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四十三、ラゼットの謝罪

 ところが緊張の面持ちで説明を待つロゼの意気込みは志半ばで折られた。

 メイドが連れてきた訪問者は混乱を最後に別れたきりのラゼットだった。突然のことに驚くもノア曰く、ロゼの意識が戻ったことは既に王宮中に知れ渡っているころらしい。

 どんな情報網かとまた驚かされたことはさておき、この目でラゼットの無事を確かめられるのだから願ってもない。それもわざわざ駆けつけてくれた相手を追い返すのも気が引ける。

 そんなロゼの考えが読めたのか、ノアは面白くなさそうに溜息を吐く。ノアは姿をさらすことのできない身の上であり、それはこの時間の終わりを意味する。

 メイドもラゼットも、部屋にいるのはロゼ一人だと思い込んでいる。先約を理由に断ることはできないず、懐かしいもどかしさが込み上げた。


(昔も現在もこれがわたくしたちなのだわ。けれど貴方だけが残念に感じているわけではないのよ)


 現在も昔も、想いは同じ。あるいは昔よりも――

 とはいえ永久に部屋の前で立たせておくわけにもいかない。


「ノア、ラゼットが……」


 かつてのように姿を隠すべきではと示唆するも、ややあってアルベリスの騎士団長には不要な気遣いとも考えさせられた。


「大丈夫だよ。俺はもう影じゃないから、何も気にする必要はないんだ」


 嬉しそうに語るノアは懸念を正確に言い当てた上でその場を動こうとしなかった。堂々とラゼットの前に経てるのなら騎士団長という身分も本当ないのだろう。


「失礼する」


 固い声とともにラゼットが入室しようとロゼのそばから離れることはなかった。


「ラゼット、貴方が無事で本当に良かった」


(見たところ怪我は……頬に湿布が張られているくらい? どこかにぶつけたのかしら)


 包帯の類は見られない。ノアの言う通り大した怪我ではないというのは本当のようだ。


「俺は怒っているんだがな。そう嬉しそうな顔をされるとやりずらい……」


 激高していたはずのラゼットも毒気を抜けれ落ち着きを取り戻していた。


「何故あんな勝手な真似をした。あんたは命が惜しくないのか?」


「惜しいに決まっているわ。まだまだやりたいことも見たいものもあるのよ。けれどその中には貴方の姿も含まれています。貴方が欠けてはわたくしの輝かしい未来は存在しません」


「彼女は全部自分のためにやったんだ。決して君のためなんかじゃない、決して。勘違いしないようにね」


「――と、この方もおっしゃるように、確かに貴方を助けたのはわたくしの自己満足なのだけれど」


 何故、続くはずの台詞をノアにとられているのだろう。丁寧な解説は有り難く、確かにその通りなのだが……

 腑に落ちないロゼが疑問符を浮かべているうちにラゼットが歩み寄る。


「すまなかった!」


 そうしてロゼが止めるよりも早く頭を下げるのだ。


「俺が勝手をしたばかりに我が国の事情にあんたを、エルレンテを巻き込んだこと、謝罪させてほしい!」


「貴方の口からそんな台詞を聞くことになるなんて……」


 ロゼブルプレイヤーはすべからく耳を疑うだろう。背景には傲慢の文字が似合いそうな男の言葉とは思えない。


(わたくしなんて贅沢なのかしら。あの復讐の鬼が頭をさげてくれるなんて……て、どうしてわたくしはアルベリスの次期皇帝様に頭を下げさせているのよ!?)


 傷に響くというより心に響く。


「頭を上げてちょうだい!」


「もちろん謝って済むことではないのも承知している」


「そうではなくて!」


「この恩は俺の治世で必ず返すつもりだ」


「それは有り難いことだけれどまずは頭を上げて、でないと会話しませんからね!」


 そうまで言って、無理やり顔を見て話すことに成功する。


「もう、簡単にそんなことを言って……撤回は難しいのよ」


「誰が撤回するかよ」


 不敵に笑うラゼットの姿に、この人はもう大丈夫だと思えた。


「ええ、貴方は立派な皇帝になるのでしょうね」


 たとえ主人公ではなくても運命を変える手助けくらいにはなれたのかもしれない。


「国同士のことはわたくしが口を出せる問題ではないけれど、悪かったと思っているのならわたくしの数々の振る舞いを忘れてちょうだいね」


 頭から水をかけたり、王女が変装して街を歩き回っていたり、襲撃者相手に立ち回ったり……王女としてあるまじき姿ばかり目撃されている。

 ラゼットは「任せておけ」と言って気持ちのいい笑顔を浮かべるのだが、逆に胡散臭い。とても忘れるという気概が感じられなかった。


「ねえロゼ、俺の時より喜んでない?」


 まるで自分を見てほしいとせがむようにノアはロゼの手を引く。


(そういえばわたくしたち手を繋いだまま!?)


