表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで【小説・コミックス発売中☆タテスク連載中!】  作者: 糸四季
二人の王子の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/167

第十四話 悪役令嬢の不本意な転身

 侯爵邸に着き馬車を降りてすぐ「部屋で休んでいるように」と言った父を見上げる。

 表情に変化のない父は『氷の侯爵』と呼ばれているらしいが、娘である私から見ても感情が読み取りにくい。そのせいで一度目の人生ではずっと疎まれていると思っていた。

 だが謁見のあと私の元に駆けてきた姿は『氷の侯爵』などではなく、娘を案じるひとりの父親に見えた。


「……お父さまは、これからどうされるのですか?」

「私は王宮に戻る。先ほどの殿下の発言について、陛下に確認せねば」


 王太子の婚約発言のことか、と内心納得する。

 馬車の中でも王太子に求婚されたのか聞かれたが、私はわからないと答えるしかなかった。

 ただ、名前で呼び合うことになったことは間違いなかったのでそれを報告すると、父は眉間に深いシワを寄せて黙りこんでしまった。

 それから侯爵邸に着くまで無言だったが、嫌な時間ではなかった。何か思案している父の顔を、好きなだけ盗み見ることができたから。

 嫌われていないかもしれない。その可能性だけで、私は穏やかで幸せな気持ちになれた。


「帰ったらまた話をしよう」

「はい。……あの、お父さま。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」


 私のせいで面倒ごとを増やしてしまった気がして頭を下げると、少しの間のあとポンと頭に大きな手が乗せられた。

 そっと顔を上げると、ほんの少しだけ目元をゆるめた父が私を見下ろしていた。


「お前が謝る必要はない。ひとりにしてすまなかったな。心細かっただろう」

「お父さま……」


 王宮では私が勝手にその場を離れてひとりになったのに、そんな風に言ってくれるなんて。感動とときめきで涙が浮かんだ。

 もしかしたらこの人は、とてつもなく不器用な人なのかもしれない。


「迎えに来てくださって、ありがとうございました。その……お帰りを、お待ちしております」

「……ああ。行ってくる」


 私の頭をひとしきり撫でると、父は私の背後に目をやりキリリとした表情に戻った。


「オリヴィアを休ませてやってくれ」

「畏まりました」


 屋敷から出てきていた執事長と、私付きの執事フレッドが、そろって頭を下げる。


「お父さま。お気をつけて」


 少し名残惜しそうな表情を見せた父だったが、婚約の話が気がかりなのだろう。『氷の侯爵』の顔で馬車に乗り王宮へと戻っていった。


(何事もなければいいけど……っていうか、婚約の話も間違いであってほしい)


 子どもの戯言だと、国王が笑い飛ばしてくれることを願うしかない。

 色々ありすぎてドッと疲れを感じながら屋敷に入ると、エントランスに更なる疲れの素がふたりも待ちかまえていた。

 もちろん、継母と義妹・ジャネットのことである。


「随分と遅かったじゃない、オリヴィア」


 私はあからさまにため息をついてから「ただいま帰りました」と軽く頭を下げた。


「何よ、その態度! いきなりいなくなったかと思えば、王太子殿下の前で倒れて、ずっと王太子宮で診ていただいてたんですってね! 仮病でわざと倒れたんでしょう! 図々しい!」


 ジャネットがキィキィわめき、敵意のこもった目で睨みつけてくる。

 一度目の人生では、私はふたりからの報復を恐れて何を言われても反論できなかった。口答えしようものなら、食事を抜きにされたり、鞭で打たれたり、窓のない物置部屋に閉じこめられたりと様々な虐待を受けるのだ。

 長年の虐待は私から反抗する意思を削ぎ、操り人形にさせた。聖女に毒さえ盛る、使い捨ての操り人形に。


 でも、いまの私は人生二度目。しかも前世の記憶持ち。

 受けて来た虐待よりさらに苦しくつらい経験をしたし、精神年齢も上がったいまは継母も義妹のことも恐くない。


「誤解です。確かに倒れはしましたが、仮病などではありません。それは診てくださった王宮医の方が証明してくださるでしょう」

「ふ、ふん。随分強気じゃない。王太子殿下とお近づきになったからって、調子に乗ってるの?」

「国王夫妻にも謁見したそうね。聖女だなんて言われたとか?」


 なぜたった数刻前の出来事を継母たちが知っているのか。

 やはり王妃と繋がりがあるのは間違いなさそうだ。秘密裏に王宮の者を通じやりとりしているのだろう。


「あんたが聖女だなんて、笑わせるわ! なんて身の程知らずなの!」

「まったくね。王太子殿下にもご迷惑をおかけするし、とてもじゃないけど恥ずかしくて社交界にも出せやしないわ」


 お仕置きが必要ね、と継母が一歩前に出る。

 私をまた離れに軟禁し、仕置き部屋で鞭打ちするつもりなのだろう。


(よーし、来るならこい! 鞭奪って返り討ちにしてやるわ!)


