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三十六、追跡開始

「あんたが本当に王女なのか疑問に思うところだな」


 ラゼットの複雑な呟きはしかとロゼの耳に届いていた。


「まあ、何度ローゼリア・エルレンテだと名乗らせるつもりかしら」


 何事もなかったかのように軽口を叩きながら廊下へ飛び出す。けれどそこに大臣の姿はない。

 部屋には倒れた大臣の仲間が取り残されているが、彼らは足止めという命令を達成していた。


「どこへ……」


 この場所を選んだことには脱出経路も考えてのことだろう。けれどまだ遠くへは行っていない、行けないはずだ。少なからず煙に翻弄されている。加えて土地勘の低い他国の王宮内、相手の考えを読めば追いつくことも可能だ。


「おそらく外へ向かうはずで――」


 ロゼは何気なく外へ視線を移し、呼吸も忘れて凍りつく。世にも怖ろしい光景を目撃してしまった。


「おい、どうした!?」


 不自然に固まる肩に触れ、ラゼットも何事かと視線を辿る。


「ラゼット――、殿下。わたくしの気のせいでなければ、あちらに見えているのは……」


「我が国の騎士団だな」


 彼の国の皇子様はさらりと言ってのけました。こちらは最後まで口にする勇気が持てなかったというのに!


「早い、早すぎるわ! そんな、もう攻めに来たというの!? さすがアルベリス、迅速な対応ね!」


 アルベリス帝国が有する騎士団の団服は黒を基調に統一されている。ロゼが目にしているものもまた黒服の集団であり、けれどこちらは大臣の仲間ではないことが一目見てわかる。

 距離はあれど、悲しいことに掲げる旗はしかと認識出来てしまうのだ。大挙して押し寄せる姿は圧巻。敵に威圧感を与え、ここに在りとその印象を強烈に告げるための効果は抜群である。

 現在は優秀な門番たちが押し止めている様子だが突破も時間の問題か。


「おい、頼むから少し落ち着いてくれ」


「これが落ち着いていられるのならこの世界に怖いものはないのよ!?」


 怪訝な顔をされているが、意味がわからないのはロゼも同じである。滅亡への案内人が迫るあまり混乱していた。


「有能な団長殿が動いてくれた結果だろう。今度こそ俺を回収しに来た正規の迎えだな」


「なんて心臓に悪い迎えかしらね」


 これほど心臓に悪い迎えをロゼは知らない。同じ立場とは思いたくないが、大臣にとってもさぞ心臓に悪かったことらだろう。ますます外へ逃げるという選択肢も絶たれたはずだ。皇子の暗殺未遂をしでかしたばかり、捕縛は免れないと考えるのが妥当か。


「そうだわ貴方レイお兄様の王宮観光案内は一通り受けている?」


「ああ、大臣と共にな」


 望んでいた答えにロゼは笑みを浮かべた。


「だとしたら王宮を脱出するために最適な方法は――」



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 淡い光が闇に浮かぶ。前を進むロゼが足元を照らすのは懐中時計から発している灯りだ。盤面に細工を施し暗闇の中でも光る石を埋め込んでいる。真夜中に避難を強いられようと迅速に対応するための装備だ。


