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異世界で観光大使はじめました。~転生先は主人公の叔母です~(旧題・主人公の叔母です)  作者: 奏白いずも
観光大使の争奪戦

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四十二、ノアの事情

 一つ思い出せばとたんに不安が溢れだす。


「それに大臣は……王宮の火は!? みんなは無事!? あれから何が――お願い教えて、ラゼットは無事なの!?」


「……まあ、無事なんじゃない。無傷とはいえないけど」


「ラゼットが怪我!?」


 ノアはしぶしぶといった様子で答えるが、とんでもない情報にロゼは戦慄させられる。やはり寝ている場合ではなかったのだ。


「そんな、大丈夫なの!? もう医者にはかかられている? すぐにエルレンテ一の名医を紹介してっ――!」


 身を乗り出したロゼは痛みに顔を顰める。興奮のあまり失念していたがとても三日で治るような怪我ではない。


「エルレンテ一の名医を必要としているのは君だから。どう見ても重傷なのは君の方」


 まるで子どもに言い聞かせるような口調であり、正論に言葉もない。というより痛みに耐えかね反論できそうにない。


「君には自覚がないだろうけど、本当に危なかったんだ……助かったのは奇跡だよ」


 己の力だけを頼りに生きてきたノアが奇跡という言葉を選んだことでロゼは自らの行いがどれほど危険であったのか、改めて突きつけられていた。

 視界の悪い水路においても迷わずに弓を引き、迫るナイフに物おじせず大勢を崩しながらも標的を狙い続けた凶手の実力は確かなものだ。ロゼが軌道を逸らしたことで致命傷は避けられたが、周到なことに矢じりには毒が塗られていた。矢を受けたのがロゼだったからこそ、高熱に魘されながらも命を繋ぐことができたのかもしれない。あの瞬間に現れ凶手を仕留めたノアの功績も大きく、いくつもの出来事が重なり奇跡を作り上げていた。


「ずっと熱が高くて、酷く魘されていた。よほど酷い夢をみていたんだね」


「ええ、とんでもない夢だったのよ」


 真正面から見据えられ、ロゼは視線を逸らして目を伏せる。少し振り返ったでけでも背筋が凍った。

 怯えるロゼを宥めるようにノアは投げ出されていた手を握る。


「怖かった」


 握る力は強いのに、どこか頼りなく感じさせるのは彼にも不安があるせいだろう。


「君がいなくなってしまったら、どうしていいかわからない。きっと俺はおかしくなっていただろうね」


「そんなこと……」


 否定したいのに鮮明な夢が邪魔をする。きっとが付いた可能性の話でも怖ろしかった。


「わたくし貴方のためにも生きたい」


 おこがましいとは思うけれど、最期すら覚悟したロゼに生への執着を覚えさせたのは紛れもなくノアという存在だった。

 生きよう。生きたい。生きなければならない――

 あるいは想いの強さがロゼを生かしてくれたのかもしれない。だからロゼがその言葉を口にしたのは自然なことだった。


「俺のため……俺のために!?」


「そ、そうよ。そんなに驚くこと?」


「当たり前だろ!」


 何気ない一言もノアにとっては違うらしい。


「嬉しい……」


 その囁きは聞き取れないほど小さい。あるいは聞かせるためではなくうっかり零れただけなのかもしれない。


「初めて俺のためだと言ってくれたね」


 ノアが身を乗り出せば琥珀色の瞳に気圧される。瞳に滲むのは歓喜だ。


「そ、そうかしら?」


「そうだよ! 君はいつもリーシャ、リーシャって、何かにつけて姪のためじゃないか」


「そんなこと――……」


 大いに自覚はある。


「嬉しいよ、ロゼ。君が俺のためと言ってくれ日が来るなんて夢みたいだ!」


 喜んでくれたのなら何よりだ。とても夢云々の可能性を口にすることはできない。ロゼは無邪気な微笑みに屈してしまった。


「だからね、俺のためにも君は安静にしていて。人の心配より自分の心配をしてほしい。あんなのは放っておけば治るんだからさ」


(あ、あんなの? あんなのってまさかラゼットのことじゃないわよね……?)


 花束はノアの手で取り上げられ花瓶の横に置かれた。次はこっちとばかりに背に手を添えられ再び横にされてしまう。実力行使で大人しくさせるつもりらしい。

 ところが背後にはクッションが積まれており優しくロゼの体を受け止める。いつの間に整えていたのか、まだ話していたいという意図は汲んでもらえたようだ。ノアもそのままベッドへ腰かける。


「ありがとう」

 

 体を冷やさないようにとストールまでかけてくれる。ノアにとっては寒さへの気遣いらしいが、夜着という心許なさに身を置くロゼにとっては有り難いことだった。


「うん。だから大人しくしていてね」


 最初から信用という文字はなかった。さらに念を押されては居心地が悪い。怪我さえなければすぐに視線から逃げ出せるだろうに、真っ直ぐに見つめられている。


「はい……。心配をかけてごめんなさいね」


「本当だよ。お転婆なのは君らしいけど、ちょっと想定以上かも」


 呆れられた? それとも見放されてしまった?