 と意気込んだとき、それまで黙っていたふたりの執事が私の前に出て並び立った。


「あなたたち、邪魔よ。どきなさい」


 継母が気分を害した様子で命令したが、執事長とフレッドは動かない。


「奥さま。オリヴィアお嬢様は王宮から戻られたばかりなうえ、病み上がりです」

「だから何?」

「旦那さまからも指示を受けておりますので、お嬢さまにはすぐにお部屋でお休みいただきます。ご理解ください」


 お引き取りを、と慇懃無礼な執事長に、継母も義妹も顔を真っ赤にした。


「執事風情が……生意気な!」

「あんたもよ、オリヴィア! 執事に守られて、王太子宮で寝泊まりして、お姫さまにでもなったつもり!?」

「まさか。私はお姫さまでも聖女さまでもありませんし——」

「当然でしょ! 何ばかなこと言ってるのよ!」


 ヒートアップするふたりに、このままでは埒が明かないなと思っていると、外から馬車のいななきが聞こえてきた。

 父が引き返してきたのかと思ったが、フレッドが対応に出ると、まったく予想しなかった客の訪れを知らされた。私にとっては招かれざる客で——。


「王太子殿下より、婚約者であるアーヴァイン侯爵家令嬢オリヴィアさまに贈り物です」


 現れた身なりの良い従僕が、にこやかにそう告げたとき、継母たちが「婚約者!?」と悲鳴じみた声を上げた。

 従僕が数台の馬車から次々と花束や大量のプレゼントの箱を運びこんでくる様子に、継母たちはぼう然と立ち尽くしている。

 同じく私も、信じられない気持ちで見つめることしかできなかった。


(殿下の仕事が早すぎる……!)


 父が国王陛下に確認を取りに行く間もなく、こんな風に婚約者と宣言し、目立つ形でプレゼントを送りつけてくるとは。完全に外堀から埋めようとしている。


「こちらは国王陛下からの書簡です」


 プレゼントを運び終わると、最後に従僕が私に見せてきたのは、王家の紋章入りの書簡だった。嫌な予感しかしない。

 見たくない、という私の心の声など聞こえるはずもなく、従僕はあっさりと書簡の内容を読み上げた。


「イグバーン王国王太子である、第一王子ノア・アーサー・イグバーンと、アーヴァイン侯爵家嫡女オリヴィア・ベル・アーヴァインの婚約を認める」


(やっぱりかー!)


 がくりと床に膝をつきたい気分だった。


「信じられない……オリヴィアが、王太子殿下の婚約者だなんて……」

「こんなのありえない……!」


 継母たちが、私を射殺さんばかりに睨みつけてくる。

 だが従僕の目を気にしてか、睨みつける以上のことはできないようで、悔しげに歯がみするばかりだった。いっそ逆上して書簡を破り捨てでもしてくれたらいいのに。


「オリヴィアお嬢さま。王太子殿下とご婚約されたのですね」

「おめでとうございます、お嬢さま!」


 執事長とフレッドが、嬉しそうに誇らしそうに言うので困ってしまう。


「ええと……まだ、正式なものではないから……」


 騒ぎにしたくない、という意味で言ったのだが、フレッドには「照れていらっしゃるんですね」と微笑まれてしまった。

 従僕が馬車で去ると、執事長の指示で、メイドたちが大量のプレゼントを離れに運んでいく。

 私も渡された花束を抱え、彼らに続いて離れへと向かう。背中に継母たちの視線を痛いくらい感じていたが、無視をした。


『我が愛しの聖女へ』


 花束に添えられていたメッセージカードに、これでもかというくらい深いため息を吐きかける。


一度目の人生では聖女を害する第二王子の婚約者で、今度は偽りの聖女様?

 第一王子を助けてシナリオを変更し、悪役から脱してバッドエンドの運命を変える予定だったのに——。


(これじゃあ私、結局悪役のままじゃない……?)

 



王太子やりおるな……と思った方は

ブクマや広告下の☆☆☆☆☆評価をぽちっと!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