。
「ルルリラ?!」
「へへ、マジで生まれ変わっちゃったよ、ウチ」
どこか照れくさそうにして、みんなの輪から距離を置いて座っていた。
よかった……本当によかった。
「ふ、ふふふ……ようやく、このわたしが崇め奉られるターンが来たみたいね」
「ユ、ユースティナ? だ、大丈夫か? 目の下のクマがすごいぞ?」
そこで気づいた。
俺の隣、少し離れてユースティナが横になっていたらしい。
話の順番が来たということで、今は俺と同じように上半身を起こした。それをアリアナが支えてくれている。
いかにも具合が悪そうで、まるで徹夜で残業したときみたいな顔だった。
「彼女――ルルリラにはね、『シャイニングリデンプション』を使ったわ」
「っ!? そういうことか!」
『シャイニングリデンプション』。
これはユースティナだけが習得できる、『LOQ』で最強の回復魔法である。
効果範囲内の味方全員のHPを回復させ、かつ戦闘不能者も復活させるチート回復魔法だ。
ただ、ゲーム中で一度しか使用することができないので、使いどころがほとんど最終決戦となるため、ほぼ全てのユーザーがユースティナを最終戦のパーティーに選抜していたのだった。
まさか、村長として忙しい中で、この世界のユースティナがシャイニングリデンプションを習得しているとは思わなかった。しかもどっちかって言うと脳筋方面に育ってる印象だったし……。
「このわたしを舐めないでほしいわね。どれだけ忙しかろうとも、自己鍛錬を欠かしたことはないわ」
「……さすがだよ、村長」
魔法使用の反動で具合が悪い中、精一杯ユースティナは胸を張った。
俺はそこで、改めて皆の顔を見まわす。
誰も、何もかもを、諦めていなかったのだ。
俺だけがある意味では、自暴自棄になり、独りでなんとかしようと躍起になってしまっていた。
こんなにも、頼れる皆がいたというのに。
本当に……本当に。
みんながいてくれて、本当によかった。
「ありがとう……みんな」
思わず、俺はつぶやいていた。
それが聞こえた何人かが、顔を見合わせるようにしてから、こっちを見て笑った。
「「「どういたしまして」」」
◇◆◇◆◇◆
魔王との戦いから、時が経ち。
リバースに何度目かの、春が来た。
「はぁ。春の晴れた日は気持ちがいいな」
俺は最近建ったばかり自宅の窓から、外を眺めていた。
窓を開けると、なんとも気持ちの良い空気が流れ込んでくる。
新居は、よく魔法を鍛えた高台に作った。
ここなら、リバースを一望でき、近くにはまだまだ自然も残っている。
すでに木々は桃色に色づき、明るく華やいでいた。
「街も活気に溢れてるな」
あれからリバースはさらに発展し、シュプレナード本国と双璧を成す大都市となった。
それもこれも全て、ユースティナをはじめ、村づくりに関わってくれたみんなのおかげだ。
「レオーン。ちょっと来てー」
そこで、リビングの方からシェリの声が聞こえた。
俺は窓を閉め、部屋を出る。
「ごめん、ちょっとおチビちゃん見ててー。誰か来たみたいなのー」
「いびー。ばぁい」
「はーい。おーよしよし、おいでー」
リビングに行くと、シェリが小さな子供を抱いて慌てていた。
すぐに近づき、赤ちゃんを抱え上げる。
俺とシェリの子供である。
なんと、俺とシェリは結婚し、この新居で新婚生活をスタートさせたばかりなのだった。
まさか、前世でできなかった結婚を、こちらの世界でするとは思っていなかった。
「はいはーい、今出ますよー……わぁ、アリアナ!」
「おはようございます。畑の野菜を持ってきました」
「こんなにたくさん! ありがと!」
来客は、どうやらアリアナだったらしい。
俺は子供と共に、玄関へ向かった。
「こんにちわー。パパに抱っこ、いいでしゅねー!」
「だぁい!」
「はは、アリアナに会えて嬉しいみたいだ」
子供の笑顔につられて、その場の全員が笑顔になる。
「おーし、張り切って働くぞぃ!!」「「「おう!」」」
「見て。ルルリラちゃん、今度はあの辺が現場みたいよ」
「立派になったよなぁ」
玄関の外、少し先の木立の間では、大工の棟梁となったルルリラが声を張り上げていた。
ねじり鉢巻きを頭に巻いて、いかにも充実した顔をしている。
活き活きとした雰囲気からは、溌剌とした生命力が感じられる。
「あ、パレードがはじまったみたいですよ」
「わあ、華やかだねぇ」
眼下の街では、定期的に行われている合同パレードがはじまっていた。
あれは、リバースとロマンラング、さらにシュプレナードが友好と平和の証として行っているものだ。
豪華な馬車に乗り、パレードの先頭を飾るのは、言わずもがなユースティナだ。もはや見た目は、国王と言っても良さそうな感じだった。
彼女の隣では、同じく三国間の親善大使のような立場となった、勇者ヴァンがいた。
二人は強い女性の象徴として、今では大陸全土にその名を轟かせている。
きっと後の世では、歴史の教科書かなにかに載るんだろなぁ。
「あとで、みんなで行こっか。出店もたくさんだし、おちびちゃんも喜びそう」
「いいですね。ぜひ行きましょう!」
「よーし、たらふく食って飲むぞー!!」
「飲みすぎ注意ね?」
「は、はい……」
俺の宣言は、目元が笑っていないシェリの笑みによって打ち砕かれる。
く、元放蕩者のDNAが恨めしい……!
と、そこで。
「見て。桜の花びら」
「本当だ」
「あいー!」
おちびの頭の上に、桜の花びらが舞い降りた。
皆で顔を見合わせて、笑った。
そんな一瞬で、確かな幸福感が人生を満たしていく。
死ぬ運命を背負っていた俺も、こうして破滅を回避し、温かい人々に囲まれて、新しい人生を歩むことができる。
楽しく、前向きに。
そしてマイペースに。
たぶん、それが――人生のコツだ。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。
この作品は、ここで終了となります。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
正直に言うと、この作品を執筆している最中、何度も書くのを辞めてしまいそうになっていました。
ですが、読者の皆様がコメントや反応をくださるおかげで、なんとか投げ出さず書き抜くことができました。
前作は『読者の皆様に育てていただいた作品』と形容しましたが、今作は『読者の皆様に書き上げさせてもらった作品』だと感じております。
もはや一生では返せない恩をいただいてしまっている気がしますが、やはりこれには、作品を書き続けることで応えていきたいと思います。
新作開始までは少し間をいただくかと思いますが、もっと皆様を楽しませられる作品を発表できるよう、しっかり準備したいと思います。
そのときはまた応援をいただけたなら、こんなにうれしいことはありません。
それでは、また会う日まで。しばし。
何卒、よろしくお願いいたします。




