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四十五、乱入に次ぐ乱入

(今度は誰なの!?)


 取り込み真っ最中である。

 しかしレイナスもまた、ロゼが目覚めたことを知って駆けつけてくれた人物の一人。そして誰よりも彼女に言うべき権利がある。


「どーも」


 一瞥しただけで察してしまうほど苛烈な怒りが肌をさす。軽口を叩きあう仲だからこそ、纏う空気の変化にも敏感だ。


「頭の良いロゼちゃんなら俺の言いたいこと、わかるよな」


 そうさせてしまったのは自分だという自覚もある。


「申し訳ありませんでした」


 家族を愛しているレイナスに妹を見捨てろという残酷な選択を強いた。簡単に許されてはいけないと思う。


「勝手なことをして、ご心配をかけしたこと、反省しています……」


「そうだよね。お前に何かあったらって……夜も眠れなかったんだぜ」


「レイナス殿下。責任は全て私にあります。彼女に非はありません」


「いいのよ、ラゼット」


「だが!」


「わたくしはとても酷いことをした。言い訳するつもりはありません」


 逆の立場であったなら、はたしてロゼに正しい選択ができただろうか。身を切るほど辛い覚悟を伴うと知っていながら押し切るように認めさせてしまった。


「だから王族ってのは嫌なんだ……。どうせお前は同じ状況になったらまた危険に首を突っ込むんだろ」


 さすがは兄というべきか、見抜かれている。

 欺くという選択肢は最初から存在しなかった。どれほど落胆されようと、自分のために怒ってくれる人に嘘は吐けない。


「お兄様に恨まれようとわたくしにも譲れない想いがあります」


 年が離れていることもあり、ずっと仲の良い兄妹だった。それでもロゼは兄と対立することを選ぶ。たとえその結果が別離だとしても覚悟は変わらない。


「ローゼリアとして後悔しないよう生きると決めているのですから」


「はあ……」


 根負けするようにレイナスは深く息を吐く。そうすることで気持ちを落ち着かせようとしていた。


「……お帰り」


 突然の「お帰り」にロゼは目を丸くする。口すら聞いてもらえないことも覚悟していたのに。


「説教は後でたっぷり聞いてもらうけど、無事に帰ってきた妹を出迎えられるのは今だけだろ。お帰り、ロゼ。無事に帰ってきてくれて、国を守ってくれてありがとな。あ、いや、無事とも言い難いんだけどさ。ホント、生きててくれて嬉しいよ」


「レイ、お兄様……」


 込み上げる喜びを素直に受け入れられないのは未だに残る罪悪感のせい。躊躇うように口を開いては閉じてしまう。そんなロゼの背を押したのはレオナールだった。


「だそうですよ、ロゼ?」


 その眼差しは早く答えてやれと言いたげに見守っている。同意するようにレイナスが頷き、いつまで待たせるのかとからかい混じりに笑った。やっとこの部屋に入ってから気持ちの良い笑みを見せてくれたのだ。


「ただいま、帰りました。お説教、お待ちしていますから」


「おう! 俺は長いぞー」


 仲直り完了だ。

 それにしてもとレイナスは周囲を見渡す。


「凄い顔ぶれだな。我が国の国王陛下にアルベリスの皇子殿下に帝国騎士団のツートップ様――ね」


 ノアへと向けられた視線は意味深で、既知であるかのような印象を受ける。


「レイお兄様、エルレンテの次期国王も仲間に入ることはできますか?」


 もはや扉はあってないもの。

 視線を攫うのは自ら名乗りを上げたエルレンテの次期国王ことアイリーシャである。


「リーシャ!?」


「ロゼお姉様!」


 姪が涙ぐむ姿を見つけ、ロゼの表情は歓喜に染まる。叔母と姪、感動の再会がここに叶おうとしていた。


「げっ……」


 この取り繕いもしない呟きはノアから零れたものである。


「お目覚めになられたのですね!」


 アイリーシャは泣きはらした目を隠しもせずに飛び込む。感動したロゼまでつられるように涙を浮かべていた。しかしその背後では焦ったメイドがせわしなく慌てふためいている。


