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「手記、かぁ……」
カードルさんと別れ、部屋に戻って来た俺は、ベッドに寝転がり、スマートフォンのメモを開く。レアーレの残した手記の内容は、大体スマートフォンにメモを取ってきた。
内容的には絵本の話が少し詳しく書かれている程度なのだが、やはり当事者の生の声というのは心強い。
「凄いよなぁ……これ、300年以上前のものなんだろ……?」
「きゅー?」
俺は手記の内容を読みながら、しみじみと呟く。
300年以上前の、レアーレ本人が書いた言葉かと思うと、何だか重みが違う。
「こうやって、人に読まれて、語り継がれて、何百年先まで受け継がれていく……」
「きゅっ!」
「きっとレアーレ本人は、そんなこと想像もしてなかったんだろうな……」
もちも俺のスマートフォンを覗き込み、楽しそうにもちもちと跳ねる。
俺は笑いながらもちを撫でて、今日の出来事をスマートフォンの日記アプリに記録していく。
『トワ、またスマートフォンいじってるー』
隣のベッドでゴロゴロしていたフィーユが、こちらのベッドに来て一緒にスマートフォンの画面を覗き込む。
『なんて書いてあるの?』
日本語が読めないフィーユが、俺の打った文字を見てそう問いかける。
俺は『ザソンさんの話の内容とか、今日あったこととか……色々だよ』と答えながら、『フィーユのことも書いてあるよ』と笑う。
フィーユが嬉しそうに『本当? なに書いたの?』と聞いてくるので、『木の実を3つも食べてたことかなー?』と冗談交じりに答えると、『何でそういうこと書くのー!』と怒られた。
『ごめんごめん、口いっぱいに木の実を頬張ってたフィーユが、凄く可愛かったって書き直しておくから』
『ちーがーうー!』
恥ずかしそうに怒るフィーユが可愛くてからかい続けていると、もちがぴょんぴょん跳ねだす。
『ん? どうした、もち?』
「きゅっ! きゅっ!」
必死に自分をアピールするかのように、もちは飛び跳ね続ける。
アピールの意味が分からず、俺が『んー……?』と首を傾げていると、フィーユが『あ!』と叫ぶ。
『もちも自分のこと書いて欲しいんだよ、きっと!』
「きゅっ!」
フィーユの言葉に、もちは「正解!」というように鳴き声を上げる。
『おー……なんだ、もちのこともいっぱい書いてあるよ』
俺はそう言いながら、もちをよしよしと撫でる。
『ファーレスとエクウスのことはー? 書いたー?』
『おー書いた書いた』
フィーユの言葉に答えながら、俺は自分の書いた過去の行動録をさらっと見返す。
最初の頃は、本当にただ行動を記録しただけの簡素なものだった。
所持品を確認した、木を登って辺りを確認した、等々。
今読み返すと、本当手探りでサバイバルしてたなー……と懐かしくなる。
そこに段々と自分の中の思いや感情が書き足されるようになり、日を追うごとに泣き言が増えていった。
帰れるのか、帰りたい、何故自分はこんなところにいるんだ……。
異世界に来て山を彷徨っていた頃は、本当に不安で仕方がなかった。
「……そこで、もちに会ったんだよな……」
「きゅ!」
もちに会ってからの行動録は、もちの観察日記のようになっていた。
もちと一緒にこんなことをした、もちがこんなものを食べた、等々。
少しずつもちと心を通わせていくのが楽しかった。もちのおかげで、俺は不安を乗り越えられた。
「森を抜けて、スティード達に会って、ノイに行って、ペールとメールの家にお世話になって……」
スティード達に会ってからは、記載内容が一気に増えた。
異世界のこと、言葉のこと、そしてノイの皆のこと。
1つ1つが忘れられない宝物だ。
「ノイを出て、ナーエに行って……」
ナーエでの出来事は、いいことばかりじゃなかった。
俺は命を危険に晒されたし、初めてこの手で人を殺めようとした……。
「でも、フィーユ達に会えた」
『私?』
俺のフィーユという呟きに反応したのか、フィーユが『なになに?』と楽しそうに笑いかけてくる。
『フィーユ達に会えてよかったなーって思い返してた』
フィーユの頭を撫でながら俺がそう答えると、フィーユは俺にぎゅっと抱き着いてくる。
『私も! トワ達に会えてよかった! 本当によかった!』
俺はフィーユを抱きしめ返しながら『……ありがとう』と一言だけ呟いた。
……
翌朝。
この日は予備日というか、何かあった時のために一応予定を開けておいたのだが、ザソンさん達との会合もつつがなく終えたため、1日空いてしまった。
『暇になっちゃったな……フィーユ、どうする? どっか行きたいところとかあるか?』
俺が『買い物でも行くか?』と問いかけると、フィーユは少し悩んだ後『んー……じゃあファーレスのとこ遊びに行こ!』と答えた。
ファーレスも俺達に合わせ、今日は1日オフのはずなので、きっと部屋にいるだろう。
『そうだな。部屋で1人寂しく、ぼーっとしてるだろうし、ファーレスのとこでも行くか!』
俺が冗談交じりにそう言えば、フィーユも笑いながら『おー!』と返してくれる。
……
ファーレスの部屋へ行ってみれば、想像通り1人でぼーっとしていた。こいつは飯や訓練以外の時間は、ほぼぼーっとしているようだ。
『ファーレス、遊びに来たよー!』
『……あぁ』
フィーユが楽しそうにファーレスに飛びつくと、ファーレスも無表情ながらフィーユをそっと抱きとめていた。
俺は適当な椅子に腰かけ、段々と距離が縮まっていく2人を見守りながら、ふと気になっていたことを問いかける。
『ファーレスは、デエスの森に行ったことあるのか?』
『……あぁ』
『おー……! どんな感じなんだ?』
『……さぁな』
ファーレスの答えはいつも通りだった。
結局、中途半端な誓いの言葉以降、ファーレスが5文字以上喋るところは見ていない。まぁそれがファーレスらしくていいのかもしれない。
『危険な魔物とか、いっぱいいる?』
俺達の会話を聞いていたフィーユが、不安げに問いかける。
フィーユの問いに対し、ファーレスが『……いや』と首を振って答える。その答えを聞き、俺も少し安心した。
『結局、カードルさんのあの意味深な発言は何だったんだろうなー?』
『……さぁな』
今度の『さぁな』は本気のようだ。
カードルさんにはお世話になっているので、期待に答えられるように頑張りたいが、何を期待されているのか分からない以上、努力のしようがない。
『不安だなー……デエスの森、入れなかったらどうしようか……?』
デエスの森という大きな手掛かりを掴んだことは嬉しいが、先に進めないのではどうしようもない。しかも相手は何百年と封印されてきた森で、専門家が調べても何の手掛かりも得られなかった強敵だ。
『でもでも! 私達はベスティアの森も越えて来たんだし、きっと大丈夫だよっ!』
不安気に溜息を吐く俺を見て、フィーユが自信満々に断言する。
『そっか、そうだな……俺達なら、きっと何があっても大丈夫だよな!』
『……あぁ』
異世界生活532日目、俺達はそう言って、互いの顔を見て強く頷きあった。
このお話で第5章完となります。ここまで読んで下さりありがとうございました。
次話は番外編を更新予定です。そちらもお楽しみ頂ければ幸いです!




