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三十八、決着

 ロゼが遠く想いを馳せる一方で、ラゼットはこの弱気ともとれる発言に驚かされていた。


「俺に啖呵を切った威勢はどうした? 王女ともあろう人間が弱気じゃないか。一国の王女を、それもこんないい女の想いを踏み躙ってるのはどこの誰なんだ?」


 焦った様子で口から飛び出したものは純粋な驚愕の表れだ。とはいえ誤解を招く表現は見過ごせない。


「踏み躙るなんて誤解だわ。彼は何も悪くない」


「彼、ねえ」


 何故、わざわざ、彼の部分を強調するのだろう。


「何か?」


 平静を保てと自身に命令を下しそっけなく言い放つ。ラゼットは意味深に呟くけれど、彼なんて会話をしていれば当たり前に飛び出す単語、深く意識する必要はないのだから。


「そもそもわたくしが恋をしているような表現は不適切、仮にと言ったけれど」


 何度も何度も念を押す。それはまるで自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


「仮ねえ……。まあ、そういうことにしといてやるか」


 嘘だ。疑惑の眼差しは依然として向けられたままだ。まったくもって疑いが晴れていない。悪いことは何一つしていないのに、この居心地の悪さはなんだろう。


「それにしても残念だ。俺が昔あんたの肖像画と対面していたら、運命は変わっていただろう」


 何気ないラゼットの一言もロゼにとっては深く意味のある言葉となっていた。

 運命が変わる。それはロゼが成そうとしていることであり、彼がこの話でどんな可能性を導き出したのか知りたいと思うのは自然なことだった。


「こんないい女、俺なら放っておかない」


 それは、つまり……そういうことなのだろう。

 理解が追いついたのが先か、熱に浮かされたのが先か。いずれにしてもロゼが取る行動は一つだった。


「も、もう無駄話は終りよ!」


 強引にこの話題を終わらせるのみ。


「なんだ訊かせろよ」


 わざわざロゼの隣へと歩み出ては覗きこむように問い詰め、反応を窺っては笑みを浮かべている。まるでおもちゃにされているような気分だった。


「無事に脱出したらいくらでも話して――あっ!」


 口が滑るとはこのことだ。慌てて口に手を添えたところで遅い。


「それは楽しみだ」


 気付いた時には言質をとられていた。ラゼットの瞳に輝きが戻ったことは嬉しいけれど、経緯については不満が残る。こんな時にばかりゲームと同じ不敵な笑みを見せるのも止めてほしい。


「やる気が出たよ。さて、ここからは俺の役目だな。俺はあいつに何を告げるべきか……」


 あいつことカルヴァン・ドニス大臣の断罪を前にラゼットは何を思うのだろう。

 相手がメインキャラクターであればロゼにも助言のしようがあった。けれど大臣についてロゼが知ることといえば名前と地位くらいのもので、お茶会を台無しにしてラゼットを窮地に追い込み、エルレンテ滅亡フラグを発生させ……思い返せば大臣への苛立ちが募るだけだ。そこでロゼが告げたのは素直な一言である。


「思ったことを正直に伝えてはどう? せっかくですもの、今日までの不満あれこれ全部ぶつけるというのがお勧めよ!」


「……あんた実は内情に詳しいだろ」


 疑問ではなくもはや断定である。


「それほどでもありません」


 素知らぬ口調で返せばじっとりとした視線が背中に突き刺さる。


「今は必要のない議論だわ! も、もう着きそうよー」


 とっさに口を突いて出たはずが、目的地に到着したことは事実となっていた。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 水路は暗いトンネルのような造りになっている。水の流れは早く、この先は海へと繋がっているのだ。もちろん外からも通路は伸びているが常に鍵がかけられている。

 そのはずなのだが、明らかに壊されたと見受けられる錠の残骸が転がっていた。

 出口付近に付けられている小舟は予め用意されたものだが、鍵を壊したのは見知らぬ誰かの仕業だろう。常に避難路の点検に抜かりはなく誰よりも使いこなしているロゼの証言であれば間違いはない。


 外へと続く道に背を向けて立ち、元来た闇を見つめていた。互いに言葉を発することはなく待ち続けていた。


 やがて水路には足音が木霊する。

 しばらく進めば互いの姿を認識出来る距離へとどき、大臣は必死に動かしていた足を止めた。

 たじろぎ、僅かに後退する。けれど引き返しても無駄だと悟ったのか、再びゆっくりと距離を縮めていく。


「どこまでも忌々しい……」


 あれはほんの少し前のこと――拘束したラゼットに語りかけていた頃の余裕は消えていた。走ったせいで髪は乱れ、皺ひとつなかった服も着崩れている。


「忌々しい女め。お前さえいなければ、こんなはずでは……殿下にはアルベリスの未来のため、消えていただくはずが……」


「俺はアルベリスの未来には不要と言いたいのか」


「ええ、そうですとも。皇帝はイーリス殿下にこそ相応しいのです」


「そうか……」


「お話し中失礼しますけれど、それは何故です?」


 大臣の言葉を受け入れかけていたラゼットは目を見張る。

 全てを受け入れた表情に納得いかず、ロゼは自然と訊き返していた。


「貴方は気にならないの? この人ったら相応しいとしか言わないんだもの。けれど不満があって強行に及ぶなんてよほどのことだわ。どれほど貴方に絶望したのか訊いてみたいじゃない」


