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二十、滅亡への刺客?

 憶えているだろうか、『ローゼス・ブルー』というその乙女ゲームを――


(ええ、今でも鮮明に思い出せる。それほどまでに、わたくしにとっては愛すべきゲームだった……)


 可憐でありながら絶対的な美しさを兼ね備えた主人公アイリーシャ。


 暗殺者ノア、白い影は夜を照らす月のように美しく佇む。


(わたくしがこれまで出会ったゲームの登場人物たちね……)


 そして対照的な赤――


 ノアが月だとしたら彼を表す言葉は太陽なのだろう。それも触れれば焼き尽くされてしまうほどに苛烈だと思う。その熱とは正反対のように瞳は青く澄んだ色を宿している。海のようにも空のようにも例えられるけれど、そこに映っているのは復讐という暗い世界だ。


 まるで走馬灯のような実況が駆け巡る。あるいはじきにそのような結果が導き出されるのかもしれない。あるいはすでに首と胴体は離れているのかもしれない。これは幻だろうか――否。


(現実!)


 ロゼは眼を剥く。安心してほしい、白目ではない。意識はある。旅立っていたのは思考だけだ。


(わたくしったら何を現実逃避しているの!)


 悠長に回想している暇はない。何をおいてもまず真っ先にするべきことがあるだろう。


「まことに申し訳ございませんでした!」


 一歩距離を取れば即座に謝罪、頭を下げる角度は九十度だ。


(いえでもまさかね……似た顔は三人いるというのが定番なのよ。だいたいからしてラゼット・アルベリスが到着するのは三日後の予定、こんなところにいらっしゃるはずが――)


「おっと!」


 揉み合っているうちに彼の懐から何かが落ちる。すぐに拾いしまわれたが、下を向いていたロゼはしかと目撃してしまった。アルベリス帝国の王族だけが所有することを許された通行手形である。


(本人確定っ!)


 もう泣きそうだ。瞳が潤み始めているのを感じた。


「土下座? 土下座を所望されます? わたくしならいくらでもしますから、どうかエルレンテのことは恨まずに!」


「……その、土下座とは何だ?」


 ラゼットはエルレンテには知らない言葉が多いなと呟いていた。


「足を折り畳み地面に直接座った後、平伏して頭を下げることです」


「は?」


「古来より伝わる最上級の謝罪方法なのです! ですからどうか怒りを鎮めて下さると有り難く――」


 言いながら膝を折りそうになるロゼの腕を掴んだのはラゼットだ。


「いや、止めてくれ。というか勘弁してくれ。本当に俺が悪かったんだ。だからそう気にすることはないし、土下座とやらも不要だ」


「なんて心の広い方なのでしょう、さながら海のよう! わたくし感激致しました」


 少しだけ救われた。けれど王女が街で何をしていると思われても厄介だ。


(大丈夫、大丈夫……これならいけるわ! わたくしは一般市民ロゼ、間違っても王女ローゼリアではありませんっ! 決してアルベリスの皇子に水をぶちまけたのはエルレンテの王女ではない!)


 これで押し通そう。全力でただの一般市民を演じることを誓った。変装しておいてよかったと心底思う。即日返却にしろ過去に肖像画を送ったこともある仲だ。顔が割れている可能性もある。 

 一つ混乱が収まれば別の問題が浮上する。


(どうしてラゼット様が街中に!? 見たところ一人の様子……これは放っておけない展開、よね……)


 ここでラゼットに何かあったとしよう。


(どう考えてもエルレンテ責任じゃないの!)


 そして今まさにこの瞬間何かが起こればロゼの責任となる。いずれにしてもエルレンテの責任問題だ。そうでなくても言いがかりをつけられ罪を擦り付けられ、最終的にはこれをきっかけにアルベリスが攻めてくるかもしれない。


(そんな展開で滅亡してたまるものですか! これは……無事に王宮に届けしないとわたくしの首が飛ぶ!)


