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三十九、最後の時に

ご注意!

今回本文内に痛々しい描写が含まれております。そこまで本格的な描写ではないと思うのですが、やはり苦手な方はいらっしゃると思いますので、先に注意喚起をさせていただきました。

まことに申し訳ありませんが苦手な方はお逃げ下さい! そっと閉じていただければと思います。

自分でぜひ見てほしいと語っておきながら苦手な方には本当にすみませんでした。


そしてどこまでが残酷か悩み続けること数日。今後の事を考えるとどうしてもさけて通れず、念のため残酷描写ありを付けさせてもらえますでしょうか。

とはいえ、これが付いたからといってこれまでの『主人公の叔母です』の内容が変わることはなく、これから先の私が描きたいものも変わるわけではありません。念のためです。もちろんそういった描写がある場合、前書きにてアナウンスさせていただく所存です。

この度は急な変更、申し訳ありませんでした。


長々と失礼いたしました。それでは大丈夫な方はどうぞそのままご覧くださいませ――

 ロゼブルには登場していない大臣である。隠された実力が――なんて裏設定が存在するはずもなく、二人の強者を前にしては当然のように運命は決まっていた。


「わたくしが手を貸す必要はなさそうね」


「あんたにはたっぷり見せ場があっただろ。俺にも男としての意地があるからな、ここは譲ってくれ」


 道案内だけではなく援護もするつもりでいたが現実は大臣が拘束されるのを見守るだけで済むようだ。


(終わったの? 本当に……)


 大臣の計画は潰えラゼットは無事に帰国する。彼が追放された皇子と呼ばれる未来はここに消え、いずれ即位しエルレンテにも平和が続くだろう。ロゼブルとは異なる幸せな未来、これはその未来へと至る結末。そのはずなのに……


(素直に喜べないのは何故かしらね)


 呆気なく感じてしまうのは物語の読みすぎか。それとも暗闇が不安を覚えさせるのだろうか。


(何か、おかしい……?)


 計画は破綻し追い詰められ終わりを迎えようとしている。絶望的な状況に陥ってなお大臣は――嗤っていた。

 うつむく口元ははっきりと歪んでいる。背後から腕を掴むラゼットがその表情を知ることはなく、何かがおかしいと感じ取れたのはロゼだけだ。

 ほんの僅か、空気が震えたような気がした。


(何?)


 錯覚だったのかもしれない。けれど弾かれるように視線を上げ、大臣が来た道へと視線を向けていた。

 暗闇の中で小さく何かが光る。

 それが何かと認識するよりも先に身体が動いていた。自分たち以外の誰かがいる、それはこの事件がまだ終わっていないと告げていた。

 ナイフを抜きながら踏み出せば、目が慣れたおかげで何者かが弓を引く姿を捉えていた。光ったように感じたものは矢の先端だろう。その先に誰がいるかなんて考えるまでもない。大臣は自らを囮にすることで最後の好機を作り上げていた。


 ここでラゼットが死んでしまったら――


 あの未来がやってくる。絶望と悲しみに彩られた物語の幕開けだ。


(わたくしの築いてきたものが壊される? 名前も知らない脇役に?)


 迷っている暇はない。ここにあるのはただ一つの事実だ。


(助けられるのはわたくしだけ)


 ロゼだけが気付いていた。ロゼだけが動けた。

 とっさにナイフを投げたけれどカボチャに充てるのとはわけが違う。そんなこと、投げた本人が一番よくわかっていた。せいぜい軌道を逸らすだけ、それではラゼットを救えないと。


「ロゼ!?」


 ラゼットの声も無視して前へと飛び出す。


(貴方たちのシナリオ通りに亡びてたまるものですか!)


 胸にはしった衝撃に気圧されることなく踏み止まる。


(ラゼットは、無事ね?)


 ロゼが立ちはだかる限りラゼットは無事でいられる。道を譲るつもりはないと覚悟を決めていた。

 ところが苦痛に揺れた視界は誰とも知れぬ襲撃者が倒れゆく姿を捉える。何が起こったのか原因は不明だが追撃の手はないと安堵してもいいらしい。

 たとえ血を流そうと、自らの命を危機にさらそうと、この場においての勝者はロゼだった。


 刹那、白い影を見た。


(ノア?)


