全知全能と居場所
アシラに連れられて行った先は酒場であり、ウィーはそこで男達に混じって楽しそうに呑んだくれていた。
「ウィー、ちょっと良いかい」
「あ~? んだよ……って、治も居んじゃねえか!」
赤い顔のウィーは飛び上がるように椅子から立つと、僕たちの方に駆け寄って来た。
「お前、どこ行ってたんだよ!? おれやナーシャがどんだけ探し回っても見つからなかったってのによぉ!?」
「ウィー、声がデカいよ……耳に響くから」
「おう、どんだけ響いたって構わねぇよおれは。で、どこ行ってたのさ!」
「別に、どこも行ってないよ……部屋に居たけど、気配を消してただけ」
僕が言うと、ウィーは怪訝そうな目で僕を睨み付けるように見た。
「おーい、ウィー! そっちのは誰だよ!? まさか、コレかぁ!?」
「ギャハハッ、男みてぇなオメェにも良い人が出来るなんてなぁ? 俺ぁ、驚きだよ!」
「ッ、ちげえわ馬鹿どもッ! アホッ、バカッ、アホめッ!!」
赤ら顔で叫ぶウィーに、僕は小さく頷いた。彼らは知らないだろうけど、僕と彼女はまだ一日くらいしかまともに話して無いからね。
「ふざけたこと言った罰として、おれの分の支払いはお前ら持ちだからなッ!!」
「ハァッ!? ざけんなッ!」
「ハハッ、良い良い! 俺が払っとくから、彼氏とデート楽しんで来な!」
「ッ、ちげえっつってんだろ……まぁ、差し引き感謝はしとくぜ! ライファ!」
ウィーは手を振り、荷物を持って酒場を出た。僕らも一緒に酒場を出ると、ウィーはふぅと息を吐き出して酒場の壁にもたれかかっていた。
「んで、何の用だよ」
酔いを醒ますように手で顔を仰ぎながら、ウィーは僕らに聞いた。
「あー、ごめんね。実は、レティシアを探しててさ」
「あ? んなことかよ。何かの依頼で出てるって聞いたぜ? あー、確か……何だったかな。やけに魔物が湧いて来るって言う、森の奥の洞窟を調べて来いって奴だったか」
「へぇ。じゃあ、今日は遅くなるのかな?」
「さぁな? 出たのが昼前くらいだったから、普通に考えりゃそろそろ戻って来ててもおかしくない頃合いだろうが……帰って来てるか、ギルドで聞いてみるか?」
ウィーの提案に僕は頷いた。結局、最初の場所に戻ることになっちゃうけど、それもまた良しだろう。
そうしてギルドにやって来た僕はレティシアについて聞いてみたが、飽くまでも個人情報ということで教えてはくれなかった。
「すみません、どうしても規則なので……」
「あはは、大丈夫です。他の人に聞いてみますね」
オレンジ髪の受付嬢、ミディさんに申し訳なさそうに頭を下げられたので、僕は慌てて手を振ってその場を去ろうとした。
「おい、ボウズ」
「あ、はい。えっと……」
肩に手を置かれたので振り返ると、皺と傷が顔に刻まれた険しい表情のおじさんが立っていた。前にも依頼の時に話した人で、このギルドの推定偉い人である。
「レティシアを探してるんだったな?」
「はい」
教えてくれそうな雰囲気に期待を込めて頷くと、おじさんは相変わらずの……いや、前よりも険しい表情で口を開いた。
「アイツはまだ帰ってない。単なる調査依頼で、洞窟を奥まで見て来るだけの筈なんだがな」
「……なにか、あったんですか?」
「さぁな。俺に分かる訳がねぇだろ。アイツに付いて行ってる訳でも無いんだからな」
素気無く言った男に、僕は思わず閉口した。
「だがまぁ、心配なら見て来ればいいんじゃねえか? 地図くらいなら――――」
暗い洞窟の奥。焦燥の表情が浮かぶレティシアは傷だらけで、膝を突いていて、震える手で弓を構えようとするのを、角と翼の生えた灰色の肌の男が見下ろしていた。
「――――渡してやっても良いぞ。頼めば、他の冒険者も付いて来てくれる筈で……」
僕は男の言葉を無視して、ギルドを飛び出した。そして、彼らが呆気に取れている内に路地裏に飛び込んで……そして、そこに飛び出した。
洞窟の奥深く。広い空間の入り口に現れた僕は、吹き荒れる魔力の風に目を見開いた。その魔力の風の発生源は、間違いなくあの角の生えた男だった。
「どうした。その程度か? 随分と粋がっていたようだが、人間など結局のところ……」
滔々と語る声が、途中で止まった。洞窟の奥にあるその空間の入り口に現れた僕の存在に気付いたからだろう。
「誰だ、お前は?」
「なにを……ッ、治!?」
冷たい視線が、殺意を孕んでいた。僕は怖気付きそうになるのを魔力を身に纏って堪えて、レティシアの方を向いて何とか笑った。
「久しぶり、レティシア。利子を返しに来たよ」
「何言ってんのよ、アンタ……ッ! 逃げてッ、今ならまだ私が抑えられ――――」
灰色の肌の男が手を僕の方に向けると、そこから濃い紫色の光線が放たれた。レティシアが目を見開く。伸ばそうとするその手は、届かない。もう、体が思うように動かない状態にあるんだろう。
「質問に答える気が無いならば、死ね」
煌々と輝く魔力の奔流。それは僕の下まで直ぐに辿り着いて、僕の全身を呑み込んだ。
「……なに?」
それは、僕の身に触れれば簡単に命の火を掻き消してしまうような一撃だったらしい。だけど、僕は死んでなどいなかった。
「……やっぱり、殺す気なんだ」
僕の身を、球状のバリアが守っていた。命の危機に瀕した時にのみ自動で展開されるこのバリアはつまり、あの男の僕への殺意を証明していた。




