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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と星の種

 そういう訳で、もう一個魔術を教える約束をしていた僕はナーシャに新たな魔術を教え込むことにした。とは言え、どんなものを教えるかまでは決めていなかった。時間はまだちょっとあるし、難易度はさっきより高いのにしようとは思ってるけど。


「じゃあ、もう一個の魔術……どれが良い? どんなのが良い?」


「……さっき教えて貰ったのは、汎用性が高かった。小回りが利く、良い魔術」


 そうだね。コストも軽めだし、威力と速度も十分にある。僕だと応用まではやりきれないけど、ナーシャなら連射したり拡散バージョンにしたりなんてこともきっと出来るようになるだろう。


「だから……次は、切り札になり得るような術が欲しい。汎用性は高くなくても、効果が発揮されれば甚大な影響力を出せる、みたいな……」


「うん、なるほどね」


 確かに、魔尖弾(マナピアサー)はいつでも使いやすく、かつ効果も十分な汎用性コスパ最強兵器だ。別に、もっとコスパ最強って感じの魔術はあるけど……ずば抜けて凄い奴は、この世界のバランスを崩し兼ねないから、あんまり使う気はない。


「じゃあ……そうだね、星導の剣になぞらえて」


 星を落とす魔術なんかは、どうかな?






 ♦……side:ナーシャ




 魔術を教えられた後、直ぐに去って行った治に、私は入門税を渡しておくことも忘れて平原を進んだ。街から外れ、道から逸れる程に魔物が現れる可能性というのは高くなる。だけど、同時に人に見られる可能性は低くなる。


「……居た」


 身体強化の魔術によって平原を駆け抜けていた私は、丁度良さげな魔物を見つけて足を止めた。ここの平原にはそこまで強い魔物は出ないけれど、手応えの無い相手しか居ない訳じゃない。


「キーッ!」


 そこに居たのは、青緑色の鱗のようなものを纏っている鹿のような魔物……ウィンドストライダー。草食だが凶暴で、少しでも目が合えば襲い掛かって来る。


「『魔尖弾(マナピアサー)』」


 風を纏って突っ込んで来るウィンドストライダー。同時に、魔法陣から放たれた先の尖った魔力の弾が、空を引き裂いて進んで行く。


「キ、ッ!?」


 魔力の弾が鹿の頭を貫く。私は強化の魔術によって底上げされた身体能力で倒れながら迫る鹿の動きを捉え、横に跳び退いた。


「キ、ィィ……ッ!」


「『抗う苦痛よりも、安楽の死を』」


 地面で藻掻くように暴れようとする鹿に私は手を当て、そこに黒紫色の魔法陣を展開した。


「『死の促進モータル・アッケレラト』」


 ぷつりと、糸が切れたようにウィンドストライダーはその動きを止めた。心臓は鼓動を止め、穴の開いた脳も役目を終えている。


「……上出来」


 初めての実戦にしては、悪くない。術の構築速度も、詠唱も。効果も狙い通りに発揮されていて、魔力の弾は正確に鹿の頭を貫通していた。


「なら、次は……」


 私は、平原の一部が揺らめいていることに気付いていた。珍しい魔物だけど、初心者には危険な相手でもある。


「ガァ」


「貴方で、試す」


 揺らめきが形となって、背後から開かれた大口を私は跳んで回避した。そして、それが居るであろう場所にナイフを思い切り投げつけた。


「ガァァ……ッ!」


 振るわれた何かがナイフを弾き飛ばす。だけど、私にバレていることに気付いたのかそれを覆い隠す術が解かれていき……尻尾から、その姿が露わになって行く。


「ソルスクァーマ」


 太陽を思わせる、黄金色の輝く鱗。煌々と光を反射するその鱗に覆われているのは、四リトラ程もある蜥蜴だった。動きこそ速くは無いが、その牙は鋭く、鱗は硬い。だけど何より厄介なのは、その能力……光を操る力。


「ガァ」


「ッ!」


 分かっていた。けど、反応が少しだけ遅れた。太陽の光を跳ね返し、増幅したそれは私の目を焼いた。高い気配遮断と魔力隠匿の能力を持つソルスクァーマは、視界さえ奪えばとこちらに近付いて来ている……だったら、対処は容易い。


「『泥へ、泥へ』」


 手を叩き、杖を振るう。その動作にも意味があり、魔術は……いや、呪術は形を持ち始める。


「『泥沼化する大地(ルトゥム・リームス)』」


 一瞬にして地面がどろりと溶けて、沼へと変じた。それと同じくらいに、焼けていた私の視界も漸く元に戻り、沼に沈んでいる黄金色の蜥蜴の姿を見つけた。


「『絡み付く魔鎖(マジックチェイン)』」


 更に、紫色の魔力の鎖が沼の中で苦しむソルスクァーマに絡み付き、その場に留める。これで、拘束は十分。私は後ろに大きく跳び退いた。


「……決める」


 治から教えて貰った魔術。ここが、きっと使い時。更に後ろに下がりながら、私は杖を構えた。


「『宙より来たり、空へと浮かぶ』」


 魔法陣が、私の杖の先に浮かぶ。向ける先はソルスクァーマではなく、空の彼方だ。そこに、魔力が集まり始めた。


「『瞬く灯火、星の種。廻る輝き、煌めく炎熱』」


 魔力は形を成して、そこに小さな魔法陣が生まれた。その魔法陣を中心に炎が灯り、光が宿り、魔力が集まり、それらは一つの核となって高速で回転し始める。


「『綾なすは星。纏うは地殻。顕れるは天の意思』」


 その回転に合わせるように燃え滾る核に岩の衣が纏われていく。溶岩の様に黒く輝くそれは、少しずつ厚みを増していくと、離れたここからでもその存在感が分かる程に大きく成長した。


「『天引地落(アストラルフォール)』」


 魔術が完成する。だけど、まだ終わりではない。私の星となったそれは、私の指示に従って落下地点を決める。私の杖の先が示す、蜥蜴の沈んだ沼を目指して……星は、落ちた。


「ッ!!?」


 瞬間、凄まじい炎熱と暴風が吹き荒れる。抉れて飛んだ地面が私の頬を掠め、私は咄嗟に顔の前を腕で覆った。


「……治」


 炎と土煙が晴れる。沼があった筈のその場所には、何も残っていなかった。ただ、燃え残った炎と濃厚な魔力の残滓、そして……円形に窪んだ巨大な穴だけがあった。


「やり過ぎてる、かも」


 堅牢な鱗に覆われたソルスクァーマすらも消し飛ばしてしまったその魔術は、本来の性能の半分も発揮していなかったから。

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