四十六、結婚騒動
いち早く立ち直ったロゼは姪の暴挙を止めるべく動いた。
「何を言うのリーシャ……決闘だなんて!」
「リーシャちゃんもロゼちゃんにだけは言われたくないと思う」
真顔で答えるのはレイナスだ。彼は己の身に起きた痛ましい事件を忘れてはいない。かつての行いをなかったかのように振る舞う妹を見過ごすことはできなかった。
「レイお兄様!」
ロゼはお静かにと唇に指を当てる。
「確かにわたくしも昔――似たようなことを申し出たかもしれないわ。けれど今はリーシャを止めることが先決なのよ。レオお兄様をご覧になって。放心していたかと思ったら物凄い形相でわたくしを見ているわ。あれは絶対にわたくしの影響だと思われているのよ!」
「いや誰がどう見てもロゼちゃんの影響だからね」
悲しいことに誰も「それは違う」とは言ってくれなかった。初対面のロクスを除いて、それぞれがロゼの今日までの行いを見せつけられている。
「揃いも揃ってわたくしのせいだという顔は止めてちょうだい!?」
無実を主張するが無謀な行いだ。ラゼットにまで「あんたなら……」と呟かれる始末。後ほど個別に意見交換の場を設けたいがまずはアイリーシャだ。
「考え直すのよリーシャ。相手はアルベリスの騎士団長、レイお兄様に決闘を挑むのとはわけが違うのよ」
「ロゼお姉様。私は覚悟の上です」
実力で敵う相手ではないことくらいアイリーシャにもわかるだろう。それでも毅然と申し立てるくらいだ、よほどの譲れぬ覚悟があるとみえる。
「そうまで言われてはこちらも引き下がれませんね。王女殿下が望まれるのであれば受けて立ちましょう」
「ノア!?」
たとえアイリーシャが納得しなかろうとノアが頷かなければ儀式は成立しない。ノアには同意する義務も理由もないことで、ロゼはどこか安心していたのだ。この人がアイリーシャを傷つけることはないと。
「ただし俺が勝てばこの婚姻を認めていただきます」
やっとわかった。止めてくれないのではなく止められない。譲れない理由はノアにもある。
「婚姻……」
傷つくことすら間違った想いだというのに胸が痛い。
「ノア、結婚してしまうの?」
まさかアイリーシャと――
真っ先に浮かんだのは主人公。かつての『ノア』なら難しかった。けれど何をどうしたのか『ノア・ヴィクトワール』であるならば両家にとって価値ある婚姻を結ぶことができる。
(リーシャはノアとの婚姻が嫌で憤っていたのね)
全てが繋がった。大人しいアイリーシャにしては珍しい攻撃的な態度にも納得する。いきなり結婚を申し立てられたところで心が納得できるはずもない。かつてのロゼもそうだった。望まぬ婚姻を避けるため自らの力で道を切り開いたのだから。
(でもね、リーシャ。ノアは素敵な人よ。貴女だって、ゲームの世界では彼と恋をしたわ)
ならこの世界でも可能性はある。彼の優しさに触れればアイリーシャも恋に落ちるかもしれない。二人に必要なのは時間だ。
(わたくし欲張りになっていたのね)
帰ってきてくれただけで喜ぶべきなのだ。忘れて構わないと告げたのは他ならぬロゼ自身。それを勝手に、また二人で過ごす時間があると期待していた。
溢れそうな涙に耐えるべく唇を噛む。
(ここで泣いたらノアを困らせてしまうわ)
幸せになってほしいという気持ちに偽りはない。ただ早すぎるだけなのだ。初恋が叶うなんて夢を見ていたわけではないけれど気持ちを整理する時間がほしかった。誰もいなくなってから思い切り泣き叫ぼう。それまでは笑顔の仮面を被り続けることを誓った。
(今はまだ難しいけれど、いつか大切な友人を祝福できるように――さあ、笑うのよ)
ロゼは決意を胸に面を上げる。
「どうして他人事かなあ、君は」
