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三十四、陰謀真っ只中

今回ラゼット側のお話となります。その時ラゼットは!?

 きつく結ばれた縄が肌にくい込む。

 ここはラゼットがエルレンテ王宮に到着して最初に通された部屋だ。要人を出迎えるために相応しく、座らされているイスも対峙するテーブルも高級なあつらえとなっている。けれど状況は優雅にくつろぐためにはほど遠い。


「エルレンテの人々に危害を加えてはいないだろうな」


 拘束されてなお、皇子の姿は揺るがない。ラゼットが射貫くように見つめる先には年配の男が一人、嫌味っぽく嗤っていた。


「もちろんですとも。殿下が大人しくしていてくださる限り我々が約束を違うことは、決して」


 逆らえばどうなるかわからないというわけか。加えて仲間は複数いることを仄めかしている。だからこそラゼットは怒りを収め大人しく従うことを選んでいた。



 事件の始まりはアルベリスから大臣が追ってきたことだ。

 ラゼットがエルレンテを訪れてすでに四日が経とうとしている。そろそろ迎えが追いついてもおかしくないとは予期していたが、アルベリスの名で訪ねて来たのは頭の固い保守派の筆頭にして大臣を勤める男だった。てっきり騎士団長辺りが真っ先に追いつくと予想していただけに驚かされたことを覚えている。


 その時点でおかしいと突き返すべきだった。


 エルレンテの文化に触れ良さを知ってくれたらと、甘いことを考えた。その結果が現在の状況を許している。

 煙が広がり混乱する王宮でも大臣だけは冷静だった。まるでこうなることを知っていたように薄く笑みを浮かべ、逆らえば傍にいるレイナスやメイドの安全は保証出来ないと言う。弓兵がレイナスに狙いを定めている姿を見せつけられては迂闊な行動は取れないと思い知らされた。



「……で? いい加減、あんたの狙いでも話したらどうだ。もたもたしていると火が回るぞ」


 何が起こっているのか、狙いは何なのか、ラゼットは探ろうと試みる。


「おや、心配してくださるのですか。しかし貴方様はご自分の身を案じるべきかと」


 大臣の態度には余裕さえ感じられた。


「そうかい。あんたもお優しいことだな。こんなところまで追って来るってことは、さぞかし俺が好きなのか」


「ご冗談を。私は――いいえ、私共は貴方様が邪魔でならないのですから」


「だろうな」


 会議を開けば何かにつけてラゼットの意見に否定を唱える相手だ。もちろん今回のエルレンテ視察についても同様に。これで大好きだと言われた日にはどんな愛情表現だと慄いていただろう。

 とはいえ好き嫌いだけで回してはならないのが国というものであり、ラゼットはこれも国を想うが故の意見だと正面からぶつかり合ってきた。自分は間違ってもこんな――他国の王宮に乗り込んで放火してまで実力行使に及んだりはしない。


「貴方にはここで消えていただきます」


「へえ、あんたが俺をねえ……」


 怯えはなかった。嘲笑するように問いかける。


「断ると言ったら?」


「この状況で拒否権があるとお思いですか。どこまでもふざけたお方だ……。しかしそのおかげでこうしてまたとない好機を得ることが出来た。となれば感謝も致しましょう」


 くつくつと愉快そうに喉を鳴らす姿はラゼットを見下している。


「最初からこれを狙っていたということか」


 大臣は自らの失言に押し黙る。

 手足を縛り自由を奪うことは簡単だった。けれど圧倒的に不利なこの状況においても諦めていないことは明らかだ。が、諦めていない。見透かされるような視線は底知れぬ恐怖を与え、僅かな言葉からも真相を暴き出そうとしてくる。


「……いずれにしろ、ここで死にゆく貴方には関係のないことです」


 視線を逸らす。強引にでも会話を終わらせてしまいたかった。何故、気圧されているのは自分なのだろう。早くこの場から立ち去りたいと感じていることに恐怖していた。


「後のことはどうか私どもにお任せください」


 後――それはアルベリスの未来を指しているのだろう。とても頷くことは出来ずラゼットは唇を噛む。


「俺は……」


 それは悔しさから生じる行為であり、純粋な驚きだった。


 迷いがあった、そのはずだった。

 家族も周囲も、当然のように皇帝になることを求めている。それが現皇帝の第一子として生まれた自分に課せられた運命なのだと受け入れてきた。そう結論付けて納得していた。なりたいからではなく、ならなければいけないのだと。

 けれど昨日、即位を望むかと訊かれ躊躇うことなく答えたのは自らの意志だ。誰に指示されたからではなく、敷かれた運命を辿るのではなく、そう在りたいと自ら望んでいた。悔しいと感じたのは――アルベリスの未来をこの手で守りたいと強く思うからだ。


