三十五、颯爽乱入
「取り込み中のようだけど邪魔をさせてもらいます」
ロゼは颯爽と、空気を壊して割り入った。お邪魔しますと可愛く言ったところで済まされない状況である。そこでふと、ある事実に気付き首を傾げた。
「……とは言ったけれど。ここはエルレンテの王宮なのだから、邪魔をしているのは貴方の方だと思わない?」
暢気に言い放つ。滅亡へのカウントダウンはすでに始まっているため危機的状況の連続にもはや怖いものはなかった。
あまりの出来事に大臣は言葉を失っているようだ。
「お、おい、あんた……」
かろうじて呼び掛けたのはラゼットだが混乱しているのか、いつもの明瞭さが欠けている。
「無事で良かった。間に合ったわね」
ラゼットの背後に回ると拘束していた腕の縄を切る。驚きも無視した素早い行動だ。
「貴方にはこれを渡しておきます。足の方は任せたわ」
手にしていたナイフをラゼットに託し、自分はといえば倒れている男の手を縛り始める。
「俺は、何がなんだか……」
口では困惑しつつもしっかりと縄を切ることは忘れていない。
「な、おい何を、何をしている! お前何者だ!?」
ロゼが縄を結び終える頃には大臣も正気を取り戻していた。ようやく怒りという感情を思い出したらしい。
「何者かですって?」
鋭いまなざしも意に介さずロゼは毅然と告げる。
「それはわたくしの台詞です。貴方を招いた憶えはありませんけれど」
「なんだと?」
「貴方、この方がどなたか知っているのかしら?」
警戒は解かず、視線を逸らさないまま立ち尽くすラゼットに掌を向ける。
「お前のような輩に答える必要はないことだ」
ロゼの質問に返される答えはない。
「そう、彼の身分を知っての狼藉なのね。ラゼット、この件の関係者は残らず処罰する、という方針で良いのかしら?」
「あ、ああ、そのつもりだが……いや、そうじゃなくてだな! あんた何しに来た!?」
焦りや怒りが含まれた叫びはロゼの身を案じているからこそ。けれどそれはロゼも同じである。
「大切なお客様を迎えによ。それから文句を言いに来ました」
「は?」
ラゼットは目を丸くしているが、実に単純な理由である。
「それでラゼット、こちらはどなたなの?」
「我が国の大臣だ」
この場において唯一信頼出来る相手に問いかければ、まず本物という事実に驚かされた。
「――で、お名前は?」
「カルヴァン・ドニス大臣だ」
速やかにロゼブルの記憶と照合する。顔も声も、名前さえ該当するキャラクターは存在しない。
「……貴方もわたくしと同じ脇役なのね」
脇役という表現が気に入らないのか大臣が眉を吊り上げるのがわかった。
「同じ立場の者同士、一つアドバイスをしてさしあげます。脇役が出しゃばるものではないのよ。身の程を弁えなさい」
「小娘が、無礼な」
無礼なのはお互い様だとロゼは思う。身分をとやかく言うつもりはないが、他国の王宮で好き勝手しているのは無礼ではないのか。
無論、ロゼは意図して名乗っていない。街歩きの服で登場したため王女だと認識されていないのだろう。
「名乗り遅れていたかしら。わくたくしはローゼリア・エルレンテ、二度と顔を合わせる予定はないので覚えずに結構よ。人の家を踏み荒らす無礼な人に非を咎められるいわれはありませんけれど」
「エルレンテの、王女? ふんっ、だからどうした。たかが小国の姫ごときが良い気になるな」
「その小国ごときに罪を擦り付けようとされては見過ごせないのよ」
大臣は息を呑む。ロゼを映す瞳には怖れが浮かんでいた。
「お前計画を、計画を知っているのか!?」
今の今まで必死に探ろうと試みていたラゼットも驚きを隠せない。一緒に驚いていた。
「そうね……アルベリスの王位争いなんて知ったことではないのよ」
あっさりとネタバレを暴露してやった。
「何故計画が漏れた……それに何故、王位争いが原因だと……」
「創作の世界では使い古された、ありきたりな展開ですもの。少し推理すれば簡単なことです。ここで皇子に何かあればエルレンテに罪を着せられる。そして第二皇子であるイーリス殿下が皇帝の座に収まるのでしょう」
見事に的中していることは大臣の表情で明かだ。ロゼは更なる敗北を味わわせるため余裕たっぷりに微笑んだ。王女の笑みで渡り合う。
「どこから情報を得た!?」
