二十四、労われる観光大使
たとえどんなに動揺していようとも、どんなに心労が積み重なっていようとも。それを顔に出しては負けなのだ。涼しい顔で振る舞ってこその王女である。決して疲れは顔には出さないのが淑女の嗜み、けれど心の中だけは誰しも自由である。
(つ、疲れた……)
表情筋を笑顔で固めていたロゼはようやく肩の力を抜くことが出来た。それというのもラゼットが退出し、客室へと引き上げているからだ。
(けれどここから先は晩餐会で根を上げているようじゃ乗り切れない)
ローゼリアの正体が露見したこと以外は和やかな晩餐会だったといえるだろう。レオナールは国王として、レイナスは外交官として、急ともいえる皇子の訪問を乗り切ってくれた。ならば次はロゼの番だ。
ラゼットの部屋には厳重な警備を敷き、ロゼは明日の計画の練り直しを求められていた。
「観光大使殿は今日もさすがの活躍ですね」
ワインを手にしたレオナールの言葉は刺々しい。労われているはずが、いかにも思うところがあるといった風だ。客人がいなくなったとたんにこれである。公私を割り切る姿勢はさすがだと認めよう。
ここは堅苦しい会議の場ではなく、気軽に意見を交わせる兄妹の席だ。あるいは意見と呼べるほど大げさなものはなく、たいていが雑談である。時折は重要な案件も飛び交うけれど。
つまりはただの兄妹の話し合い、それもロゼの功績を労うための意味合いが強い。食べようが飲もうが自由だ。彼女にとっては不本意ながらもカボチャのお菓子もたっぷり用意されている。
「お前から『ベルローズにてアルベリス第一皇子を回収。至急晩餐会の準備を求む』などと連絡が入った時には驚かされましたが、良くやってくれました。アルベリスの皇子を無事に回収するなんて、普通の観光大使では手に余るでしょう」
誰もかれも、さらりと普通外認定をするのはやめてほしい。
「殿下がロゼちゃんに迫った時はどうなることかと思ったけど」
くつくつと笑うレイナスは堪え切れない様子だ。
「レイお兄様、笑うか黙るかどちらかになさって」
「いやいや、俺も兄として止めるべきか悩んだぜ? けどロゼちゃんてばアルベリスに嫁ぎたがってたし、これが殿下の一目惚れだったら野暮かなーって」
「あり得ません」
馬鹿馬鹿しいと一蹴する。彼が一目で誰かを好きになるとしたら、それは脇役ではなく主人公だ。
「変装見破られたからって怒んなよ。それだけ殿下がお前のことをちゃんと見てた証拠だろ」
「レイお兄様……怒ってはいません。どちらかといえば自信を失くしているだけです」
「そうか……まっ、元気出せって! そのラゼット殿下はお前の案内で街を回ることを希望されている。やったな、玉の輿も狙えるぜ!」
「レイお兄様、その冗談笑えません」
(わたくしが相手では不相応。アルベリスに嫁いで内情を探ってエルレンテの滅亡回避を狙っていた――なりふり構わずお見合い写真を送りつけていた、あの頃とは違う。ここには主人公がいるのだから、もうわたくしが出しゃばるわけにはいかないの)
「冗談じゃなくてただの現実な。殿下直々のご指名だぜ? 素直に喜んどけって」
「喜べる、わけが、ありません! 殿下に何かあればどうなるか、敏いお兄様ならわかっているでしょう!?」
「そりゃ俺だってアルベリスは敵に回したくない。けどここで恩も売っておきたい。お前がいれば大丈夫だろ?」
「それは買い被り、過剰評価というものです。そもそもわたくしは明日会議の予定が……」
「うちのロゼは忙しいです。申し訳ありませんが俺で我慢してください――って断れば満足か?」
(それはそれで、どうなのかしら……むしろここで友好的になっておくべき? その方が将来的にメリットが……?)