「お、お待ちください王女殿下!」


「うるさいわ!」


 これにはロゼも驚かされる。アイリーシャは声を荒げることのない心優しい性格だ。それをメイドに向かって一蹴するとはよほどのことだろう。


「一体どうしたというのです。お前には部屋で待つよう伝えたはずですが」


 父であるレオナールは厳しく言い放つ。アイリーシャは頷き、ぎゅっと手を握りしめた。


「はい。お父様……」


「では何故、大人しく部屋で待てなかったのですか」


「何故、ですって? どうしてと訊きたいのは私の方!」


「へ?」


「お父様、これはどういうことなの!?」


 涙の混じる瞳は激しくレオナールを睨んでいた。追及していたはずが、逆に追い詰められている。


「たくさんの人がロゼお姉様を心配していました。私だって、とっても心配したんです。お父様だって知っていたはずよ!」


「え、ええ、もちろんです」


「目を覚まされたと聞いてすぐにでもお会いしに行きたかったのにお父様は待てとおっしゃいました。私だって、アルベリスの皇子殿下が優先されるのは仕方がないことだと我慢したのです。それなのに、どうしてあの男がいるのですか!?」


「あ、いや、それはですね、アイリーシャ」


「ロゼお姉様は国を救った英雄。アルベリスの皇子殿下なら私だって我慢もできます。でもこの男だけは……ノア・ヴィクトワールだけは納得できません!」


「ねえ、ノア・ヴィクトワールというのはどなた?」


 怖ろしいほどの場違い。けれどそれ意外の言葉がロゼにあっただろうか。


「ロゼ、俺の名前を忘れたの?」


 答えをくれたのは本人だ。

 そんなことを言われても。家名など聞いたことがない。次いでノアが話しかけたのはロクス・ヴィクトワールである。そう、ヴィクトワール家といえば彼だ。


「ねえ、ロクス。君の兄の名を言ってごらん?」


「ノア・ヴィクトワールですが。兄上、ご自分のことをお忘れになりましたか?」


「あ、兄上……って、弟……?」


 ロゼはノアを見て、そしてロクスへと視線を移す。断じて隠し兄弟設定だとか、そんなことはあり得なかった。ロクスに兄はいないしノアに家族はいない。それがロゼブルの真実だ。


「あ、貴方、本当に何をしてきたというの!?」


 帰国したかと思えばアルベリスの騎士団長に収まり、どころか勝手に攻略対象と兄弟関係になっている始末。


「団長で、ロクスの兄って……何がどうなって義きょうだいっ!」


「平気!? 君、興奮しすぎ」


「こ、これがっ――しないでいられる!?」


 いられません。

 ところがロゼが真偽を追及する前にアイリーシャが割り入った。


「貴方はいつまでお姉様の手を握っているつもり? 距離も近すぎるわ!」


 どきなさいという剣幕でノアを追い払うアイリーシャは見事空いた位置に収まった。むしろアイリーシャ以外にこれまで深く追及されなかったことが不思議なのだ。そのため馴染みすぎていた。


「よくもお姉様の前に顔を出せたわね。必ず守ると約束したじゃない! それなのにこんな、酷い怪我を負わせるなんて……」


「それは誤解よ、リーシャ。彼はわたくしを助けてくれたのだから」


 水路で敵を倒してくれたのはノアで間違いないだろう。ところがアイリーシャが納得することはない。


「いいえ。この男は自らお姉様を守ると誓いました」


「王女殿下のおっしゃる通りだよ。俺は君を失うところだった」


「俺は?」


 潔く非を認めるノアだがアイリーシャは何が気に食わなかったのか目敏く反応する。


「まるでお姉様が貴方の所有物であるような言い方をするのね。私は貴方なんて認めていないのよ。貴方のような人がお姉様に相応しいとは思えない。他の誰が認めようと私は反対なのだから!」


 レオナールとレイナスは同時にアイリーシャの顔を見る。


「リーシャちゃん!?」


「まさかお前、その話をどこで!?」


「お父様たちは黙っていて!」


「はい……」


 娘を宥めようとた父は一蹴される。彼らには火に油しか注げない。この場に父親としての身の置き所はなかった。

 部屋中の視線はアイリーシャが攫っている。にもかかわらず堂々としたものだ。あるいは怒りで我を忘れているともいえる。


「そうよ……これだけの顔が揃っているのなら証人もたくさん。言い逃れはできない……」


 アイリーシャはぶつぶつと思案に暮れ、やがて覚悟を決めたのかノアを見据えた。


「ノア・ヴィクトワール。わたくしアイリーシャ・エルレンテは貴方に決闘を申し込みます!」


 なんで!?


 国と立場の垣根を越えて、居合わせた者の心は見事一つになっていた。

いつもありがとうございますの方も、初めましての方もありがとうございます!

とあるお二人が兄弟設定になっており波乱の予感。そして久しぶりの登場となりましたアイリーシャですが、彼女はロゼの姪です。そう、ロゼの……。叔母をみて育ったのですからこうなることは必然でした。

それでは引き続き更新頑張ってまいりますので、また次のお話にてお会いできれば幸いです。

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