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三十二、滅亡カウントダウン

 残り時間を顧みるのなら、この後はお菓子を受け取りに向かうべきだ。けれどレナと別れたロゼは迷いなく反対方向へ歩き出していた。ネリキリを扱う店は奥まった通りに構えているのだが、ロゼは大通りへと向かっている。


 ラゼットは攻略対象だけあって特徴的な容姿をしている。レナは気を利かせてくれたが、普通の観光客が彼について訊かれれば躊躇いなく答えるだろう。昨日ロゼたちは堂々と観光スポットを巡っていた。目撃されている可能性が高い。


 では彼らの狙いが本当にラゼットだったとして。時間がないとはどういう意味か。


(わたくしが彼らの立場なら何に時間がないと言うかしら……決まっているわ。明日になれば正式な迎えが到着する。だから時間がない、行動を起こすなら今日!)


 ラゼットは王宮にいる。だが王宮は安全なのだろうか?


 ロゼの足は自然と速度を増していた。


「え?」


 見上げた先の衝撃に縫い止められる。


「どう、して……」


 最悪の知らせが届いてしまった。


 カン、カン、カン――


 カン、カン、カン――


 鐘の音が街にも響き始めている。

 帰るべき場所からは黒い煙が上がっていた。


 カン、カン、カン――


 注意して聴き入れば鐘の音は三回ずつの繰り返し。これは火災の合図だ。まだ最悪の『自分の身を最優先に避難』という意味の警報ではないけれど、確かにロゼが守ってきたものが壊れようとしていた。


「ロゼ様! これは、王宮から火災の知らせが!」


 立ち尽くすロゼに緊急事態を告げたのは街にいたオディールだった。ロゼは幸いだと無言で現代風ポシェットを外し布製エコバックに詰める。


「これをお願い!」


「へ?」


 すっかり重みの増したエコバックを預けた。続いて眼鏡もあずける。視力の悪さをカバーするものではないため本気で走るには邪魔なだけだ。


「貴女になら全部預けられる」


 彼女はロゼの本当の身分を知っている。下手な相手に渡すこともないだろう。何事もなければ明日取りに行けばいい。けれどもし自分に何かあったとしたら――


「わたくしに何かあれば次の観光大使に渡しなさい。参考にするようにと。貴女たちは火災発生の手順に従い行動を、手を貸してもらえると助かります!」


「あ、あの、ロゼ様!?」


 指示を飛ばしながら走り出していた。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 午後の穏やかな時間帯だ、道は観光客に溢れている。頼もしいことだが今日ばかりは煩わしく感じてしまう。喧騒に混じるのは相応しくない鐘の音だ。


「失礼! 急いでいるの、道を開けてもらえるかしら!?」


 ロゼの一括に道が割れた。観光大使がただならぬ雰囲気で叫んでいるというだけで彼らは当然のように道を譲ってくれる。唖然としている観光客たちは顔馴染みたちが率先して誘導してくれた。ベルローズの街に暮らしているのなら、この鐘の意味を知っている。


「ありがとう!」


 説明を求められることはなく、おかげでロゼは真っ直ぐに駆けることが出来た。

 家族の元へ、守るべき人のいる場所へ――

 きっと自分は今日この日のために走り続けてきたのだから。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~


