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十六、エルレンテへようこそ

新章開幕!

閲覧ありがとうございます。皆様のおかげでここまで更新することが出来ました。

初めましての皆様も、いつもありがとうございますの皆様にも、少しでもお楽しみいただけますようにまたここから頑張ります。

 エルレンテという国の歴史を紐解けば平和で平穏で平凡な――普通の国という記述ばかりが並ぶ。

 海に面しているが気候は年中穏やかで、他国からの侵略を受けたことはない。

 街は活気に溢れているが、これといった名産があるわけでもなく、他国に誇れる産業があるわけでもない。

 歴史は長いが国内での革命もなく平和が続き、取り立てて記録するほどの事件もない。

 大陸の中でもまさに普通を冠する国――それが彼の抱くエルレンテへの印象、評価の全てだった。祖国に比べてみれば取るに足らない国だ。


 それがどうしてこんなことになっている?

 自分は今、その取るに足らない国にいるではないか。


 正式な訪問の約束は四日後に取り付けていた。しかし未だ日程からは四日ほど早い日付である。決して日時を間違っているわけではなく、いわばこれは公式外の訪問――お忍びなのだ。


 では何故、散々平凡だ普通だとのたまった国に忍んで入国しているのか。正しく見極めるためだ。近頃彼の国に届くエルレンテの評判は姿を変えている。


 あの、平和で平穏で平凡な――普通の国エルレンテに旅行者が急増しているのだ。それも帰ってきた者たちは楽し気に旅の思い出を語る。ご丁寧に土産まで配っているとか。


 彼は偶然メイドの噂話から情報を得た。そして興味を持った。その次の瞬間には視察の約束を取り付けていた。

 けれど知りたいのは形式だけの説明ではなく真実。王宮から見下ろすだけの奴らに真実が見えているのかは疑問である。実際、彼の国でもそうだった。彼の元に伝わる情報にはその経緯が全くといっていいほど存在しない。


 まず重役たちはこの情報について気にするそぶりもない。この変化にはもっと警戒するべきだといくら呼びかけたところで聞く耳を持たなかった。これだから頭の固い人間たちには苦労させられる。

 どうせ向こうも似たようなものだろう。同じように型にはまった仕事人間が君臨しているに違いない。だからどうしてもその目で確かめずにはいられなかった。


 噂の真偽を確かめるため、たった一人で異国の地を踏む。堅苦しい説明に興味はない。紙面で広げられたる情報、口先だけで語られる事象にも興味はない。ありのままの姿を暴いてやろう。そうすることで世界が変わることを願っていたのかもしれない。



~☆~★~☆~★~☆~★~☆~



 エルレンテの首都ベルローズに一歩踏み入れば甘い香りに誘われた。花の香だろうか。


(それにしても人が多い……祭りでもあるのか?)


「そこのお兄さん! ベルローズ限定のクッキーはいかが?」


 小さな広場の屋台から名指しされ、足を止める。愛想も良く、積極的な商売根性だ。


「それは?」


 花の香とは違うそれは、バターの香ばしさだ。屋台を覗けば掌に収まるほどの袋にクッキーがたっぷり詰まっている。店主はそのうちの一つを得意げに抱えてみせた。


「去年の菓子コンテストで一等を受賞したものだよ。味も観光大使様の保証付きってね」


 可愛らしいリボンも相まって女性への贈り物に人気だという。けれど注目すべき点はそこではない。


(観光大使か、またその名を聞いたな)


 ベルローズに着いてからすでに四度目だ。

 まず一度目は入国時。困ったことがあれば観光大使殿に相談するといい、と勧められた。

 二度目は昼食をとったレストランで、観光大使もお勧めのメニューだと言われた。

 三度目は、別の観光客と思われる人間たちが噂していた。なんでも美人らしい。

 そしてこの店で四度目という計算になる。


「一つ貰おう」


「はい、ありがとよ! 気に入ってくれたらまた来ておくれ。それと食べたら屑籠にね。ルールを守らない奴は観光大使様に怒られちまうよー」


(いやだから観光大使というのはなんだ!?)


