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毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで【小説・コミックス発売中☆タテスク連載中!】  作者: 糸四季
大神官と神殿騎士の章

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第九十六話 震える世界

小指を突き指し、二倍に腫れました。

エンターキーが押せぬ……っ

 前世で住んでいた日本で地震は日常茶飯事だったけれど、この世界ではとても珍しい。アンが床に蹲り真っ青な顔で震えているのがその証拠だ。

 確か、オリヴィアとして生を受けてから、地震が起きたことはなかったような。

 十六年間地震がないなんて、安全な世界だと前世の記憶がある私は思うけれど、この世界しか知らないアンのような人たちにとっては正に天変地異なのだ。



「アン、大丈夫。落ち着いて」


「おおおお落ち着けません! せ、世界が震えてます!」


「あら。面白い例え方をするわね」


「おおおお面白くなんてないですー!」



 確かに、地面が震えると書いて地震だ。地震といえば“揺れる”のイメージだったので、何だか新鮮に感じてしまったけれど、言い表すならアンの方が正しいのかもしれない。

 感心していると、なぜか恨めしそうに睨まれてしまった。



「なぜお嬢様はそんなに落ち着いてるんですか~!」


「一応驚いてはいるわよ」


「どこがですか! お嬢さま、これはきっと創造神様がお怒りなんです!」



 創造神が? あのショタ神の怒りで大地が震えていると?

 まさか、と鼻で笑ってしまった私を、アンは涙目になりながらも見逃さなかったらしい。



「お嬢様のせいです!」


「は⁉ なんで私⁉」


「お嬢様が悪魔崇拝なんてされているから! 神子のくせに!」



 床に落ちたデミウル像たちを指さして、アンが叫ぶ。

 随分増えたデミウル像はすべてアンが用意したものだ。お祓いというかお清めというか、そういう意味合いが込められていることはわかっていたけれど、そもそも私は悪魔崇拝もしないがデミウルを信仰してもいないのだが。



「くせに、とは何よ! っていうか、悪魔崇拝じゃなくてヨガだって言ってるでしょ!」


「神子が不良なせいで、世界が滅亡しちゃうんです~っ!!」



(めちゃくちゃ濡れ衣着せてくるじゃない)


 まだまだお金を貯め足りないのに、と嘆くアンにやれやれと肩を落としたところで、ようやく長い地震が治まった。

 アンがおいおい泣きながら、床に落ちたデミウル像たちをかき集め、必死に拝み始める。



「デミウル様、どうか怒りをお収めください~! お嬢様は必ずこのアンが更生させてみせますから~!」



 床にひれ伏すアンを見ながら、私のどこが不良神子なんだと憤慨していると、父が慌てた様子で駆けつけてきたり、執事やメイドたちが大勢部屋の様子を見にきたりと、一気に騒がしくなった。

 地震に動揺したのはアンだけではないようで、皆何か不吉なことが起こるのではと心配していた。平然としているのは私だけのようで、微妙な気持ちになる。

 でも、なぜ十六年以上起きなかった地震が突然起きたのだろう。デミウルに聞けば教えてくれるだろうか。後で神獣シロを呼び出してみよう。


 窓からもう一度星空を見上げ、王宮にいるノアは大丈夫だっただろうかと、私は思いを馳せるのだった。




***




 次の日、学園ではやはり昨夜の地震について話が持ち切りだった。

 廊下を歩いているだけで、あちこちから「シャンデリアが落ちてきた」「家族が怪我をした」「何が起こったのだろうか」「またあるだろうか」と不安そうな声が聞こえてくる。

 きっと一般市民たちの間にも不安は広がっているだろう。貴族の屋敷よりもろい建物も多いだろうから、怪我人がいなければいいのだけれど。


 廊下の途中、男子生徒たちが数名固まって言い合っている場面に出くわした。

 道を塞ぐように立っていたので、自ずと私も立ち止まることになる。



「創造神様がお怒りなんだ」


「国王陛下が倒れられたのも、神の怒りなんじゃないのか?」


「何をバカなことを!」


「陛下はご病気なんだ。滅多なことを言うもんじゃない」



 国民の不安を煽らないよう、陛下が倒れたことについて箝口令が敷かれてはいるようだが、貴族子弟ばかりの学園ではあまり意味を成していない。

 それでも表立って口に出す生徒はいなかったはずだが、昨日の地震がきっかけで不安が爆発したのだろうか。


「なぜそう言い切れる? 陛下に病気の兆候は見られなかったと聞いたぞ」


「国王陛下の治世を、創造神はお認めになってないんだ。地方では泉が変色し、畑は枯れ、伝染病まで広がっていると言うじゃないか」


「でたらめを言うな! 不敬だぞ!」


「俺は本当のことを言っただけだ!」



 男子生徒の言い争いが殴り合いにまで発展し、私の目の前で倒れたかと思うと、そこにまた何人かが飛びかかり、塊りになって転がり始めた。

 とても貴族子弟のやることではないが、皆の中でそれだけ不安の芽が大きく育っているということなのだろう。

 しかし、このままでは王宮だけでなく、学園でも学生が派閥で分裂してしまう。

 ただでさえ、王太子派と第二王子派は存在し、表立って仲が悪いわけではないけれど、互いに意識はしていたのだ。これをきっかけに対立し始めるのは、ノアやギルバートの望むところではないはず。


