第八十一話 見送り
メムスとロウリが二人で住む家。
既に両親が他界しているため、二人で暮らすには少しだけ広く感じるかもしれないが、今日だけは大勢の者が詰め込まれ、円になって朝食を取っていた。
「ふんふふ~ん……♪」
「こら、オシャマ。一人でジオの膝を占領するな。ジオは我の尻の感触の方が好きなのだ」
胡坐をかいて座るジオの足の上に、右にオシャマ、左にメムスという、非常に行儀の悪い窮屈な態勢になっている。
「ッ、邪魔くせーんだよ、お前ら! 普通に食わせろ! ウザってー!」
「「ふぎゃっ!?」」
そんな二人を、ジオはウザったいと身を捩って振り払って投げ飛ばした。
「「だって……」」
「だってじゃねえ!」
「「でも、アッチは……」」
だが、二人は頬を膨らませながら、他の者たちを指差した。
すると……
「マシンさん……油を持ってきましたでしゅ……」
「礼を言う。自分は定期的に機械部分に補給する必要がある」
「わ、私が、さ、注しましょうか?」
「気遣い感謝する」
「い、いえいえ」
マシンの股間に狂っていたタマモが、とても甲斐甲斐しい少女になっていた。
マシンに身を寄せながら、マシンの体に油を補給していく姿は、とても温かい光景だった。
「だだ、ダーリン、ほ、ほら、このスープ、う、ウチが仕込んだんだ。飲んでくれ」
「ほう。うまいもんじゃな。これだけうまいのを飲ませてくれるなら、……ついでに、ウヌも食いたくなるわい」
「あん、んもう、ダーリンったら朝からおっぱい揉んじゃ……い、いいけどさ……ぽっ♡」
ガイゼンにしなだれかかりながら、既に朝から卑猥な空気を醸し出している、ガイゼンとイキウォークレイ。
「チューニ、アーンする」
「あ、あ~ん……うん、お、おいしいよ、ありがとう、ロウリ。で、でも……あの、お姉さん」
「ふふふふ、さあ、坊や。あ~んです」
チューニの膝の上に座っているロウリ。そして、ロウリを膝の上に乗せたチューニを更に自分の膝の上に乗せるという、三段技を繰り出しているコン。
「ほれ、カイゾ~、あ~んなのだ!」
「ふざけるなゾウ!」
「おおう、暴れてよいのか? せっかく、わらわが大人しく矛を収めたのに、貴様がそれを台無しにするか?」
「ぐ、ぐぬ、ぬぐぐぐぐぐ」
カイゾーの長い鼻をマフラーのように首に巻いて至福の表情をしているポルノヴィーチ。
つまり、今、この小さな民家にはメムスとロウリ以外に、ジオパーク、九覇亜、ポルノヴィーチ、カイゾーが居て、しかも全員それぞれイチャついているのだった。
「ったく、落ち着かねーな……」
「でゅえへへへへへ、そう荒れるななのだ、暴威よ」
「ポルノヴィーチ……」
「わらわたちは、もう他人ではないのだ。これから、お互いを尻……尻合う……ぷぷぷ、知り合うには、こういう自分を曝け出している方がよいのだ」
「おい……なんで、変なところを言い直す?」
「でゅえへへへ、何故? 尻ま……知りませんなのだ♪」
なぜか、「しり」という単語を連呼しながらニヤニヤするポルノヴィーチ。
気のせいか、自分の膝に座るメムスとオシャマも尻を擦りつけて来る。
正直、朝からあまり良い気分ではないジオだったが、それも今日までのことと我慢する。
なぜなら……
「まぁいい……メシ食ったら、さっさと俺らも行こうぜ? いつまでもここに居ても仕方ねーしな」
「「「「えええええええええ~~~~!?」」」」
この地でやるべきことはもう終わった。ならば、いつまでもここに居ても仕方ないと告げるジオに対し、女達は一斉に不満の声を上げた。
「ジオ、わ、我を置いてもう行くのか!?」
「ムコともっとイチャイチャ~!」
「チューニ行くのやだ……」
「坊やにはまだ教えなければいけないことが!」
「結婚早々にダーリンの単身赴任なんてあんまりだー!」
「ま、マシンしゃんが……」
恋する乙女達の一斉の反対意見。
だが、一方で男達はクールなものであった。
「ぬわははは、じゃが、わしらが互いに良い関係を築くには、例のトキメーキとやらに行かねばならんのじゃろう?」
「聞いた話だと、あまり時間もないとのこと。ならば、早く行くに越したことはない」
「お、お姉さんとのこと、ぼ、僕はもっと、ぶ、文通とか、い、色々と段階を踏みたいというか……いきなり裸んぼになってってのは……だから……しばらくは距離を取りたいというか……」
