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二十八、告白

 ところでつい聴き入ってしまったけれど。これまでの内容、とても気軽に話せるものではない。しかも場所は観光名所の丘である。幸い他の客たちとの距離は空いているのだが……


「ラゼット貴方、どうして話してくれたの。話して、良かったの?」


 ラゼットは笑っていた。憂いは瞳の奥へと押しやりロゼを安心させるためだけに笑ったのだろう。けれど痛々しいだけだ。


「あんたを見てたら皇位にこだわるのがバカバカしく思えてな!」


「気分転換に付き合えたのなら嬉しいけど……」


 ただの気分転換にしてはラゼットの他国訪問は大事件過ぎる。


「自由に街を駆けるというのは素晴らしいと学んだよ」


「お願いだから体を大切にね!? 国に戻って実行しないでちょうだい? わたくしが怒られるから」


 兄たちに進めるのとはわけが違う。


「ああ、その時は俺の自己責任だな!」


「待って不安しかない」


 まるで任せろとでも聞こえてきそうだ。責任転換をしないという心意気は有り難いのだがお忍び歩き自体を否定してほしかった。


「なーに、気にするな! こんなのただの愚痴、いや独り言だぜ?」


「気にするわ。だって貴方その愚痴を言いあえる人がいないでしょう」


 皇子相手に失礼な物言いだと自覚していたけれど否定すされることも怒られることもなかった。彼自身が誰より理解しているのだ。

 ラゼットはゲームの中で自分は孤独だったと主人公に語っている。皇帝を目指している時よりも、復讐に生きている現在いまの方がたくさんの人に囲まれている、生きている実感がすると話していた。


「貴方……」


 ラゼットは静かに街を眺めていた。

 太陽に照らされた横顔は光の中にいるはずなのにどこか危うくて――いつか別れ際に見た光景と重なる。今は会えないその人と同じ感情をなんと呼ぶのか、ロゼは知っていた。


「寂しそう」


「そう、か? 寂しそう……。なんだ、そうか……俺は、寂しかったのか」


 噛みしめるように呟く。虚を突かれたように目を見開いてから何度も繰り返していた。寂しさにすら気付けていなかったのか、覚えたての言葉を初めて使うように何度も繰り返す。


「寂しいか、なるほど……。だから俺は……晩餐の席でもずっと、羨ましかったんだろうな。あんたたちのように気軽に口を叩きあえる兄妹が羨ましかった。俺たち兄弟が集まったところで腹の探り合いで無言にしかならない」


「男同士の会話というものにはわたくしも入れないけれど、貴方も晩餐会を企画してみない? 地位なんて関係なく、ただの兄弟として語り合うの。挑戦してみるというのはどうかしら」


「戻ったら一度長兄命令で企画してみるかな。だが何を話せば良い?」


「思いきりくだらない話で良いのよ。天気の話、今日したこと、食べた物、出会った人たちのこと――そうね、ならエルレンテのことをたくさん話すというのはどうかしら。アルベリスにいる弟さんたちにも宣伝してもらえる?」


「任せてくれ。それなら俺にも話せそうな気がしてきた」


「良かった」


「ロゼには本当に世話になったからな。土産話もたくさん出来そうだ」


「あの。例のことは、黙っておいてね」


「俺たちだけの秘密だろ!」


 念を押せば、うっかりファンになってしまいそうな頼もしさである。


「俺もエルレンテのような国を目指したいものだ。たとえあんたに怒られても来て良かったな!」


 最後に茶化していったけれどそんなことは関係なかった。ラゼットの言葉はどれも真実で想いが込もっていた。そして彼は言ってくれたのだ。この国のように在りたいと。彼が皇帝になれば戦争なんて起こらないのかもしれない。


「貴方が即位してくれたのなら、わたくしたちの運命は……」


 敵国の皇帝と、いずれ亡ぼされる国の王女ではなくなる。

 アイリーシャとの関係すらも、ただの皇子と王女として出会うことが叶う。


「貴方の運命も、変えられる」


「なんの話だ?」


 そのためにはまず、ロゼは知らなければならない。ロゼはまだ彼の真意を図りきれていなかった。


「一つ、訊かせてほしいことがあるの」


「いいぜ」


「これは強制ではないし、今日の見返りにと望んでいるわけでもない。答えなくてもいいけれど、もし答えてくれるのなら真実だけを教えて」


「俺もそれくらいは気を許している。何でも訊いてくれ!」


 勿体ない言葉だ。けれど今は感動している場合ではない。

 優しい彼が本当はどうしたいのか、知らなければならない。


「貴方は即位を望む? 皇帝になりたい?」


「ああ」


 迷いのない答えだ。そして躊躇いもない。彼の中でそれは当然のことのように根付いているのだろう。だからこそ復讐のために、皇帝の座から追いやった者たちへの憎しみだけで生きていられた。


(ますます言えないっ! 貴方は追放される、誰かが貴方を貶める。これでも即位するのはイーリス殿下なの?)