 止めに入ろうとした時、私よりも先に前に出る者たちがいた。



「あなたたち! いい加減になさい!」


「そうです! 見苦しいですわよ!」



 私の後ろを歩いていた、親衛隊のケイトたちだった。

 仁王立ちで男子生徒たちを見下ろす親衛隊に、彼らが一瞬で大人しくなる。



「私たちのような下々の者が、陛下や創造神様について語るなどおこがましいとは思いませんの?」


「その通りですわ。あなたたち、恥ずかしくってよ」


「お、俺たちは……」


「大体、創造神様が本当にお怒りなら、神子であるオリヴィア様がとっくに怒りを代弁し、世界を終わらせていることでしょう!」



 突然ケイトに両手を向けられ、油断していた私はギョッとしてケイトと男子生徒を交互に見る。



「えっ。わ、私?」


「まったくですわ! 少し考えればわかることですのに」



 いや、わからないです。私に世界を終わらせるような力はありません。

 そう言おうとしたのに、男子生徒たちはケイトたちの言葉に次々頷いた。



「確かに……」


「オリヴィア様が普通に学園にいらしているなら、そうなんだろうな……」



 納得しちゃうんだ、と私は少し呆れてしまったけれど、ここは黙っておいたほうが良さそうだ、とケイトたちに任せることにした。


 うちの親衛隊の子たちはなんて優秀なのだろう。いずれ王太子妃になった時は、ぜひケイトたちを侍女として迎えたい。

 王宮で王族に仕える侍女は貴族子女にとって花形の役職なので、きっと喜んで引き受けてくれるはず。ケイトたちなら花形でなくても二つ返事で聞いてくれそうだけれど。



「それで、あなたたちはいつまでみっともなく転がっているおつもり?」


「オリヴィア様の通行の邪魔ですわ」


「い、いえ、邪魔だとは……」



 そこまで思っていない、と私が言う前に、男子生徒たちが慌てて頭を下げる。



「は……! オ、オリヴィア様、申し訳ありません!」


「すぐに道を開けますので! おい、お前らさっさと起きろ!」



 倒れていた友人たちを引きずり起こす彼らに、よくわからないけれど落ち着いてくれてよかったと胸を撫でおろす。

 まだ彼らは学生なのだ。不安を感じて当然。けれど学園も二分されてしまえば王妃の思うツボな気がする。生徒たちにはノアやギルバートの敵にはなってほしくなかった。



「皆さん。どうか噂に惑わされることなく、落ち着いてお過ごしください」



 それが国の為になる、という意味をこめて私が言うと、男子生徒や周りで見ていた生徒たちが「おお……」となぜか感嘆の声を漏らした。



「神子様がこうおっしゃっているんだ。無暗に不安を煽る言動は慎もう」


「オリヴィア様、ありがたいお言葉をありがとうございます」



 神子として言ったわけではないのだけれど、と思いながらも、私は落ち着きを取り戻した生徒たちに微笑んだ。


 その場から離れ、ケイトたちと教室に向かいながら「皆のお家は大丈夫だった?」と尋ねる。



「我が家は飾りが落ちた程度です」


「うちも同じようなものでした。でも、先ほどは彼らにああ言いましたが、昨日は恐ろしい思いをしましたわ」


「そうよね。皆が無事でよかったわ。……セレナさんは大丈夫だったかしら」



 ここにはいない親衛隊員の名前を出すと、ケイトたちも顔を見合わせ頷いた。



「国王陛下が倒れられてから、ずっと学園を休まれていますものね」


「心配ですわ……」



 ケイトたちがセレナを、聖女としてではなく友人として心配しているのは伝わってくる。

 セレナが知ったら、きっと感動してあのつぶらな瞳から涙を流すだろう。



「明日、王宮に招かれているの。そこでセレナさんに会えるかもしれないわ。もし会えたら、皆が心配していたと伝えるわね」


「本当ですか」


「どうかお願いいたします、オリヴィア様」



 ケイトたちの懇願に、私は力強く頷いて見せた。



親衛隊かっこかわえ―――!!! と思った方は、

12/1発売の『毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで2』をポーチ!! 書き下ろしも面白いってよ!!(ダイマ)


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