 ノアのくれたナイフが未来を守ってくれたと、そんな都合の良いことを思った。

 ロゼブルでは白い影を見た者には死が待つと言う。ならばこれはロゼにとっての最期なのかもしれない。もっともロゼにとっては不吉の象徴ではなく待ち望んでいた姿となる。たとえ胸を穿つ矢が激しい痛みをもたらそうとも束の間の幸せだった。

 痛みを堪えて振り返ればラゼットが悲痛な表情を浮かべていた。彼の無事に力が抜けそうになるけれど、まだやり残したことがある。あと少し、あと一言ほど倒れてやるわけにはいかない。

 身体を支える足が震えようと力強く、弱い印象を与えてはならない。痛くても苦しくても、笑顔を添えて告げなければ意味はない。そう命令を下す。こんな時、元凶に告げゆく言葉は決まっているのだ。


「ざまあみろ、ですわね」


 はたしてこの世界にも同じ文化があるのか謎ではあるが、こういった場面において最高に効果を発揮するものである。

 当の大臣は唖然とし、やがて悔しそうに顔を歪めていく。たとえ意味が伝わらなくとも意図は伝わったのだろう。


「この、魔女めっ!」


 好きなだけ罵ればいい。あとはもう、賛辞にしか聞こえないのだから。


「ロゼ?」


 やがて耳を打つのは懐かしい声だ。


(ああもう、本当にわたくしは!)

 

 なんて都合の良い幻聴だろう。こんな時にまで思い出すのはノアのことばかり。正確にはこんな時に限らず思い出してばかりいたけれど! ラゼットに知れたら格好の餌食だが今なら露見する危険もないので安心だ。


「ノア……」


「魔女、魔女めっ! 全部、全部お前が悪いんだお前がっ!」


 ロゼの想いは大臣の狂ったような叫びにかき消される。そうして今度こそ本当に全てが終わった。

 しかし代償は大きく、結末を見届けたロゼはその場へと崩れ落ちる寸前だった。ラゼットはとっさに手を伸ばすが届かない。

 けれど新たな痛みが訪れることはなかった。


(――え?)


 ラゼットは目の前にいる。では誰がロゼを救いあげたのか。


「ロゼ!」


 何度も思い返していたくらいだ、誰の声かなんてすぐにわかる。


「ノア?」


「ロゼ!」


(貴方がわたくしの名を呼んでいるの? これは夢、それとも幻?)


 見上げれば懐かしい面差しが在る。どうしてノアの腕の中にいるのだろう。だとすれば襲撃者を倒してくれたのはノアかと納得もいくが……。


「おいあんた!」


 唖然とするロゼを襲ったのはラゼットの激しい怒りだ。


「馬鹿か、何故こんな無茶をした!? どうかしている!」


 もちろん心配しているからこその怒りだということは伝わっている。


「貴方が無事なら、それだけで……」


(わたくしは救われる)


 だからこれでいいと笑ったはずが痛みのせいでぎこちなくなってしまった。


「ふざけるなよ……こんなこと、誰が頼んだ!」


「ねえ」


 激昂するラゼットを遮ったのは静かなノアの声だ。けれどそこには何の感情も感じられない。


「この道を真っ直ぐに戻れば人と会うはずだよ。医者を手配するよう伝えて」


「あ、ああ! 任せろ!」


 たとえ怒りに身を任せようとラゼットは優先するべき事柄を見失っていなかった。すぐさま気配は遠ざかり、残されたのは二人だけとなる。大臣はとっくにラゼットが気絶させていたようだ。


「ロゼ、ねえロゼ、聞こえる?」


 そんなに必死に呼ばなくても聞こえている。けれど上手く喋れないので精一杯力を込めてまた笑う。

 どれだけ笑顔を返そうとノアの表情は変わらなかった。まるでいつかゲームで見た時のように悲しく染まるばかりだ。


(そう、ゲーム……)


 ここにロゼブル攻略対象の一人、ノアがいる。ゲームのように――けれど腕の中にいるのは主人公ではない。

 夢のように感じていた。こんな幸福な瞬間があるなど考えもしなかった。けれど不思議と言葉が出てこないのだ。訊きたいことも話したいこともたくさんあるはずなのに身体は命令を利かず視界も霞んでいく。


(リーシャ、ごめんなさい。貴女の幸せ、見届けられそうにない……)


 エルレンテは終わらない。だとしたら彼女は誰と幸せになるのだろう。どんな女王になるのだろう。まだ見ぬ姪の姿を想像するけれど、その隣にも背景にもローゼリアという叔母はいないのだ。

 この選択に後悔はない。彼女の未来を守る助けとなれたとすれば誇らしいことだ。今日までしてきたことは無駄ではなくなる。いつかこんな叔母がいたと思い出してくれるのなら最高の栄誉となるだろう。

 観光大使としての記録はオディールに託してきた。いずれエルレンテはアルベリスと同盟を結びさらなる発展を遂げるのだ。

 元々ロゼブルには存在しなかった人間、ローゼリアという存在が消えたところで困る世界ではない。所詮一人では何も出来ないちっぽけな存在なのだから。


(ノア――)