 そうはいくものか。ロゼには生きてアイリーシャの成長を見届けるという重大すぎる役目があった。


「あの、土下座は拒否されてしまいましたけれど、良ければ服が乾くまでお詫びをさせていただけませんか? 温かいスープもご馳走させてください」


 訳:その間に私も落ち着かせてください。体制を整えさせてください。――である。


「貴女は?」


「わたくしはロゼ、この街に暮らす一般市民です」


「そうか。いや、女性から先に名乗らせて悪かったな。俺はラゼットという。訊きたいこともあるので善意に甘えさせてもらおう」


(訊きたいこと!?)


 ぞっとした。スープだけ置いて逃げたい。遠のきかけた死神が忘れ物を取りに戻ってきた気分だ。もちろん忘れ物とはロゼの命である。

 けれど引き下がるわけにもいかないのも事実。これ以上、皇子の一人歩きを見過ごすわけにもいかない。何故なら彼は――


(だってこの方、追放された第一皇子なのよ!)


 泣きそうな由縁はなにもアルベリスの皇子に粗相を働いてしまったからだけではない。その相手がロゼブルでは追放された第一皇子のラゼットだったからこそ、である。彼の口癖は「首を刎ねてしまおうか?」だったと記憶している。


(……あら? そういえばわたくしまだ、十八番おはこを聞いていない? 宣言されてもおかしくないことをした自覚はあるのだけど……)


 ここでゲームの話をしよう――


 彼の正式な名はラゼット・ハルキア・アルベリスという。ゲーム開始時には二十五歳、つまり現在は十九歳ということになる。

 ラゼットは現アルベリス皇帝の第一子にして第一皇子として産まれた。無論、順当にいけば次期皇帝となる――はずだった。

 ところがロゼブルでは彼の弟が即位している。通称・氷の皇帝は兄を追放することで地位を得た。これがキャラクター紹介に『追放された皇子』と書かれる由縁である。実の弟に裏切られ国を追われるという壮絶な過去の持ち主なのだ。復讐に燃える姿こそがロゼブルのラゼットだった。そのためならどんな犠牲もいとわないという危険思想も併せ持っている。


 いずれも来るべき未来の話。何故ならここにいる彼は未だアルベリスの第一皇子にして次期皇帝候補の筆頭だ。


(ラゼットがアルベリスを追放されるのは未来の話。けれどそんな危険人物が普通にエルレンテに入国しているなんて!)


 これを泣かずにいられようものか。

 とはいえ「貴方はこれから国を追放されます。我が国にとっても滅亡の原因かもしれないので速やかに帰国してください」などと正面切って言うのも失礼な話どころではない。


(ああっ、目眩が――目を回している暇なんてありませんけれど!)


 あまり外で話し込んでいるも危険だろう。やや強引にだが室内へと引き込んだ。


「ドーラさん、わたくしこの方に粗相を働いてしまったの。少し上のお部屋を借りても構いませんか?」


「大丈夫なのかい?」


 それは相手がではなく、もちろんロゼがという意味である。


「はい。問題はありません」


 むしろ問題を起こしたのはロゼだ。


「気にせずに、いつものように過ごされてください。スープは冷めても残しておいてくださると有り難いです」


 にっこりと、ロゼは安心させるように微笑んだ。いつもならここで「冷めてしまいそうなら他の方と召し上がれ」と告げる。それがすなわち『通報せよ』の合図となっていた。


「さ、風邪をひく前に早く!」


 押し込むように階段を上らせる。

 部屋につくと急ぎタオルを渡し、ロゼは一人キッチンへ戻った。温かいスープと、ドーラに大丈夫だと念を押すためだ。

申し訳ありません、納得できずタイトルを変更しております。

『大失態』→『滅亡への刺客?』となりました。それ以外の変更はございません。

閲覧、お気に入り、感想、コメント――本当にありがとうございます。

コメントにもお返事させていただきました。ありがとうございます!

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