「……わかりました。ここで話していても埒が明きません。この件については殿下と相談してみます」
レイナスが任せたと手を振っている。
「レオお兄様。仮にわたくしが案内することになった場合、数人ほど貸していただけますか?」
無言を貫いていたレオナールに護衛の交渉を持ちかけた。
「いやだからロゼちゃん一人で足りるでしょ」
「お・に・い・さ・ま?」
レオナールに話しているはずが、割り込むのはレイナスだ。
「わたくしのようなか弱い女性に単独でラゼット殿下の護衛をしろと? 無理です。無理に無理を重ねて無理以外なんでもありません!」
「はあっ!? か弱いとかそういうのは俺に負けてから言えって! お前下手な護衛より役に立つだろーがホント! ……ロゼちゃん、どこまで強くなるつもりよ?」
「どこまでと訊かれましても。いざという時は兵を率いて戦うことがあるかもしれませんし、その時にわたくしが一兵士より弱いというわけにもいきませんから」
「ほらな!?」
「お前たち」
固く手が打ち鳴らされる。
「そのくらいにしておきなさい。ロゼの求め通り、護衛の件については承諾しましょう。後はお前が上手くやりなさい」
依然として言葉の節々には冷たさが宿っていた。
「お兄様、配慮には感謝しますけれど……まだあのことを根に持って?」
「まさか」
絶妙に含みのあるまさかだ。その「まさか」は「まさか根に持っていないとでも」の略とみた。
「あー、こりゃ引きずってるっぽいねー」
お手上げだとレイナスも同意見だった。
それは先日、レオナールが愛しの娘に問いかけた「リーシャは将来私のお嫁さんになりますか?」が全ての始まりだった。ある種、禁断の質問である。
可愛い可愛い愛娘に向けて、ほんの戯れだったのだろう。久しぶりに娘との時間を過ごせて舞い上がっていたのかもしれない。
けれど返ってきた答えにレオナールは打ちひしがれた。「リーシャ、ロゼお姉様のお嫁さんがいいの!」である。
さらにアイリーシャは瞳を輝かせては告げたそうだ。「ロゼお姉様以上にかっこいい人なんていないんだから!」と父に止めをさした。レオナールはただ涙するしかなかった。レイナスも非常な現実に長兄の肩を叩くことしか出来なかったという。
アイリーシャは絶対的にロゼに懐いていた。ロゼの初対面号泣告白事件をミラが語っていることはもちろん、頻繁に通っているせいもあるだろう。
「アニキー、しょーがないでしょー、ロゼちゃんってばかっこよすぎなんだから」
「レイお兄様ったら何を――」
余計なことを言う前に口を閉じてほしいと視線を送る。けれどロゼの願いは通じていなかった。
「ほら、前にリーシャちゃんがお転婆して、木に登ったまま降りれなくなったことあったじゃん? あの時とか、使用人たちは慌てるばかりだってのにロゼちゃんてば『わたくしが受け止めるから安心なさい!』とか先陣切って言っちゃうし」
レイナスはしきりににやにやと笑みを向けてくる。
「あの、それ以上続けないでくれます? 嫉妬で護衛をケチられたなんて笑えませんから」
「あの子も意外とお転婆だよなー、誰に似たんだか……」
「わたくしではないことは確かね」
(わたくしだってリーシャが木登りなんて驚かされたのよ。でもその少しお転婆なところも可愛いなんて、さすが主人公……)
「――で決め台詞に『リーシャ一人くらい受け止められなくてどうします!』だろ。我が妹ながらあれには痺れたぜ。うっかり惚れそうだ」
「真面目な顔をして妹相手に余計なことを言うよりも、レイお兄様は本当にそろそろ惚れるべき相手を見つけるべきかと」
現在レイナスは二十八歳だ。
「切実に求めてるっての! まあ俺のことは放っておいてくれ……そういうお前はラゼット殿下とかどうよ。そりゃ一度は断られてるけど、お似合いだと思うぜ? 実際さっき絵になるなと思わされた」
「お兄様、世の中には許される冗談と許されない冗談があります。そしてこれは後者の方ですからね!」
冗談でも笑えない。だって――
「あの人の隣が似合うのはわたくしではなくて……」
「はあ――お前たち、それくらいにしろと何度言わせる気です?」
危なかった。ここでアイリーシャの名前を出せば無事では済まないだろう。ロゼは懸命にも余計な発言をすることはない。
「私とてロゼの活躍には感謝していますが、父としては複雑なんですよ」
口調も笑顔も幾分か穏やかになっている。ようやく一歩的な冷戦は緩和されたようだ。
けれどもしラゼットが将来アイリーシャと恋をする相手かもしれないと露見しようものなら……ラゼットの身が危ないかもしれない。
「ところでロゼ。私はなにもその件だけに関して思うところがあるのではありません」
「……はい?」
「最近娘が『私も走りたい! ロゼお姉様と一緒がいいの!』と言い出してくれたのですが」
どう責任を取るんです?
もしかしなくてもお前の影響ですよね?
暗にそう言われていた。
「ああ!」
ロゼは勢いよく席を立つ。
「早く行かないと殿下が寝てしまうかもしれないわ大変! お兄様ごきげんよう、お休みなさいませ!」
苦情は殺到する前に逃げるに限る。
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続きはまた明日の予定です。もしロゼの活躍に興味をもっていただけましたら、また次の更新でお会い出来れば嬉しいです!