「暖炉が隠し通路の入り口とはな」


「これはエルレンテの最高機密、観光案内には含まれないのよ!?」


「ああ、速やかに忘れさせてもらうよ」


 観光大使ではあるけれど、隠し通路の案内まですることになるとは……他国の皇子を招き入れるなど大問題だ。しかしこれもエルレンテを守るためだと目を瞑る。


「王宮の地下には水路が引かれているという説明があったでしょう。これは海へと続いていて、兵たちの目に触れず逃亡するには最適だと思わない?」


「同感だが、悠長に追いかけていていいのか?」


「いくら足元を照らしているとはいえ暗いことに変わりないもの。どう足掻いたところで外から回る大臣よりも早いから安心していいわ」


 そのための脱出路である。有事の際は王族が秘密裏に王宮を抜けるための設備だ。隠し通路を用いればいち早く水路の出口へ辿りつくことが可能な造りとなっている。


「たとえ彼の仲間が意識を取り戻そうと容易に追ってはこられない。断言するけれど来ても迷うわ」


 とたんに背後から刺さる視線が大丈夫かという無言の圧力に切り替わる気配を察した。


「貴方は安心していればいいのよ。観光大使でもあるこのわたくしが案内しているのだから」


「そりゃ心強いが……。なあ、ずっと気になっていた。王宮の人たちは無事か?」


「貴方まさか、それで捕まったなんて言わないでしょうね」


 背後からの返答はなく、躊躇う様子に確信する。

 ロゼは憂いを払うべく明確な答えを用意していた。


「いいこと! エルレンテは災害対策にも手を抜くことはありません。防災隊長であるミラお義姉様指導の下、火災であれば煙を吸わないよう姿勢を低くし布で口を覆いながら速やかに外へ避難し点呼と訓練も重ねているの」


「さすがだな」


「そうよ。貴方が気に病むようなことは起こらない。そのために訓練を重ねてきたのだから、前にも言ったけれど貴方の安全がわたくしたちの安全なの。現状一番危険なのは貴方。本当に、自分のことを一番に考えて!」


「……心遣い、感謝する。なら、そろそろ種明かしをしてもらえるか。訊きたいことが多すぎる」


「何か?」


 本気で話すべき内容に心当たりがなかった。


「そりゃ何もかもだっ! あんたは……いや、来てくれたのは助かったが、そもそも何故俺の居場所がわかった?」


「簡単な推理よ。火元から遠く、なおかつ人目に触れず、土地勘がなくても脱出に適している。そこからイベントが発生しそうな場所を選んだ結果ね」


「すまない、特に最後の意味が……」


「わたくしの経験上、王宮という場所でイベントが発生するとしたらメジャー処にはいくつか候補があるのよ。ゲームの背景にありそうなホール、謁見の間、国王陛下の私室、滞在先の部屋、来賓室――あたりが妥当かしら」


 説明したにも関わらず、ラゼットの怪訝な表情は緩和されていない。


「細かな部分を省いて説明するのなら、この部屋だけカーテンが引かれていたの」


「その一言でようやく俺にも納得がいった」


 推理も何もない、実に簡潔な説明である。天気の良い日にカーテンを閉めていれば人目に触れたくないと語っているようなものだ。


「途中で大臣の仲間と顔を合わせてしまったけれど、わたくしドレスではないでしょう? 王宮勤め初日に火災に見舞われ迷って大変、という演技で油断させてやったの」


「それで片付けが済んでいない、ね。つまりあのローブやらナイフは追剥いだというわけか」


 最初に部屋に駆け込んだ彼がローブとナイフを剥ぎ取られた被害者で、そのため素手で攻撃するしかなかったのだろう。


「これもわたくしたちだけの秘密よ!」


 追剥姫などと不本意なあだ名が増えては困るのだ。


「そこからは貴方も知っての通り」


 仲間のふりをして侵入、ラゼットの縄を切り大臣を拘束するはずが失敗に終わった。

 実に派手な演出だったとラゼットが感心しようとロゼの脚本は台無しである。


「説明には感謝するが、俺とあんたはたかが出会って数日の相手だ。それをどうして、危険を承知で助けに来た。それにあんたは、まるでこうなることを知っていたように落ち着いている。わからないことばかりだ」


「女のカンとでも解釈してもらえない? その女のカンが、くれぐれも気を付けてと告げています! 悪足掻きに何か仕掛けているかもしれないわ。ここでわたくし共々始末してしまえれば証拠隠滅になるでしょうし、もしくはわたくしにラゼット殿下殺害容疑を被せるとか、まだ逆転の余地がありそう」


 ラゼットは息を呑むが、ロゼはいくらでも思いつくと指折り数えていく。


「あんたも危険じゃないか!」


「けれど立ち止まってはいられないでしょう? 貴方もわたくしも、こんなところで朽ちている暇はないのよ」


 だからどうしたと、ロゼは淡々と紡ぐだけだ。


「貴方はアルベリスの皇帝に、わたくしはリーシャが幸せになるのを見届ける。互いに譲れない使命があるのだから」


 まるで想像していた通りの発言にラゼットは驚かされていた。いや、それ以上に強烈な文句か。

ここまでありがとうございます。

続きこそはあまりお待たせせずに済むよう、頑張りますね!

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