二十三、皇子を出迎える
番外編のことは忘れ、二十二話の続きとしてお読みいただければ幸いです。
王宮へはラゼットを保護した時点で連絡を飛ばしていた。そのためロゼは部屋に着くなり待ち構えていた侍女とメイド数人に取り囲まれている。彼女たちの瞳は真剣だ。成すべきことを理解している者の瞳だ。
「……貴女たちもわかっているようね。そう時間がないの。ラゼット殿下が待っているわ! 手段はいとわない、一秒でも早くわたくしを磨き上げて!」
「かしこまりました!」
「ドレスはピンクで――」
最後まで聞き届けられることなく、身包み剥がされるように浴室へ連行される。抗うつもりはないけれど、統率の取れた動きには頼もしさよりも鬼気としたものを感じてしまった。
(わたくしだってアルベリスからのお客様をもてなす日には王宮で万全の準備を整えてからと思っていたのよ? それがこんなに時間に追われて身支度することになるなんて!)
お客様はすでに到着済み、というよりロゼが送り届けている。今頃は兄たち主導で歓迎の晩餐会が行われているだろう。
一見なんの問題もないように見えるけれど、今回の訪問に関しての全権はロゼにある。ラゼットにしてみればローゼリア姫は病弱で王宮に引きこもっている王女であり、それが出迎えに遅れているというのは印象が悪いだろう。もちろん早く来すぎたお客様にも問題はあるけれど、それを口にしては国の威信にかかわる。
(問題ありませんという涼しい顔で出迎えてこそ。余裕ある国だと印象付けたかったけれど、わたくしが遅刻するなんて印象最悪じゃないの!)
もちろん遅れたのには正当な理由がある。けれど極秘事項なので説明したくはない。
(わたくしの完璧な計画、始まってもいないのに崩れたわね)
至急計画の練り直しが要求される。せめて湯に漬かっている間に少しでも立て直しておきたいけれど――
「姫様腕を上げて下さい!」
「はいっ!」
手段はいとわないと宣言したので落ち着いて考えていられる雰囲気ではなかった。
眼鏡を外せば宝石の輝きが戻り、髪を解いて染粉を落とし丁寧に洗い上げていく。一方では体を洗われ、目まぐるしいまでの同時進行で作業は進んでいく。
(リーシャに会っておきたかったけれど……)
疲れた時は姪の顔を見るに限る。
それに今この王宮には、彼女の運命の相手かもしれない人がいる。彼が傍にいることをきちんと話しておきたかったけれど――
「姫様次はこちらに立って下さい!」
「はいっ!」
そんな暇はないだろう。
遠慮のない指示が飛び続けた。この場においての支配権は彼女にはない。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
要人の訪問に華を添えるのも王女としての責務である。
帝国の皇子を出迎えるにあたってロゼが選んだドレスは花のようなシルエットのピンク色だ。磨き上げられた肩を惜しげもなく晒し、引き締まったウエスト部分には花の刺繍が施されている。フリルを幾重にも重ね、裾へと広がる様子は可愛らしいものだ。
(ロゼとはおもいきり真逆の印象を与えておきましょう!)
可愛らしい印象とは裏腹に、その理由は打算的なものだ。ロゼとしてならピンクの服は選ばない。あえて真逆の印象を与えることで別人だと思われたいところだ。可愛らしく、どこまでも可愛らしくというのが今宵のテーマである。
(わたくしはローゼリア、病弱な王女……仮面を被りなさい! 決して城下で走り回ったり貴方に水をかけたりはしていないのだから)
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
「失礼致します。ローゼリア様がお着きになられました」
「通しなさい 」
執事がロゼの到着を告げればレオナールからの許可が下りる。
(この扉の向こうに皇子ラゼットがいる。わたくしはエルレンテの王女、絶対にこの国を守ってみせる!)