 傷は燃えるように痛くてたまらないのに体は寒い。呼吸は辛いばかりで、もう何も見えなかった。

 終わりが近いことは身体が告げている。最後の力を使うのなら今だと感じていた。もう後はないと――

 まだ痛みの少ない右手を持ち上げノアの髪に触れる。細く滑らかな髪は別れた夜から少し伸びたように思う。

 すると意図を察してくれたのか僅かな力で望みは叶った。


(お願い、そばに来て……)


 すぐ傍にノアの吐息を感じる。


(これだけ近ければ届く?)


 これが最後なら、どうしても伝えたいことがある。


(どうしても、これだけは――)


 震わせた唇に柔らかな感触が触れた。それは冷え切った自分とは異なる温かなものだった。ちょうどその瞬間ノアの身体が震えたけれど今のロゼに真実を知るすべはない。


(良かった。こんなにも近くにいてくれる)


 それだけを思っていた。身体は感覚を失い冷たくなっていくけれど心だけは満たされている。嬉しかった。幸せだった。アイリーシャに申し訳ないだとか、自分は脇役なのにだとか、常ならば浮かぶ思考は消え失せ伝えなければという使命感だけが残っていた。


「お帰り、なさい」


「なっ――」


 誰にも譲れない? 違う。譲りたくないのだ。それがたとえアイリーシャであっても譲れない。


(わたくし貴方を迎えられた? 貴方の帰る故郷を守れた? 夢でも幻でも、走馬灯でもなんでも構わないから! どうか、届きますように……)


「ロゼ……」


 とても泣きそうな声の色をしていた。泣かせたかったわけじゃない。いつかの約束を果たしたかっただけなのに上手くいかない。けれど最後に伝えられて良かったとロゼは満足していた。


(最後……そうね。最後というのなら……)


 いっそ認めてしまえ。最後であるのなら秘めてきた想いと向き合うくらい赦されるだろう。


(わたくしね、ずっと……貴方が好きだった。ようやくこの感情に名前を付けることができる。認めることができた)


 まるで懺悔のような告白。離れていてもあの日から、何度朝が来てもノアのことばかり。街を歩くたびに姿を探して、その度に落胆した。同じ時を過ごした景色にいないことを思い知らされた。いつか会えると信じて今日まで生きてきたけれど、まさか最後に好きな人の腕に抱かれて眠ることになるとは。まるで主人公のような錯覚を起こさせる。

 長年抱えていた重りが消えたせいだろうか、身体とは反対に心は清々しい。もちろん未練の数は数えきれないけれど、これでもうあとは穏やかに――


「嫌だ、ねえ待って! 君がいない世界なんて俺は……いらない」


 ――穏やかに瞼を閉じようとしたところ不穏な気配を察知。

 力の入らない手を取られ温もりに包まれた。恐らくノアの頬に触れているのだろう、熱を失っていくロゼには幸せな温もりだ。それが何故、こんなにも寒気が押し寄せるのか。


「君がいないのならこんな国、俺が俺である意味もない。ああ、これが……昔君の言ったこんな国亡んでしまえという気持ちかな」


 感情が伴わない声音だ。一見して冷静とも取れるが、冷静なんてとんでもない発言である。


「ち、が――……!」


 心の底から違うと叫びたい。


「君がいないのなら全部壊れてしまえばいい」


(違う、それは違うわよ!? 何を勝手に解釈しているの! まさか、本気じゃないわよね!?)


 必死になって首を横へと振るが、まったくもって気づかれていない。


(わたくし今、たった今、渾身の力を使い果たしてしまったのよ! 今更そんなこと言われても対応出来ないのだけれど!? そこのところじっくり意見したいのだけど!)


 しかし悲しいことに意識が朦朧としている。そんな命の危機に瀕してなおロゼは願った。


(死ねない!)


 夢だろうが幻だろうが走馬灯だろうがとんでもない脅しである。一難去ってまた一難とはこのことか! またしてもエルレンテは滅亡の危機に瀕していた。有言実行してしまいそうな未来の暗殺者様は恐怖でしかない。


 生きよう。生きたい。生きなければならないとロゼは願った。


 大切な姪のため?

 ロゼは迷わず頷くだろう。けれど同じようでいて少し違うことにも気付いている。今この瞬間、ロゼを生かしたのはノアへの強い想いだ。

語りたいことはたくさんあれど、私がこの雰囲気を壊してはいけませんのでしばし沈黙。閲覧ありがとうございました。

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