十四、共犯者を求めて
共犯者獲得計画が始まります。
ノアがエルレンテを去った初めての朝。これまでと同じようでどこか違う朝。けれど感傷に浸っている時間はない。
(落ち込んでいる暇なんてない。さあ、今日も一日が始まるわ!)
やるべきことはたくさんあるのだから――
一度城下への訪問を経験したロゼは元々が一般人なこともあり上手く溶け込んでいた。足取りには迷いがなく、立ち居振る舞いも完璧に一般人である。しかも今回は眼鏡をかけて髪型を変えるという徹底ぶりだ。
クリーム色の外壁に茶色い屋根、窓辺にはオレンジ色の花が咲いている。聞いた通りだった。丁寧な地図のおかげで目的地はすぐに見つけることが出来た。
現在、室内には女性が一人。そこまで確認してロゼは扉を叩く。
「はーい、どちらさまで――…………」
時が止まってしまったように大きな瞳を見開いて固まる家主。
家主が固まってしまったので挨拶はこちらから続けよう。
「ごきげんよう、オディール。今、時間はあるかしら?」
「ろ、ろ……ローゼッ――」
ロゼは必死に酸素を求める唇に指を当てる、そして声を潜めた。
「わたくしはロゼ、そうでしょう? どこで誰が訊いているかわからないわ」
元王宮メイドであるオディールは察しが良くて助かる。言いたいことは色々とあるだろうに、全部呑みこんで家の中へと招き入れてくれた。
「ローゼ――じゃなくて、ロゼ様!? ああ、こちらにお座りください。すぐにお茶をお持ちいたします、いえそうではなくて! え、ええ? な、何故貴女様が私の家にいらっしゃるのですか!? ここは王宮――いいえ私の家で」
「オディール。難しいかもしれないけれど、どうかお構いなく。それに座るべきは貴女の方よ。大事な体だと訊いたわ」
これもメイドから訊いたはなしだが本当におめでたかったらしい。
「も、勿体ないお言葉です!」
「いいから座って。貴女の新婚家庭にお邪魔しているのはわたくしなのよ」
「あああ……旦那様が外出中で良かった。びっくりして腰を抜かしちゃう……」
突撃! 王女のお宅訪問である。
「もちろん訪問時間は事前に調べてきたわ。旦那様はお仕事でしょう? よろしくお伝えください。そうだ、これはお土産よ。街で人気のパン屋なのですってね。貴女が好きだったのを思い出したの。その体だと外出も大変でしょう?」
「ロー……ロゼ様が、お一人で!? え、あの、並んで買われたのですか!?」
またしても言い間違えそうになるが先ほどよりも反応は早い。慣れるのも時間の問題だろう。
「もちろん。わたくしだって一人で買い物くらい出来るのよ」
「出来るんですか!? あ、いえその、馬鹿にしているわけではなくてですね!」
「わかっているから安心なさい。同じようなことを言われたばかりだもの。そうだ、キッチンを借りてもいいかしら。お茶を入れるわね」
そんなことはさせられないと発狂しそうなところを制し、ロゼはなんとかお湯を沸かす権利を得た。茶葉の香りが漂い始める頃にはオディールも落ち着きを取り戻したようだ。
「あの、この香りは……とても良い香りですが、うちにはなかったと思いますけど」
「これもお土産よ。妊娠中にカフェインはあまり採らない方が良いのよね?」
「カフェイン?」
「そう。昔何かで読んだ気がするのだけど、ローズヒップティーがお勧めだったのよ。この世界にもそれらしいものがあって助かるわ」
咲き終えたバラの実から作られるハーブティーである。
(もちろんアルベリス産ですけれどねえ!)
悔しかった。手土産ですらアルベリスに頼っていることが悔しくてたまらない。
そもそもバラの栽培まで手広くこなすほど完璧すぎるのが悪い。国家の紋章にしてもバラに獅子に盾と剣で構成されているなんて、ファンタジー世界の王道を根こそぎ詰め込み過ぎだ。
対抗心を燃やしながらも手は休めない。
「ロゼ様、手馴れていませんか?」
「そうかしら。それで、今日訪問した理由なのだけど」
突かれて困る話題は早急に流してしまおう。
オディールは大切そうに手にしたカップに口をつける。王宮メイドとして働いていた人間には劣るだろうそれを、彼女は大切に飲み干してくれた。やはり共犯者にするのなら彼女が良いと思う。
早速本題に移ろう。
「貴女わたくしの共犯者にならない?」
「ロゼ様、いったい今度は何をなさるおつもりで……」
非常に言いにくそうにオディールは言葉を濁す。早朝の走り込みを始めてからロゼは変わり者姫として有名だ。
「わたくしエルレンテを変えようと思います」
「か、革命宣言!? 王国乗っ取り計画!?」
「違います、無駄に逞しい妄想は忘れなさい。わたくしが狙っているのはもっと別の、そうね……いわばエルレンテ観光地化推進計画よ!」
オディールの目が点になっている。
「学がなくて申し訳ありませんが、それは一体どのようなものでしょう」
決してメイドとして王宮に上がっていたオディールに教養がない、なんてことはない。
「恥じることないわ。私が勝手に作った言葉だもの」
視線には一層の困惑が混じる。
「貴女も知っての通りエルレンテは平和で平穏、平凡に素敵な国。けれどこのままではいけないと思わない?」
「それはいけないこと、なのでしょうか……?」
「いけないの」
このまま進めばなんらかの理由で滅亡してしまう。この国の何かを変えなければ未来は変わらない。
「エルレンテとしてあるべき意味を見出さなければ。でなければ……どことは言わないけれど、とある大国にとって我が国はその程度の認識なのよ! だからこそ、いっそ平凡さを利用してやろうと考えたの」
「平凡さ、ですか?」
「そうよ。とある大国には真似出来ないことをしてやるのよ!」
どこまでいっても敵視するべきはアルベリスである。
「それが観光だとおっしゃるのですか?」
もっと手っ取り早くロゼが現代知識で何かしらを発明すればエルレンテは発展するだろう。けれどそれでは技術を奪われて終わりだ。エルレンテには、エルレンテでなければと感じさせるような存在になってほしい。
(わたくしはノアと街を回ってとても楽しかった。あの気持ちを、楽しさを伝えたい)
そこで閃いたのが観光である。
「ねえ、質問よ。現在エルレンテにはこれといって観光客が多いわけではありません。どうしてかしら?」
「それは、わざわざエルレンテまで足を運ぶ理由もありませんし」
「そこです。ねえ、どうしてそう思うのかしら? エルレンテって、とても素敵な国じゃない。みんな気付いていないだけなのよ」
ちょっと一度アルベリスにでも行って違いを体感してきてほしい。いっそ全員で視察旅行に行くのも名案だ。
別名『狙われたオディール』でした。
そして続きます……微妙なところで切れてしまって申し訳ありません!
続きも今日中に更新しますので、またお会い出来れば嬉しいです!