 まずそれについての説明がほしかった。けれど商売が繁盛しているのだろう、あれから列が途切れることはなく訊くタイミングを逸してしまった。己の手際の悪さに呆れてしまう。


 ふと顔を上げれば妙齢の女性と目が合った。しばらく見つめ合ったまま逸れることはない。先に微笑んだのは彼女からだ。


「こんにちは。お困りの様子でしたが、よければお手伝いしましょうか?」


 特に困っているというわけではないのだが、難しい顔をしていたせいで誤解させてしまったようだ。


「ああ、いや、大丈夫だ。ところで貴女は?」


「申し遅れました。私はオディール、観光案内のボランティアです」


「ボランティア?」


「聞き慣れませんか? 観光において無償でお手伝いをさせていただく者のことです。この緑の腕章がその印ですよ。ご安心ください、誓ってお金はとりませんから」


 入国して数時間と経っていないがいきなり驚かされてしまった。


「この国ではそんなことをしているのか?」


「国というか、まだ普及しているのはベルローズくらいですけどね。ここ数年で観光客が倍増したので、街中で困っている人も多いんです。そういう時に活躍するのが私たちの仕事ですよ」


 これは彼女の仕事だという。そういう理由から話しかけているらしい。


「良かった、言葉は通じるんですね。私は外国語が苦手なので通訳専門の応援を呼ばければいけない時もあるんです。ああ、でも簡単な単語ならここにメモしてありますから、少しくらいなら意志疎通も出来るはずです」


「そんなに遠方からも客人が?」


「はい。特に海を見たことがない内陸からの訪問が多いみたいです。あとはオルドなんて年中氷に覆われていますから、花や海が珍しいみたいですよ」


 オルドは一年を通して氷に閉ざされた国だ。言語は独特で話せる者は少ない。およそ花も咲かない土地であり海も凍っているとなれば、エルレンテはまるで別世界に映るだろう。


「貴方も観光ですか?」


「ああ、そんなところだ。とはいえ俺はさして珍しくもないアルベリスからだがな」


「そうでしたか」


 オディールは改めて「ようこそ」と笑顔で歓迎する。その親しみやすさに触れ、素直に慣れない土地での案内を頼むことを決めた。


 やがて彼女のお勧めということもあり、市場を見学する運びとなった。


「祭りでも近いのか?」


 やけに露店が多く感じる。


「これが普通ですよ。お客様がいつ訪れても楽しむことが出来るようにと」


「扱う商品も種類が豊富だな」


「だいたいなんでもこの市場で揃います!」


 オディールは得意げに胸を張る。


「それは凄い、さぞ見応えがあるだろう」


「はい。食べ物に関して言えば軽食や飲み物も豊富に取り揃えています。季節のフルーツや野菜を使ったものが多いので新鮮ですよ。今しか食べられないものもありますし、海も近いですから内陸では食べられないような魚も魅力的です」


「見たところエルレンテ産のものが多いな……」


 頭の中にここ数年の資料を浮かべたところ、年々エルレンテへの輸出量は減っていた。


「お目が高いですね。確かにその通りなんです。まだまだアルベリス産には敵いませんが、せっかくの市場ですから出来る限り自国のものを取り扱うようにと。おかげで生産も少しずつですが向上しているんですよ。みんな張り切っていますから」


「なるほど、ここでしか味わえないという文句は魅力的だな。特別性を重視しているのか」


 逆にアルベリスには真似出来ない手法だ。今やどこを見てもアルベリス産が幅を利かせている。どこに行ってもアルベリスの文字が出迎えてくれる。


「そういえば、貴方もクッキー買われたんですね」


「勧められてな」


「そうなんです。お土産も充実しているんですよ! ケーキなんかは持ち帰るのに不便ですけど、クッキーやパン、キャンディーなら保存出来ますから。誰か良い人がいるのなら私からもお勧めします」


「なるほど、女性への贈り物にもぴったりか。だがこの甘い香りは……菓子だけじゃないよな?」


 周囲を見回すも、なんの香りか見当もつかない。

閲覧ありがとうございます。

まさかの主人公不在回……

ご安心くださいロゼの活躍はこれからです。早くロゼを連れてきますね!


それでは、また次の更新でお会いできれば幸いです。

お忙しい中、閲覧、お気に入り、評価、感想ありがとうございました!

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