視線を上げた先でノアは笑っていた。
「不安そうな顔してる。俺、自惚れてもいい?」
愛おしそうに見つめてくれる。その眼差しの先にいられることがこんなにも嬉しくて、辛い。
(どうしてそんなに優しい顔をしてわたくしを見るの? 貴方は今度こそ手の届かない存在になってしまうのに――)
「結婚するのは俺と君、ロゼだよ」
「聞いていませんけれど」
人間驚きすぎると全ての感情が抜け落ちるのだと身をもって学んだ。
「安心して。君のお兄さんたちの許しはもらってあるから」
「なんですって?」
ロゼは兄二人を見遣る。それぞれがそれぞれに視線を逸らしていった。後ほど尋問の必要がある。
「そう……お父様だけではなくレイお兄様も敵……」
低く呟くアイリーシャの眼差しは完全に仇へのそれだ。
「リーシャちゃん!?」
叔父は情けない声を上げた。レイナスにとってもアイリーシャは可愛い姪だ。
「安心してくださいお姉様。私だけはお姉様の味方です!」
「え、あの、それは嬉しいけれど……ねえ待って、今なんの話をしているの!?」
「ならばその決闘、俺も名乗りを上げさせてもらおうか」
「貴方は何に便乗しようとしているのよ!」
全くもってラゼットが登場する必要のないことだ。
「そう言ってくれるなよ。俺もあんたに想いを告げたうちの一人だろ」
この一言で、話は更に混沌とかす。
「はあ? 何それ。どういうことか詳しく説明して」
ラゼットの肩にノアの手が乗る。そのとたん、みしっと音が聞こえてきそうな威圧を発した。
「団長殿、骨、骨が砕ける! 話し合えばわかる。まずは手を放そう。なっ!?」
「あ、兄上、どうか冷静に!」
「俺はいつでも冷静」
ロクスが宥めている間に解放されたラゼットはロゼの元へ移動する。アイリーシャの警備はノア相手でなければ過敏に反応することもないらしい。
「貴方ねえ……」
ロゼの呆れた眼差しにもめげずラゼットは楽しそうだ。
「いいだろ? 我が国でも鉄壁で有名な騎士団長殿がこうも表情を崩しているんだ。便乗しない手はないぜ」
もしかしたら殴られたことを根に持っているのかもしれない。悪戯っぽく笑ったラゼットはそれにしてもとロゼを観察する。
「ということはあんたが噂の……」
「噂?」
「ああ、不躾にすまない。なに、こちらの話だ。ときにアイリーシャ王女殿下。貴殿は随分と勇ましい女性なのですね。我が国でも畏怖される騎士団長相手に啖呵を切るとは、そうできることではありません」
「関係ありませんわ。知ったことではないのです!」
その堂々たる姿、まさに主人公。ロゼはうっとりするほど見惚れていた。
「リーシャったらなんて頼もしいの! 立派になって」
姪の成長ぶりに我慢できずロゼも輪に加わる。流れるように自然な会話だった。
「ははっ! 貴女はまるでロゼのようですね」
「お姉様のよう!? あ、あの、ラゼット殿下、それは本当ですか?」
「もちろんです。これは彼女が自慢したくなるのも頷ける」
「お姉様が私の自慢を!?」
「はい。自慢の姪だと、それはもうたっぷり聞かされましたよ」
アイリーシャは吊り上げていた瞳を見開き頬を染める。恥ずかしいですと照れ頬を抑えている。これこそがアイリーシャの真の姿、真の魅力だとロゼが得意げに胸を張り、その傍らではラゼットが早々にアイリーシャを味方に引き込むことに成功していた。
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この物語は主人公が姪と祖国のため観光大使を日々頑張っておりますが。ジャンルは『恋愛』にお邪魔しておりまして、今回それらしきタイトルを使え満足でした。そんな恋愛模様もまた見守っていただければ幸いです。