「それは俺が致命傷を受けないか?」


「耐えるのよ。正しい評価を受け止めなければ改善しようがないでしょう。わたくしたちの観光協会でもより良くするためにはまず悪い点とも向き合うことにしているのよ」


 次期皇帝にも必要なことだと説けばなるほどと納得してくれた。


「何故、だと? だからそれは、イーリス殿下こそが皇帝陛下に相応しいからと言っているだろう!」


 ロゼのからりとした調子は確実に大臣の感情を煽っていく。もちろん計算して毅然と振る舞っているのだが。


「ですから何をもって相応しいのかと訊いているのよ」


 まさか訊き返されると思っていなかったのか、大臣は答えに詰まる。


「それは……そう、そうだ! イーリス殿下の母君ナディアーヌ様のジルク家こそ皇帝陛下を輩出する血筋として相応しく!」


 なんてありきたりな台詞だろう。優れた家柄の皇帝陛下がほしいと大臣は言う。毛並みの良い猫がほしいと彼は言うのだ。それすらもとっさに思い浮かんだ言葉のように心が伴っていなかった。


(ほらね、この人の主張に正しさなんてないのよ)


「呆れたわ。そんなありふれた展開、却下します。もっと深い理由を用意しておくことね。これだけのことをしておいて貴方には個人というものがないの? そんなことだから脇役なのよ。個性を持ちなさい個性を!」


「お、おい、ロゼ!?」


「イーリス殿下こそが素晴らしい、よくわかりました。そう思うのなら堂々としていればいいのよ。貴方の言う相応しい皇子様であれば、放っておいても勝手に皇帝に収まるわ。そもそも今回の件、イーリス殿下はどう思われているのかしらね」


 大臣は口を噤む。すなわちイーリスの許可は下りていないということだ。

 ロゼには確固たる自信があった。単なる脇役の大臣よりもイーリスという人物については知っている。ロゼの知る世界で、イーリスは義兄を退け帝位に就いたことを悔やんでいた。


「貴方がイーリス殿下の派閥ということは、殿下が即位された暁にはどんな地位が待っているのかしら?」


「なっ!」


 これもまた使い古されたありふれた展開である。


「私はそんな、そんなつもりでは――私は、ただアルベリスのために! 私は帝国の、アルベリスの大臣で……」


 だからどうしたとロゼは睨むことを止めなかった。

 すると大臣は唐突にロゼを見つめ返す。何かに気付いたように息を呑み、食い入るように見つめていた。


「その目、その紫の瞳……ああ、思い出したぞ。お前、お前のことは知っている。ローゼリア・エルレンテ! 小国の分際で、我が国の皇子に見合いを申し込んだ恥知らずだったな。さすが言うことが違う」


「ラゼットは知らないと言ったけれど、貴方は知っているのかしら」


「身の程知らずには相応しく送り返してやったわ!」


「そう、貴方が……」


 それもまたこの男の独断なのか。だとしたら傑作だ。ロゼの唇には笑みさえ浮かんでいた。


「な、何がおかしい!?」


「貴方の計画は、小国と侮ったエルレンテの姫によって阻止される」


 ロゼがこの国にいたからこそ邪魔することが出来たのだ。その存在が在る限り、どんな野望にも立ちはだかり邪魔をする屈指の障害である。


「わたくしはここにいる。それってとても素晴らしいことだと思わない? 責任は貴方にもあるということでしょう?」


 それは小さな可能性――


(わたくしの肖像画がラゼットに届いていたら、未来はどうなっていたのかしらね)


 叶わなかったかもしれない。けれど叶ったかもしれない。それは誰にもわからず、確かめる術のない答えだ。けれどラゼットが戯れに呟いた言葉が僅かな可能性を見せていた。

 もし帝国に嫁ぐことが叶っていたら?

 そんなありもしない想像が浮かぶ。ただ一つ言えることは、ロゼはこの場にいなかった。もっとも別の方法で大臣の陰謀は握りつぶしていただろうが。


「いい気になるな小娘が!」


 好きなだけ叫べばいい。どんなに叫んだところで大臣の敗北は決まっているのだ。

 数々の運命ゲームを見てきた経験が告げている。歴戦の記憶が、数多のイベント経験が、彼――カルヴァン・ドニスの最後を教えてくれた。

 毅然と踏み出したのはラゼットだ。


「ドニス大臣。確かに貴方は有能な人だ。しかし俺の友人を侮辱するのはやめてもらおうか。彼女はアルベリスにとっても大切な人だ」


「こんな小娘がなんだというのです!?」


「次期皇帝の命の恩人であれば当然だろう。そして未来の同盟国の姫君だ」


 ラゼットは高らかに宣言する。そこにはもう一欠片の迷いもなかった。

閲覧ありがとうございました。なかなか納得がいかず、大変お待たせして申し訳ありませんでした。

そんな中でもいただいた感想、評価、コメント等、本当に励みとなりました。

新しい年となりましたがこの物語はまだ続きます。本編の更新そして書籍化についても精一杯取り組ませていただきますので、どうか今年もお付き合いいただけますと幸いです。

恐れ入りますが最後に一言だけよろしいでしょうか……

「次回はぜひ見ていただきたいです!」

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