「俺が即位した暁にはエルレンテと友好を結びたいものだな」


「……ゆ、友好!? ほ、本気、本気で言っているの? それはつまり同盟という意味での友好!?」


「他に何があるんだ?」


 なんて有り難い申し出だろう。この場においてはただの口約束だが、公の場で発表してもらえれば他国からも手が出し辛くなる。なんといっても同盟国であれば戦争が回避出来るだろう。


(ゲームでもローゼリアとラゼットの邂逅は存在したのかしら……?) 


 これは滅亡回避への堅実的な第一歩だと思う。そのためにはラゼットが即位するという難関が待ち構えているけれど。


「この国は本当に良い国だ。初めて訪れた俺にもそれくらいわかる」


「ちょ、ちょっとラゼット!?」


 褒め過ぎだ。いきなりの褒め殺しに心が追い付かない。


「友好を築きたいと思わせる魅力に溢れている。きっとロゼがいるからだな!」


 エルレンテのことを褒められるのは嬉しかった。観光大使の功績を称えられるのも光栄なことだ。けれどラゼットはロゼにも目を向けてくれた。誰かではなくロゼがしたことを見てくれた。認めてもらえたという事実を呑み込めば、あとは溢れだすばかりだ。


「ロゼ?」


 ただ嬉しかった。

 帝国の皇子に認められたことが? 攻略対象の一人に認められたから?

 どれも違う。ただのラゼットに認められたことが何よりも嬉しかった。だから溢れる涙を止められない。


「わたくし、そんな風に言ってくれるなんて、思わなくて……」


「お、おい、本当にどうしたんだ?」


「だからっ、嬉しいのよ! 貴方のような人に認めてもらえて、嬉しくて、だから……ありがとう!」


 ラゼットもこの涙が悲しみではないことに気付いたのだろう。一緒に笑ってくれた。


「あんたの涙は綺麗だな」


 ラゼットの指が触れようとして眼鏡が邪魔をする。彼の意図を察してロゼは眼鏡を外す。けれど手を煩わせることなく自ら拭ってしまった。


「それは太陽の加減だと思うわ。この丘から見る夕日は格別だし」


 雰囲気には流されない、実に観光大使らしい解説だった。


「おいおい、そりゃ野暮だろ。ちゃんと口説かせてくれよ」


「もう……」


 また、どちらからともなく笑みが零れる。


(わたくしがいつまでも泣いているから慰めてくれたのね。本当にゲームとは別人のよう。このまま進んでくれたのならどんなに――)


「なあロゼ。アルベリスに来ないか」


「ん?」


 何かとんでもないことを言われた気がするのだが。


「あんたのような人間がいてくれたら我が国も変わると思わないか?」


 同盟宣言かと思えば引き抜きの話だった。


「それは……それはどういう意味での誘い?」


 王女が他国へ移るのならそれなりの理由が必要になる。彼はロゼにどんな価値を見出し、どんな席を用意するつもりなのか訊いてみたい。


「我が国の観光大使としてでも、地位がほしいのであれば妻としてでも好きに解釈して構わない」


 第一皇子の、次期皇帝最有力候補の妻の座だ。それをいとも簡単に言ってくれる。これはあれか、一夫多妻が当然の国だから言えるのか!?


「わたくしを完膚なきまでに振っておきながら随分と簡単に言ってくれるのね」


「なんの話だ?」


「昔肖像画を送らせてもらったけれど今はわたくしの手元で大切に保管しています、という話よ」


 ロゼは根に持つタイプだった。

閲覧ありがとうございます。

今回も微妙なところで続きましたが、しかしそうお待たせはしません。ご安心くださいませ。

続きも今日もしくは明日中には更新出来そうです、おそらく!


ところで前回の後書きにて大切なことを書き忘れるというミスを犯し至急追記させていただいたのですが、再度閲覧というお手間を取らせぬよう、こちらにももう一度書かせていただきます。


前話にて、さりげなく四人目の攻略対象のお名前が登場していたのですが気付かれましたか?

改めて紹介させていただきますね! イーリス・ジルク・アルベリス様でございます!

ラゼットの母親違いの弟です。ゲームではすれ違いぎこちない兄弟ですが、ここではどうなることか……

彼の詳細及び登場もしばしお待ちいただければ幸いです。

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