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六十三、アイリーシャの想い

2巻発売となりました!ありがとうございます!

「オディール、貴女何を知っているの?」


 問いかければオディールは躊躇いがちに目を伏せる。

 舞台に立つアイリーシャは自ら宣言した通り逃げ出すことはなかった。大人たちが血相を変えて逃げ出した相手を前に、怯むことなく見つめ合う。正しくは睨み合いと呼ぶのかもしれないけれど。

 アイリーシャは立ち尽くすノアに毅然と言い放つ。


「私が王女だから闘えないとでも言うつもり?」


 オディールの発言から衝撃を受けている自分と同じように、舞台上にいるノアにも動く様子はない。これまでの試合、隙あらば木刀を突きつけるだけで参ったと言わせてきた人物がである。何かが違うと、観客たちが不審に感じるのも当然だ。騎士団長としてのノアを知る部下たちであれば尚更、動揺が広がっていた。


「私、そんな情けない言い訳を聞くつもりはありませんから」


 挑発するアイリーシャは確かに彼との闘いを望んでいる。それなのに負けることが目的と語る意図がわからない。説明を待つロゼを前に、覚悟を決めたオディールはようやく口を開いた。


「この大会を提案された時、リーシャ様は私たちに言ったのです。もしもご自分が負けてしまった時は、笑顔でロゼ様を見送ってほしいと。エルレンテを去るロゼ様は何も悪くないのだとおっしゃていました」


 もちろん直ぐに『絶対に負けませんけれど!』と続けていたが、オディールの目には負けることを望んでいるように見えたそうだ。なんでもないことのように笑っているはずが、どこか翳りのある笑顔。寂しさや辛さを隠しているような、胸を打つものだったと。


「本当はロゼ様には黙っているようにと言われていたのですが……あの、リーシャ様には申し訳ないのですが、やはり私はロゼ様の共犯者なので、ロゼ様に黙ったままでいるのは良心が咎めるような……あ、でもリーシャ様に怒られるのは私だけですから、ロゼ様はご心配なさらないでください!」


 ロゼは必死に訴えるオディールの手を握った。


「ありがとう。よく伝えてくれたわね」


 怪我さえなければ勢い任せに抱き着いていただろう。それほどの喜びと、深い感謝で溢れていた。


「けれど貴女の共犯相手は……貴女にそうまで慕われるような人間ではないかもしれないわ。自分の幸せのために、信じてくれた人たちの前から去るような人間かもしれないのよ?」


 むしろそうしてほしいとばかりにオディールは嬉しそうに頷いた。


「私たち、この大会を通じで気付かされたんです。ロゼ様がなんでも出来てしまうから、甘えすぎていたって。ロゼ様がいれば大丈夫、ロゼ様ならなんとかしてくれる。そうやって頼ってばかりいました。だからもっとしっかりしなきゃって、リーシャ様に教えられたのです」


「リーシャに?」


「私は王宮で働いていましたから、お二人の絆を知っています。リーシャ様は本当にロゼ様のことが大好きで、誰よりもお辛いのはあの方だと思うのです。そんなリーシャ様がご自分の気持ちを隠してまでロゼ様の幸せを願うのですから、私たちが出来ないなんて言えませんよね」


 ロゼはオディールにつられるように舞台へと視線を向ける。その先ではアイリーシャがノアへと挑み続けていた。


「どうして攻撃しないの。私のことは倒せないとでも言うつもり!?」


「言ったはずです。俺にはアイリーシャ様は倒せません」


 躊躇いなく答えるノアは真剣だ。反撃する素振りはないく、このままではいつまでたっても決着はつかないだろう。


「馬鹿なことを言わないで。そんな人にロゼお姉様が守れるの!? 私くらい倒してみせなさい。簡単なはずよ! そうしてどうせなら、ロゼお姉様にうんと嫌われてしまえばいいの!」


(リーシャは最初からわたくしのために……)


 もしもアイリーシャが行動に移していなければ、自分はこの結婚をどう捉えていただろう。

 国のため、王の命であれば仕方がないと納得したはずだ。けれどどこかで後ろめたさを抱えていたとも思う。エルレンテを去り、観光大使の役目を放棄し、愛する人の隣で生きる人生に疑問を抱いた。だからこそアイリーシャは理由を与えるために、誰からも責められることがないように、あるいは彼女自身が納得するために、この決闘を申し出たのだ。


「リーシャ様、ノア様のことは大嫌いだそうですが、ロゼ様のことは大好きだそうですよ。心残りを抱えずに幸せになってほしいからとおっしゃられて……そんなお姿に、私たちも協力をしたいと心を動かされました」


 オディールはすでにこの闘いを見届ける覚悟を決めていた。無謀だと焦りを見せることもなく、決着の時を待っている。街の人たちも、兄たちだって静かに見守っている。それなのに自分は、見当違いの心配ばかりしていた。


「わたくしはリーシャの叔母なのに、肝心なことはなにもわかっていなかったのね」


 最初から、何もかも間違えていた。一言、本当の気持ちを伝えるだけで良かったのに。


「では真実を知った叔母君はどうするつもりだ?」


 まるで何かを期待しているような、面白そうな様子でラゼットに問いかけられた。ノアが反撃しないのなら決着はつかず、どちらかが負けを認めない限り闘いは終らない。両者に譲るつもりがないのであれば、もはや止められるのは一人だけである。


「決まっているわ。わたくしなら止められるのでしょう?」


「ああ。ロゼにしか出来ないことだ」


 ラゼットの後押しを受けたロゼは舞台へと踏み出した。

 立ち向かうアイリーシャがノアに避けられた弾みで転倒する。ノアは攻撃することもなく、あろうことか手を差し伸べて助けようとしていた。アイリーシャはその体制のまま木刀を打ち込むが、難なくノアの手によって阻まれてしまう。押しても引いても木刀は動かず、力の差は歴然としていた。


「そこまでよ!」


 張り上げられた声に注目が集まる。ノアもアイリーシャも、二人揃ってロゼの名を呟いた。

 道が割れ、ロゼは舞台へと歩み寄る。観客たちは自然と道を譲っていた。

 ロゼは舞台には上がらず、その場から訴える。


「二人とも、それにお集りのみなさんも。少しだけわたくしに時間を下さいな」


 自分を信じてくれた人たちのためにも、情けない観光大使の姿をさらしたままで終われない。


「わたくしは……この国が好きです。家族がいて、街のみなさんがいて、共に過ごした時間は幸せなものでした。王女であることを知っても変わらずに接して下さったこと、とても嬉しく思っています。共に笑い、けれど楽しいだけではなく苦労もありましたね。そのどれもが忘れることの出来ない大切な思い出です。この素晴らしい国に生まれたことをわたくしは誇りに思います。けれど……」


 いつだって彼の姿が足りない。どれだけ時が経とうと消えた存在を埋めることは出来なかった。忘れることも出来ずに年月ばかりが過ぎていた。


「エルレンテに、この景色には貴方がいないわ」


 いつしかロゼはノアへと語りかけていた。

閲覧ありがとうございます。

中途半端なところで終わって申し訳ありません!この辺り区切るのが難しく……次回は本音で語るロゼからお送り致します予定です。

皆様のおかげで2巻も無事に発売日を迎えることが出来ました。ここにお礼申し上げます。ありがとうございます!

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