三十三、華麗なる推理
懸命な働きかけにもレイナスの手が緩むことはない。他国の皇子よりも実の妹を案じるのは当然のことだ。その想いはロゼも痛いほど感じている。だからこそこうして言葉で向かい合っていた。
「せめて行くなら俺だろ」
「いいえ。合理的に考えてわたくしの仕事です」
「俺じゃ役不足だって? ホント、言ってくれるよな……」
自嘲気味な笑みを浮かべて口ずさむ兄に対してロゼは違うと叫ぶ寸前だ。
「冷静になるべきはお兄様。外に残ってもらうのは信じているからこそ、卑屈に捉えないで」
「お前が俺を!?」
「なっ、驚くことですか?」
当然だろうという表情をされるのは心外だ。ロゼにとってレイナスという人は、前世の記憶を取り戻すより昔からずっと、信頼を寄せる兄だった。
「たとえ今日を乗り越えたとしてもこの世界は終わらない。国王陛下にもしもの事態があれば、この国を任せられるのはレイお兄様だけ。ただの王女が火災現場に飛び込むのとでは重みが違います」
覚悟なんて最初から――運命に抗うと決めた瞬間から決まっていた。
無事にラゼットを助けられる確証はない。たとえ今日がどんな結果に終わろうとも、ロゼブルという運命を回避出来たのかは誰にもわからない。ならば最悪な未来に備えて必要なのはただの観光大使よりも有能な人材だ。
「わたくしならたとえ出口を塞がれても平気ですから」
エルレンテ王宮の歴史は古く隠し通路が迷路のように入り組んでいる。親切に地図なんてものはなく、身体で覚えることを要求されるものだ。ただしその存在を知るのは正当な王家の血を継ぐ者に限られている。ロゼならば火で逃げ道を塞がれたとしても避難路として活用することが出来るだろう。
「わたくしはこんな妹だけれど、心配してもらえて嬉しかった。けれど今この場においてわたくししかいないと理解いただけたなら手を――」
「なんだよ、それ……」
レイナスにとってロゼという妹は――大切な可愛い妹、そのはずだった。
十一歳も年齢が離れていることもあり常に守るべき対象だったと思う。他国へと出張しようものなら寂しいと瞳を潤ませて後を着いてくる。裾をひっぱって抱き上げてほしいとせがむような幼さも持ち合わせていた。
思い出せば思い出した分だけ、現在との落差に唖然とする。
一体いつから変わってしまったのだろう。
記憶を手繰れば確か、彼女が六歳の頃には消失していたように思う。それからは突拍子もないことばかりするようになった。いつの間にか剣の腕まで磨き男顔負けの技術を手に入れていた。挙句の果てに自らを顧みず危険に飛び込もうとしている。
では今は? レイナスにとってロゼという妹は――
それでも大切な、可愛い妹だ。
けれどそこには懸命に兄の後をついて回る小さな妹はいない。誰よりも前を走り追い越し、あまつさえ置いていこうとしている。
「ホント、意味わかんねーよ……可愛くねーの」
ロゼは「はい」と嬉しそうに頷く。レイナスは憎まれ口を叩いたけれど想いはしっかりと伝わっていた。
惜しむように、温もりを忘れないように、ゆるく繋がりが解けていく。おそらくまだ躊躇いがあるのだろう。レイナスにも理解は出来ている、ただ心が追いついていないだけだ。
「良かった……これ以上時間が必要なら強行手段になるところでした」
「ほらな!?」
そういうところが、可愛げがないと言われる由縁である。けれど変わらないレイナスの態度はロゼの緊張を解してくれた。
見上げた先にはおびただしい煙に包まれた王宮が待ち構えている。自分はただの王女だ、特別な力なんて何一つ持ち得ない。人より特別なことがあるとすれば前世の記憶を所持し数年先の未来を知っているだけだ。怖くないわけがない。
「非難なら全て終わった後にいくらでも、むしろ聞かせてください」
あとでいくらでも怒られよう。そのためには二人で無事に王宮を脱出する。そう決意してレイナスと別れた。また会うために、それぞれが今しなければならない役目のために立ち尽くしてはいられない。
ところで彼女が自ら志願したことにはもう一つ理由がある。
(よくも大切なお茶会を邪魔してくれたわね。無粋な人たちにはさっさと退場願います!)
罪は重いのだ。文句の一つも言わなければ気が済まない。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
ロゼはエルレンテ王宮を見上げた。とても紫の瞳には収めきれない広さを誇っている。
「お兄様に啖呵を切ったはいいけれど、どこから行くべきかしら……」
啖呵は切ったがむやみに飛び込んだりはしない。まずは冷静に分析する。
現在王宮は、ほぼ煙に取り囲まれているといった状況だ。煙の量から推測しても火元は一つではないだろう。火が燃え盛っているという状況でないことは有り難いにしろ、火災で怖ろしいのは煙である。巻かれれば身動きが取れず命にもかかわる。
「ああもう、どうして王宮というものはこんなに広いのかしらね!? 前世の家が恋しいっ!」
かつてロゼが暮らしていた家屋であれば探す場所を吟味する必要はなかった。部屋の数も数えられるほどで地下に隠し通路なんてものも存在しない。少し見て回るだけで見つかっただろう。
けれどここは歴史の長いエルレンテが誇る最古の建造物にして広大な敷地を誇る観光名所の一つ。一部屋ずつ見回っていれば時間切れになってしまう。
(考えて、考えるの……)
ロゼは脇役だが、この時ばかりは推理もの乙女ゲームの主人公になりきってみようと思った。幸いにも流行りだったこともあり過去には何本かプレイしている。人生何が経験になるかわからない。
(普通の火災にしては火の勢いが弱い。中にいると言っているようなものね)
ロゼが迷うことなく中に入ると宣言したのは彼らが王宮内にいるという確信があるからだ。乙女ゲームの世界でイベントが発生するのならそれ相応の場所であるべきという根拠のないものだが、一応きちんとした推理に基づいている。
(エルレンテの責任にしたければラゼットには王宮内でどうにかなってほしいはず。それもただの廊下では意味がない。それらしい場所でということになる。そのためにこの状況を作り上げ人払いをしたはずなのよ……)
火災で王宮から人払い、混乱を起こす。けれど火の手は未だ回っていない。とはいえこの煙から連想されるのは火災だ。最後には火を放ち、邪魔なものは全て隠ぺいすることも出来る。
(わたくしの経験からしてこの手の悪役は保身が大事がセオリー、自らの命を顧みるような危険は犯さないはず)
ならば導き出される結論は。
ラゼットがいるとしたら現在煙が少なく安全に外へと続く道が確保された場所――ということになる。
加えて相手は王宮の作りに精通していない人間だ。常日頃から非常時への対応を心がけていたロゼとは場数が違う。
「わたくしを敵に回したこと、後悔させてあげましょう」
目的地さえ定まればあとは駆けだすのがロゼの性分だ。
お待たせいたしました!
にもかかわらず、たくさんの方が閲覧くださいまして感激しております。このような場にて恐縮ですが、他の作品についてもお気に入りや評価をいただけたこと、とても光栄に感じております。
前回はいかにも不吉なタイトルで始まりましたが、ここからロゼの頑張りどころとなります。なのでこちらも気合を入れてロゼの活躍をお届けしていければと思います!
もしロゼの今後に興味をお持ちいただけましたら見届けていただければ幸いです。