 カン、カン、カン――


 カン、カン、カン――


 いつもは人気のない裏から出入りしているのだが形振り構ってはいられない。手っ取り早く正門から帰らせてもらう。


「お、おい待て、何者だ!」


 行く手を阻んだのは二人の門番だ。若い青年がロゼを呼び止める。ローゼリアとしてなら門番を労ったこともあるがこの姿では初めて顔を合わせたことになる。

 もう一人はいかにもベテランといった風貌で、ロゼの顔を見るなり「あ!」と声を上げて驚いた。彼はロゼが裏手から外出しているのを黙認してくれている、いわば共犯者だ。

 上がっていた息を整え毅然と告げる。


「道を開けて」


 静止を振り切り突き進む。


「お、おい待て!」


「待てですって?」


「おい馬鹿、この方は――!」


 青年がいる手前、身分を隠してまで外出しているロゼの正体を明かしていいものか躊躇っているのだろう。


「わたくしを誰だと思っているの?」


 こんな高飛車な態度、普段なら絶対に取らないけれど。走って乱れた三つ編みを解けば長い髪が踊り、前髪を作れば王女姿の出来上がりだ。


「ろ、ローゼリア様!?」


 王女の姿は覚えていてくれたらしく何よりだ。


「し、失礼いたしました!」


「いいのよ。それよりも煙に鐘の音――火災のようだけれど中で何が?」


「わ、わかりません。ここからでは何が起きているのか……」


「そう、慌てず職務に忠実なのは良いことね。ここを放棄されては大変ですもの」


 誰に侵入されるかわからない。


「ではこの国の王女として命令します。アルベリス関係者は絶対に通さないで。話がややこしくなるわ!」


「拝命しました!」



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 まずは中庭へ、状況を確認するべきだろう。王宮で火災が起きた場合の避難場所は中庭と決まっている。

 走り出せばすぐに見慣れた後ろ姿を見つけることが出来た。


「レイお兄様!」


 けれどレイナスは一人でいる。


「無事で何よりです。他の方は!?」


 言いながら周囲に視線を巡らせた。


「お前が日頃から避難訓練と称して非常時の訓練はしていたからな、混乱も少ない方だよ。備えあれば憂いなしって本当だな」


「レオお兄様、ラゼット殿下、リーシャはどこに!?」


 差し当たっての重要人物の名をあげる。本当は一人一人全員の安否を確認して回りたいが時間は限られている。


「アニキはアネキと一緒に避難者の点呼に回ってる。リーシャも一緒だ、安心しろ。けどラゼット殿下の姿が見えない」


「殿下は避難訓練に参加していないから……え、ということは……ラゼット殿下は――待っ、ちょっと待って! ……今現在、うちで行方不明ということ?」


 全身の血が引いていく。不味いなんてものじゃない。導き出される結論はどう見てもエルレンテの過失。言い訳しようが弁明しようが非がないなんてまかり通るわけがない。こぞってエルレンテのせいだと非難を浴びるだろう。むしろ火災での混乱に乗じて攻め込まれる可能性もある。


 滅亡へのカウントダウンは始まっていた。


「わたくしが留守の間に何が――お兄様、簡潔に!」


「殿下の迎えとして、アルベリスから大臣が訪ねてきた。殿下の希望もあって共に王宮を案内して回ることになったんだが、すぐに煙が蔓延してこのザマだ。大臣も捜索中な」


(ここで大臣の登場なんて怪し過ぎるでしょう!?)


「護衛の奴らにも手を借りてるが、この機に乗じて国王に害があってはことだ。本来の責務からも外せない。人手が足りないな」

 

「最後に二人の姿を確認した場所は?」


「王宮内のホールを出たところだ。そこで煙にまかれた」


「大臣は一人で?」


「ああ、一人だったが」


(恐らくこの火災も仕組まれたこと。一人がアルベリスの大臣役、なら残り四人で騒ぎを起こしていると考えるべきね)


 舞台は乙女ゲームの世界――ならばセオリーに当てはめて推理する。幸いにもロゼブルの多彩なシナリオと推理サスペンスもの乙女ゲームの経験から展開は予想がつく。


(大臣は街で噂になっている不審者の一人で目的はラゼット。理由なんて決まっているわ。ラゼットが皇帝になることを望まない派閥の人間。ここでラゼットを亡き者に、そして責任をエルレンテに擦り付けたい。だから時間がないのよ!)


「殿下を探します。何としても無事に帰国してもらいましょう」


「ああ、もちろんだ」


「わたくしは建物内を見てくるのでお兄様は外を探して」


「はあ!? 火事ん時には何があっても戻るなって言ってたのお前だろ!? 落ち着けって!」


「わたくしは落ち着いています。けれど王国滅亡のカウントダウンが始まっては時と場合によります。臨機応変に!」


 レイナスはそのまま駆け出しそうな妹の手を掴んだ。


「王国滅亡って――だからそれ落ち着いてねーだろが! いいか、確かに殿下はアルベリスの皇子だ。けどな、お前が命張ってそこまでする義務ないんだぜ!」


「あります。大切なエルレンテの――わたくしのお客様なのだから、お客様の安全を確保せずに逃げられるものですか!」


 だから手を離せと訴える。ここで動かなければロゼブル街道まっしぐらだ。


(わたくしは彼の治める国が見たい。こんなところでラゼットの未来もエルレンテも終わらせるわけにはいかないの!)

お忙しい中、ここまで閲覧ありがとうございます!

また次の更新でお会いできれば幸いです。

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