男達にいたっては、この地から旅立つのは別にやぶさかではない様子。
「そんな……だ、ダーリン……」
「マシンしゃん……」
「坊や……」
そんな男たちの反応にショックを受けて呆然とする女たち。
だが、そんな女たちを諭すように、ポルノヴィーチが微笑んだ。
「まぁ、これも試練と思うのだな。九覇亜よ。そして、メムスとロウリも」
「「「「ッッ!!??」」」」
「古来より、男は船で、女は港と言われてるのだ。すなわち、男が何の憂いもなく旅立ち、そして気持ち良く帰って来れるようにするのも、イイ女の条件なのだ。旅立つ男の後ろ髪を引こうなどという女は、男にとってはウザったいだけなのだ」
旅立つ男を見送り、そして帰りを待つ。それがイイ女というものだと自信満々に語るポルノヴィーチ。
だが、一瞬女たちはその言葉に心動かされそうになるも、ハッとして……
「「「「自分だけカイゾーと別れないからって……」」」」
「ビクッ!?」
そう、ポルノヴィーチに関しては、カイゾーがこの村に残る以上、他の女たちのように別れの悲しみを味わうことがない。
そんなポルノヴィーチの言葉など何の説得力もないと、女たちはジト目になり、ポルノヴィーチも顔がソッポ向いた。
だが、一方で、ポルノヴィーチの言葉に感心した者も居た。
「ぬわはははは、帰ってこれる場所か……。しがらみのない流浪の男たちにそういうものが出来たか……因果なもんじゃな。のう? リーダー」
「……けっ、俺は別に……」
「追放されて、傷をなめ合うように集った男たち……しかし、一歩外を出れば……世間とはそれほど冷たいばかりじゃないということだ……これも、旅をしなければ分からぬこと」
今の状況、そしてこれまでの出会いを噛み締めるように笑みを浮かべるガイゼンは、そう呟いて、イキウォークレイたちに向き合った。
「のう、イキウォークレイ。そして娘っ子たちよ。ワシらへの想いは嬉しい気持ちもあるが、今はノンビリ一緒に暮らすことは出来ん。やるべきこともあるし、まだまだやってみたいこともある。それは、人から見ればただの遊びにしか見えんじゃろうし、実際は大半が遊びじゃ。しかし、ワシらはその遊びで人生を取り戻し、そして人生を変えたいと思っておる。だから、快くワシらを見送ってはくれないか? このとおりじゃ」
そう諭すように優しく語りかけるガイゼンの言葉に、イキウォークレイや他の女たちも何も言うことが出来なかった。
神話の住人が、自分たちにお願いをしている。
惚れた男と幸せに暮らしたいという自分たちの願望は強いが、それでも、今のガイゼンの願いを踏みにじることが、誰にもできないでいた。
「……だ、ダーリンが……たまに、帰ってくんなら……」
そして、イキウォークレイが不満そうにしながらも、仕方なくそう呟くと、他の女たちも渋々頷く形でそれ以上文句を言わなかった。
その代わり……
「ジオ、このままサヨナラは許さんからな!」
「オシャマ、もっとボッキュッボーンになってあげるから、早く帰ってくる」
「マシンしゃん、わ、わたし、もっと、もっとお淑やかになるでしゅ」
「坊や……変な女に引っかかってはダメよ?」
「チューニ、あのね、ロウリね、素敵なレディになって待ってるよ?」
男たちの旅立ちを見送ろう。その代わり、必ずまた会うことを条件とする。
その条件に男たちも異論はなく、
「まっ、気が向いたらな」
「承知した」
「は、はい、わ、分かりましたんで……」
その、再会の約束だけは了承したのだった。
「……じゃっ、そういうことで、メシも食ったしさっさと行こうぜ」
「「「「って、早いな!?」」」」
と、そこで、しんみりとした空気がどうしても苦手なジオが、感傷に浸る女たちの空気を台無しにするかのようにアッサリと告げる。
だが、既に用事も済ませ、別れも済ませた以上は確かにこれ以上この地に居ても仕方ないと、男たちは頷いて立ち上がった。
「やれやれ、せわしない男たちなのだ。まぁ、よい……ほれ、暴威」
「ん?」
そのとき、立ち上がったジオに向かってポルノヴィーチが何かを投げつけた。
それは丸めて紐で巻き付けられた一枚の紙。
何かと思って開くと、そこには数字とサイン、そして印が押されていたものがあった。
「……手形?」