 かつてのノアは共に鍛練に励んでくれたけれど、成長した現在とでは状況が違う。彼もまたお淑やかな女性の方が好ましいと感じているのかもしれない。なにしろ主人公はそういうタイプに分類されていた。


「わたくしのこと、嫌いになってしまった?」


 窺うように問いかける。


「まさか。ずっと前から大好きだよ」


 不安を吹き飛ばすような爽快さである。

 聞き捨てならないのだが、深く追及するべきなのだろうか。してもいいのだろうか。ロゼは激しく混乱していた。

 一体この五年の間に何があったというのか、ノアの成長は目覚ましいものがある。外見はもちろんのこと明らかに口数が増えている。はっきりとものを言う清々しさも健在だ。むしろ進化している。


「え、あ……」


 とはいえロゼには刺激が強すぎた。目が覚めたらノアがいただけでも混乱を極めているのに困惑が追いつかない。


「と、とにかく、ラゼットの命に別状はないと判断してもいいのね!?」


 まずは落ち着いて確認しよう、そうしようと意気込んで平静を装う。


「君のおかげで最悪の事態は免れた」


「よかった……」


 ロゼの行動は無駄ではなかったと、ノアは肯定してくれる。守りたかったものは何一つ失われていないのだと。

 懸念が消えれば大切なことを思い出す。


「ノア、わたくし大切なことを伝えそびれていたわ!」


 とびきりの笑顔を添えて出迎えるつもりでいたのに……随分と遅くなってしまった。

 今だけは後悔を消してとびきりの笑顔で迎えよう。幸いにもノアが帰ってきてくれた嬉しさで笑顔が途絶えることはない。


「お帰りなさい」


「うん。ただいま」


 ようやく止まっていた二人の時間は動き始めた。名前を呼ぶことも手を取り合うこともできる。些細なことが嬉しくて、視線が合うだけでまた笑みが零れた。


「遅くなってしまったわね。ごめんなさい」


 再会したというのに謝ってばかりいる。けれど何よりも伝えたかったことを言いそびれるなんて帰りを待つ者として失格だ。叶うことならやり直したいほど後悔している。

 ところがノアは首を傾げた。


「どうして? 最初に言ってくれたよね。ちゃんと聞こえたし、君の気持も伝わったよ」


「そうなの?」


 あの水路での出来事、本当にどこまでが夢だったのだろう。これもまた後で訊いてみたいところなのだが、さしあたってまずは服装について訪ねたい。


「それでね。色々あって訊きそびれていたのだけれど……貴方のそれ、どう見てもアルベリス帝国騎士団の団服ではないかしら?」


「そうだよ」


(コスプレ?)


 かつて慣れ親しんでいた言葉が喉まで出かかった。しかしこの場合、攻略対象の一員であるノアの場合、衣装チェンジとでもいうべきか。

 一種のプレイヤーサービス的なご褒美――


「団長が着ているのは当然だよね?」


「ええ、それは当然のことね。騎士団長たるもの団員の模範となるべく身なりを正すべきだわ。ところで失礼、どなたが団長と言ったのかしら?」


「俺だけど」


 ノアの悪意を感じさせない表情が眩しい。

 止まっていた時間は動き出した――はずだった。しかしながらロゼの時間だけは再び止まる。そしてたっぷりの間をおいて叫ぶのだ。


「わたくしの知っている団長と違いますけれど!?」


 これが叫ばずにいられようか。あらゆる可能性を考慮したロゼもこの発言は想像外だ。


 ロゼが記憶している限り団長は攻略対象の一人ロクス・ヴィクトワールである。美しい金色の髪がアイリーシャと並び立つと見事な絵になり、騎士というよりまるで王子様という人物だ。常に団服を纏う礼節正しい模範的な騎士であり、主人公に跪く一枚絵でも団服を纏っている。

 黒地に金の縁取りは品が良く、着る者によっては騎士ではなく王子でも通用するだろう。ロングコートのようなシルエットだが実施はスリットが入っており剣を振るうにも動きやすいとゲームでロクスが語ってくれた。

 ではここで改めてノアの衣装を確認してみよう。

 丈の長さはロクスと比べて短いようだがどう見ても団服それだ。何度も何度も目にしてきた団服を見間違えたりするものか。しかもよくよく見れば騎士団長が身に着けるという設定のバッジまでしている。完璧に設定通りだ。


「さては服が汚れてしまって借りているのでしょう? ええ、そうに決まっています。そうだと言ってちょうだいね」


「大丈夫。確かにシャツは君の血で赤く染まってしまったけど、コートの方は邪魔だから先に脱いでおいたんだ」


「何も大丈夫ではなくってよ主にわたくしがっ!」


「どうしてそんなに慌てるの? 俺、そんなに似合わない?」


「とても似合っているけれど直視できないのようっ!」


 ロゼは顔を覆う。無理だとわかっていても察してほしかった。

 本来そのバッジを付ける人物は別にいる。仮にノアが団長だというのなら彼はどうなってしまったのか。


(ま、まさか……死!?)


 考えるのも訊くのも怖い。それでもロゼは主人公の叔母として、未来を知る者として問わねばならなかった。

 さあ、勇気を振り絞れ!


「貴方どこで何をしていたのかきちんと説明してもらうわよ!?」


「もちろん。全部話すよ」


 ロゼの剣幕との対比が凄まじい穏やかさであった。とても人を葬ってはいない穏やかさだと信じたい。


「そうしたら次は君の話をたくさん聞かせて。俺のことも知ってほしいけど、やっぱり俺は君のことを知りたいから」


「え、ええ……任せて……?」


 間の抜けた返答だと自覚しているので放っておいてほしい。

閲覧ありがとうございました。

続きを書くのが大変楽しみであります。早くお届けできるよう、頑張ってまいりますね!

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