王女としての装備は完璧に整った。ここからは観光大使ではなく姫としての振る舞いが要求される。
扉の向こうには別世界が広がっていた。眩しさに目が眩む。シャンデリアの輝きに、そしてラゼットの魅力にだ。
(さすがラゼット、皇子としても絵になる人ね)
金の刺繍が施された衣装を完璧に着こなしていた。ロゼがローゼリアとして存在しているように、ラゼットも街での姿とは別人のように感じさせる。背後に放たれるオーラは常にキラキラしているようだ。
同じテーブルを囲うロゼの兄たちも王子だが。日頃見慣れている相手しかも兄、対して攻略対象という輝きの前には霞んでしまう。
「ご歓談中、失礼いたします」
ロゼとは別人のように可愛らしく――演技には細心の注意を払う。声も出来る限り変えておこう。
「入りなさい」
王女という肩書がなけれな圧倒的な輝きの前に気後れして踏み出すことは不可能だった。王女で良かったと心から思う。これを前に対等に渡り合った主人公は本当にすごい。未来のアイリーシャは勇者に違いない。
「ラゼット殿下。紹介が遅れていましたが、こちら妹のローゼリアです。今回の訪問では殿下の案内役を任せています」
(料理を囲んで談笑という様子だけれど、何も問題は起きていないかしら……)
「ローゼリアと申します。この度は大変お待たせして申し訳ありません」
ラゼットは立ち上がるとロゼの前へやって来た。
(ん?)
これといって立ち上がる必要のない場面だが。
疑問を抱きながらもロゼは挨拶を続けた。
「ラゼット殿下、ようこそおいで下さいました。エルレンテは殿下の訪問を心から歓迎します」
ところがラゼットからは熱い視線を送られるばかりで返答がない。
「……ラゼット殿下?」
美しい指先がロゼの顎を掬った。
「え――」
澄んだ水のように、あるいは高い空のように美しい瞳が見つめている。
もう一方の手がロゼの前髪をくすぐり、輪郭に沿うように手は移動していく。おくれ毛を耳にかけられると、いよいよ顔が近づけられた。
「あ、あの!?」
(ダメよローゼリア! 突きとばしたいなんて思ってはダメ絶対にダメ!)
自分が王女で相手が大国の皇子でなければ羞恥に耐えきれず手が出ていたと思う。
けれどロゼに拒む術はない。そして理由もない――はずだった。一度は政略結婚を持ちかけた相手である。たとえ瞬時に断られようとも……。
(近い、近いわよ!? 目が悪いなんていう設定あったかしら!?)
いきなり手を払いのけては無礼だと遺恨が残るかもしれない。
(いえでも、初対面でいきなり女性に触れるというのも問題行為よね!?)
もはや何が正しくて間違っているのか正常な判断が働かない。それほどまでにラゼットの顔には破壊力があった。
見透かされるような瞳に耐えきれず、ロゼはきつく目を閉じる。たとえどんな結果になろうとも拒んではいけないとアルベリスに対する恐怖が語っている。認めたくはないけれど震えていた。
「なんだ、やっぱりあんたか」
からりとしたラゼットの呟きには確信がこもっていた。
意味はわからなかったけれど、二人の間に流れていた艶やかな空気が壊されたということだけはわかった。
「こんなところで何をしているんだ?」
その瞳は興味深そうにロゼを見つめている。間違いなくロゼに向けて話しかけていた。
「殿下。失礼ですがどなたかと勘違いして――」
「あんた、ロゼだろ」
血の気が引くとはまさにこのことである。しっかりと湯にも浸かったはずが、水に飛び込んだ後にも勝る寒さが襲う。
「瞳も髪色も違うようだがロゼだな、うん。あんたのような一国の姫が街で何をしているんだ?」
(そっくりそのままお返ししましょうか次期皇帝陛下様! どこまでもわたくしの計画を台無しにしてくれる人ですね、貴方様は!)
目が悪いなんて冗談じゃない。目が良すぎる。
「終わった……」
心の中では叫びまくっていようと、現実ではそんな気力はないに等しい。
(ごめんなさい、リーシャ。普通にバレてしまったわ……なんなのこの人鋭すぎ! そうよ、アルベリスの皇子殿下に頭から水をかけた不届き者はこのわたくしよ!)
「何だ?」
「わたくしの深い罪の在処について、考えていました」
「まさか、あれのことか? さっさと忘れてくれよ。皇子は一人で街を歩き回ったりしない、だろ?」
いずれ復讐に生きる皇子の過去は慈悲深さに溢れていた。
「ラゼット様! なんて素晴らしい心の持ち主なのでしょう。お兄様方、ラゼット殿下への無礼はわたくしが許しませんからね!」
一番無礼を働いていたのは自分なのだが、誰も知らないので黙っておこうと思う。
たくさんの閲覧、本当にありがとうございます。ブックマークも大歓迎なので、良ければお気軽にどうぞ!
そしてお忙しい中、評価に感想、コメントにメッセージまでいただけたこと、とても嬉しく思っています。そんな皆様に心を込めて、そして初めてお会いする皆様にも心を込めて――お暇つぶしの役に立てれば幸いです。