「名義なども問題ない。その金をいくら使おうと、五大魔殺界ポルノヴィーチには繋がらないのだ」
「?」
「約束の報酬なのだ」
報酬。そう言って、カイゾーの長い鼻に舌を這わせていやらしい笑みを浮かべるポルノヴィーチ。
カイゾーはゾッと顔を青ざめさせるが、そこでジオたちは思い出した。
「「「「あっ……」」」」
そもそも、自分たちが何でこの地に来ていたのかということを。
それは、フィクサの依頼から全て始まったのだ。カイゾーを生け捕りにするという依頼だ。
任務達成と呼ぶには微妙だが、それでもこうしてポルノヴィーチはカイゾーと一緒に居ることが出来るようになった。
そういう意味での報酬を、ポルノヴィーチはジオたちに渡した。
「そう、このようにわらわは約束を果たしたのだ。それがどういう意味か……分かるかなのだ?」
ポルノヴィーチは約束を果たした。
次は、お前たちも約束を果たせと、まるで挑戦状をたたきつけるかのように、ポルノヴィーチはジオたちに釘を刺した。
約束。それは、「あるダークエルフの信頼を勝ち取る」、「冒険団の名を轟かせる」、「また再会すること」等である。
そんな挑戦をされては、捻くれたジオも笑みを浮かべ……
「望むところだ。せーぜい、安心してイチャついてるんだな」
「その言葉、偽ったら許さんのだ」
力強くジオは頷き返した。
「ぬわはははは、楽しみにしているがよい。ではな、イキウォークレイも息災でな」
「また、近いうちに……必ずだ」
「えっと、また、遊びに来ますんで……」
ジオに続くようにガイゼンたちも立ち上がって各々そう告げ、そして……
「よし……では、行ってくるがよいのだ! ジオパーク冒険団たちよ! どこまでもな! そして、貴様たちが何をしでかすのか……その何かを、わらわたちに……そして、世界に見せてみるがいいのだ!」
ポルノヴィーチもゾクゾクしたような表情で、ジオたちに指をさす。
『何か』を見せてみろ。そんなエールを送った。
「おい、ジオ……あんまり帰るのが遅いと、迎えに行くからな?」
「メムス……」
「もっとお前に礼だって言いたいし、恩も返したいし……教えて欲しいことが山ほどあるんだからな。お前にしか……教わりたくないものとか……」
そして、メムスもそう言って、ジオの手を少しだけ摘まんでそう告げる。
表情は不満そうに少しむくれている。だが、すぐに笑顔を見せて……
「だから、待ってるから……そして、それまでの間、我ももっと大人の女になって……お前に見合うようになってみせる」
「っ、た、たく……ガキのくせに」
「ああ。ガキだ。でも、ガキは成長するんだということを覚えておくんだな」
そう告げるメムスの真っすぐな想いに、ジオは若干押され気味になりながら苦笑した。
「オシャマもオシャマも!」
「ダーリン、浮気は許さねーからな?」
「マシンさん、お、お手紙書くでしゅ」
「坊や、最後におっぱいどうですか?」
「ロウリがほっぺにチュウしてあげる!」
他の女たちも、少し寂しそうにしながらも必死に笑顔を見せて見送り、そして……
「先輩。暴威……そして、マシンとチューニも……皆には……本当に力になってもらったゾウ。心より、感謝するゾウ」
「そうかい。まっ、でも大変なのはこれからだけどな。あの、エロ狐とちゃんと仲良くするんだな」
「ふぐっ!? ぐっ、……そ、それで、メムス様や皆のために、な、なる、のであれば……」
「くははは……まっ、テメエも死に損なったんだから、せーぜい命を大事にな」
カイゾーもまた感謝の言葉を述べながら頭を下げ、そしてジオたちと軽く手を合わせる。
そして、それはメムスたちだけではない。
家の戸を開ければ、村人たちも集まって、誰もが声を上げて礼を、そして別れの言葉を投げかける。
その一つ一つをジオたちも照れ臭く感じ、少し足早になりながらも、手を上げて別れの声に応えた。
これにて第三章は終了です。最後はメチャクチャ駆け足でアッサリさせました。本当は一人一人と別れの言葉を懇切丁寧にやったり、女たちがもうちょい不満言ったりを考えたのですが、三~四話ぐらいかかりそうで、正直無駄だと感じたのでやめました。
さて、次の章はときめきな学園編か? と思われた方も居るかもしれませんが、色々と寄り道します。旅は、道草を楽しんでなんぼですからね。