 どうして誰も指摘してくれないのか。

 いくら責任転嫁しても無駄だ。ロゼ自身が受け入れている。不自然なはずが、あまりに自然で失念していたのだから。

 しかし羞恥とは意識してから生まれるものであり、焦ったロゼは視線から逃れるように握られた手を見つめる。幾分か健康的な色合いになっているとはいえ十分に白いノアの手だ。異変はすぐに目に留まる。まるで何かにぶつけたように手の甲が赤くなっていた。


「貴方手が……痛くはないの?」


「ちっとも。こんなの平気だよ」


「さすが、団長殿は手厳しいな」


 ノアが平然と告げ、ラゼットは苦笑いで頬をかく。この図が意味するところは――


「ノア、まさかとは思うけれど。どなたかを殴っていたりしないわよね?」


 ロゼは静かに問う。きっと違うと否定してくれるはずだ。


「手加減はしたよ」


「ねえ、つまり殴ったことは否定してくれないの!?」


(怪我ってそういうこと!?)


 仮に騎士団長であろうとも、皇子を殴り飛ばしたとあっては大事件である。


「大丈夫。だから手加減したってば」


 安心しろと言わんばかりの表情である。しかしまったくもって大丈夫ではない。


「ラゼット、いいえラゼット殿下! まことに申し訳ありませんでした! わたくし何と言ってお詫びすればいいのか――ノア、わたくしも一緒に謝って差し上げますからね!」


「おいおい、どうしてあんたが謝る。俺の台詞を奪ってくれるなよ。謝罪に来たのは俺だぜ」


「その件は無事に終わりました。今度はわたくしの番よ、大人しく受け取りなさい!」 


「俺、謝らないよ。君が勝手な行動をしたせいで大変なことになったんだから」


「ちょっとノア! だからといって殴っていい理由にはならないのよ!」


 発言だけ見れば駄々をこねているように聞こえるが、ノアの発言には正しさもある。ラゼットの行動で国を揺るがす事件が起きたのは事実だ。皇子相手にも正面から非を解く姿は頼もしささえ感じる。しかし、だからといって殴り飛ばしていいわけではない。


「ロゼ、いいんだ。おかげで目が覚めたよ」


「目が覚めた!? 貴方どれだけ強く殴ったの!」


 ラゼットとしてはロゼを落ち着かせるために告げている。出来うる限り何事もなかったように告げたのだが、どんな風に話されようとその分だけロゼは焦るだろう。


「まあ俺も手加減しなかったのは悪かったけど……」


「手加減抜き!?」


「そうだな……。ロゼ、一つ訂正させてほしい」


「何を!?」


 何故か割り込むラゼットに同盟撤回宣言かとロゼは不安を募らせる。


「以前城内で俺に敵う者はいないと話したが、どうやら俺は認識を誤っていたらしい。あんたが強いことは知っているつもりでいたが、その……あんなに強かったんだな」


 ラゼットは遠い目をして語る。


「皇子殿下相手に本気になったところで徳はないだろ」


「ロゼに何かあったら赦さないと一発もらってな。あんたが無事に目覚めてくれてほっとした。でなければ今頃国が亡んでいたかもしれん。なんて、大げさか。ははっ!」


 笑えない! その冗談笑えない!


「笑っちゃうよね。凄惨な光景なんてたくさん目にしてきたのに、たった一人君が倒れているだけで俺は冷静を失う」


 淡々と任務をこなし、どんな時でも冷静なノアからは想像できないことだった。けれど確かに、水路でのノアは声を張り上げとんでもないことを語ってくれた。あれを『取り乱す』というのだろう。


「君は目を開けてくれない。動かなくて、どんどん冷たくなって……恐怖で震えるなんて初めてだった」


 だから――そう言ってノアはラゼットへ視線を向ける。


「殿下が、俺が取り乱したら助けられる命も助けられないって言ってくれたこと、感謝してる」


「ああ」


 深く頷くラゼットからは殴られたことへの恨みは感じられない。きっと二人の間にはロゼの入り込めないやり取りがあって、彼らの間で解決していることなのだろう。男の友情さえ感じさせる空気にこれ以上踏み込むのは野暮というものだ。


「だからね、ロゼ。俺はちゃんと感謝もしているし、謝ったんだよ」


 だから褒めてと言われているような気がしてならないのだが。


「団長殿の謝罪はあくまで手加減を忘れたことについて、だったがな」


「ノア……」


 ロゼはラゼットからの補足に呆れ果て、ノアは「それ以外の謝罪はいらないと思う」と完結させてしまった。


「お心の広いラゼット殿下に感謝しますわ」


 ノアの分までラゼットに感謝しておこうと思う。

お付き合いありがとうございました。

四十三話までくるとさすがにキャラクターたちの状況も色々と変わってまいりましたね。いずれ登場人物紹介もリニューアルさせたいと意気込んでおります。

それでは次回の更新にて、またお会いできれば幸いです。

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