あたしがいるから
『43話 わんこー』
『44話 油断大敵とはこのことを言うのか……』
くらいのとき、どこかであったおはなし
「運転免許を、取るぅ?」
ある日の夕方、ミュラさんがイネスちゃんを連れてやってきたとき。じゃがいもの面取りをしていたソノコが言い出した言葉を聞いてあたしは声をあげた。リビングのテーブルを拭いていたミュラさんも「えっ」と言った。そりゃそうでしょう、よりによってソノコが。なんでそんなこと思ったのよ。
「ミュラさん、運転できていいなあって。レアさんも持ってるんでしょう? なんかかっこいいし。わたしも運転したい」
たったそれだけのこと? 布巾を手にしたままやってきたミュラさんと顔を見合わせた。さて、どうやって諦めさせようか。
「ソノコ、あなたに自動車は必要ないでしょう」
「うん、べつに自動車がほしいわけじゃないんだけど」
ミュラさんが切り出した言葉に、ソノコが少し考えるようにしながら答えた。「運転できたら、いろんなところ行けて、いいなあって」ミュラさんはもう一度あたしを見て、あたしもミュラさんを見て。きっとあたしはどうしようって顔してる。
「ソノコ、行きたいところがあるなら、あたしが運転するわ」
今日の主菜は牛すじ肉のブラウンスープ。ミュラさんが好きな。風味づけのために燻して乾燥させた食用タツキの葉を刻んで入れる。その手元を、ミュラさんが見ている。
「――どこへだって。ファピー観戦でも、お買い物でも、どこかの観光でも。連れて行ってあげる。ソノコにはあたしがいる。だから、運転免許は必要ないわ」
混ぜ入れたら、香りがぐっとひき立った。ひと煮立ちさせたら、ちょっとだけ置いて安定させる。
「うん、その方がいい。あなたに運転は向いていない」
あたしが避けた言葉を、ミュラさんがしっかりさくっと言っちゃった! ソノコが「ええー?」と不満げな声。でもどうにか丸め込めて、「わかりました、取りません……」と言わせた。あたしもミュラさんもほっとした。――そうね、自動車買おう。いろんなところへ行くために。
あたしがね、連れて行ってあげる。あなたが行きたい場所。あなたが見たいもの。それがいい。
芽を取りながら「なんかこう、かっこよく、しゃーっとしたかったのに」とソノコがよくわからない擬音をつぶやいた。
どうしてこう、無自覚なの。あなた、すごく運動音痴なのよ!





