全知全能と再びの異世界
そうして、異世界に降り立った僕は何をするでもなく街中をぶらぶらと歩いていた。歩いてるとお腹も空いて来たし、ちょっと何か食べようかな? いや、また昨日みたいに何も食べられなくなっても嫌だしなぁ、止めとこう。
「居たッ」
その声に、僕は振り返った。髪も肌も雪のような白さの美しい少女が立っていた。僕のパーティのメンバーである、星導の剣のナーシャだ。薄く青みがかった灰色の目が、今は睨むように僕を見ている。
「約束、果たして貰うからッ」
「へ?」
僕は目を丸くして、ナーシャの言葉に首を傾げて、それから思い出した。
「……あっ」
「あっ、じゃない……!」
そして、憤怒に満ちているナーシャの目を見た僕は、直ぐに深く頭を下げることにした。
「い、いや、ごめん。忘れてた訳じゃないんだよ? 忘れてた訳じゃ、無いんだけど……ね?」
「ね、じゃないッ、鉄の日と稲の日は働けるって言ってたのに、どこを探しても居なかったッ」
「あれ、もしかしてみんな探してたの……? それは、ごめん」
冒険者って、こう何日も連続で働きに出るイメージが無かったっていうか、一回大きな稼ぎを得たら暫くは遊んで暮らすみたいな話も聞いたから、日曜日は行かなくても平気かと思ってた。
「みんなじゃないけど、私は探した。泊ってる宿屋も見つけたのに、居なかった……!」
ナーシャはふるふると震えた後に、ふぅと息を吐き出した。
「……なんで? どうやって消えたの? 教えて」
「いや、寝てただけだよ……?」
多分、部屋の中まで来ては無い筈だ。宿屋に直接入って来てたら、流石に宿主が教えてくれるだろうし。
「んーん、居なかった。気配を探って確かめたけど、居なかったから」
「す、ストーカー……!」
問い詰めたい気分の僕だったが、平然としてるしこっちだと価値観も違うんだろう。寧ろ、僕が大きな反撃を食らいかねない。
「……一応、寝る時は気配を消すようにしてるんだよ。防犯の為にね」
「ふーん……」
訝し気にこちらを見ていたナーシャだったが、諦めたように息を吐いた。
「分かった。それで、納得しとく。けど、魔術は教えて貰う……嘘じゃ、ないよね?」
「うん。勿論、嘘じゃないよ。教えるとも」
僕は頷き、それからどこでどう教えるかを悩んだ。
「……でも、どこでやろうか。良い場所、あるかな? ちょっとは開けてると嬉しいんだけど」
「ある。けど……念の為、外にしたい。街の中だと、人に見られてもおかしくないから」
「あー、まぁそれでも良いけど……」
「大丈夫、入門料は払うから。それに、今度何かで礼もする」
ていうか、入門の時にちょっと並ぶことがあるのが面倒臭いって話なんだけど……まぁ、いっか。
「うん、良いよ。行こうか」
「よしッ」
ぐっと手を丸めたナーシャに僕はにこりと笑い、その横を付いて行った。
そうして、街の外に辿り着いた僕達だが、平原を暫く歩いた末にちょっとした木陰に辿り着いた。確かに、人気というのは全く感じられない。道からも大分逸れているので、ここに人が来る理由も無いだろう。
「ここなら、大丈夫」
「みたいだね」
僕はふっと息を吐き、座ろうかと思ったけど……いつもと違って、全知全能の力で椅子なんか出す訳にはいかない。
「『土の変成』」
が、そんな心配をしていた僕を余所目に、ナーシャは地面の土を魔術で操作して椅子を二つ作り上げた。
「……なに?」
目を丸くしていた僕に、ナーシャは早く教えろと催促するように視線を送った。
「いや、何ていうか魔術の所作が自然って言うかね……うん」
「何を言ってるのか、分からな……いや、確かに治の魔術はちょっと、ぎこちなさがある……気がする」
ナーシャの魔術の使用には、何と言うか自然さがあった。僕にぎこちなさがあるなら、きっとそれは僕の魔術に対する意識だ。僕の中で魔術は特別で、普通じゃないから少し力んでしまうんだろう。でも、ナーシャにとっての魔術は当たり前のもので、生活の一部ですらあるんだ。
「まぁ、今はそんな話をしたい訳じゃないしね……パパッと、教えようか。僕もそんなに時間がある訳じゃないから」
「え、どのくらいで終わるの……?」
「二時間くらいかな?」
「え……」
ナーシャは絶望的な表情をした。悲哀に満ちた目は、何かを訴えるように僕を見る。
「そんな、そんな時間じゃ……一つも、教えて貰えない」
「いや、余裕だよ。二つは行ける」
ていうか、そもそも二つ教えるつもりだったし。
「ほ、本当に……? そんなことが出来るの?」
「うん。でも、時間無いし巻きで行くよ」
僕は手を伸ばし、斜め下に向けた。
「『魔尖弾』」
「ッ! これが……!」
鋭く先端の尖った錐体の魔力弾が、高速で世界を駆け抜けると地面を潜って行った。
「そう、君の要望通り、先ずはこの魔術から教えるよ」
というわけで、僕の……及び、全知全能先生による魔術教室の始まりである。




