第百三十六話 守護竜降臨【Noah】
推しの晴れ舞台の日だったもので、更新遅くなってしまい申し訳ありません。
推し、最高でした。泣いた。
【side:Noah】
王都近郊の平原は、既に戦場と化していた。
剣戟と怒号で満ちる中、ノアはもう何度目になるかもわからない雷の雨を敵陣に振らせた。
敵の断末魔が上がった直後、真っ赤な目をしたハイドン兵が幾人も、人間離れした跳躍で騎士団に襲いかかってくる。
それを雷の矢で撃ち落としたノアの前に、近衛隊と魔法師団が並んだ。
「王太子殿下! お下がりください!」
「今僕が下がればここは総崩れになる!」
「しかし、昨夜は夜通し戦闘が続きました! どうか後方でしばし休息を!」
近衛騎士の進言に、ノアは舌打ちする。
そう、この戦闘は昨日の昼下がりから始まり、現在まで敵の侵攻が途切れることはなかった。
人間同士の戦であればありえないことだ。どんな屈強な騎士であっても、休息は必要なもの。
騎士道の観点からも、夜は戦闘を中断しひと時の休息をとるのが当然であるはずだった。
しかしハイドン公率いる反乱軍はその暗黙のルールを完全に破った。
いや、破ったというより、休息が必要なかったのだ。
反乱軍の兵士たちは、普通の人間ではなくなっていた。
服や鎧、身に着けた武器等、明らかに人間の名残はあれど、彼らの瞳は血のように真っ赤に染まっていた。
魔族だ。反乱軍の兵士たちは、魔族に体を乗っ取られていたのだ。
そのことにいち早く気づいた騎士団総団長は、近郊の領地から集められた兵士を含めたノア率いる正規軍を前後のふたつに分けた。交代し休息をとる為に。
魔族と違い人間は休みなく戦うことは不可能だ。不眠不休の戦闘を続ければ、二日と持たず正規軍は敗北するだろう。
いま前線は第二騎士団団長、オリヴィアの父であるアーヴァイン侯爵が先陣を切り戦っているが、彼も半日近く剣を振るい続けている。圧され始めているのも仕方ない。
確かにノアもすでに体力気力、魔力も限界が近づいていた。
それでも今下がるという選択を取ることは出来ないことは、わかっていた。
「後ろには罪のない王都の民がいることを忘れるな! 我々は王族の、王位の為に戦っているわけではない!」
近衛だけでなく、遠くの兵士にまで届くよう、ノアは力の限り叫んだ。
「我々は今、我々の大切な者たちを守る為に命をかけている! 王子も貧民も関係ない! 愛する者を守りたければ皆、最後まで敵を討て!」
ノアの檄に呼応するように、兵士たちが天が震えるほど吠えた。
その時だった。空に大きな影が現れたのは。
「あ、あれは一体……?」
「新たな魔物か⁉」
魔物だとしたら、巨大すぎた。
それはノアたちの軍すべてを覆い尽くすほどの巨大な影を地上に落とした。
その影は、巨大な羽を持っていた。空を泳ぐ長い尾を持っていた。
空どころか大地を震わせる、雷鳴のような声を持っていた。
まるで山が燃えているような、鮮やかな炎の色を纏っていた。
「火竜……?」
悠々と空を泳ぐその姿に、思わずノアはそう呟いていた。
あれを鳥や魔族とするには、あまりにも美しく、あまりにも雄大で、神聖なものに見えたのだ。
ノアの呟きと同時に、空に現れた飛行体は、突如急降下を始めた。
ぐんぐん迫る山のような巨体に、兵士たちだけでなく敵兵の体を乗っ取った魔族までもが一斉に逃げ出した。
両陣営の間にぽっかりと空いた空間に向かってそれが降下してくる。
地面にぶつかる直前大きく羽ばたき旋風を起こすと、それはゆっくりと着地した。
ズシンと大地を揺らし、青天をつんざく咆哮を上げたのは、まぎれもなく竜だった。
古よりこの国を守護すると言われた生ける伝説、火竜がいま目の前に舞い降りたのだ。
魔族を含めこの場にいるすべての者が、突然現れた神にも近しい存在にぼう然としていた。
ノアも例外なく、畏敬の念をこめて守護竜を見上げた。
特に、美しい銀の鬣に目を奪われる。まるで最愛の婚約者、オリヴィアの髪のようだと。
「……え?」
その婚約者のものとよく似た火竜の鬣の中で、小さな何かが動いたように見えた。