 彼女は言ってくれた。『互いに運命を変えられるよう、足掻きましょう』と。

 あの時は意味がわからず戸惑うばかりだったが――まるで今この瞬間のための誓いであるように思う。彼女には未来でも見えていたのだろうか。


『諦めるのかしら? こんなところで朽ちてる暇はありません!』


 どこからか凛とした声でも聞こえてきそうだ。


「ああ、そうだな……」


 背を押されたような気分だ。弱気になっていては笑われてしまう。それとも呆れられるだろうか? もしくは心配させてしまうかもしれない。いずれにしろこの国には彼女がいるのだ。

 彼女ロゼが見ているのなら諦めるわけにはいかない。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 扉が二度、叩かれる。

 沈黙を破ったのは外部からの訪問者だ。


「なんだ」


 僅かな隙間から現れたのは大臣の仲間である小柄な男だ。仲間たちは揃って顔を隠し、真黒なローブに全身を包んでいる。顔は隠しているがその小柄な容姿からラゼットをここまで連行してきたのは彼の仕事だったと記憶している。


「そうか、もう時間か」


 火が回るのか、それとも脱出路が整ったのか、大臣は納得したように立ち上がる。


「どうやらお別れのようですね」


「これで二度とあんたの顔を見ずに済むってわけか」


 不敵に笑うラゼットは最後まで相手の期限を損ねることに成功していた。


「……やれ」


 忌々しく舌を打ち、傍らの仲間に命令を下す。どうやら火あぶりだけというほど温くはないらしい。

 ラゼットは生き残る術を考え続けた。相手は一人、拘束されていようと力量によっては対処法もあるはずだ。


 男が懐からナイフを取り出す。その白く細い手にはナイフは酷く不格好に映った。けれど与えられた使命のため、一歩ずつ警戒しながらも距離を詰めている。


 さて、どうしたものか――


 ラゼットが私案に耽っていればけたたましい足音が迫っていた。

 突如、またしても扉が開かれる。壊さんばかりの勢はよほど焦っているということか。

 歳はラゼットと同じくらいだろう。またしても小柄な男で迫りくる黒服と体格が似ていた。けれど黒いローブを羽織っているわけでも顔を隠してもいない。何者かと問いかける寸前で男が声を発した。


「そいつは偽物だ!」


 そいつとは、明らかに黒服のことを指している。言い放つなりラゼットの傍に立つ黒服めがけて拳を振りかざす。


「は!?」


 ラゼット相手にではなく、今まさにラゼットを襲おうとしている相手めがけてだ。


「お、おいお前たち、一体何をしている!?」


 正体を追及しないということはどちらも仲間ということになるが、当の大臣は困惑していた。

 一方的に襲われ始めた黒服は反撃には移らず拳をかわし続けている。こんなところでわざわざ仲間割れだろうか。


「……穏便に済ませようとしたのだけれど、派手な演出に変えてくれたものね!」


 目の前の男が奏でるにしては違和感がある声音だ。いや、最初から男にしてはどこかおかしいと感じていなかったか?

 テーブルに勢い良く手を突き、腕を軸に黒服の体が浮く。同時に黒いローブを脱ぎ捨て相手にめがけて投げつけるという早業をやってのけた。

 閉め切った部屋に風が舞い、ラゼットの髪を揺らす。


 ローブの下から零れる色は、深く艶のある緑――


 視界を奪われた方はもがきながらもローブを払うしかない。その僅かな動きで勝敗は決した。

 スカートを翻した彼女が全体重を乗せて相手の首へと蹴り技を叩き込む。鈍い音と共に相手は沈黙し、静かに床へと倒れ込んだ。

 一部始終を見届けた少女は優雅に髪を払いラゼットを振り返る。


「迎えに来たわ。お客様」


 平然と告げるのだ。そこにいるはずの大臣も、たった今倒したばかりの相手も無視してにこやかに……。


「ロゼ!?」


 あまりにも見知った少女である。

 街に溢れるようなありふれた衣装だ。高価なレースに彩られたドレスを纏っているわけでもない。宝石の一つもつけていなければ髪も乱れている。

 けれどラゼットは女神が舞い降りたように魅せられていた。どんな状況にあっても変わらない気高い瞳がそう認識させるのか、見惚れていた。

 ほんの少しばかり前に男一人を沈黙させていなければ素直に美しいと感動に浸れる光景だ。

閲覧ありがとうございます。別名『助っ人登場!』の今回ですが、いかがでしたでしょうか。

また次の更新にてお会いできれば幸いです!

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