「貴方が素直に捕まるというのであればわたくしも質問に答えましょう。ただし話し合いの場は牢の前に移るけれど」
これは立派な皇子暗殺未遂であり罪は重い。
「ふざけるな!」
「だとしたら気を付けておいでなさい。わたくしはいつでも、貴方を見ているわ」
「ま、魔女め……お前、魔女なのか!?」
「はい?」
「そうだ、そうに決まっている……だいたい、王女にこんな芸当が出来るわけがないだろう!? お前は魔女だ!」
こんなというのは単身で乗り込み襲撃者を沈黙させたことだろうか。あらぬ誤解が生まれていたが、警戒してくれるのなら好都合とあえて訂正することはなかった。
「わたくしが魔女……脇役にしては出世したものね。けれどわたくしは今の配役に満足しているの。余計なお世話というものよ」
主人公の成長を見守り主人公の未来を守る叔母。一番近くで彼らの姿を拝めるなんて前世の自分が知ったら卒倒ものだ。
そして今日はその主人公が皇子と運命的に出会う手助けをするはずだったのに――
「皇子様はね、これから大切なイベントを控えていたの。それをよくも、よくもわたくしの完璧な計画を邪魔してくれたわね!」
「何の話だ。そんなこと私の知ったことではない」
「奇遇ですわね。こちらも、知ったことではありません」
ラゼットを貶めようとすることも、エルレンテを巻き込もうという筋書きも気に入らないのだから。
「貴方が運命を連れてくるというのなら、わたくしが全力で阻止します」
呆然としていたラゼットに手を差し伸べる。
「ラゼット、逃げるのよ!」
「いや、俺が逃げてはエルレンテの人々に迷惑が!」
「王宮内で何かある方がもっと迷惑! あ……」
しまった。あまりにも全力で主張しすぎたか……。
「これは決して貴方を非難しているわけではないのよ!? これはその……エルレンテを甘く見ないで! 貴方の国には及ばないけれど、きちんと訓練はしているの。貴方はお客様らしく自らの安全を第一に考えていて、それがわたくしたちの安全へと繋がります!」
「だが……」
「それと迷っているところ申し訳ないけれど、一つ確認しておきたいことが。十九歳の貴方の実力は?」
役目を終えたナイフはラゼットの手に握られたままだ。扱い慣れた手つきのように感じたが、戦力の分析は必須である。ロゼブルでの実力は申し分なかったけれど今現在はどうなのだろう。
「これでも城内で俺に敵う奴はいないぜ。卑劣な手段さえなければ存分に披露してやろう」
躊躇うことなく言い切るラゼットは頼もしかった。
「さすがラゼットね!」
「必要かはさておき、あんたのことは護るからな」
「ありがとう。実はわたくし貴方に何かあったらと急いでいて、片付けは済んでいないの。廊下のあれが見つかれば他の仲間が……」
ロゼの言葉は複数の足音にかき消されていく。
「……もう来るなんて、さすがだわ」
開け放たれたままの扉から駆け付けたのは三人の黒服であり大臣の仲間が勢揃だ。彼らは部屋の惨状を見るやロゼたちを取り囲む。素早い状況判断能力は褒めよう。
「ああそうだ、もう終わりだ。お前のせいで、私の計画が台無しだ!」
叫ぶ大臣からは余裕が剥げ落ちている。
たとえ複数の敵に囲まれていようとも、ロゼは笑みを絶やさなかった。
「貴方の予定を狂わせることが出来たというのなら光栄です」
ロゼとてだいぶ狂わされた恨みがあるのだ。
「どこまでも癇に障る女め……。お前たち、後は任せた」
もはや計画は失敗だと悟り、足止めを命令するとあけっけなく部屋を後にする。
「あ、こらっ!」
追いかけようとすれば音もなくナイフが抜かれ、包囲網が狭まっていた。
「さすがに素通りはさせてくれないだろう」
「そのようね。ではラゼット殿下に問います。逃がす、という選択肢は?」
「ない」
「望み通りの答えで嬉しいわ! だとしたら案内するのはわたくしの役目、早くこの状況を切り抜けてしまいましょう。先ほどの言葉、頼りにしています」
ロゼもまた自らのナイフを抜く。
(ノア、一緒に戦ってくれる……?)
約束の証でもあるそれはどんな時でもロゼに勇気を与えてくれる。そして今はもう独りではない。ラゼットは無事でいてくれた。最悪にはほど遠い。ならば早急に大臣を確保してお茶会の仕切り直しだ。
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