かと思えば、それは勢いよく宙へと飛び出した。
「あれは……」
まるで鳥のように羽を広げたのは人型の影だった。
魔族か、と身構えたが、それが腕に抱いていた存在を目にした瞬間、ノアは今の状況も忘れ叫んでいた。
「オリヴィア!!」
間違いない。あれは自分の愛しい婚約者だ。
羽を持った人影が降りてくるのを見て、ノアは駆け出す。
オリヴィアを抱いたその異形の人影は、周囲の敵を火魔法で蹴散らしてから、ゆっくりと着地をした。
オリヴィアを腕に抱いていたのは、彼女と同じ銀の髪を持つ男だった。
ただ、皮膚の一部に鱗があり、背中には大きな竜のような翼が生えている。
彼の姿を目にした周囲の騎士たちがざわめき始めた。
「何だあれは、竜か? それとも人か?」
「人ではないだろう。魔族じゃないのか」
「しかし、魔族にしてはあまりにも……」
「美しすぎるな……」
そう。彼は確かに人とは異なる見た目をしているが、あまりにも美しかった。
蠱惑的とも言える美貌に、誰もが目を奪われ動けずにいる。
「おい。あれは神子様では?」
「神子様をお守りするように抱いているなら、味方だろう」
「何だかおふたり、似ているような」
「確かに、ふたつの宝石が並んでいるようだ……」
周囲のそんな言葉すら不快で、ノアはふたりの元に急ぐと、男に向かって剣を突き付けた。
「貴様、誰の許しを得て僕の婚約者に触れている。オリヴィアを返せ」
相手はまるで炎のように赤く揺らぐ瞳でノアを睨んできたが、逆らうことなくあっさりとオリヴィアを手渡した。
手元に戻ってきた婚約者にほっとしたが、彼女は目を閉じたまま身じろぎひとつしない。
心なしか体を冷たく感じた時、火竜が動いた。
顔をゆっくりと下してきたかと思えば、ノアをじっと見つめたあと天に向かって咆哮する火竜。
ビリビリと震える空気を感じながら、ノアがオリヴィアを守り一歩下がる。
「な、何だ?」
火竜は何がしたいのだろう。
ノアの疑問に、すぐそばにいた異形の男が答えた。
「王の瞳を持つ者に力を貸すと言っている」
「火竜の言葉がわかるのか」
驚きまじまじと男を振り返ったノアは、相手の整った顔をまじまじと見つめる。
銀の髪に白い肌、整った顔と体躯には既視感があった。
「お前は……大神官の護衛についていた神殿騎士か?」
「そうだ。私は竜人族のトリスタン。火竜の眠りと目覚めを守る者」
竜人族? とノアが驚いた時、突如火竜が羽ばたいた。
何事かと火竜を見上げると、竜は天を睨みつけている。
目を凝らすと、そこにはいつか見た大公と呼ばれる魔族がいた。
この魔の軍団を率いているのは奴に間違いないとノアが確信すると同時に、火竜は雄叫びを上げ大公に向かって火を吹いた。
そのまま空へと舞い上がる火竜と、炎を受け止めかき消す大公。
神話の神々の争いのような光景に、誰もが圧倒されていた。
「大公は任せろと火竜が言っている」
トリスタンの言葉に、ノアは半信半疑で頷いた。
「竜人族と言ったな。その姿は……いや、それより一体なぜお前がオリヴィアを? オリヴィアに何があった」
一向に目覚める様子のないオリヴィアにそう尋ねれば、トリスタンは厳しい顔で説明した。
「火竜を苦しめていた毒を一身に受けたらしい。つまり、身代わりになった。……すまない」
「毒? そうか……なら、これは仮死状態か」
ほっとするノアを、トリスタンが訝しむ。
「仮死だと?」
「オリヴィアは創造神デミウルから、毒では死なない能力を授かっている。これは過剰な毒を受けた時に起こる仮死状態で、目覚めた時にはいつも解毒が済んでいるんだ」
火竜を苦しめていた毒が一体どれほどのものだったのかわからない。
時間はかかるかもしれないが、必ず目覚めるだろうから、それまで安全な場所で守らなければ。
しかしここは戦地のど真ん中だ。どうするべきか考えるノアに、トリスタンは「なるほど」と、胸元から小笛を取り出した。
「目覚めればいいのか。ならば、私が目覚めさせよう」
危ない危ない。トリスタンが処される所でした。冗談じゃなく。




